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第三章 地方視察
142. (神器視点)
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魔鏡は、サウクシアでのエルクトとアナスタシアの様子を監視していた。その中で、とある情報を入手する。
(堕ちた神器か……)
湖があったという場所で彼らが口にしていた言葉だ。魔鏡も神器であるため、堕ちた神器がどのようなものかは知っている。
神器が堕ちる理由は多くあるが、共通していることが一つだけある。
役目に背くこと
神器にはそれぞれに役目があり、それはリルディナーツに与えられるもの。本来ならば、与えられた役目に背くことはできないが、神の制限を振り払うほどの意志を持っていれば、それもできてしまう。逆に言えば、それほどに強い反感の意志を持つ存在が、近くにいるということだ。
魔鏡もリルディナーツの意志に反してはいるが、役目に背いたりはしていない。そのため堕ちてはいないが、その役目すらも放棄してしまえば、自らも堕ちることになるだろう。
(その前に奴のほうか……?)
魔鏡はある存在が思い浮かぶ。意識するだけでも憎たらしい、あの神器のことが。
「おーい、魔鏡!」
考えた途端に現れるのは、因果という奴だろうか。そんな因果など今すぐにでも投げ捨てたい。
「なんだ、指輪」
魔鏡は呼びかけてきた存在ーー吸魔の指輪に応答する。
指輪はこちらに近づいてきた。
「なんか報告することあるなら聞いてきてってお姉さんに言われたんだけど、なんかある?」
あるといえばある。だが、わざわざ指輪に伝言を頼まずとも、自分で報告するだけだ。なぜこのようなことをするのかわからないが……指輪がそのような指示を受けたのならば、答えるしかないだろう。
魔鏡は、先ほど得た情報について指輪に伝えた。
「堕ちた奴がいるの?」
「ああ。黒結晶があったと言っているからほぼ間違いない」
「ふーん……」
指輪はまるで他人事のように無関心そうな返事をするが、これは他人事ではない。本来ならば自分たちは、主が死ねば神の元に帰らねばならない。その神の意志に逆らって下界に留まっているのだから、いつ堕ちた存在になってもおかしくない。
魔鏡は、そのリスクも覚悟した上で下界に留まっているのだが、この指輪はわかっているかどうか。
「そういえば、学園の森にも黒結晶が落ちていたらしいが、お前は見てないのか?」
指輪は水鏡の回収の任を受けて、学園の森に出向いていた。それならば、指輪も目にしている可能性があると思ったのだがーー
「さぁ?あったかもしれないけど、覚えてないや」
期待を裏切らない答えが返ってきた。指輪はいつもこうだ。考えずに感情のままに動くから、違和感のようなものを感じ取ってもそれを深く考えることはなく、それはそれで終わらせてしまう。
それで問題ないのなら構わないが、今回のように事前に情報を得ることができた機会を逃されてはかなわない。
「あっ、でもね、誰かはいたような気がするよ?」
「……いたような気がする?」
指輪は曖昧な表現をすることはほとんどない。いるならいると断言し、いないならいないと言い切る。確定していないことを話さないところは、指輪の数少ない信用できる要素である。
だが、その信用できる要素すら打ち消されてしまった。
「水鏡と会うちょっと前に、誰か歩いてた気がするの。そいつ、黒かったと思うよ」
「なるほどな……」
堕ちた神器は、見た目にも違いが出る。基本的に神器は、人間の見た目になる時は等級の色が出る。
たとえば、金級である指輪や金剣は金髪、銅級である魔鏡は赤褐色。銀級である銀鐘や水鏡は銀髪と言った具合だ。
別に神器が等級に合わせているというわけでなく、神がそのように作っただけなのだが、それは一種の指標のようになっていた。
だが、堕ちた神器はそのどれにも当てはまらない。多くは黒や灰色といった暗い色合いを持つようになる。
指輪が黒かったと言うのなら、その存在は堕ちた神器である可能性は充分にある。堕ちた神器は感知することができないので、指輪が視界に入れるまで気づかないのも無理はない。
「そのことは、誰にも言ってないのか?」
「うん。魔鏡に言われるまで忘れてたくらいだし」
「……なら、しばらく誰にも言うな」
魔鏡にそう告げられた指輪は魔鏡を訝しむ。その理由は魔鏡にもわかっている。魔鏡は、きちんと報告しろと言うことはあっても、黙っていろと言ったことはないからだ。
「ずけずけ聞いといてなにさ。いつもはきちんと報告しろーってうるさいくせに」
「……今回のはいい。僕とお前の胸の内に秘めておきたいんだ」
本来ならば、堕ちた神器がいるのであれば報告する必要のある案件だ。だが……どうにも引っかかる。堕ちた神器がいるというのはあくまでも可能性でしかないし、確定してから報告しても遅くはないだろう。
指輪は、はぁと大きくため息をつく。
「お姉さんには特にないって伝えといてあげる」
指輪はそう言って来た道を引き返していった。理由を問いただされたらと思っていたが、あっさりと引き下がった指輪に今度は魔鏡が呆然としてしまう。
(あいつ、あんな奴だったか?)
以前までは自分が一番で、自分よりも等級が上の彼女の言葉は聞くが、普段から気に食わないといがみ合っている魔鏡の言葉を素直に聞いたことはない。
少なくとも、理由は必ず聞いてくる。
指輪には、確実に何かあった。指輪の行動に変化を与えるような、大きな何かが。だが、それが何なのかは魔鏡にはわからなかった。
(堕ちた神器か……)
湖があったという場所で彼らが口にしていた言葉だ。魔鏡も神器であるため、堕ちた神器がどのようなものかは知っている。
神器が堕ちる理由は多くあるが、共通していることが一つだけある。
役目に背くこと
神器にはそれぞれに役目があり、それはリルディナーツに与えられるもの。本来ならば、与えられた役目に背くことはできないが、神の制限を振り払うほどの意志を持っていれば、それもできてしまう。逆に言えば、それほどに強い反感の意志を持つ存在が、近くにいるということだ。
魔鏡もリルディナーツの意志に反してはいるが、役目に背いたりはしていない。そのため堕ちてはいないが、その役目すらも放棄してしまえば、自らも堕ちることになるだろう。
(その前に奴のほうか……?)
魔鏡はある存在が思い浮かぶ。意識するだけでも憎たらしい、あの神器のことが。
「おーい、魔鏡!」
考えた途端に現れるのは、因果という奴だろうか。そんな因果など今すぐにでも投げ捨てたい。
「なんだ、指輪」
魔鏡は呼びかけてきた存在ーー吸魔の指輪に応答する。
指輪はこちらに近づいてきた。
「なんか報告することあるなら聞いてきてってお姉さんに言われたんだけど、なんかある?」
あるといえばある。だが、わざわざ指輪に伝言を頼まずとも、自分で報告するだけだ。なぜこのようなことをするのかわからないが……指輪がそのような指示を受けたのならば、答えるしかないだろう。
魔鏡は、先ほど得た情報について指輪に伝えた。
「堕ちた奴がいるの?」
「ああ。黒結晶があったと言っているからほぼ間違いない」
「ふーん……」
指輪はまるで他人事のように無関心そうな返事をするが、これは他人事ではない。本来ならば自分たちは、主が死ねば神の元に帰らねばならない。その神の意志に逆らって下界に留まっているのだから、いつ堕ちた存在になってもおかしくない。
魔鏡は、そのリスクも覚悟した上で下界に留まっているのだが、この指輪はわかっているかどうか。
「そういえば、学園の森にも黒結晶が落ちていたらしいが、お前は見てないのか?」
指輪は水鏡の回収の任を受けて、学園の森に出向いていた。それならば、指輪も目にしている可能性があると思ったのだがーー
「さぁ?あったかもしれないけど、覚えてないや」
期待を裏切らない答えが返ってきた。指輪はいつもこうだ。考えずに感情のままに動くから、違和感のようなものを感じ取ってもそれを深く考えることはなく、それはそれで終わらせてしまう。
それで問題ないのなら構わないが、今回のように事前に情報を得ることができた機会を逃されてはかなわない。
「あっ、でもね、誰かはいたような気がするよ?」
「……いたような気がする?」
指輪は曖昧な表現をすることはほとんどない。いるならいると断言し、いないならいないと言い切る。確定していないことを話さないところは、指輪の数少ない信用できる要素である。
だが、その信用できる要素すら打ち消されてしまった。
「水鏡と会うちょっと前に、誰か歩いてた気がするの。そいつ、黒かったと思うよ」
「なるほどな……」
堕ちた神器は、見た目にも違いが出る。基本的に神器は、人間の見た目になる時は等級の色が出る。
たとえば、金級である指輪や金剣は金髪、銅級である魔鏡は赤褐色。銀級である銀鐘や水鏡は銀髪と言った具合だ。
別に神器が等級に合わせているというわけでなく、神がそのように作っただけなのだが、それは一種の指標のようになっていた。
だが、堕ちた神器はそのどれにも当てはまらない。多くは黒や灰色といった暗い色合いを持つようになる。
指輪が黒かったと言うのなら、その存在は堕ちた神器である可能性は充分にある。堕ちた神器は感知することができないので、指輪が視界に入れるまで気づかないのも無理はない。
「そのことは、誰にも言ってないのか?」
「うん。魔鏡に言われるまで忘れてたくらいだし」
「……なら、しばらく誰にも言うな」
魔鏡にそう告げられた指輪は魔鏡を訝しむ。その理由は魔鏡にもわかっている。魔鏡は、きちんと報告しろと言うことはあっても、黙っていろと言ったことはないからだ。
「ずけずけ聞いといてなにさ。いつもはきちんと報告しろーってうるさいくせに」
「……今回のはいい。僕とお前の胸の内に秘めておきたいんだ」
本来ならば、堕ちた神器がいるのであれば報告する必要のある案件だ。だが……どうにも引っかかる。堕ちた神器がいるというのはあくまでも可能性でしかないし、確定してから報告しても遅くはないだろう。
指輪は、はぁと大きくため息をつく。
「お姉さんには特にないって伝えといてあげる」
指輪はそう言って来た道を引き返していった。理由を問いただされたらと思っていたが、あっさりと引き下がった指輪に今度は魔鏡が呆然としてしまう。
(あいつ、あんな奴だったか?)
以前までは自分が一番で、自分よりも等級が上の彼女の言葉は聞くが、普段から気に食わないといがみ合っている魔鏡の言葉を素直に聞いたことはない。
少なくとも、理由は必ず聞いてくる。
指輪には、確実に何かあった。指輪の行動に変化を与えるような、大きな何かが。だが、それが何なのかは魔鏡にはわからなかった。
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