【完結】元悪役令嬢の劣化コピーは白銀の竜とひっそり静かに暮らしたい

豆田 ✿ 麦

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本編

カーテンコールはお断り。①

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 ―――はぁっはあっはっはっ

 耳の中で激しく脈打つ鼓動と荒い呼吸だけが響く。
 ざあざあと、数年前に視察で出向いた港町で初めて見た海鳴りを思い起させるのは、密集する分厚い葉をかき分ける音。
 指も手も腕も足も、切り傷や擦り傷で血まみれで。
 肌触りもよく動きやすい上質な仕立ての衣服は、とっくに泥と汗と血で見る影もない。

 断続的にきぃんと響く耳鳴りと、背後から追ってくる低い唸り声。

 痛い
 苦しい
 怖い
 嫌
 助けて

 誰か助けて


◇◇◇


「今どき高位貴族が魅了魔法などに惑わされるわけもなかろうに」
「これも王妃殿下が開発されたアミュレットのおかげですな」
「わたくしは前途洋々たる若者の未来が奪われるのを見過ごせなかっただけですわ」
「実際、二十年前までは各国で被害が散発してましたからなぁ」

 時折現れる魅了魔法の使い手が高位貴族や王族に取り入り国を乱すというのは、その使い手の能力によって規模の差はあれど問題視はされてきていた。
 アミュレットはあれど、それは歴史ある国のみ、しかも王族クラスの中でも王や王太子程度しか持ちえないほど希少なものだった。
 ここで登場するのが才に優れた王妃殿下。独自の魔法構築による魔法陣の圧縮と希少素材の省略により、各国首脳陣が常備できる程度にまで生産可能とさせた。
 我が国においては、高位貴族、伯爵位以上の者は持たねば特権者としての意識に欠けるとさえ言われるほどに浸透している。

 まあ、それで色恋で道を踏み外す者が全くいなくなったかといったら、それはそれで別の話ですけども。

 なんでぇええぇえぇぇぇえぇぇとやまびこを響き渡らせながら、アンナが退場になった小ホールでは、さきほどまでの緊張感はすっかり霧散して、重臣たちの昔話と捕り物劇の感想で僅かばかりの高揚感をもって賑わっている。

 王太子殿下には、不正や横領、詐欺などの疑いがある男爵の摘発とその証拠確保が課題。
 王太子妃候補には、王太子殿下がその課題遂行のために接触した男爵令嬢が起こすであろう醜聞への対抗が課題。

 ―――王太子殿下はともかく、私への課題は少し意味がわからないだろうが、国内外問わず社交界では欠かせない醜聞やそれへの対処能力を試されている、らしい。
 王妃殿下も、婚約者時代に今回同様現れた魅了魔法の使い手に見事対処している。開発したアミュレットをもって。もっともその時は今回のように一族絡みの犯罪ではなく、魅了魔法の使い手単独犯で能力も低く、単純に玉の輿狙いだったようだけれど。
 どうしてこう魅了魔法の使い手はみんな逆ハー狙うのかしらねぇと、王妃殿下は昔ころころと笑いながら言っていた。

 高位貴族はすべからく魅了魔法の対抗手段を持っているし、それを知っている。勿論私も知っている。
 魅了魔法で操られることはほぼありえないといっていい。けれど恋に目が眩む者がいなくなるわけではない。むしろ操られることがありえないからこそ、不義理が発生すればそれは自発的なものだと考えざるを得なくなる。

 だから、課題に適しているそうだ。

 仲睦まじく切磋琢磨していたはずの婚約者の裏切りに心乱すことなく、学園や社交界での好奇や同情、嘲りの含む噂への対処、足を掬われないよう品位を保ち貴族社会での規範となるべく振舞うこと。

 王太子妃、次期王妃として、それが可能な器であると示せという課題。
 なぜなら現王妃も乗り越えた問題なのだから。
 
 傑物たる現王妃とまでいかずとも、シャルロット・マクドゥエルは現王妃の姪なのだから。
 現王妃の過去の偉業までいかずとも、シャルロット・マクドゥエルは確かに実績を積み上げているのだから。

 見事課題をこなした王太子とその婚約者を称賛し、次代のこの国も安泰だと、朗らかに語らう輪から離れて、王太子殿下がふにゃりとした笑顔を向けてくる。

「シャル、お疲れ様。よかったよ。気づいていてくれて。さすがに君を裏切っているかのような演技は辛かった」
「お前ならこなしきると信じてはいたが、まさかあんな意趣返しまでするとはな。肝を冷やしたぞ」
「僕は冷えたどころじゃないです、心臓が凍ったかと」

 公爵閣下も柔らかなまなざしで苦笑しつつ続き、護衛兼侍従はまだ少し震える指先を胸にあてている。

「ふふっ、私は心配してなかったわよ。だってシャルロットですもの」
「そうだよね。僕たちの中で一番伯母上にそっくりなんだし」
「兄さまっ王妃殿下でしょっおうちじゃないんだから」

 公爵夫人は閣下に寄り添い、公爵家嫡男は末の令嬢に窘められてちらりと舌を出す。

「だけど試験とはいえ、あんな慎みのない女性の相手はもうごめんだな」
「全くだ。よくあれでシャルロット嬢に対抗できると思ったものだよ」

 宰相子息に騎士団長子息が、苦笑とともに幼馴染らしいいつもの親しみを向けてくる。


「本当にお疲れ様、シャルロット。わたくしも伯母として鼻が高いわ」
「意外でもあったぞ。例え試験であることを見抜いていても、シャルロットならノってみせると思っていたしな―――昔の君を見ているようで面白かったよ」

 陛下は王妃殿下の腰をさらに抱き寄せつつ、こめかみにキスを落としては王妃殿下に軽くたしなめられている。
 王太子殿下が対抗でもしたいのかなんなのか、また距離を詰めようと歩み寄ってくる。




 ああ、

 あああ、

 あああああああ、どいつもこいつも―――
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