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第二章 愛される末っ子姫
第15話 人形姫の涙と笑顔
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体が重い。
目を開けようとしても、力が入らない。
かすかな力でなんとか目を開けると、誰かが覗き込んでいた。
目が少ししか開いていないから、ぼやけているけど、なんとなくトリー姉様だということは分かった。
トリー姉様は、手に本らしきものを持っていたけど、私と視線が合うと、本を閉じた。
「あら、起きましたか?」
「トリー……ねえ……さま?」
「無理して話さなくても結構ですわ。魔力暴走で力が入らないでしょう」
力が入らないのはそれが理由なんだ。
「でも……」
でも、前に暴走しても特に何もなかったような気がするんだけど……。
「前のは“魔力”ではなく“魔法”が暴走しただけですもの。魔法によってあなたの人形らしさは強くなったかもしれませんが、身体的な疲労はあまりありません」
あれ?私、声に出てたかな……。出てたかもしれない。
それか、でもで察したのかも。
「あのやかましい連中には仕事を与えていますので、しばらくはこちらには来ませんわ。今のうちに、あのやかましさに耐えられる体力を取り戻しておきなさい」
トリー姉様は、小さく微笑んで寝ている私の頭を撫でた。
やかましい連中が、誰なのかなんとなくわかるような気がする……。違うかもしれないけど。
でも、そう思うと、なんかほっこりするような、来てほしいような、来てほしくないような複雑な感情がーーあれ?
私、いつから感情なんて分かるようになったの?さっきも、トリー姉様が微笑んでるってすぐに分かったし。
なんか、おかしいような……。
「……なるほど。フェレスがあの子達を遠ざけろと言うはずですわね」
トリー姉様はトリー姉様で、なんか一人言を呟いて一人で納得しているし。
「フェレスから多少のことは聞いていますわ。サラと名乗る女性があなたの魔法をすべて消したそうですわね」
トリー姉様からそう言われて、私は倒れる前にあったことを思い出した。
そして、また記憶がフラッシュバックしてくる。
二回目だからか、叫ぶことはなかったけど、体の震えが止まらない。その体を、トリー姉様がそっと撫でてくれる。
「思い出したくないのなら思い出す必要はありませんわ。皆、あなたが話したくないことは聞きませんし、あなたがやりたくないことをやらせたりもいたしません。何を今さら、と思うかもしれませんが、あなたに向き合いたいのですよ」
姉様がそう言って撫でてくれるだけで、体の震えはなくなった。
それと同時に、何かが頬を伝っている。姉様のほうを見ると、姉様は少し慌てながらも、そっと目の辺りを拭う。
これで、私が涙を流しているのが分かった。
涙を流したのは何年ぶりだろう。もう、悲しんだのがいつだったかも覚えていない。それくらい前だったような気がする。
「泣きたければ泣け……と言いたいのですが、あまりにも泣きすぎると、あのやかましい連中が仕事を放り出してこちらに押しかけてくる可能性がありますので、なるべく声は抑えてほしいですわね……」
「きてもいいんじゃないの?」
「あなたが目覚めるのを心待ちにしておりましたから、一度会ったら一週間はくっついたままでしょうが……それに耐えられるくらいに精神と体力は戻りましたの?」
う~ん……どうだろう。一週間くっついたままって言うけど、冷宮から移ったときには、大抵誰かが一緒だったから、あまり変わらないような気がするーーと思ってトリー姉様を見たら、トリー姉様ははぁとため息をつく。
「あまり変わらないようなと思っているなら見当違いですわ。アベリナ皇族は、ほとんどのものには興味を引かれませんの。正確には、感情を表に出さない本質がありますわ」
「にいさまたち、よくわらってるけど……?」
「そう。あなたは、あの子達が興味を引かれる数少ない存在。あなたとずっと会っていないことで、今ごろストレスが溜まっているころでしょう。そんな状態であなたに会えば、いつもの4割増しくらいにはやかましくなりますわ」
「あ、あう~……」
それはちょっと嫌だな、と思った私がいた。
嫌なんていう感情も久しぶりに感じたかも。
「まぁ、体力が戻ったら顔を出してあげてくださいませ。今ごろそのストレスをぶつけられているのが側つき見習いを筆頭に使用人たちでしょうから」
「だいじょうぶなの……?」
「大丈夫ですわ。そんなことに耐えられるような器がなければあの子達の使用人なんてまず務まりませんもの」
そんなものなのだろうか。私は耐えられなかったから無意識に人形になってしまったわけだけど。
「そんなわけですので、あなたの好きなときにお会いなさい。それくらいの時間は待たせますわ」
待ってくれるんじゃなくて、待たせるの?
どれだけ会いたいと思っているんだろう……。
でも、そう考えると、胸がポカポカする。ちょっぴりうれしいような、そんな感じ。
「……前言撤回ですわ。まだ一ヶ月は会わないほうがいいかもしれません」
「……なんで?」
トリー姉様のその言葉の意味はよく分からなかったけど、一ヶ月は会ったらダメらしい。
そう言うならそうしないと。きっと守らなくても怒らないだろうけど、元が人形だったからか、やっぱりこういうことには従ってしまう。
「……戻ってもあまり表情は表に出ないようですわね」
「もとから。ティア、あまり笑わないから」
前世の記憶を思い出した今でははっきりと言える。
私って、元からあまり表情は出さない。
悔しいとか、悲しいとかは何度も思ったけど、それで涙が出たことはあまりなかったし、うれしいと思ったときも、あまり笑ったりはなかった。
そんな顔をしたら怒られることが多かったから、そのせいだとは思うけど……。
「泣くのはもちろんですけど、笑ったら笑ったで、あの連中が一週間は使い物にならなさそうなので、そのままでいいでしょう。あの連中が使い物にならないと、わたくしにしわ寄せが来ますもの」
「じゃあ、笑わないのがいいの……?」
「笑いたければ笑うといいですわ。あまりあの子達の前ではやらないでいてほしいだけで……」
「……わかった」
トリー姉様が困ることならやりたくはないから、無理して笑ったりはしないようにしよう。
私に作り笑いができるのかはわからないけど……。
「では、フェレスにあなたが起きたことを伝えましょう。わたくしの予想が正しければ、今ごろあの黒騎士か、はとこの侍女に追いかけ回されていることでしょうから、お救いしなければ」
「フェレス、いつも追いかけられてない?」
「彼の性格が性格ですから。もうそれが彼の仕事のようなものになってきてますわね」
トリー姉様が珍しく微笑みながらそんな冗談を言ったので、面白くて、ふふっと笑ってしまった。
冷宮の人形姫。そんな風に呼ばれていた私はもういない。
今は、人形ではないとは言えないかもしれないけど、人間と言えるくらいにはなってきたはず。
あの冷たく、暗い冷宮ではなく、父様からもらったシトリン宮で、このアベリナ帝国で、皇女として生きていく。
目を開けようとしても、力が入らない。
かすかな力でなんとか目を開けると、誰かが覗き込んでいた。
目が少ししか開いていないから、ぼやけているけど、なんとなくトリー姉様だということは分かった。
トリー姉様は、手に本らしきものを持っていたけど、私と視線が合うと、本を閉じた。
「あら、起きましたか?」
「トリー……ねえ……さま?」
「無理して話さなくても結構ですわ。魔力暴走で力が入らないでしょう」
力が入らないのはそれが理由なんだ。
「でも……」
でも、前に暴走しても特に何もなかったような気がするんだけど……。
「前のは“魔力”ではなく“魔法”が暴走しただけですもの。魔法によってあなたの人形らしさは強くなったかもしれませんが、身体的な疲労はあまりありません」
あれ?私、声に出てたかな……。出てたかもしれない。
それか、でもで察したのかも。
「あのやかましい連中には仕事を与えていますので、しばらくはこちらには来ませんわ。今のうちに、あのやかましさに耐えられる体力を取り戻しておきなさい」
トリー姉様は、小さく微笑んで寝ている私の頭を撫でた。
やかましい連中が、誰なのかなんとなくわかるような気がする……。違うかもしれないけど。
でも、そう思うと、なんかほっこりするような、来てほしいような、来てほしくないような複雑な感情がーーあれ?
私、いつから感情なんて分かるようになったの?さっきも、トリー姉様が微笑んでるってすぐに分かったし。
なんか、おかしいような……。
「……なるほど。フェレスがあの子達を遠ざけろと言うはずですわね」
トリー姉様はトリー姉様で、なんか一人言を呟いて一人で納得しているし。
「フェレスから多少のことは聞いていますわ。サラと名乗る女性があなたの魔法をすべて消したそうですわね」
トリー姉様からそう言われて、私は倒れる前にあったことを思い出した。
そして、また記憶がフラッシュバックしてくる。
二回目だからか、叫ぶことはなかったけど、体の震えが止まらない。その体を、トリー姉様がそっと撫でてくれる。
「思い出したくないのなら思い出す必要はありませんわ。皆、あなたが話したくないことは聞きませんし、あなたがやりたくないことをやらせたりもいたしません。何を今さら、と思うかもしれませんが、あなたに向き合いたいのですよ」
姉様がそう言って撫でてくれるだけで、体の震えはなくなった。
それと同時に、何かが頬を伝っている。姉様のほうを見ると、姉様は少し慌てながらも、そっと目の辺りを拭う。
これで、私が涙を流しているのが分かった。
涙を流したのは何年ぶりだろう。もう、悲しんだのがいつだったかも覚えていない。それくらい前だったような気がする。
「泣きたければ泣け……と言いたいのですが、あまりにも泣きすぎると、あのやかましい連中が仕事を放り出してこちらに押しかけてくる可能性がありますので、なるべく声は抑えてほしいですわね……」
「きてもいいんじゃないの?」
「あなたが目覚めるのを心待ちにしておりましたから、一度会ったら一週間はくっついたままでしょうが……それに耐えられるくらいに精神と体力は戻りましたの?」
う~ん……どうだろう。一週間くっついたままって言うけど、冷宮から移ったときには、大抵誰かが一緒だったから、あまり変わらないような気がするーーと思ってトリー姉様を見たら、トリー姉様ははぁとため息をつく。
「あまり変わらないようなと思っているなら見当違いですわ。アベリナ皇族は、ほとんどのものには興味を引かれませんの。正確には、感情を表に出さない本質がありますわ」
「にいさまたち、よくわらってるけど……?」
「そう。あなたは、あの子達が興味を引かれる数少ない存在。あなたとずっと会っていないことで、今ごろストレスが溜まっているころでしょう。そんな状態であなたに会えば、いつもの4割増しくらいにはやかましくなりますわ」
「あ、あう~……」
それはちょっと嫌だな、と思った私がいた。
嫌なんていう感情も久しぶりに感じたかも。
「まぁ、体力が戻ったら顔を出してあげてくださいませ。今ごろそのストレスをぶつけられているのが側つき見習いを筆頭に使用人たちでしょうから」
「だいじょうぶなの……?」
「大丈夫ですわ。そんなことに耐えられるような器がなければあの子達の使用人なんてまず務まりませんもの」
そんなものなのだろうか。私は耐えられなかったから無意識に人形になってしまったわけだけど。
「そんなわけですので、あなたの好きなときにお会いなさい。それくらいの時間は待たせますわ」
待ってくれるんじゃなくて、待たせるの?
どれだけ会いたいと思っているんだろう……。
でも、そう考えると、胸がポカポカする。ちょっぴりうれしいような、そんな感じ。
「……前言撤回ですわ。まだ一ヶ月は会わないほうがいいかもしれません」
「……なんで?」
トリー姉様のその言葉の意味はよく分からなかったけど、一ヶ月は会ったらダメらしい。
そう言うならそうしないと。きっと守らなくても怒らないだろうけど、元が人形だったからか、やっぱりこういうことには従ってしまう。
「……戻ってもあまり表情は表に出ないようですわね」
「もとから。ティア、あまり笑わないから」
前世の記憶を思い出した今でははっきりと言える。
私って、元からあまり表情は出さない。
悔しいとか、悲しいとかは何度も思ったけど、それで涙が出たことはあまりなかったし、うれしいと思ったときも、あまり笑ったりはなかった。
そんな顔をしたら怒られることが多かったから、そのせいだとは思うけど……。
「泣くのはもちろんですけど、笑ったら笑ったで、あの連中が一週間は使い物にならなさそうなので、そのままでいいでしょう。あの連中が使い物にならないと、わたくしにしわ寄せが来ますもの」
「じゃあ、笑わないのがいいの……?」
「笑いたければ笑うといいですわ。あまりあの子達の前ではやらないでいてほしいだけで……」
「……わかった」
トリー姉様が困ることならやりたくはないから、無理して笑ったりはしないようにしよう。
私に作り笑いができるのかはわからないけど……。
「では、フェレスにあなたが起きたことを伝えましょう。わたくしの予想が正しければ、今ごろあの黒騎士か、はとこの侍女に追いかけ回されていることでしょうから、お救いしなければ」
「フェレス、いつも追いかけられてない?」
「彼の性格が性格ですから。もうそれが彼の仕事のようなものになってきてますわね」
トリー姉様が珍しく微笑みながらそんな冗談を言ったので、面白くて、ふふっと笑ってしまった。
冷宮の人形姫。そんな風に呼ばれていた私はもういない。
今は、人形ではないとは言えないかもしれないけど、人間と言えるくらいにはなってきたはず。
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