聖女と邪龍の娘

りーさん

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第二章 神殿の少女達

第49話 目覚めるもの

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「祈りを……捧げる……?」

 私が読み終えると、司教様は何か考え込んでいる。

 やっぱり、あまり読めないな。でも、西ってどっちだろう?この辺りに扉は見当たらなかったけど。

 ……精霊達なら読めるだろう。私が読むよりも、精霊達の方が確実なのに、何で私に読ませたんだろう?私が嘘をつくかもしれないのに。

 ……精霊に近づいて欲しくなかったのかもしれないな。さすがに精霊も近づけば、私に傷つけないように精霊術を使う事は出来る。

「そうか……そうだったのか!」

 急に大声を上げだした。そして、壁の方に向かって歩いていく。今のうちに、ティルの方に走って、司教様から離れた。

「カオルさん!大丈夫ですか?」
「はい……ちょっとだるいですけど。動き続けたせいだと思います」

 緊張感が少し解けたのか、一気に疲れが来た。ここまでほとんど休憩無しで走り続けたせいだろうか。

「そんなに動きましたかね……」

 私の言葉に、ティルが少し疑問に思っている。

「もしかしたら、魔法を使ったせいかもしれませんね」

 あぁ……その可能性もあったのか。今日は、回復魔法を何回か使っているし、結界も使った。魔力の消費は多いはずだし、疲れていてもおかしくない。

 周りを見てみると、私の周りを飛んでいる精霊の光が弱く見える。

「大丈夫?」
「キモチワルイ……」
「ショウキ……」

 瘴気?瘴気があるの?少しだるいのもそのせいなの?でも、以前瘴気の近くに行った時は、気持ち悪いのと、頭痛もしたんだけど……あっ、意識したら気持ち悪くなってきたな……

 自分が死ぬかもしれないという状況だったし、症状が出ていても分からなかったのかもしれない。

「カオルさん?顔色が悪いですけど大丈夫ですか?」
「まだ……大丈夫です」

 リーズが出てこられない今、私がしっかりしないといけない。不安になってるから、気持ち悪いのが気になるんだ。気をしっかり持たないと!

 多分、逃げようと思えば逃げられる。でも、あの精霊語が気になる。読めなかった場所があるし、なんか、祈りは捧げてはいけない気がする。

「ねぇ、読んでこれる?」

 精霊達は、私よりも顔色が悪く見える。だから、無理にとは言わない。

「ン……イッテクル」

 精霊の姿は司教様は見る事が出来ないはずだから、気づかれる事はないと思う。祭壇があるから今は見えるらしいけど、かなりの数だし、大丈夫だろう。そーっと後ろを通り抜けて、祭壇をしばらく見た後、戻ってきた。

「何て書いてあったの?」
「アクノコンゲンタルカノモノ二、ヨコシマナルイノリヲササゲタリ。サスレバ、ニシノアルダノトビラヒラカン」

 アクノコンゲンタルカノモノ二……悪の根源たる彼の者に……?悪の根源……そんな存在がいるという事なの?

 ヨコシマナルイノリは、邪なる祈りという事だろう。そして、ニシノアルダノトビラは、多分、西のアルダの扉……だと思う。

 聖なる祈りは知っているけど、邪なる祈りって何なんだろう。そして、西のアルダって……何なの?ティルなら知っているかな?

「ねぇ、ティル……西のアルダって何か知ってる?」

 そう聞くと、ティルの顔が強ばった。

「カオルさん、どこでそれを!?」
「精霊達が、祭壇に書いてあったと言うので……」
「……西のアルダとは、邪神の一人です。西に封印されているので、西のアルダと呼ばれるそうです」
「邪神……ですか?」

 邪神……悪いイメージがあるけど、悪いものなのかな?邪龍の父様は優しかったし、邪神も偏見を持つのはよくないと思う。

「邪神は、すべての悪を司っていると言われています。人々の悪意や、醜い欲望を求めると」
「なら……悪いものなんですか?」
「それは分かりません。邪神が手をくだした事案もあります。ですが、ほとんどはその悪意や醜い欲望を持っている者に攻撃したくらいです。人に危害を加えているので、悪いと言えば悪いかもしれませんが、善人には手を出さないので、悪者と決めつけるのもどうかなと……」

 悪意や醜い欲望を持っている者にのみ手を出すのか。つまり、黒いもやを纏っている人達だけに攻撃するんだ。でも、人を攻撃する事には変わりない。

 ……うん?つまりは、西のアルダは邪神で、西のアルダの扉と言うのは、邪神の扉という事で……祈りを捧げると開くという事は……

 ───あっ!ヤバい!

「カオルさん!さっきからどうしたのですか!」
「祈りを捧げると、西のアルダの扉が開くとあるんです。おそらく、司教様は……」
「邪神を目覚めさせると?そんな事になったら、王都は……」

 そうだ。私達だけじゃなくて、王都にいる人達も危ない。クラウド様達も、セレスティーナ様も、ナルミス様も……そんな事、させる訳にはいかない!

「司教様!止めてください!」
「もう遅いですよ。祈りの内容は知っていましたが、どうすれば良いのか分からなかったのです。これが精霊語と分かってはいましたが、私は読めませんしね。あなたを神殿ここに招いたのは、精霊術士になりたかった、聖女と邪龍の力が欲しかったというのもありますが、一番はこれを読ませるためだったのですよ」

 それが本当なら、司教様は最初から私をここに招くつもりだったんだ。でも、精霊術士にもなりたかったから、ティルをずっと説得していたけど、クラウド様達が思ったよりも早く来たから、私が逃げるのを恐れた……という事?そう考えたら、辻褄が合う。

 クラウド様達が来たときに、地下にいたんなら、気づかなくてもおかしくないし、私を見つけた時は、ティルよりも私に執着しているように見えた。精霊術士になりたいだけなら、ティルも必要なはずなのに、私の方だけを。

「あなたに邪神を目覚めさせるのですか?あなたは真っ先に狙われると思いますが」

 ティルは、悪意や醜い欲望を持つ者を狙うと言っていた。つまり、黒いもやを纏っている人達を。司教様は、顔しか分からないくらいに、黒いもやを纏っている。確かに、真っ先に狙われそう。

 でも、司教様は何を言っているんだというように笑っている。

「私はアルダ様を目覚めさせた救世主ですよ?私が狙われる訳がない。あなた方もおそらくは狙われないでしょう。ですが、ここの神官は?王都の民達は?狙われないと言いきれますか?」
「あなたは何がしたいのですか?見返したいのですか?それとも、自分が神になりたいのですか?」
「私はただ見たいのですよ。自分を見下していた者達が自分にへりくだるのを!私をバカにしていた者達が無惨に消えていくのを!」
「本当に司教とは思えない言葉ですね」
「そう言っていられるのも今のうちだ」

 司教様とティルが話しているうちに、ギギィと音がする。あれが、封印されている扉?ただの壁だと思っていたら、あそこが扉だったみたい。

 完全に開いた時、中から黒いもやが溢れている。本当に、大丈夫なの……?……いや、私が大丈夫じゃない。黒いもやが溢れてきた瞬間、気持ち悪さが増してきて、頭痛もひどくなった。

 そこからは、何かもやの塊のようなものが出てきた。あれが、邪神なの……?もやに覆われていて、どんな姿なのか見る事が出来ない。でも、纏っているというよりは、周りに纏わりついているという感じで、ただ姿を隠すためのようにしか見えなかった。

「おお、邪神アルダよ!私の望みを叶えて──」

 そこまで言った時、司教様の腕が取れてしまった。

 今の一瞬で攻撃したの!?司教様も、何が起こったのか分からないといった様子だ。でも、痛みが襲ってきたのか、すぐに悲鳴をあげる。それを見たのか聞いたのか、「うるさいなぁ」という声がした。

 リーズではない。ティルの声でもない。精霊達の声でもない。司教様も違う。じゃあ、話したのは……

「腕が一本なくなったくらいで、金切り声をあげるなんて。お前の欲望はその程度のものだったのか?」

 明らかに、司教様がいる方向から声が聞こえる。でも、司教様の声じゃないから、話しているのは多分邪神だ。

 ふとこちらを見て、黒いもやの塊がよってきた。逃げたいけど、怖くて逃げられない。それに、近づいてくれば来るほど、体調が悪くなっていく。黒いもやは、私の顔に軽く触れた。

「うっ……!」

 フードが外れた訳でもないのに、苦しみが襲ってくる。邪神というくらいなのだから、邪属性を持ってるんだろう。“邪”が私の“聖”と反応したんだろうか。

「お前、マリアの娘か?にしては、俺と同じような力も感じるな」

 同じような力を感じるのは、邪龍の娘でもあるからだろう。でも、それを言っても良いのかな?

 ……うん?待って?何でそもそも、母様の事を知ってるの?

「何で、その事……を……」

 あっ、本当にまずいかも。目が霞んできた。寝たらいけないのに。分かっているのに、私はその場に倒れてしまった。
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