悪役令嬢に転生したので、すべて無視することにしたのですが……?

りーさん

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1巻

1-3

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 魔力で上にあげたのだから、逆に下げることもできるだろう。いや、砂にした方が一瞬でなくなるかも? そんな思いで、同じような要領で、土壁を砂にして無くした。

「どうしたの?」
「いや、その魔法のことなんですけど……」
「魔法? 誰かが使っていたのかしら?」

 私は、辺りをキョロキョロと見渡す。周りは、こちらを見ているだけで、誰も魔法を使っていない。

「いや、リリアン様が……」
「私は水を生み出すのと、土を少し盛り上げるくらいしかできないわ」
「いや、絶対に……」
「絶対に?」

 私は、モニカちゃんの言葉を笑顔で繰り返す。

「リリアン様……ではない、と……思います……」
「ほらね。誰なのよ、一体」

 私がそう言うと周りがシーンとして、こそこそと話し出す。
 言いたいだけ言え。こっちだってまだ理解はできていないんだ。せめて、この現象を解明してから、こんな魔法が使えるんですよーと言いたいのだ。
 そんな発動条件とかもよくわかっていないのに、できますよなんて言ったら、面倒事になる可能性がある。
 ――そう思って、秘密にしていたのに、なんでこんなことになったんだか。
 教科書ももらって、寮の部屋に戻ろうというときに、その存在は現れた。

「リリアン」

 名前を呼ばれてしまったので、一応視線は声の方を向ける。
 そこには、一番会いたくなかった存在がいた。
 私は、思わず顔をゆがめてしまう。

「何の用ですか? カイン様」

 私はおそらく、今までで一番冷たい視線を向けているだろう。だって、会いたくないもん。自分を嫌いなやつと会いたい物好きはなかなかいないだろう。
 まぁ、仕事とかの関係で会わないといけないみたいなのはあるかもしれないけど。なので、私も義務のお茶会などには一応出たりするかなと思わなくもない。
 それでこっちが有責ゆうせきになったら嫌だし。

「用がなくては話しかけてはいけないのか?」
「用がないときに話しかけたことがありましたか?」

 少しイライラしながらも冷たく言い返す。
 少なくとも、リリアンの記憶にはまったくないのだ。婚約者との交流と、パートナーとして社交界に出るとき以外に、話しかけられた覚えが。
 そんな人に用がなければダメなのか? と言われたら腹が立つ。

「用がなさそうなので、失礼します」

 早くベッドインしたい。あの教師の相手をして疲れたんだよ。
 まぁ、いくら私が生徒とはいえ、公爵令嬢に暴力を振るうような教師は、懲戒免職ちょうかいめんしょくになりそうだけど(使い方合ってるのか知らないけど)。
 目撃者も大勢いるだろうし、学園もみ消すのは不可能だろうからね。公爵家に牙をかれるくらいなら、教師を切り捨てるんじゃないかな?
 まぁ、あんな邪魔じゃま者はさておき、この第二の邪魔じゃま者をどうやって対処するかな。
 無視してきたのだから無視し返せばいいかもしれないけど……こういう感情任せにならない冷静なキャラは、無視するだけではこたえることはほとんどないのだ。

「待て。用ならある」

 なら、さっさと話せよ。

「では、手短に願います。早く戻りたいものですから」

 お前が話しかけてくるから、仕方なく相手してやってるのだ。あの教師みたいに長々と話されるのは困る。
 ……まぁ、話していた私もちょっぴりは悪いかもしれないけど、公爵令嬢にあの態度が許される理由にはならないだろう。

「近いうちに新入生歓迎パーティーがあるだろう」
「あぁ、そんなものもありましたね」

 ゲームだと、重要イベントで出てきた覚えがある。一気に好感度があがるものだ。ゲームでのカインは、何かしらの用事があって、リリアンが一人で参加していたような気がする。
 ちなみに、入学式からだいたい一カ月後なので、まだまだ先である。
 それなりに間が空いているのは、パーティーは準備に時間がかかるというのと、新入生が学校生活に慣れるまでの時間をとっているからだ。
 入学してすぐにパーティーなんて、貴族は喜びそうではあるけど、特待生入学している平民は冗談じゃないと思うだろう。
 まだ貴族に対してどのように接するのが正解かだとか、マナーはどうすればいいのかなどがわからない人だっているかもしれないしね。

「それのエスコートはできない……ですか?」

 私がそう言うと、図星をつかれたのか、少し動揺している。
 これはゲーム通りのようだ。
 ゲームでも、高確率でエスコートはしていなかった。

「あぁそうだ。父上に前日から領地に呼ばれていてな。そもそも学園にいないんだ」

 カインのホーステン領は、隣国と接している。
 その関係で、いろいろな厄介事やっかいごとが持ち込まれる。
 隣国とは、お世辞にも仲が良いとは言えない……らしい。
 らしいというのは、リリアンはそんなことをろくに勉強していなかったので、うろ覚えでしかないからだ。
 令嬢のうわさ話で判断するしかないのである。
 そして、隣国と仲が悪いというのは、犬猿の仲とかそういうわけではなく、向こうが勝手に喧嘩を吹っ掛けてきているだけなのだとか。
 こっちは、はいはいと大人の対応をしているそう。
 話を戻すけど、優秀な魔法使いであるカインは、何か有事があるたびに呼び出されていた。学園の生徒ではあるものの、そのような有事の場合には休むことは許される。
 国の危機に、学生は勉強が~なんて言えないからね。
 だからこそ、この攻略対象が一番難しいと言われている。
 友人に聞いたところ、恋愛イベントすらランダムなのだそう。そこですべて正解を選択しなければ、ハッピーエンドにはならないくらい。
 だからこそ、ハッピーエンドまでのルートが一番多いとも言われているらしいけども。

「何かあったのですか? 隣国との関係が悪化したのなら、すぐにでも対処に向かうでしょうし、他に……」
「それはすまないが、部外者の君に話すわけにはいかない。用はこれだけだから失礼する」

 私が立ち去る前に、向こうから立ち去ってしまった。
 部外者ってさぁ……一応婚約者なんだけど? 部外者ではないだろうに。だからといって、絶対に知りたいわけでもないんだけど。
 まぁ、「隣国」という言葉をはっきりと否定も肯定もしなかったということは、隣国は関係ないんだろうな。
 それ以外に、カインが呼び戻される理由……あぁ、スタンピードか。この世界では魔物が集団で襲ってくるスタンピードというものが時折発生する。まぁ、何も言わなかったってことは、そこまで大きなものではないのだろう。
 それならまあいいか。もし大きなものだったら、近くにベルテン領もあるから、被害が心配だったけど。まぁ、ホーステン領の領民も、不安といったら不安だけどね。まぁ、死人は出ないだろう。小規模なスタンピードで死人が出たなんて聞いたこともないし。
 まぁ、向こうが関わってこないなら都合がいい。のんびりと部屋で寝るとしますかね。


 学園に入学して最初のお休み。
 約束通り、私はモニカちゃんとお出かけしている。授業が始まっても、その元気はなんとか残っていたようだ。
 そして、これまた約束通り、フェンネルに来た。一見いちげんさんお断りと聞いていたが、名前を言えば問題なく入店できた。フェンネルはいわゆる名義貸しのような感じで、家具の他にも、服や雑貨などもある。
 見た目、品質、材質、価値などで、フェンネルの冠をつけるのにふさわしいものには、ブランド名が与えられる。なので、同じお店が作っていても、フェンネルのお眼鏡にかなわなければ、そのブランド名はもらえないのだ。
 だからこそ、フェンネルという冠をもらうことを、目標としているお店もあるそうな。
 ちなみにこれは、道中でモニカちゃんがマシンガントークで説明してくれたこと。授業の疲れなんか知らないというくらいの興奮状態で話してくれた。
 申し訳ないけど、ちょっと引いてしまうくらいに。
 まぁそんなわけで、フェンネルには、本当にいろいろなものが置かれている。フリマが一つのお店の中にあるみたいな感じだ。

「リリアン様! かわいいのがありますよー!」

 モニカちゃんが私に手を振りながらそう言ってくるので、私もそちらの方に行ってみると、確かに、シンプルなデザインでかわいらしいネックレスがある。
 チェーンの中間には、丸い形の……サファイアかな? そんな青い宝石がついているだけのデザイン。
 シンプル・ザ・ベストというのは、これを表しているようなものだ。女性なら、誰にでも似合いそうなデザインだった。

「これが欲しいの?」

 私がそう聞くと、モニカちゃんは見るからに落ち込んだ。

「高くて買えませんよ……」

 そう言われて、私は今の今まで値段を確認していなかったことを思い出して、値札を見る。
 ……ゼロ何個ついてるんだ? これ。そう思いながらも、数えていくと、一千万リタとわかった。ちなみに、単位が変わっているだけで、これは一千万円ということだ。
 うん、高いわ! こんなシンプルなデザインで一千万!? 五万くらいだろどう見ても! どんなに高く見積もっても、百万円以下にはなるだろ!
 でも、フェンネルが認めたのだから、この値段が詐欺さぎなはずはない。フェンネルは、王家お抱えのブランドなので、裏取引などは成立しない。だって、お店に並べる前に、王家に献上けんじょうしなければならないから。アクセサリーとか、一点物は見せるだけだけどね。王家の顔に泥を塗るわけにはいかないので、しっかりと鑑定したりするのだとか。
 王家に隠していても、定期的に抜き打ち検査みたいなのがあるので、不正はリスクが高すぎる。
 ちなみに、これもモニカちゃん情報。モニカちゃんの知らない情報はあるのか? と思いたくなるくらいには情報通だ。商家しょうかの娘なら、これが普通なのかもしれないけど。
 ちょっと、店員さんに聞いてみる。

「これ、なんでこんなに高いの?」

 このあとの言葉を聞いて、私は混乱することになる。

「それは、ブルーダイヤモンドを使っている魔道具だからです」

 ちょっと待って? 今、何て言った? ブルーダイヤモンド? 魔道具? えっ? ちょ、待って?
 私の記憶に間違いがなければ、前世ではブルーダイヤモンドはめちゃくちゃ貴重だったよ? 見られたら奇跡とかそうやって言われる時代もあったって聞いたよ?
 それに、さらに魔道具の効果もあんの? 発火するだけの魔道具一個で平民の一カ月の給金半分くらいらしいからね。
 そりゃあ、一千万もするよね。うん。しててもおかしくないわ。

「お買い上げになりますか?」

 魔道具がどんなものかは気になるし、買ってみようかな。

「お願いするわ。モニカさんはどうするの?」
「えっ!? いや、私はお店に入れただけでも満足ですので……!」
「入学祝いに何か買ってあげるわよ?」

 公爵令嬢だから、金なら掃いて捨てるほどあるんだよ。公爵令嬢としてふさわしい? と言ったらおかしいかもしれないけど、それくらいの金額はもらっている。

「じゃあこれで!」

 おごりだと言った瞬間に、急に元気になった。商家しょうかの娘なだけあって、現金な性格のようだ。
 しかも、きっちりと――ブルーダイヤモンドのネックレスほどではないけど――高価な物を指定してきた。
 それを見て、私はモニカちゃんに疑いの目を向ける。

「……あなた、これを待ってたんじゃないわよね?」

 出会ったときに感じた悪意は、私がお金持ちだと知ってのことだろうか。

「な、何のことでしょうか?」

 目を泳がせている。態度も明らかに動揺している。これは、図星だな。


 まぁ、買ってあげると言ってしまった手前、やっぱり無理とは言えないのが、私のプライドだ。
 調子に乗ってさらに要求してくるようなら、さっさと縁を切ってしまえばいい。

「それじゃあ、千二十万リタ。これでお願い」

 私は、ふところからカードを取り出す。ノーマイルカードと言って、これはクレジットカードのようなものだ。いや、デビットカードの方が近いかもしれない。ここにはお金が登録してあって、専用の道具で読み取ると、支払いができるのだ。
 仕組みは知らない。知ろうとも思わないけど。乙女ゲームの世界だから、そういうものなんだと思って使っている。ちなみに現金が欲しいときは、このカードを月の初めに銀行的なところに持っていけば、現金と交換してくれるそうだ。
 ……うん? どこ情報だって? もともとリリアンが知っていた……のと、モニカちゃん情報です。お金の心配をされたとき、これで払うからと言ったら、こんな感じのことをうんちくのように語り出したの。

うけたまわりました」

 店員はそう言って、専用の道具で読み取ると、私にカードを返却した。
 結構便利だよね。お財布が軽くてすむ。ちなみに、支払うときに本人確認として、魔力を通す必要があるので、不正利用などもできない。考えられてるよなぁ。

「そんなにポンと払えるなんて、そのノーマイルカードにいくら入ってるんですか……?」
「……月に三千万くらい?」

 なので、もう半分くらい使ったことになるんだよなぁ。節約していかないと。
 あっ、お金を入れるだけなら、魔力を通さなくてもできるのよ。どうやってるかなんて、深くは考えてないけど。父親が入れてくれてるみたい。公爵令嬢として恥ずかしくないようにとか言ってたかな。

「さ、さっさささ……」

 ″さ〟を繰り返して、何も言えなくなっていた。
 公爵家なら普通じゃないの? と思ったが、モニカちゃんは平民だったのを思い出した。
 あぁ、うん。毎年三億くらいになるから、宝くじが当たっているようなものだもんね。そりゃ驚くか。
 これから、平民の前ではちょっと控えておこうかなと思った休日だった。


 そんなわけで、ブルーダイヤモンドは、贅沢ぜいたくかもしれないけど、お守り代わりにして、寮に戻ってきた。
 そして、のんびりと惰眠だみんむさぼっていると、マナがドアをノックして入ってくる。ノックも形式的な感じで、私の返事も聞かずに入ってきた。

「お嬢様!」

 息を切らして入ってきたので、私も何事かと思い始める。

「何よ」
「あの……旦那様からのお手紙が来ておりますが……あっ、危険物でないのは確認済みです!」

 そう言われたので、私は手紙を受け取って中を見る。それに書いてあることを要約すると、こうだった。


 魔法の威力が上がったと聞く。スタンピードが大規模になりそうだから、領地に来い。


 おい! よりによってお父様にチクりやがったの誰だこのやろう! あの人は、娘を駒としか見てないんだよ! 政略結婚の駒、戦闘の駒……ってね。こういう面倒くさいことに巻き込まれそうだから、モニカちゃんの口を封じたというのに……マジで誰だ!? 一生恨むぞ!

「あの……お返事は?」

 それをマナが聞いてきたとき、燃やしてなかったことにしてやろうかと思ったけど、お父様の自分勝手な考えとかならともかく、本当に大規模なら、領民に被害が及ぶ可能性があるというか、間違いなく被害が及ぶ。
 いくらなんでも、何の罪も関係もない人に、そこに行くのは面倒くさいから死ねとは言えない。

うけたまわりましたって返しておきなさい」

 いつか、チクったやつを見つけてやるんだから……!


 というわけで、学園の授業を一週間もお休みして来ましたよ。領地に。面倒くさいったらありゃしない。
 でも、本当に大規模みたいで、学園もお休みになっちゃったんだよね。ゲームではこんなのなかったような気がするんだけど……というか、ないよ、絶対に。だって、恋愛が十割のゲームだもの。絶対にないって。こんなRPG(ロール・プレイング・ゲーム)みたいな要素は。
 RPG的な要素があったら友人から聞いているはずだし。私がイレギュラーな行動をしている弊害へいがいなのかな?
 いろいろ気になることはあるけど、私は、だらだら怠けていたい。なので、土魔法で私の人形を生み出しておいて、先に現場に向かってみることにした。
 私は、魔法の才能があるみたいで、失敗もなく成功。無駄に時間を消費しなかったのはありがたい。
 ロボットみたいなイメージで生み出したし、簡単な命令には従うんじゃない? 多分だけど。
 人形を部屋に置いて、スタンピードの現場に向かってみると、本当に領地に戻っていたみたいで、カインの姿がある。洞窟どうくつの五百メートルほど手前で仮拠点的なのを建てているみたい。見つかるよね? 大丈夫? 魔物が来てるよ?
 そんな心配はものともせずに、明らかに脳筋のうきんって見た目をした騎士たちがねじ伏せている。
 心配無用だったわ。それじゃあ、あの洞窟どうくつ内が発生源のようだし、探ってみるか。
 私は、水属性と土属性しか使えないけど、うまく使えば、いろいろな応用が利く属性でもある。
 土属性の魔力を地面に通し、洞窟どうくつの内部構造を探ってみる。すると、洞窟どうくつというよりは、洞穴ほらあなみたいな感じで、入り口は一つ。魔物たちも、壁となっている土が破れていないみたい。
 土壁が破れないなら、あの方法でけりをつけるか。
 ゲームのリリアンでは絶対に無理だが、本当に魔力がチートになっているなら、できるはずだ。私の魔力を土に通していたので、遠くから土壌を操作する。周りに何十メートルもあるような壁を作り、洞窟どうくつの天井をくずす。すると、大抵の魔物は、壁を破ろうとするか、唯一の脱出口である、上に這い上がろうとするはずなので、土を魔力でガッチガチに固めたあとに、中を水で満たして、ふたをしておいた。
 これでよし! しばらく放置していれば、これで溺死できしするだろうし、していなくても、ちょっとは弱っているだろう。
 よし、帰るか。やったんだから、もういいだろ。帰ろう。私ののんびり空間に。
 そんな思いで、いったんは屋敷に戻るかと足を進めていたら、「おい、そこのお前」と声をかけられた。聞き覚えがあった気がしたが、私は止まらない。お前なんて名前じゃないしね。

「リリアン・ベルテルク」

 フルネームを呼ばれたので、私はため息をついて、仕方なく振り返る。

「なんですか」

 私は、イライラしているのを隠しもしないで、声をかけてきたカインを見る。

「なんですかじゃない。なんでここにいるんだ」
「父親が呼び出しやがったので来ました」

 だから、もう帰るよ。それでいいでしょ?

「そんな言い方はないだろう。それに、あれはなんだ?」
「あれとは?」
「明らかにお前が生み出したであろうあの土壁と水のことだが?」
「証拠はどこに?」

 私が生み出した証拠なんてありませんしー。私がここに来たという証拠だってありませんしー。

「……いつからそんな性格になったんだ」
「最初からです」

 私がそう言うと、カインはあきれたような目で見る。おい、なんだその目は。

「……まぁ、助かった。ありがとうな」

 ……へっ?

「……熱でもあるんですか?」

 本気でそう思って、私は自分のおでことカインのおでこにそれぞれ手を当てる。あれ? 熱はないな……なら、私の幻聴か?
 ……うん? ちょっと熱くなったような……? と思っていると、カインが顔を赤くしている。

「いきなり触れるものじゃない! 熱はないから安心しろ」
「だって、そうでもないとあなたが私にお礼を言うわけがありませんし……」

 今までのリリアンの記憶にはないぞ? 十年以上付き合っておきながら、一回もないんだぞ? 熱でもあるのかと疑うに決まってるじゃん。

「お前が私をどう思ってるのかよくわかった。とりあえず、一度屋敷に戻るといい」
「言われなくても」

 私は、カインからも帰れ宣言をいただいたので、そのまま屋敷に戻った。


 私が別邸べっていに戻ったとき。人形は、領地にある別邸べっていの一室にいた。そこは二階のバルコニーがついている部屋で、バルコニーの近くの木に登り、そこに降り立って確認する。人形と一緒にいる状態で見られてしまえばばれるので、人形が一人になるときをねらっている。そして、一人になったのを見計らって、私は窓をコンコンと叩く。
 中の人形は反応して窓を開けてくれた。

「遅かったですね」

 人形は、私が創造主だからか、敬語を使ってくる。確かに、前世のロボットをイメージしたけど、自分が自分に敬語を使っているって、なんか変な気分だ。
 私は思いきって人形を外に連れ出した。

「それじゃあ、身代わりご苦労様」

 私が魔法を解くと、人形はすぐに形をくずして、砂になった。これは、土魔法の一種、『土人形』という魔法だ。いわゆる、ゴーレム。魔力が強いほど、精度も高くなる。
 いつの間にかチートになっていた私の魔力なら、本人そっくりに作り出すことが可能だった。
 私は、再び木登りをして、バルコニーに跳び移り、部屋の中に入る。そして、こっそり出かけていたという証拠を失くすために、泥汚れを土魔法で取り出して、染み込んでしまったのは水で落とし、服についた水滴を水魔法で集め、外に捨てた。
 そして、椅子に腰かけていると、ドアをノックする音が聞こえる。

「お嬢様。クライス様がお呼びです」

 侍女じじょがドアを開けて、そう言った。
 ……誰だっけ? クライスって? そう思って、リリアンの記憶を探ると、あの兄だということが判明した。
 無視してもいいのだが、それをやるともっと面倒くさいことになりそうなので、仕方なく応じてやることにした。

「向こうからこっちにたずねてくるように言いなさい」

 魔法を連発して、こっちは疲れてるんだ。なるべく動きたくないというのが本音。……うん? 木登りしてなかったかって? 何のことかな?
 私が本を読んで待っていると、本当に来たらしく、ドアをノックする音がする。私が許可を出すと、クライスが中に入ってくる。


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