冷宮の人形姫

りーさん

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第一章 虐げられた姫

第7話 多くないですか?

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 早く動くための訓練で、お部屋の中を歩いていたとき、ノックの音が静かな部屋に響く。

「フィレンティア」

 今日で二日目。確かに、時間を見つけて会いに来ると言っていたけど、この人は暇なのだろうか。さすがに二日連続で会いに来られたら、私も顔は覚える。

 今日は何を話すのだろうか。

「今日は菓子を持ってきたんだ。食べるか?」

 お菓子?食べるかと言われても……私には今まで選択権なんて与えられなかったから、そう言われても何も答えられない。別に食べなくてもいいし、食べろと言われれば食べる。ただそれだけ。

 人形姫は自分の意思を持たないのに。選択権を与えられても、何もできない。
 いや、一人なら、何をしても怒られないから、動ける。人がいたらダメなのだ。事実、この人が来てから、私の足はまったく動かない。

「……食べてみろ」

 そう言われて、反射的に手でお菓子を掴んで、口に運んだ。

 こう言ってくれないと、人形姫は動かない。人形姫は心なんてないから。いや、考えられるんだから、心はあるか。でも、思いなどは欠片もない。

 私にとって、世界は、前世の言葉で言う、モノクロのように映っている。いや、どんな色かは分かる。でも、ただそこにあって、存在しているだけ。『きれい』や『美しい』なんて分からない。

 お菓子を一つ食べ終わって、人形姫は行動を停止した。私は、自分から動かない。動こうと思えば動けるけど、勝手に動いたらぶたれるから。かつては痛かった。苦しかった。動いて叩かれて倒れるくらいなら、動かないで座って愛玩になっている方がいい。かつての私はそう考えたから、動かなくなった。

 まずは動かなくなり、話さなくなり、感情が失くなった。だんだん人形に近づいていた。その結果、完全な人形となった。

 食事を一ヶ月抜かれても死ななかった。熱した鉄で焼かれても、鞭で打たれても。体に傷はついたけど、死ななかった。人形は、食事なんていらない。虐待と呼ばれるものを受けても、傷はつくけど、壊れることはあまりない。人形が死ぬのは、燃やされるか、バラバラにされたときだ。

 私も、燃やされたら死ぬだろうし、四肢をバラバラにされたら死ぬだろう。私は人形と同じだ。人形が平気なら、私も平気。人形がダメなら、私もダメ。本当の人形姫。

 人形は、人に動かしてもらわなくてはダメなのだ。人形が勝手に動いていたら、不気味に思われる。ルメリナには叩かれた。だから、私は動かない。一人でも動かなかった。いつ部屋に来るか分からなかったから。
 でも、ここは違う。みんな、ノックしてくれるから、来るのが分かる。

「フィレンティア。君は自分とルメリナ以外の皇族は誰か知っているか?」

 皇族……誰か会ったことあったかな?皇族と聞いて浮かんだのは、ルメリナだけだった。他に、誰かいただろうか。いや、皇帝がいるのか。でも……誰だっけ?呼ばれたときに会った皇帝は……ダメだ。もやがかかったみたいに思い出せない。

 とりあえず、質問には答えないといけない。首を横に振ったら、なぜか表情が変わった。怒らせたのだろうか。哀れまれたのだろうか。感情が分からない。

「……私が誰かも分からないか?何度か話したはずだが」

 そうだったっけ?言われてみれば、会ったことがあるような気も……でも、覚えてない。分からない。

 ゆっくりと首を横に振った。そしたら、「そうか……」と呟いた。

「私は、この国の皇帝、カイラード・レント・アベリニア。君の父親だ。皇族は、ルメリナを抜いたら、皇妃が五人、皇子が七人、皇女が君を含めた四人だ」

 皇妃……ルメリナと同じ立場の人が五人。私は末っ子だったはずだから、兄と姉が合計10人いるんだ。そんなにいるのか。名前を覚えるのが大変だな。この人も顔は覚えたけど、名前はもう忘れてしまっていた。

 冷宮にいたときは、何もすることがなかったから、人の名前を何度も頭で繰り返して覚えることで時間を潰していた。ルメリナとアリミアを覚えることができたのは、それもあるかもしれない。一度、皇帝の名前も覚えた気がするけど、会ったことはなかったし、ここ数日の間は、体を動かすのに忙しくて、名前を覚えることができなかったから、もう忘れてしまった。

「一度に全部覚えようとはしなくてもいい。君には、これだけ家族がいるということを分かってくれていれば」

 それは分かる。でも、一日も経てば、何人いたかも忘れている。覚えるだけ無駄だと思っていたから、覚えられない。いつものように、頭の中で繰り返していればいいのだろうか。

「今日はもう戻る。近いうちに、皇子や皇女も来るはずだ。気分を悪くするようなことを言われたら言ってくれ」

 そんな思いすらないというのに。いちいち嫌な思いをしていたら、冷宮あそこで精神を保つのは不可能だ。私に前世の記憶があったから、生き残るために、早く感情と感覚を壊した。何も感じなければ、辛く思わないから。

 そんなことを考えているうちに、皇帝は、静かに部屋を出ていった。

 ……よし。忘れないうちに、繰り返しておこう。まずは、この使用人二人の名前。

 ハリナともう一人は……セリアだ。

 ハリナハリナハリナハリナハリナ……

 セリアセリアセリアセリアセリア……

 名前を唱えると同時に、その二人の顔も見る。ここまでして、やっと覚えることができる。

 そうだ。皇帝も、忘れない方がいいかも。確か、カイラード……だったよね。

 カイラードカイラードカイラード……よし。今日は覚えた。明日またやらないと忘れてしまう。

 これを、一週間くらいは繰り返さないと、本当に忘れてしまう。

「フィレンティア皇女殿下」

 そう声をかけてきたのは……ハリナだった。

「今日はもう遅いですし、お休みになられてください」

 そう言われて、すぐに寝転がった。

 前までは、『~いかがですか?』と言っていたのに。私には、命令した方がいいと思ったのかも。

 事実、もう目を閉じてしまっている。誰かに従うのが、もう癖になってしまっているんだ。この癖は別に困らないから、直らなくてもいいけど。

 それにしても、皇帝は、明日も来るのかな……
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