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第一章 森の少女達
第3話 謝りたい
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何がいけなかったんだ?
『お断りします』
この言葉が何度も頭の中で繰り返される。
途中までは良かった。彼女にも森を出ても良いかもしれないという意思を感じられた。だが、いきなり怒り出して、この言葉だ。
レナードが剣を向けたから怒ったのか?いや、それならそもそも、私達を家へ招き入れる真似はしないはずだ。
「……クラウド様、悩んでますか?」
「……!」
不意に後ろから声をかけられる。ばっと後ろを振り向くと、立っていたのは、アウベルクことオーヴェだった。
「オーヴェ、何か言いたい事でもあるのか?」
「何やら考え事をしている様子だったので、相談があれば乗ろうかと」
自分の部下に相談するというのも、おかしな話だが、彼はなかなか頭も回るし、自分だけで考えても分からないので、聞いてみよう。
「彼女がいきなり怒り出した理由が分からなくてな」
「あの森にいたカオルという少女の事ですか?」
オーヴェも一緒についてきていたが、かなりの人間不信なので、カオルに名を名乗る事はしなかった。それなのに、なぜか私の事だけは信用しているらしい。
「クラウド様が再び提案した時に怒り出してましたよね?」
「ああ、もし森から出たくなかったのであれば、最初に提案した時に断るはずだろう。だから、森から出たくなかった訳ではないと思う」
その後も、聞かれた事に答えたり、精霊が話しているという内容を聞いただけだ。何が引き金となったのか、何度考えても分からない。
「一度、今までの言動を振り返ってみては?」
「そんな事は何度もした。だが、言動に問題があったようには──」
ここまで言うと、私が言い切る前に、「そういえば、あの少女って」と話し出した。
「あの森でずっと暮らしてたんですよね?」
「ああ、生まれた時からいるらしいが」
「なら、彼女にとって、あの森は両親の思い出もたくさんあって、すごく思い入れがあるんでしょうねぇ~……」
オーヴェは私の事をチラチラ見ながらそんな事を言う。
「何が言いたい?」
「クラウド様、言ってたじゃないですか。“こんな森”って。それに怒ったんじゃないですか?」
オーヴェにそう言われてハッとなる。何気なく言った言葉だったので、大して気に止めていなかった。
そうか。私が彼女にとっては、大切なあの場所をこんなもの扱いしてしまったから出ていけと言われたのか。
そう理解すると、自分を責めずにはいられない。
彼女が怒るのは当然だ。私にとっては、自分の領地や、実家を馬鹿にされたようなものだ。私だってそんな事を言われれば当然怒る。なのに、あの時は配慮出来ていなかった。目の前の才能溢れた少女に盲目になってしまった。
……せめて、謝りたい。
そう思うのは、我が儘だろうか。彼女がこちらに来てくれる訳がないから、謝るなら自分からまたあの場所に行くしかない。だが、あそこには、彼女の前に、彼女の事を思っている精霊が大勢いる。
私に精霊を見る事は出来ないが、彼女が全員の声を聞くのに、かなり時間がかかっていたので、彼女の周りだけでも、相当数いる事は分かる。
そんな精霊が、彼女に会う事を許してはくれるのだろうか。無理に会おうとして、精霊の怒りに触れてしまったら、私はただではすまない。死ぬ事はないだろうが、領地が衰えたり、魔法が使えなくなったりしてしまう。
魔法が使えなくなったら、この国……いや、下手したら、世界中どこでも生きていく事が出来ない。
でも、それでも……謝る事はしたい。彼女は、森を出る事はしないかもしれない。でも、それでも構わない。私は、謝れさえすれば、二度と会えなくても良いと思っている。そうなってしまう状況を作ったのは、自分だからだ。
「アウベルク。もう一度、あの森に行く。妻や娘の事は頼むぞ」
「クラウド様一人で行かれるつもりですか?」
「ああ、責任があるのは私だけだ。ならば、私一人で向かうのが誠意というものだろう」
アウベルクの事をオーヴェと呼ばなかったのは、本気であると信じて欲しかったからだ。今度は間違えない。その私の意思の強さを。
「……分かりました。公爵家の当主が、護衛も無しに出歩くのは褒められる事ではありませんが、止めても聞かなさそうですしね」
「頼んだぞ」と言葉を残して、私は再びあの森に向かう。あの森には何度か行った事があるので、私一人でも、道に迷う事はない。
一時間ほど歩いて、ついに森の入り口についた。森の木々をかき分け、中に入っていく。確か、彼女の家があったのは、ここから西にある泉の近くだったはずだ。
人の手が入っていない森なだけあって、草木が覆い茂っている。
この森には、獣道すらないのか?いや、あの時、カオルの家から帰った時にはあったはずだ。それに、あの時私達は巨大な獣に襲われた。こんな広大な森に、あの獣一匹だけとは思えないし、きっと複数いるはず。
それなら、何で獣道がないんだ?それに、日の光も全然入ってこない。いつの間にか、森の深部に入り込んでしまったのか?それに、さっきから同じ所をぐるぐる回っているような感覚になる。
何だか、違和感を覚える。
まるで、森の深部に閉じ込められたような……
『ソウダヨ』
途端に声が聞こえて、その方向を見る。でも、誰もいない。
『ドコミテルノ?』
耳元から声が聞こえて、後ろを振り向くが、やっぱり誰もいない。
『コッチダヨ、コッチ』
『イヤイヤ、コッチダヨ』
色々な方角から、声が聞こえてくる。時々、笑い声も混じっている。もしや、この声の正体は……
「精霊……か……?」
『ソウダヨ』
これが精霊の声か……。何か不思議な感覚だ。声の方向は分かるから、その方角から話しかけているはずなのに、脳内に響いているように聞こえる。カオルは、毎日こんな声を聞いていたのか……
『ナニシニキタ』
「……カオルに……いや、カオルと君達精霊に謝りに来た」
『ホントウカ?ウワベダケデ、イイト、オモッテナイカ?』
「そんな訳ないだろう!上辺だけなら、私一人で来る真似はしない!」
私が力強くそう言い切ると、少しくすぐったいような感覚がある。何かが周りを飛んでいるような感覚だ。精霊か?
『コンカイハ、ソノコトバヲ、シンジル。ダガ、ツギニ、カオルサマヲ、キズツケルマネヲシタラ、ユルサナイ』
「……分かった。肝に命じよう」
その瞬間、森の木々の間から光が差し込み、獣道も姿を表す。さっきのは、闇の精霊の仕業か。他の精霊も、協力してたと考えると、本当にカオルは、精霊達から愛されていると感じる。
精霊達から、お許しが出た事だし、早く向かわねば。
彼女が、許してくれるとは限らない。そもそも、家に入れてくれるかどうかも分からない。それでも、歩みを止めてはいけない。ただの自己満足かもしれない。でも、心残りは無くさなければならない。
カオルを……傷つけたままには、絶対にさせない。
『お断りします』
この言葉が何度も頭の中で繰り返される。
途中までは良かった。彼女にも森を出ても良いかもしれないという意思を感じられた。だが、いきなり怒り出して、この言葉だ。
レナードが剣を向けたから怒ったのか?いや、それならそもそも、私達を家へ招き入れる真似はしないはずだ。
「……クラウド様、悩んでますか?」
「……!」
不意に後ろから声をかけられる。ばっと後ろを振り向くと、立っていたのは、アウベルクことオーヴェだった。
「オーヴェ、何か言いたい事でもあるのか?」
「何やら考え事をしている様子だったので、相談があれば乗ろうかと」
自分の部下に相談するというのも、おかしな話だが、彼はなかなか頭も回るし、自分だけで考えても分からないので、聞いてみよう。
「彼女がいきなり怒り出した理由が分からなくてな」
「あの森にいたカオルという少女の事ですか?」
オーヴェも一緒についてきていたが、かなりの人間不信なので、カオルに名を名乗る事はしなかった。それなのに、なぜか私の事だけは信用しているらしい。
「クラウド様が再び提案した時に怒り出してましたよね?」
「ああ、もし森から出たくなかったのであれば、最初に提案した時に断るはずだろう。だから、森から出たくなかった訳ではないと思う」
その後も、聞かれた事に答えたり、精霊が話しているという内容を聞いただけだ。何が引き金となったのか、何度考えても分からない。
「一度、今までの言動を振り返ってみては?」
「そんな事は何度もした。だが、言動に問題があったようには──」
ここまで言うと、私が言い切る前に、「そういえば、あの少女って」と話し出した。
「あの森でずっと暮らしてたんですよね?」
「ああ、生まれた時からいるらしいが」
「なら、彼女にとって、あの森は両親の思い出もたくさんあって、すごく思い入れがあるんでしょうねぇ~……」
オーヴェは私の事をチラチラ見ながらそんな事を言う。
「何が言いたい?」
「クラウド様、言ってたじゃないですか。“こんな森”って。それに怒ったんじゃないですか?」
オーヴェにそう言われてハッとなる。何気なく言った言葉だったので、大して気に止めていなかった。
そうか。私が彼女にとっては、大切なあの場所をこんなもの扱いしてしまったから出ていけと言われたのか。
そう理解すると、自分を責めずにはいられない。
彼女が怒るのは当然だ。私にとっては、自分の領地や、実家を馬鹿にされたようなものだ。私だってそんな事を言われれば当然怒る。なのに、あの時は配慮出来ていなかった。目の前の才能溢れた少女に盲目になってしまった。
……せめて、謝りたい。
そう思うのは、我が儘だろうか。彼女がこちらに来てくれる訳がないから、謝るなら自分からまたあの場所に行くしかない。だが、あそこには、彼女の前に、彼女の事を思っている精霊が大勢いる。
私に精霊を見る事は出来ないが、彼女が全員の声を聞くのに、かなり時間がかかっていたので、彼女の周りだけでも、相当数いる事は分かる。
そんな精霊が、彼女に会う事を許してはくれるのだろうか。無理に会おうとして、精霊の怒りに触れてしまったら、私はただではすまない。死ぬ事はないだろうが、領地が衰えたり、魔法が使えなくなったりしてしまう。
魔法が使えなくなったら、この国……いや、下手したら、世界中どこでも生きていく事が出来ない。
でも、それでも……謝る事はしたい。彼女は、森を出る事はしないかもしれない。でも、それでも構わない。私は、謝れさえすれば、二度と会えなくても良いと思っている。そうなってしまう状況を作ったのは、自分だからだ。
「アウベルク。もう一度、あの森に行く。妻や娘の事は頼むぞ」
「クラウド様一人で行かれるつもりですか?」
「ああ、責任があるのは私だけだ。ならば、私一人で向かうのが誠意というものだろう」
アウベルクの事をオーヴェと呼ばなかったのは、本気であると信じて欲しかったからだ。今度は間違えない。その私の意思の強さを。
「……分かりました。公爵家の当主が、護衛も無しに出歩くのは褒められる事ではありませんが、止めても聞かなさそうですしね」
「頼んだぞ」と言葉を残して、私は再びあの森に向かう。あの森には何度か行った事があるので、私一人でも、道に迷う事はない。
一時間ほど歩いて、ついに森の入り口についた。森の木々をかき分け、中に入っていく。確か、彼女の家があったのは、ここから西にある泉の近くだったはずだ。
人の手が入っていない森なだけあって、草木が覆い茂っている。
この森には、獣道すらないのか?いや、あの時、カオルの家から帰った時にはあったはずだ。それに、あの時私達は巨大な獣に襲われた。こんな広大な森に、あの獣一匹だけとは思えないし、きっと複数いるはず。
それなら、何で獣道がないんだ?それに、日の光も全然入ってこない。いつの間にか、森の深部に入り込んでしまったのか?それに、さっきから同じ所をぐるぐる回っているような感覚になる。
何だか、違和感を覚える。
まるで、森の深部に閉じ込められたような……
『ソウダヨ』
途端に声が聞こえて、その方向を見る。でも、誰もいない。
『ドコミテルノ?』
耳元から声が聞こえて、後ろを振り向くが、やっぱり誰もいない。
『コッチダヨ、コッチ』
『イヤイヤ、コッチダヨ』
色々な方角から、声が聞こえてくる。時々、笑い声も混じっている。もしや、この声の正体は……
「精霊……か……?」
『ソウダヨ』
これが精霊の声か……。何か不思議な感覚だ。声の方向は分かるから、その方角から話しかけているはずなのに、脳内に響いているように聞こえる。カオルは、毎日こんな声を聞いていたのか……
『ナニシニキタ』
「……カオルに……いや、カオルと君達精霊に謝りに来た」
『ホントウカ?ウワベダケデ、イイト、オモッテナイカ?』
「そんな訳ないだろう!上辺だけなら、私一人で来る真似はしない!」
私が力強くそう言い切ると、少しくすぐったいような感覚がある。何かが周りを飛んでいるような感覚だ。精霊か?
『コンカイハ、ソノコトバヲ、シンジル。ダガ、ツギニ、カオルサマヲ、キズツケルマネヲシタラ、ユルサナイ』
「……分かった。肝に命じよう」
その瞬間、森の木々の間から光が差し込み、獣道も姿を表す。さっきのは、闇の精霊の仕業か。他の精霊も、協力してたと考えると、本当にカオルは、精霊達から愛されていると感じる。
精霊達から、お許しが出た事だし、早く向かわねば。
彼女が、許してくれるとは限らない。そもそも、家に入れてくれるかどうかも分からない。それでも、歩みを止めてはいけない。ただの自己満足かもしれない。でも、心残りは無くさなければならない。
カオルを……傷つけたままには、絶対にさせない。
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