冷宮の人形姫

りーさん

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第一章 虐げられた姫

第6話 後悔

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「陛下、皇宮医からの報告です」
「申せ」
「まずは、第四皇女殿下は、虐待を使用人からも受けていたそうです」
「やはりそうか……」

 うすうす感じてはいた。いくらルメリナの性格が悪いとはいえ、彼女が手を出すのは、機嫌が悪いときだけだ。後は、口で罵るくらい。手を出すくらい気に入らない存在と一緒の部屋だったとは思えないし、彼女がわざわざ部屋まで行くとは思えない。それなら、側にいる使用人に手を出す方が早いし楽だ。

 それでも、身体中に古傷があるなら、使用人が手を出したとしか考えられない。レンドの言う通り、彼女には味方なんていなかったのだ。

「あと、骨が浮き出るほど痩せているようで、まともに食事すらも食べていないのではないかと。どうやら、お昼も一口も口にされていないようですし」
「では、食べやすいものに変えた方が良いな」

 まともな食事も採れていないなら、固形物は良くないかもしれない。まずは、パンとスープだけにしておいた方がいいだろう。

「他は?」
「念のためにと、血液を採取したそうです。結果は数ヵ月は先になるでしょうが」
「……分かった。皇女と皇子を呼ぶ件はどうなっている?」
「あと数日はかかると思われます。まだ全員に呼び出しをかけられていないので」

 ただでさえ、第四皇女を入れれば十一人もいる。連絡に時間がかかるのは予想できていたことだ。

「そういえば、ご存知か知りませんが、第四皇女殿下には、異名があったそうですよ?」
「異名?どんな」
「ルメリナ皇妃がつけたそうでして、【人形姫】と言うそうです。表情が変わらないからというのが理由だそうですよ?」

 人形姫……か。確かに、彼女を表す言葉ではあるだろう。

「その噂が広まって、世間では冷宮の人形姫と呼ばれているそうです」
「どこから広まったんだ?」
「逃げた使用人ではないですか?」

 そういえば、使用人は誰も見かけなかった。おそらく、皇女を迫害していたことを気づかれるのを恐れて逃げたんだろう。だが、皇宮で勤めていたという事実があれば、どこでも雇っては貰える。解雇理由は適当にでっち上げればいい。他の家で雇われている可能性もあるな。

「あの子はどうしている?」
「知りません」
「なら、私が一度会いに行ってみることにしよう」
「かしこまりました。予定をつけるようにさせます」

 それから翌日、午前中に訪問することになった。

 皇女の住んでいる、シトリン宮に向かう。空いている宮でいいだろうと思い、適当に選んだので、他の皇子や皇女と比べ、あまり広くない。元々離宮として使われていた場所でもあるからだ。

 本当に、私は彼女には興味の欠片も持っていなかったんだな。

 シトリン宮の中に入り、皇女がいる部屋の前までついた。事前に連絡は入れているので、問題はないだろう。

 中に入ると、あのときハリナが言っていたように、ベッドに腰かけている。その隣に座った。

「フィレンティア」

 そう声をかけると、ゆっくりとこちらを向いた。初めて会ったときも、自分がフィレンティアだと分かっているようだったし、質問にもうなずきで答えているから、言葉は理解しているんだろう。改めて見ると、やはり目に光がない。人形姫と呼ばれるだけはあるということか。

 ……私が、たとえ彼女の誕生日だけでも会いに行っていれば、ここまで壊れることはなかっただろうか。今さらなんだと思われているかもしれないが、これからはきちんと向き合わないとな。

「昨日は何も食べなかったと聞いた。今日の朝は食べたか?」

 そう聞くと、ゆっくりとうなずいた。

「美味しかったか」と聞くと、反応がない。感情も壊れているようだし、美味しいという感覚もないのだろうか。

 ……味も感じられないということか。もしかしたら、すべての感覚がないのかもしれない。

 感覚もない、感情もない、声も出せない、美しい外観。完全な人形だ。

 見た目は、外見だけは良かったルメリナの娘だからか、本当に美しいと思う。だが、皇宮医の診断通り、骨が浮き出て見え、髪も手入れがあまりされていないのが分かる。ここで暮らし始めたから、前よりは多少はマシになっているのだろうが。

 ……彼女には、愛情が必要だ。自分が必要とされていることを自覚する必要がある。そうすれば、少しは人間になれるはずだ。

 彼女が人形になってしまったのは、私が放置していたせいもある。彼女を人間にするのは、私のせめてもの罪滅ぼしだ。

「今さらなんだと思うかもしれないが、私は君が心配なんだ。だから、きちんと三食食べてくれ」

 そう言うと、ゆっくりとうなずいた。

 怒っているのかが分からない。本当に表情が変わらないから。怒りという感情も失くしているのかもしれないな。それに、彼女は断ることをしない。

 ルメリナ皇妃は、自分に逆らうものには容赦がなかったし、断る権利もなかったんだろう。

 いつまでもここにいては仕事が進まないので、そろそろ帰るとしよう。

「すまないが、これ以上仕事に穴を開けるわけにはいかない。また時間を見つけて会いに来る」

 そう言っても、返事が返ってくることはない。下の方の一点だけを見つめたままこちらも見ない。彼女がこちらを見るのは、自分の名前を呼ばれたときだけのようだ。

 部屋を出ていき、執務室に戻った。レクトはきっちりと書類を積んでいた。この量は、休憩なぞ取らせる気はないことが伺える。

 書類の決裁を進めていく。そのときに、思い浮かんだのは、彼女のことだった。

 ……もし、彼女に感情が戻ったら、私は恨まれるだろうか。話せるようになったら、ふざけるなと怒鳴られるだろうか。もしかしたら、一発は殴られるかもしれない。

 だが、そんなことをされても文句は言えないし、罰則をつける権利もない。こんなことは、彼女が今まで味わってきた苦しみに比べれば、なんてことない。

 あの子を人間にするためにも、他の皇子や皇女の協力は必要不可欠だ。家族の愛情が彼女には必要だから。幸い、フローラルは彼女を好意的に思っているようだし、そこまでの問題が起こるようなことはないだろう。

 唯一、アルクシードが彼女を突き飛ばしたという前科があるようだが、きっちりと叱れば問題はない。

「陛下、皇子殿下と皇女殿下全員の都合がついたようです」

 ノックもせず、ドアを開けるなり、レクトはそんなことを言ってきた。

「日時は?」
「三日後ですね。明日と明後日は、婚約者と交流がある方がいらっしゃるようなので」
「それは中止にするわけにはいかないからな。三日後で問題ない。そのようにしてくれ」

 三日後か。それまで私は、できるだけ彼女と交流してみるようにしよう。
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