転生王子はあくまでも楽したい~面倒事はごめん被ります~

りーさん

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第一章 あくまでも働きたくない

5. 魔法使いの塔 1

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 クローディル兄さんがいるのは魔塔と呼ばれる魔法使いが集まる塔であり、クローディル兄さんはそこの主である。
 表向きは魔法師団団長だけど、魔塔の主であることから魔塔主と呼ばれることのほうが多い。

 ちなみにクローディル兄さんは十三歳なので本来なら学園に通っているんだけど、魔法の研究がしたいという理由だけで飛び級で単位を取り終えたらしく、学園の在籍期間はわずか一ヶ月である。
 一ヶ月で高等部まですべて終えてしまったので、巷では天才王子と呼ばれているが、本人はその呼ばれを知っているかどうか。

 そんな兄さんが主のこの魔塔には、それはもう変人ばかりが集まっているそうだ。一応は軍隊のくくりになるので、有事の際には戦場に出たりとかもするらしいけど、普段は魔法のことしか頭にない研究狂いしかいない。

 そんな空気が苦手で僕は魔塔に近づくことはなかったんだけど、魔力石の扱いに関しては、この魔塔の右に出る存在はこの国にはいないので仕方ない。
 一人では来たくなかったので、メアリーも連れてきた。

「ごめんくださーい」

 僕は中にいる人物に声をかける。魔塔にはドアがなく、中の様子が見られるようになっている。でも、誰でも自由に出入りできるというわけではなく、あらかじめ魔力を登録しておいた存在しか通ることができず、登録をしていないものは見えない壁のようなものに弾かれて通ることができない。
 魔塔の魔法使いが開発した魔法らしい。
 そのため、客は入り口で声をかける必要があるのだ。それで聞こえるのかと思うけど、普通に聞こえているみたいで、呼びかけてから十秒もしないうちにローブを着た女性が「はーい」と出迎えてくれる。
 女性は僕の姿を見ると目を見開いた。

「まぁ、アレクシス殿下!いかがなさいましたか?」
「兄上に用があるんだけど」
「かしこまりました。どうぞお入りください。お連れの方もご一緒に」

 僕とメアリーは女性が差し出してくれた手を取り魔塔の中に入る。
 登録をしていない者は、登録している者の体に触れておけば、登録している者の所有物として扱われるので入り口の防犯には引っかからない。
 これだとすり抜ける方法はいくらでもありそうだけど、対策はちゃんとしてるのかな。

 魔塔の内部は吹き抜けになっていて、各階の窓から太陽の光が差し込んでいてかなり明るい。各階への連絡手段として螺旋状の階段が壁を伝うように設置されているものの、各階には踊り場らしき狭い空間しか見当たらない。

 一体、どこに部屋があるんだろう?

 僕は、内部を観察しているうちに部屋の中央に置かれたソファに案内される。

「魔塔主に連絡しますので、こちらで少々お待ちください」

 女性はそう言って懐からポケットからビー玉のようなものを取り出す。何あれと思っていると、ビー玉が大きく膨れ上がり、小鳥のような形になった。
 何あれ!?

「魔塔主さま、アレクシス殿下とお付きの方がお見えです」

 小鳥に向かってそう言うと、手を上のほうに向けた。すると、小鳥は翼を広げて飛び立っていく。

「ねぇ、あれってなに?」

 僕はメアリーにひそひそとした声で尋ねる。メアリーも同じくらいにひそひそとした声で説明してくれる。

「あれは使い魔です。簡単な伝言を伝えたり、使い魔を通して魔法を行使したりするそうです。使い魔は作るのも動かすのもそれなりに魔力を使うので、魔塔にいる魔法使いくらいしか使えませんが」
「そうなんだ……」

 ちょっと使ってみたかったけど残念。僕にはそこまでの魔力はないだろうしね。
 しばらくすると、小鳥が戻ってくる。女性が手を差し出すと、小鳥が腕に止まった。

『準備しておくからアレクだけ転移陣でこっち来て』

 クローディル兄さんの声で小鳥が話し出した。声だけでなく、気だるそうなトーンまでクローディル兄さんにそっくりだ。いろいろすごいよなぁ……どういう仕組みなんだろう?
 というか、転移陣ってなに?

「ではアレクシス殿下。参りましょうか。お付きの方は申し訳ございませんが、こちらでお待ちいただければ」
「かしこまりました」

 うわぁ、ここからは一人かぁ。でも、クローディル兄さんに会うだけだしまだなんとかなるかな?
 僕は部屋の奥に誘導される。ちょうど踊り場の真下で、太陽の光が届かない分、少し薄暗い。
 そこは四角く小上がりになっていて、それぞれの角に柱が立っており、柱の上に丸いものが置かれている。

「これはなに?」
「転移陣と呼ばれているもので、遠くの場所に移動する際に使われるものです。魔塔主の部屋は最上階にありますから、こちらで移動したほうが早いので」
「へぇ~、便利だね」

 階段を登らなくていいというのは最高だ。見上げるだけでも十階以上はありそうな高さだし、階段を使っていたら五階あたりでヘロヘロになってそうだし。

「行く場所はどうやって決めるの?」
「場所を指定する術式をその都度書き込むんですよ。床の魔法陣の中央が空いているでしょう?」

 僕はそう言われて、初めて床に魔法陣が書かれているのに気づく。
 確認してみると、確かに中央が空白になっていて、魔法陣の記号と思われるものがドーナツ状に並んでいた。

「魔力を通せば使えるようにしないの?」

 いちいち書いたりしていては、緊急時の時に困るのではないだろうか。
 一つの魔法陣ではできないというのなら、複数描けばいいだけだし。

「もちろん可能ですが、それでは予期せぬ事故を招く可能性もありますし、緊急時の知らせは使い魔に連絡を頼むことが多いので、転移陣は通常業務の際の下層の魔法使いの上層への移動来客時にしか使われないんです。上層に部屋を持っている人たちは飛行魔法が使えますしね」

 女性は、術式を書き込みながら説明してくれる。
 つまりは、これは飛行魔法を使えない人の移動用であり、上層の魔法使いは窓から出入りするってことね。
 想像するとなかなか面白そうな光景だし見てみたいけど、その光景が見られるということは緊急時ということだから、楽しむ余裕はなさそうだけど。

「では、書き終わりましたので行きましょうか」
「はい」

 女性が差し出してくれた手を取り、僕は魔法陣の上に乗る。その瞬間、魔法陣が光り輝き、視界は白く覆われた。
 数秒ほどで光は収まり、僕はキョロキョロと辺りを見渡す。
 これって、移動できてるの?

 キョロキョロとしているうちに柵を見つけた僕は、そちらのほうに駆け寄って下を覗く。

「うわっ、高っ!」

 そこは下から見えた踊り場の一つのようで、下のほうには空間が広がっていた。そして、先ほどまで座っていたソファらしきものが見えたことで、上階に移動したのを確信する。

「アレク、高いから危ないよ」

 そう言いながら誰かが僕の肩を引き寄せる。おそらく声からして……

「クローディル兄上」

 予想通り、クローディル兄さんだった。一体いつの間に僕の後ろに立ったのだろうか。
 クローディル兄さんを見上げると、髪はボサボサとしており、目には隈のようなものが見える。これは……

「……兄上。最後にベッドで寝られたのはいつですか?」
「……三日前かな?」
「二週間前です!!」

 兄さんの言葉を女性が語気を強くして訂正する。

「いつも言ってますよね!?睡眠と食事はきちんとしてくださいと!」
「だからロロナが指定する時間に寝ているだろう?」

 あっ、この人ロロナって言うんだ。名前を聞く機会がなくて知らなかった。
 ロロナは、はぁと深くため息をつく。王子相手にその態度を取れるのはすごいな。

「アレクシス殿下。殿下にとっての睡眠とは何でしょう?」
「体を冷やさないために布団を被った上で目を閉じてベッドに横になることで心身の疲れを取るとともに、生活リズムを整えてストレスを緩和することです」

 目だけが笑っていない笑みを向けながら聞いてくるロロナに僕は早口で即答した。

 完璧な回答をしたというのに、なぜかロロナは若干引いているように見え、クローディル兄さんは苦笑いしている。

「アレク、ロロナは多分そこまでの答えは求めてないよ……?」
「僕は睡眠の効果を説明しただけですよ?」

 睡眠は心身の疲れを取ったり、ストレスの緩和だけでなく、記憶力や集中力を高める効果がある。
 他にもホルモンバランスや自律神経が整うため、高血圧や肥満予防、美容効果などもある。

 今の説明は簡潔にしたほうだというのに、そこまでの答え扱いするとは。
 だけど、クローディル兄さんが睡眠を取らないというのがそもそもの原因でもあり問題点でもある。
 弟としては兄には規則正しい生活を送ってほしいから、ここは一肌脱ぐか。

「兄上、研究が楽しいのはわかりますけど、睡眠を取らないと集中力や判断力が落ちるのでミスをしやすくなりますし、思考力も鈍るので新たなアイデアも浮かびにくくなりますよ。長期的に見れば、きちんと寝たほうが効率はいいです」
「う~ん……」

 クローディル兄さんは頭を悩ませている。よし、あともう一押しかな。

「僕は兄上にはいつも元気でいてほしいです。今の兄上はちょっと顔色が悪そうで心配ですから……」

 ここで悲しそうな顔を浮かべて、兄さんの頬に手を添えれば完璧。
 クローディル兄さんは伸ばした僕の手を握りしめてにこりと笑った。

「わかった。アレクがそこまで言うなら、ちゃんと睡眠を取るよ」
「はい!睡眠はいいですよ!ふかふかのマットレスと布団に包まれて体が軽くなったような気分になって……」

 僕が改めて睡眠の良さを語ろうとすると、クローディル兄さんは「待って待って」と制止してくる。

「アレクは何か用があったんじゃないの?」
「ああ、そうでした」

 クローディル兄さんの睡眠問題ですっかり忘れてた。

「兄上に魔道具のことについて聞きたくて。ちょっと長くなりそうなんですけど」
「そう。じゃあ、続きは僕の研究室で」

 そう言って差し出してきたクローディル兄さんの手を取り、僕はクローディル兄さんの研究室に向かった。
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