冷宮の人形姫

りーさん

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第一章 虐げられた姫

第5話 診察

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 部屋に戻って、ベッドに座る。ベッドの上が定位置のようになっている。勝手に動いたら、ルメリナに叩かれるので、ずっとここにいたから。顔を歪めて大きな声を出しながら叩いてくるので、多分、怒っているんだろう。

 怒ることができるなんて。私はあの人の娘なのに、何もできない。感情を奪ったのは、ルメリナだけど、憎いとか、悔しいとか、そんな感情は微塵も湧かない。もしかしたら、沸いているのかもしれないけど、分からない。
 もし、あの人が生き返りでもして、また会うことになったら、私はどう思うんだろうか。どうでもいいと、そうやって割りきれるんだろうか。それとも、お前のせいだとでも言って責めるんだろうか。
 ……分からないから、考えるのを止めよう。

「フィレンティア皇女殿下、昼食でございます」

 昼食……お昼ごはんということだっけ。冷宮ではまともに用意されたことがなかった。いや、昼だけじゃなくて、朝昼晩全部だけど。固いパンと、ほぼ水と言っても過言ではない冷たいスープだけ。それは、静香として過ごした記憶があったから、余計に不味く感じた覚えがある。でも、食べないと生きられないと思ったから、味覚も失くした。何の味も感じなければ、水を使えば飲み込める。そうしたら、美味しいも忘れた。

 出されたのは、パンと、スープと……野菜……かな?それと一緒に、食器が出されている。スプーンとフォークとナイフ。静香のときは使っていたような気がしたけど、静香の記憶で覚えているのは、人や物の名前くらいで、どう使っていたか、どんな人だったかは覚えていない。

 だから、名前を知ってるだけで、どう使えばいいのか分からない。一応、皇族なら作法というものがあるのかもしれないけど、教えて貰ったことがない。

「食欲がないのですか?」

 いつまでも食べない私を見て……えっと……あっ、ハリナだ。ハリナが話しかけてきた。今度こそはきちんと名前を覚えないと。何度も頭の中で繰り返せば覚えられるかな。

 食欲があると言えば嘘になる。まともに用意されたことがないから、私はお腹が空くことはないから。だから、ゆっくりと首を縦に降る。

 人形姫は、早く動くことができない。ずっと、ベッドに座って過ごしていて、動く必要がなかったから。

 早く動かす方法が分からない。動く必要がなくて、動かなかったなら、ずっと動いていれば、早く動かせるのだろうか。それなら、部屋の中を歩き回ってみようか。

「では、片づけさせていただきます」

 出された料理や食器を片づけ始めた。あの料理は、どうするのだろうか。誰かが食べるのか、捨ててしまうのか。どちらにしても、私には関係のないことだけど。

 ……静香のときなら、もったいないと思えたのかな。物に執着心が欠片も持てないから、物欲は当然、もったいないとも思えない。もし、私に執着心が戻ってきたなら、最初に興味を持つなら何なんだろう。捨てたくないほど、欲しくなるものは……何なんだろう。

 ふと、ドアをノックする音が聞こえた。セリアが代わりに返事をすると、女の人が入ってきた。この人は、会ったことは……なかったはずだけど……会ったことあったかな?

「フィレンティア皇女殿下、私はメルビアと申します。皇帝陛下の命で、皇女殿下の診察をさせていただくためにお伺いしました」
「……」

 好きにどうぞ。

 そう言えない。言えたらいいのに。この話したいという思いは、どういう感情から来るんだろう?……分からない。そう思ったら、その気持ちはすぐに冷めた。やっぱりダメだな。少しは感情が戻ってきたかと思ったけど、私は考え込めないから、一度分からなくなったら、どうでもよくなってしまう。

 これは、諦めなのだろうか。それとも、思いたいだけで、本当は思っていなかったのだろうか。話さなくなったきっかけはルメリナだけど、そのままずっと話さなかったのは、話す必要がないと思ったのが始まりだったと思う。必要不必要もよく分からないけど。それでも、診察は、多分必要なことだろうから、好きにしてくれればいい。

「皇女殿下、首を振る答え方で構いません。質問に答えてくれますか?」

 ゆっくりとうなずいた。

「虐待を受けていたと聞きますが、使用人は見てみぬふりだったのですか?」

 首をゆっくりと横に振る。

「では、味方だったのですか?」

 味方……そんなのは、一人もいなかった。敵とも思ってなかったけど。でも、どちらかと言えば、敵だったのかな?
 ゴミをかけられたり、無視されたりしただけだけど。

 ゆっくりと首を横に振った。

「では……使用人もあなたに皇妃殿下と同じようなことをしていたのですか?」

 ゆっくりとうなずいた。

「分かりました。もう結構です。次は、体を診ますので、こちらに手を伸ばしてくれますか?」

 言われた通りに、手を伸ばす。袖を捲って、古傷を見ている。そして、手首に指を当てたり、腕を撫でたりしている。

「念のため、採血もしますね」

 採血……静香の記憶では、血を採ることだったっけ。痛みなんて感じないから、好きにしてくれればいい。

 注射で、肘の裏側に針を刺した。

 ……やっぱり、全然痛くない。そもそも、感覚がないから、目をつぶっていたら、触っていることも、刺されていることも分からないと思う。

 血でいっぱいになったら、針を抜いて、すぐに小さめの布で抑えてきた。

「この布を抑えられますか?」

 言われた通りに抑えてみる。人に言われたことをするときは、いつもと比べて動きが早い。人形姫だからだろうか。人形は、人に動かして貰えば、どんな動きもできる。素早い動きも。
 自分で動かせるようにも、なったほうがいいのかな。あの皇女様は、自分で動いていた。ここで暮らすなら、自分で動けないといけないのかもしれない。
 ちょっと、頑張ってみようかな。すぐに諦めるかもしれないけど。

「ありがとうございました。皇女殿下はお休みになってください」

 見ているか分からないけど、ゆっくりうなずいた。
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