5 / 75
第一章 虐げられた姫
第5話 診察
しおりを挟む
部屋に戻って、ベッドに座る。ベッドの上が定位置のようになっている。勝手に動いたら、ルメリナに叩かれるので、ずっとここにいたから。顔を歪めて大きな声を出しながら叩いてくるので、多分、怒っているんだろう。
怒ることができるなんて。私はあの人の娘なのに、何もできない。感情を奪ったのは、ルメリナだけど、憎いとか、悔しいとか、そんな感情は微塵も湧かない。もしかしたら、沸いているのかもしれないけど、分からない。
もし、あの人が生き返りでもして、また会うことになったら、私はどう思うんだろうか。どうでもいいと、そうやって割りきれるんだろうか。それとも、お前のせいだとでも言って責めるんだろうか。
……分からないから、考えるのを止めよう。
「フィレンティア皇女殿下、昼食でございます」
昼食……お昼ごはんということだっけ。冷宮ではまともに用意されたことがなかった。いや、昼だけじゃなくて、朝昼晩全部だけど。固いパンと、ほぼ水と言っても過言ではない冷たいスープだけ。それは、静香として過ごした記憶があったから、余計に不味く感じた覚えがある。でも、食べないと生きられないと思ったから、味覚も失くした。何の味も感じなければ、水を使えば飲み込める。そうしたら、美味しいも忘れた。
出されたのは、パンと、スープと……野菜……かな?それと一緒に、食器が出されている。スプーンとフォークとナイフ。静香のときは使っていたような気がしたけど、静香の記憶で覚えているのは、人や物の名前くらいで、どう使っていたか、どんな人だったかは覚えていない。
だから、名前を知ってるだけで、どう使えばいいのか分からない。一応、皇族なら作法というものがあるのかもしれないけど、教えて貰ったことがない。
「食欲がないのですか?」
いつまでも食べない私を見て……えっと……あっ、ハリナだ。ハリナが話しかけてきた。今度こそはきちんと名前を覚えないと。何度も頭の中で繰り返せば覚えられるかな。
食欲があると言えば嘘になる。まともに用意されたことがないから、私はお腹が空くことはないから。だから、ゆっくりと首を縦に降る。
人形姫は、早く動くことができない。ずっと、ベッドに座って過ごしていて、動く必要がなかったから。
早く動かす方法が分からない。動く必要がなくて、動かなかったなら、ずっと動いていれば、早く動かせるのだろうか。それなら、部屋の中を歩き回ってみようか。
「では、片づけさせていただきます」
出された料理や食器を片づけ始めた。あの料理は、どうするのだろうか。誰かが食べるのか、捨ててしまうのか。どちらにしても、私には関係のないことだけど。
……静香のときなら、もったいないと思えたのかな。物に執着心が欠片も持てないから、物欲は当然、もったいないとも思えない。もし、私に執着心が戻ってきたなら、最初に興味を持つなら何なんだろう。捨てたくないほど、欲しくなるものは……何なんだろう。
ふと、ドアをノックする音が聞こえた。セリアが代わりに返事をすると、女の人が入ってきた。この人は、会ったことは……なかったはずだけど……会ったことあったかな?
「フィレンティア皇女殿下、私はメルビアと申します。皇帝陛下の命で、皇女殿下の診察をさせていただくためにお伺いしました」
「……」
好きにどうぞ。
そう言えない。言えたらいいのに。この話したいという思いは、どういう感情から来るんだろう?……分からない。そう思ったら、その気持ちはすぐに冷めた。やっぱりダメだな。少しは感情が戻ってきたかと思ったけど、私は考え込めないから、一度分からなくなったら、どうでもよくなってしまう。
これは、諦めなのだろうか。それとも、思いたいだけで、本当は思っていなかったのだろうか。話さなくなったきっかけはルメリナだけど、そのままずっと話さなかったのは、話す必要がないと思ったのが始まりだったと思う。必要不必要もよく分からないけど。それでも、診察は、多分必要なことだろうから、好きにしてくれればいい。
「皇女殿下、首を振る答え方で構いません。質問に答えてくれますか?」
ゆっくりとうなずいた。
「虐待を受けていたと聞きますが、使用人は見てみぬふりだったのですか?」
首をゆっくりと横に振る。
「では、味方だったのですか?」
味方……そんなのは、一人もいなかった。敵とも思ってなかったけど。でも、どちらかと言えば、敵だったのかな?
ゴミをかけられたり、無視されたりしただけだけど。
ゆっくりと首を横に振った。
「では……使用人もあなたに皇妃殿下と同じようなことをしていたのですか?」
ゆっくりとうなずいた。
「分かりました。もう結構です。次は、体を診ますので、こちらに手を伸ばしてくれますか?」
言われた通りに、手を伸ばす。袖を捲って、古傷を見ている。そして、手首に指を当てたり、腕を撫でたりしている。
「念のため、採血もしますね」
採血……静香の記憶では、血を採ることだったっけ。痛みなんて感じないから、好きにしてくれればいい。
注射で、肘の裏側に針を刺した。
……やっぱり、全然痛くない。そもそも、感覚がないから、目をつぶっていたら、触っていることも、刺されていることも分からないと思う。
血でいっぱいになったら、針を抜いて、すぐに小さめの布で抑えてきた。
「この布を抑えられますか?」
言われた通りに抑えてみる。人に言われたことをするときは、いつもと比べて動きが早い。人形姫だからだろうか。人形は、人に動かして貰えば、どんな動きもできる。素早い動きも。
自分で動かせるようにも、なったほうがいいのかな。あの皇女様は、自分で動いていた。ここで暮らすなら、自分で動けないといけないのかもしれない。
ちょっと、頑張ってみようかな。すぐに諦めるかもしれないけど。
「ありがとうございました。皇女殿下はお休みになってください」
見ているか分からないけど、ゆっくりうなずいた。
怒ることができるなんて。私はあの人の娘なのに、何もできない。感情を奪ったのは、ルメリナだけど、憎いとか、悔しいとか、そんな感情は微塵も湧かない。もしかしたら、沸いているのかもしれないけど、分からない。
もし、あの人が生き返りでもして、また会うことになったら、私はどう思うんだろうか。どうでもいいと、そうやって割りきれるんだろうか。それとも、お前のせいだとでも言って責めるんだろうか。
……分からないから、考えるのを止めよう。
「フィレンティア皇女殿下、昼食でございます」
昼食……お昼ごはんということだっけ。冷宮ではまともに用意されたことがなかった。いや、昼だけじゃなくて、朝昼晩全部だけど。固いパンと、ほぼ水と言っても過言ではない冷たいスープだけ。それは、静香として過ごした記憶があったから、余計に不味く感じた覚えがある。でも、食べないと生きられないと思ったから、味覚も失くした。何の味も感じなければ、水を使えば飲み込める。そうしたら、美味しいも忘れた。
出されたのは、パンと、スープと……野菜……かな?それと一緒に、食器が出されている。スプーンとフォークとナイフ。静香のときは使っていたような気がしたけど、静香の記憶で覚えているのは、人や物の名前くらいで、どう使っていたか、どんな人だったかは覚えていない。
だから、名前を知ってるだけで、どう使えばいいのか分からない。一応、皇族なら作法というものがあるのかもしれないけど、教えて貰ったことがない。
「食欲がないのですか?」
いつまでも食べない私を見て……えっと……あっ、ハリナだ。ハリナが話しかけてきた。今度こそはきちんと名前を覚えないと。何度も頭の中で繰り返せば覚えられるかな。
食欲があると言えば嘘になる。まともに用意されたことがないから、私はお腹が空くことはないから。だから、ゆっくりと首を縦に降る。
人形姫は、早く動くことができない。ずっと、ベッドに座って過ごしていて、動く必要がなかったから。
早く動かす方法が分からない。動く必要がなくて、動かなかったなら、ずっと動いていれば、早く動かせるのだろうか。それなら、部屋の中を歩き回ってみようか。
「では、片づけさせていただきます」
出された料理や食器を片づけ始めた。あの料理は、どうするのだろうか。誰かが食べるのか、捨ててしまうのか。どちらにしても、私には関係のないことだけど。
……静香のときなら、もったいないと思えたのかな。物に執着心が欠片も持てないから、物欲は当然、もったいないとも思えない。もし、私に執着心が戻ってきたなら、最初に興味を持つなら何なんだろう。捨てたくないほど、欲しくなるものは……何なんだろう。
ふと、ドアをノックする音が聞こえた。セリアが代わりに返事をすると、女の人が入ってきた。この人は、会ったことは……なかったはずだけど……会ったことあったかな?
「フィレンティア皇女殿下、私はメルビアと申します。皇帝陛下の命で、皇女殿下の診察をさせていただくためにお伺いしました」
「……」
好きにどうぞ。
そう言えない。言えたらいいのに。この話したいという思いは、どういう感情から来るんだろう?……分からない。そう思ったら、その気持ちはすぐに冷めた。やっぱりダメだな。少しは感情が戻ってきたかと思ったけど、私は考え込めないから、一度分からなくなったら、どうでもよくなってしまう。
これは、諦めなのだろうか。それとも、思いたいだけで、本当は思っていなかったのだろうか。話さなくなったきっかけはルメリナだけど、そのままずっと話さなかったのは、話す必要がないと思ったのが始まりだったと思う。必要不必要もよく分からないけど。それでも、診察は、多分必要なことだろうから、好きにしてくれればいい。
「皇女殿下、首を振る答え方で構いません。質問に答えてくれますか?」
ゆっくりとうなずいた。
「虐待を受けていたと聞きますが、使用人は見てみぬふりだったのですか?」
首をゆっくりと横に振る。
「では、味方だったのですか?」
味方……そんなのは、一人もいなかった。敵とも思ってなかったけど。でも、どちらかと言えば、敵だったのかな?
ゴミをかけられたり、無視されたりしただけだけど。
ゆっくりと首を横に振った。
「では……使用人もあなたに皇妃殿下と同じようなことをしていたのですか?」
ゆっくりとうなずいた。
「分かりました。もう結構です。次は、体を診ますので、こちらに手を伸ばしてくれますか?」
言われた通りに、手を伸ばす。袖を捲って、古傷を見ている。そして、手首に指を当てたり、腕を撫でたりしている。
「念のため、採血もしますね」
採血……静香の記憶では、血を採ることだったっけ。痛みなんて感じないから、好きにしてくれればいい。
注射で、肘の裏側に針を刺した。
……やっぱり、全然痛くない。そもそも、感覚がないから、目をつぶっていたら、触っていることも、刺されていることも分からないと思う。
血でいっぱいになったら、針を抜いて、すぐに小さめの布で抑えてきた。
「この布を抑えられますか?」
言われた通りに抑えてみる。人に言われたことをするときは、いつもと比べて動きが早い。人形姫だからだろうか。人形は、人に動かして貰えば、どんな動きもできる。素早い動きも。
自分で動かせるようにも、なったほうがいいのかな。あの皇女様は、自分で動いていた。ここで暮らすなら、自分で動けないといけないのかもしれない。
ちょっと、頑張ってみようかな。すぐに諦めるかもしれないけど。
「ありがとうございました。皇女殿下はお休みになってください」
見ているか分からないけど、ゆっくりうなずいた。
72
あなたにおすすめの小説
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
【コミカライズ決定】愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
【コミカライズ決定の情報が解禁されました】
※レーベル名、漫画家様はのちほどお知らせいたします。
※配信後は引き下げとなりますので、ご注意くださいませ。
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる