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12. 誰か
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熱を発する体、荒くなる呼吸。
もう最近では『またか』、と思ってしまうほどここ数日で何度も味わった感覚に旭は鬱屈たる思いで目を覚ました。
まだまどろんだままでいるのは、その熱を旭のものではない温度に撫でられているせいだ。
――気持ちいい……。
緩やかな快感が旭の発情をゆっくりと深めていく。
滑らかに動いていた温度はいつしかぬめりを帯び、じっとりと首筋を侵しながら服をたくし上げ、その下ですでに赤く膨らんだ胸の突起をちゅうっと吸った。
「あっ!」
その衝撃で背が跳ね、ようやく意識に一片の明瞭さが戻った。
――誰かに触られてる……!?
今、ここはホテルで、もう英司は出ていった。だから、誰もいないはずだ。
それなのに、自分の体を誰かが舐っている。
咄嗟にその気配を辿るが、あたりは暗闇に包まれており何も見えない。
――違う、何かに塞がれてるんだ。
混乱する頭で慌てて目元を覆う“何か”を外そうと手を動かすが、聞きなれないカチャカチャという金属音が響くだけで、動かすことができない。
後ろ手に回された腕も何かに自由を奪われてた。
発情で熱を発する体とは真逆に頭の中は混乱と恐怖でどんどんと冷えていく。
体から吹き出す汗は、発情によるものなのか、それとも恐怖によるものなのか。
旭はただでさえ荒くなった息を、さらに小刻みに震わせた。
「だ、誰だ?! やめっ、ぅんっ!」
旭の身体に触れる誰かを止めようと身じろぎするが、それはやめるどころか舐っていた先端をきしりと噛んだ。
その衝撃にまた旭の背が跳ねる。誰かわからない何者かに確かに心は怯えているのに、発情した体は全てを快感として拾ってしまう。
その誰かは旭の混乱などお構いなしに、この数日間ですっかりと性感帯へと変貌してしまった乳首をぐりぐりと舌先で転がし、ときに噛み、吸う。そして、反対側を指先で捏ね、弾く。容赦なくそこが快感と捕らえる動作を繰り返されれば、旭はあっという間に絶頂を迎えた。
これまで巴の手によって与えられた射精後特有の脱力感や余韻は堪らなく気持ちよくて、堪らなく切なかった。
でも今はちがう。
旭は巴の部屋から逃げ出してきたのだ。
だから今旭を絶頂に至らしめたのは巴ではない。
そう思うと体の芯が凍えたように震えた。
“巴以外”を捜すためにここに来たのに、心が“巴じゃない”ことに怯えている。
なんて勝手で、なんて最低なのか。
抵抗をしたいのに発情の熱でぐったりと身体には力が入らず、目を覆うものは涙でぐしゃぐしゃに濡れ、口からは嗚咽が漏れる。
それでも、ここにいる誰かは手を止めることなく、あっという間に旭の下半身を丸裸にすると、発情の熱ですでに熟れた蜜をこぼす旭のナカを指で強引に割り開いた。
差し込まれた二本の指はただの作業のように旭のナカを押し広げていく。
昨日、巴を迎え入れてからそう時間も立っていないせいだろう。痛みはないが、それでもただこの後の行為のための作業には忌避感しかない。
巴はこんな触れ方、絶対にしなかった。
いつでも旭を一番に思いやり、優しく、丁寧に、快感だけを得られるよう。それこそ自分のことなどお構いなしに『旭のため』だけに行われる行為だった。
今こうして、巴でない誰かに触れられてようやくそのことに気が付いても何の意味もないのに。
むせび泣く旭のナカから指を引き抜いた誰かはそのまま両足を開かせ、その間に身体を割り込ませてきた。
ひゅっと細い息が喉を通り抜ける。このままではこの“誰か”に犯されてしまう。
巴の部屋から出てここに来た後、発情を抑えるためにいわゆるゲイ向けのデリヘルのようなものを頼もうと思っていた。
巴以外に抱かれるということを覚悟してきたが、さすがに誰ともわからない人間に犯されるのは嫌だ。
――でも、結局は一緒なんじゃないのか……?
もともとそう貞操観念が強いわけでもない。というか興味がなかったから、自分が誰かと体を繋げるということをほとんど考えたことがなかった。
だから、大丈夫だと思っていた。誰としても同じだと思っていた。
出会い系で出会うかもしれなかった誰か。デリヘルで呼ぶかもしれなかった誰か。
そして、今目の前にいる誰か。
それは結局、巴じゃない誰かなのだ。
呆然と混乱している間も、その誰かは旭の足を持ち上げさらに体を寄せると、グッと熱を持ったものを旭の後孔へと押し当ててくる。
その生々しい熱に全身が慄く。旭は咄嗟に足をばたつかせた。
「いやだっ、やめろ!!」
しかし、“誰か”は無言のまま旭の足首を掴むと、旭にあてがった熱をさらに強く押し付けてくる。
否応なしに開かれたそこは押し付けられた熱を迎え入れようとしている。
足を掴む力は強く、振りほどくこともできない。
「いやだ、たすけて、ともえ……」
細い息しか吸えず、震える声で絞り出したのは、巴の名だった。
あふれ出す涙と共に巴の名前を何度も何度も縋るように呼び続ける。
「いやだ、ともえ、ともえ、巴じゃないと、イヤだ……」
自分から逃げておいて、本当に最低だとわかっている。
でも、こんなことになってようやく気が付いた。ようやく、気付けたんだ。
誰としても同じだと思っていた。
だって、その“誰か”の中には巴は含まれていなかったから。
だって、巴は“誰か”じゃない。
出会った頃からずっと一緒にいる幼馴染み。旭にとって唯一の特別な人。
巴以外の“誰か”は皆同じで、巴だけが特別。
それは結局、巴じゃないとダメだって言うことだったんだ。
でも、今さら気付いても、もう遅い。
これは巴を苦しめた罰なんだろう。
抵抗を諦め体の力を緩めると、なぜか旭を掴んでいた誰かの手からも力が抜け、持ち上げられていた足がベッドの上にどさりと落ちた。
そして、聞こえてきたのは耳慣れた、でもいつもとは違い、悲しみや苦しみを押し込めたような声だった。
「そんなふうに僕を呼ぶのに、どうして僕を置いて行ったの……?」
旭よりも少し低くて、穏やかな優しい声。
その耳慣れた声が今、悲痛に染まっている。旭のせいで。
それなのに、旭の身体はその声に震えるほどに歓喜していた。
「ともえ、巴なんだな……?!」
さっきまで恐怖に凍り付いていた心が一気に熱を発する。
すぐにでもその美しい顔を瞳に映して、確かめたい。きっと苦し気にゆがむ顔も美しいだろう。
すぐにでも手を伸ばして、その白く、すべらかな頬に触れたい。もしかしたら、その頬には涙が伝っているかもしれない。
それなのに、視界は塞がれ、手は自由を奪われている。
もどかしくて、外して欲しいと目の前にいるはずの巴に訴えるが、巴は何も言わない。
それどころか、あてがったままだったものを旭のナカへと一気に突き立てた。
「ひっ、あぁっ!! とも、え…っ!!」
いつもどれほどに激しく抱かれても、どこかに旭を慈しむような優しさを感じた。
ところが今、容赦なく打ち付けるような注挿には旭を痛めつけようとするような乱暴さが垣間見える。
それでも、さっきまで恐怖に押さえ付けられていた熱が一気に爆ぜたように、発情した体は与えられる享楽にふけり始め、意識を溶かしていく。
「ともえ、ともえ、きもちぃ、もっとっ!」
聞こえてくる巴の荒い息だけでも、体中が昂っていく。
まだ巴は悲し気に顔をゆがめたままかもしれない。それとも、憎しみをぶつけるように睨みつけているのかもしれない。
見たことのないそんな巴の表情を想像し、歪に口角が吊り上がっていく。
これまでに見たことのない巴を知るのが怖くて仕方がなかったはずなのに、発情した体はそれすら快楽に変えてしまう。
――あぁ、ついに頭までおかしくなった。
その歪んだ表情に巴も気が付いたのだろう。見えない視界の上に、冷たい声が落ちてきた。
「こんなふうに乱暴にされても悦んじゃうんだね。それなら家でも繋いでおけばよかったっ!」
一際強く奥を穿たれ、目の前に火花が散る。深い絶頂に痙攣する旭の体から巴は一気に自身を引き抜き、うつ伏せにさせた。
そして、また一気に旭のナカへと滑り込ませる。ナカにあるしこりを押しつぶすようにして強く腰を押し付けられれば、だらしなく喘ぐことしかできない。
それに合わせて旭の手の自由を奪っているものがカチャカチャとぶつかり合う音が、視界を防がれているせいかいつもよりも敏感になった耳の奥に残った。
ようやく熱を吐き出しきった巴が体を離したころには、もう旭は何度達したのかわからなくなるほどに快楽の海へと意識を漂わせていた。
沈んだ体から何とか意識を這い上がらせ、離れていってしまった巴の温度を辿るが、近くにいるだろうということしかわからない。
今何を考え、どんな表情でいるのか知りたい。その美しい顔が見たい。
「巴、これ外してくれないか……?」
せめて視界を塞いでいるものだけでもと訴えると、しばらくの沈黙のあと、巴はそれをいつもの優しい手つきでそっと外してくれた。
戻ってきた視界にピントが合い始めると、ようやく巴の姿が瞳に映った。オレンジ色のぼんやりとした明かりが照らすその下で、巴は旭に背を向けたままベッドの端に腰を下ろしている。
「巴、こっち向いて」
「無理だよ。こんな情けない顔見せられない」
そう言った巴の声は明らかに暗い。さっきまで旭を責めるように抱いていた巴とはとても同じ人とは思えないほどに肩を落としている。
きっと優しい巴は、乱暴にしてしまったことを悔いているんだろう。
それなら手首にはめられているものも外して欲しいんだけど……とは思うものの、そもそもこんなことをさせたのは旭が勝手に部屋を出たせいなのだ。
――また巴を苦しめた……。
後ろ手に腕を括られたままでは、ぐったりと重い体を起こすこともできず、肩を落とす巴に触れることもできない。
旭を拒絶するように向けられた背に声を伸ばす。
「ごめんな、巴」
「……それは何に対して謝ってるの?」
巴の声に少しだけ鋭さこもり、背から苛立った様子が伝わってくる。
こんなふうに刺々しい様子も初めて見た。
熱を発散し、発情中に感じたような歪な感情は落ち着いている。ところが、歪さが正されたはずの頭に苦々しさと、少しの優越が隠れていることに気が付いてしまった。
巴から逃げることで守ろうとしたのは何だったのだろう。
結局、正しいと思って積み上げていたブロックは初めから歪んでいたのかもしれない。
「もう、俺のことは見捨ててよ。これ以上巴の負担になりたくない」
幼馴染みだから、友達だから、なんてそれらしい理由を取って付けても、今の状況はもうその範疇をどう考えてもとっくに超えてしまっている。一方的に負担をかけるだけの関係なんて耐えられない。
「……負担だと思ってたらそもそも追いかけてこないよ。って言うか、なんで僕がここにいるのか聞かないんだね」
「ん? 英司に聞いだんだろ?」
それ以外にないじゃないか、ときょとんとして見せると巴はふっと鼻で笑った。
「家にいないと思ったら英司とホテルなんかにいるからびっくりしちゃった」
そう言ってようやくこちらを振り向いた巴の美しい顔には、最近よく見るようになった冷気を含んだ笑みが張り付けられている。でも、やはりその冷ややかさには身がすくんでしまう。
「英司には服を買ってきてもらって、ここまで送ってもらっただけだ」
「そっか、これはあいつが買ってきた服ってことね」
そういえばさっき下は脱がされたが、上の服は後ろ手に拘束されてせいで脱ぐことができなかった。役割を失ったままの服は今や胸元でただの布の塊と化している。
チラリとその塊に視線を送った巴は、冷ややかさを纏ったまま立ち上がり、ソファにおかれていたカバンから取り出したハサミを手に持って旭に跨った。
「危ないから動かないでね」
静かに微笑んだ巴は迷いなく旭の胸元にハサミを向けた。
「何を……!」
ジャキンと言う軽快な音と共に、あっという間に服だったものは端切れに変化していく。
旭はその光景を呆然と見ていることしかできなかった。
「他の男が買った服なんて着たらダメだよ」
巴は目を細め、口角をあげて確かに笑っている。
それなのに、その瞳の奥には確かな怒りが見て取れた。
「なんで……怒ってるんだ?」
宇多川の男は優男に見えて異常なほど執着が強い者が多い――。
ふと夢の中で土地神に言われた言葉が頭を過る。
まさか、と思う。
でも、確実に、巴は怒っている。
その証拠のように、さっきまで細められていた切れ長の眼をキュッと吊り上げ、眉間にはしわが寄っている。
「なんで? わからないの?」
「わ、わからない」
「……じゃあ、なんで旭はなんで笑ってるの?」
「えっ?」
笑っている? そんなはずがない。
目の前にいる怒りを湛えた巴が怖くて、怖くて仕方がない。
そのせいで心臓が早く動いて、胸の奥が熱くて仕方がないんだ。
これは怖いからだろう?
だって、巴は優しい。
怒っているところなんてこれまで見たことがない。
村の人達にも、祖父母にも、元恋人たちにも、そして旭にも。
役目を負った後、発情を抑えるために、出会い系で出会った男と旭が会っていた時に見せた怒りは、その愚行に対するものだと思っていた。
でも、そうじゃなかった。その証拠に、今もまた巴は怒っている。
巴を遠ざけようとしたことに、巴から逃げようとしたことに。
これが巴の怒り。巴の”執着”。
誰にも向けられなかった特別な感情が、旭にだけ向けられている。
そう思うと、胸の奥が燃えそうなほどに熱くなっていく。
この熱は何だ?
上を向いた口角がひくりと震える。
「笑ってるよ、嬉しそう」
僕は怒ってるのに、と不満気に眉を顰める巴の美しい顔に、ドクンと脈打つ心臓がさらに胸の奥の温度を上げていく。
――そうか。
「……俺は、嬉しいんだな」
――巴の感情が、執着が、俺に向いていることが。
旭はまだだるい体を無理やり起こし、巴の形の良い唇にそっと唇を重ねた。
もう最近では『またか』、と思ってしまうほどここ数日で何度も味わった感覚に旭は鬱屈たる思いで目を覚ました。
まだまどろんだままでいるのは、その熱を旭のものではない温度に撫でられているせいだ。
――気持ちいい……。
緩やかな快感が旭の発情をゆっくりと深めていく。
滑らかに動いていた温度はいつしかぬめりを帯び、じっとりと首筋を侵しながら服をたくし上げ、その下ですでに赤く膨らんだ胸の突起をちゅうっと吸った。
「あっ!」
その衝撃で背が跳ね、ようやく意識に一片の明瞭さが戻った。
――誰かに触られてる……!?
今、ここはホテルで、もう英司は出ていった。だから、誰もいないはずだ。
それなのに、自分の体を誰かが舐っている。
咄嗟にその気配を辿るが、あたりは暗闇に包まれており何も見えない。
――違う、何かに塞がれてるんだ。
混乱する頭で慌てて目元を覆う“何か”を外そうと手を動かすが、聞きなれないカチャカチャという金属音が響くだけで、動かすことができない。
後ろ手に回された腕も何かに自由を奪われてた。
発情で熱を発する体とは真逆に頭の中は混乱と恐怖でどんどんと冷えていく。
体から吹き出す汗は、発情によるものなのか、それとも恐怖によるものなのか。
旭はただでさえ荒くなった息を、さらに小刻みに震わせた。
「だ、誰だ?! やめっ、ぅんっ!」
旭の身体に触れる誰かを止めようと身じろぎするが、それはやめるどころか舐っていた先端をきしりと噛んだ。
その衝撃にまた旭の背が跳ねる。誰かわからない何者かに確かに心は怯えているのに、発情した体は全てを快感として拾ってしまう。
その誰かは旭の混乱などお構いなしに、この数日間ですっかりと性感帯へと変貌してしまった乳首をぐりぐりと舌先で転がし、ときに噛み、吸う。そして、反対側を指先で捏ね、弾く。容赦なくそこが快感と捕らえる動作を繰り返されれば、旭はあっという間に絶頂を迎えた。
これまで巴の手によって与えられた射精後特有の脱力感や余韻は堪らなく気持ちよくて、堪らなく切なかった。
でも今はちがう。
旭は巴の部屋から逃げ出してきたのだ。
だから今旭を絶頂に至らしめたのは巴ではない。
そう思うと体の芯が凍えたように震えた。
“巴以外”を捜すためにここに来たのに、心が“巴じゃない”ことに怯えている。
なんて勝手で、なんて最低なのか。
抵抗をしたいのに発情の熱でぐったりと身体には力が入らず、目を覆うものは涙でぐしゃぐしゃに濡れ、口からは嗚咽が漏れる。
それでも、ここにいる誰かは手を止めることなく、あっという間に旭の下半身を丸裸にすると、発情の熱ですでに熟れた蜜をこぼす旭のナカを指で強引に割り開いた。
差し込まれた二本の指はただの作業のように旭のナカを押し広げていく。
昨日、巴を迎え入れてからそう時間も立っていないせいだろう。痛みはないが、それでもただこの後の行為のための作業には忌避感しかない。
巴はこんな触れ方、絶対にしなかった。
いつでも旭を一番に思いやり、優しく、丁寧に、快感だけを得られるよう。それこそ自分のことなどお構いなしに『旭のため』だけに行われる行為だった。
今こうして、巴でない誰かに触れられてようやくそのことに気が付いても何の意味もないのに。
むせび泣く旭のナカから指を引き抜いた誰かはそのまま両足を開かせ、その間に身体を割り込ませてきた。
ひゅっと細い息が喉を通り抜ける。このままではこの“誰か”に犯されてしまう。
巴の部屋から出てここに来た後、発情を抑えるためにいわゆるゲイ向けのデリヘルのようなものを頼もうと思っていた。
巴以外に抱かれるということを覚悟してきたが、さすがに誰ともわからない人間に犯されるのは嫌だ。
――でも、結局は一緒なんじゃないのか……?
もともとそう貞操観念が強いわけでもない。というか興味がなかったから、自分が誰かと体を繋げるということをほとんど考えたことがなかった。
だから、大丈夫だと思っていた。誰としても同じだと思っていた。
出会い系で出会うかもしれなかった誰か。デリヘルで呼ぶかもしれなかった誰か。
そして、今目の前にいる誰か。
それは結局、巴じゃない誰かなのだ。
呆然と混乱している間も、その誰かは旭の足を持ち上げさらに体を寄せると、グッと熱を持ったものを旭の後孔へと押し当ててくる。
その生々しい熱に全身が慄く。旭は咄嗟に足をばたつかせた。
「いやだっ、やめろ!!」
しかし、“誰か”は無言のまま旭の足首を掴むと、旭にあてがった熱をさらに強く押し付けてくる。
否応なしに開かれたそこは押し付けられた熱を迎え入れようとしている。
足を掴む力は強く、振りほどくこともできない。
「いやだ、たすけて、ともえ……」
細い息しか吸えず、震える声で絞り出したのは、巴の名だった。
あふれ出す涙と共に巴の名前を何度も何度も縋るように呼び続ける。
「いやだ、ともえ、ともえ、巴じゃないと、イヤだ……」
自分から逃げておいて、本当に最低だとわかっている。
でも、こんなことになってようやく気が付いた。ようやく、気付けたんだ。
誰としても同じだと思っていた。
だって、その“誰か”の中には巴は含まれていなかったから。
だって、巴は“誰か”じゃない。
出会った頃からずっと一緒にいる幼馴染み。旭にとって唯一の特別な人。
巴以外の“誰か”は皆同じで、巴だけが特別。
それは結局、巴じゃないとダメだって言うことだったんだ。
でも、今さら気付いても、もう遅い。
これは巴を苦しめた罰なんだろう。
抵抗を諦め体の力を緩めると、なぜか旭を掴んでいた誰かの手からも力が抜け、持ち上げられていた足がベッドの上にどさりと落ちた。
そして、聞こえてきたのは耳慣れた、でもいつもとは違い、悲しみや苦しみを押し込めたような声だった。
「そんなふうに僕を呼ぶのに、どうして僕を置いて行ったの……?」
旭よりも少し低くて、穏やかな優しい声。
その耳慣れた声が今、悲痛に染まっている。旭のせいで。
それなのに、旭の身体はその声に震えるほどに歓喜していた。
「ともえ、巴なんだな……?!」
さっきまで恐怖に凍り付いていた心が一気に熱を発する。
すぐにでもその美しい顔を瞳に映して、確かめたい。きっと苦し気にゆがむ顔も美しいだろう。
すぐにでも手を伸ばして、その白く、すべらかな頬に触れたい。もしかしたら、その頬には涙が伝っているかもしれない。
それなのに、視界は塞がれ、手は自由を奪われている。
もどかしくて、外して欲しいと目の前にいるはずの巴に訴えるが、巴は何も言わない。
それどころか、あてがったままだったものを旭のナカへと一気に突き立てた。
「ひっ、あぁっ!! とも、え…っ!!」
いつもどれほどに激しく抱かれても、どこかに旭を慈しむような優しさを感じた。
ところが今、容赦なく打ち付けるような注挿には旭を痛めつけようとするような乱暴さが垣間見える。
それでも、さっきまで恐怖に押さえ付けられていた熱が一気に爆ぜたように、発情した体は与えられる享楽にふけり始め、意識を溶かしていく。
「ともえ、ともえ、きもちぃ、もっとっ!」
聞こえてくる巴の荒い息だけでも、体中が昂っていく。
まだ巴は悲し気に顔をゆがめたままかもしれない。それとも、憎しみをぶつけるように睨みつけているのかもしれない。
見たことのないそんな巴の表情を想像し、歪に口角が吊り上がっていく。
これまでに見たことのない巴を知るのが怖くて仕方がなかったはずなのに、発情した体はそれすら快楽に変えてしまう。
――あぁ、ついに頭までおかしくなった。
その歪んだ表情に巴も気が付いたのだろう。見えない視界の上に、冷たい声が落ちてきた。
「こんなふうに乱暴にされても悦んじゃうんだね。それなら家でも繋いでおけばよかったっ!」
一際強く奥を穿たれ、目の前に火花が散る。深い絶頂に痙攣する旭の体から巴は一気に自身を引き抜き、うつ伏せにさせた。
そして、また一気に旭のナカへと滑り込ませる。ナカにあるしこりを押しつぶすようにして強く腰を押し付けられれば、だらしなく喘ぐことしかできない。
それに合わせて旭の手の自由を奪っているものがカチャカチャとぶつかり合う音が、視界を防がれているせいかいつもよりも敏感になった耳の奥に残った。
ようやく熱を吐き出しきった巴が体を離したころには、もう旭は何度達したのかわからなくなるほどに快楽の海へと意識を漂わせていた。
沈んだ体から何とか意識を這い上がらせ、離れていってしまった巴の温度を辿るが、近くにいるだろうということしかわからない。
今何を考え、どんな表情でいるのか知りたい。その美しい顔が見たい。
「巴、これ外してくれないか……?」
せめて視界を塞いでいるものだけでもと訴えると、しばらくの沈黙のあと、巴はそれをいつもの優しい手つきでそっと外してくれた。
戻ってきた視界にピントが合い始めると、ようやく巴の姿が瞳に映った。オレンジ色のぼんやりとした明かりが照らすその下で、巴は旭に背を向けたままベッドの端に腰を下ろしている。
「巴、こっち向いて」
「無理だよ。こんな情けない顔見せられない」
そう言った巴の声は明らかに暗い。さっきまで旭を責めるように抱いていた巴とはとても同じ人とは思えないほどに肩を落としている。
きっと優しい巴は、乱暴にしてしまったことを悔いているんだろう。
それなら手首にはめられているものも外して欲しいんだけど……とは思うものの、そもそもこんなことをさせたのは旭が勝手に部屋を出たせいなのだ。
――また巴を苦しめた……。
後ろ手に腕を括られたままでは、ぐったりと重い体を起こすこともできず、肩を落とす巴に触れることもできない。
旭を拒絶するように向けられた背に声を伸ばす。
「ごめんな、巴」
「……それは何に対して謝ってるの?」
巴の声に少しだけ鋭さこもり、背から苛立った様子が伝わってくる。
こんなふうに刺々しい様子も初めて見た。
熱を発散し、発情中に感じたような歪な感情は落ち着いている。ところが、歪さが正されたはずの頭に苦々しさと、少しの優越が隠れていることに気が付いてしまった。
巴から逃げることで守ろうとしたのは何だったのだろう。
結局、正しいと思って積み上げていたブロックは初めから歪んでいたのかもしれない。
「もう、俺のことは見捨ててよ。これ以上巴の負担になりたくない」
幼馴染みだから、友達だから、なんてそれらしい理由を取って付けても、今の状況はもうその範疇をどう考えてもとっくに超えてしまっている。一方的に負担をかけるだけの関係なんて耐えられない。
「……負担だと思ってたらそもそも追いかけてこないよ。って言うか、なんで僕がここにいるのか聞かないんだね」
「ん? 英司に聞いだんだろ?」
それ以外にないじゃないか、ときょとんとして見せると巴はふっと鼻で笑った。
「家にいないと思ったら英司とホテルなんかにいるからびっくりしちゃった」
そう言ってようやくこちらを振り向いた巴の美しい顔には、最近よく見るようになった冷気を含んだ笑みが張り付けられている。でも、やはりその冷ややかさには身がすくんでしまう。
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「危ないから動かないでね」
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「何を……!」
ジャキンと言う軽快な音と共に、あっという間に服だったものは端切れに変化していく。
旭はその光景を呆然と見ていることしかできなかった。
「他の男が買った服なんて着たらダメだよ」
巴は目を細め、口角をあげて確かに笑っている。
それなのに、その瞳の奥には確かな怒りが見て取れた。
「なんで……怒ってるんだ?」
宇多川の男は優男に見えて異常なほど執着が強い者が多い――。
ふと夢の中で土地神に言われた言葉が頭を過る。
まさか、と思う。
でも、確実に、巴は怒っている。
その証拠のように、さっきまで細められていた切れ長の眼をキュッと吊り上げ、眉間にはしわが寄っている。
「なんで? わからないの?」
「わ、わからない」
「……じゃあ、なんで旭はなんで笑ってるの?」
「えっ?」
笑っている? そんなはずがない。
目の前にいる怒りを湛えた巴が怖くて、怖くて仕方がない。
そのせいで心臓が早く動いて、胸の奥が熱くて仕方がないんだ。
これは怖いからだろう?
だって、巴は優しい。
怒っているところなんてこれまで見たことがない。
村の人達にも、祖父母にも、元恋人たちにも、そして旭にも。
役目を負った後、発情を抑えるために、出会い系で出会った男と旭が会っていた時に見せた怒りは、その愚行に対するものだと思っていた。
でも、そうじゃなかった。その証拠に、今もまた巴は怒っている。
巴を遠ざけようとしたことに、巴から逃げようとしたことに。
これが巴の怒り。巴の”執着”。
誰にも向けられなかった特別な感情が、旭にだけ向けられている。
そう思うと、胸の奥が燃えそうなほどに熱くなっていく。
この熱は何だ?
上を向いた口角がひくりと震える。
「笑ってるよ、嬉しそう」
僕は怒ってるのに、と不満気に眉を顰める巴の美しい顔に、ドクンと脈打つ心臓がさらに胸の奥の温度を上げていく。
――そうか。
「……俺は、嬉しいんだな」
――巴の感情が、執着が、俺に向いていることが。
旭はまだだるい体を無理やり起こし、巴の形の良い唇にそっと唇を重ねた。
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「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」
「ふふ、かわいいね。」
律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡
「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」
ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
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