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第一章 辺境の街 カルファ

3. 旅の始まり

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 両親からの旅の許諾は、ルーナを説得するよりも簡単だった。
 精霊らしく、かなりののんびり屋である両親とはいえ、さすがに部屋からすら出てこないルーナには頭を抱えていたらしく、二つ返事で二人旅を了承してくれた。
 まぁ、もう生まれてから百年たってるから、精霊から見ても成人してるからね、僕たち。

 その代わりに、連絡用の水晶を持たされて、安全確認のために、毎晩連絡するようにと言われている。
 ついて行きたそうにはしていたけど、精霊王の父さんたちは、精霊界の管理のために、下界に来るわけにはいかないからね。

 他の精霊たちを連れてこようにも、まず人型がほとんどいないし、数少ない人型の精霊は、かなり強い力を持っているから、ぞろぞろと下界に来ると、パワーバランスが崩れる。
 精霊は、自然の化身とも揶揄されるくらいに自然との調和力が高い種族だ。精霊の持つ魔力は、植物にとってそこらの肥料とは比べ物にならないくらいの栄養になる。
 だからこそ、人数は最小限にしておいたほうがいい。集団で力の強い精霊が集まれば、植物に多大な影響を与えてしまうから。

 だけど、子どもだけだと目立ちそうな気もするから、一応建前の理由は考えておくけど。

◇◇◇

 その翌日。旅の準備としてその水晶と、旅銀、着替え、周辺の地図など、旅で役立ちそうなものを、カバンに詰め込んでいく。
 ちなみに、ルーナはすやすやと寝ていて、僕に全部おまかせしている状態だ。
 まぁ、ルーナに任せたところで、作業は進むどころか永遠に終わらなくなるだろうから、起こしはしないけど。

 カバンは、旅をするなら、これを持っていけと、父さんに託されたものだ。
 効果としては、カバンに入る容量の拡張、重量軽減、時間の停止。

 精霊で唯一、時空間魔法が使えるのが精霊王の一族なんだけど、父さんが元々持っていたカバンを、魔法の道具に改造してしまったらしい。
 さすがは精霊王というべきかな?

 一応、僕も精霊王の息子として、時空間魔法で異空間に物を収納できるから、こういうのはいらないんだけど、魔力の節約にはなるし、持っておいて損はない。
 
 荷物がどれだけの量になるかわからないからと、十個くらい用意されてしまったけど、さすがに多すぎると思う。
 ちなみに、カバンに入る容量は、部屋一つ分くらいである。それが十個もあるのだ。使いきれるとはとても思えなかった。

「あっ、ウァノスも持っておかないと」

 ウァノスは、精霊メイドにたくさん作ってもらったから、ルーナも、早々に帰りたがったりはしないはずだ。
 でも、拡張されているとはいえ、さすがにこんなに荷物があるなかに突っ込んだら、ウァノスが潰れかねないので、なるべく小さめのカバンを選んで、そこに個別に入れておく。
 ゲームと違って、アイテム枠だとかインベントリなんて便利なものはないのだ。

「これでいいかな」

 準備が終わった僕は、ルーナの体をゆさゆさと揺らす。
 準備にはそんなに時間はかからなかったので、ルーナも体を揺らすだけで、ゆっくりではあるが目を開けた。

「ほら、行くよ。これも持って」
「あ~い……」

 まだ寝ぼけているルーナの手を引く。
 そして、その手に父さんたちが用意してくれたカバンの持ち手を置いた。
 ルーナは、うとうととしながらもそれをしっかりと掴むと、ゆったりとした動きで背中に背負う。僕も、同じように背負い、ウァノスの入ったカバンを手に持った。
 使わなかった残りのカバンは万が一を考え、背中に背負ったカバンに入れておいたので、荷物が増えても大丈夫だろう


 そして僕たちは、父さんたちが作っておいてくれたゲートをくぐった。

◇◇◇

 そうして、送り出されたのはいいけど、早々にルーナが休みたがった。
 仕方なく、木陰で休んでいたんだけど、時間が来たので再び出発した。

「おにいちゃ~ん……街ってどこぉ……?」

 うつらうつらとして、今にも寝落ちしそうな妹が、そう尋ねてくる。僕が手を引いてなければ、その場で倒れて眠ってしまいそうだ。

「もうちょっと先……かな」

 僕も場所はよく知らなくて、曖昧に答えた。
 地図を確認する限りでは、方角は間違ってないはずだけど、縮尺がわからないから、正確な距離は掴めない。
 でも、ルーナのことだから、一刻も早くベッドで寝たがるだろうと思い、街の近くに移動させてもらったから、そう距離は遠くないはずだ。
 まぁ、看板のようなものは見えてこないし、まだ距離があるのは間違いない。

 時間短縮を考えれば、精霊は浮遊ができるから、飛んでいくのも考えたけど、人に見つかったら厄介なことになりそうなので、歩いている。

 ルーナも、浮かぶのは疲れるからやりたくないって言ってるしね。
 よくアニメとかでは当たり前のようにふわふわ浮いてるけど、精霊になってわかった。結構体力使うんだよ、浮かぶのって。

 精霊力という、魔力とは違ったものが精霊にはあって、それは、自然の摂理をねじ曲げる力を持つ。
 重力に逆らって浮かんだり、大地に干渉して、地面を小さく縮めることで遠くの場所に転移したりしているのだ。

 ただ、その分、体力をかなり消耗する。一時間でも浮かんだら、その後は三日は休まないといけないし、一キロの距離を移動するだけで息切れする。

 強い精霊力を持つ精霊なら、効果時間を延ばせたり、反動も少ないけど、僕たちは精霊としてはまだひよっこなので、すぐに体力切れしてしまう。

 だからこそ、歩くのが体力の節約になるわけなんだけど、いかんせん、遅い。

 いつになったら着くのか……と途方に暮れかけたとき、僕はある気配に気づき身構える。
 ルーナも、先ほどの微睡んでいた様子が嘘のように、真剣な目つきで周囲を見渡していた。

「……いるね、ルート」
「うん。右のほうに……五匹かな」

 ルーナとは手を離し、僕は右側を注視する。すると、だんだんと黒い影が見えてきた。
 それは、かなりのスピードで、僕たちのほうに近づいてくる。
 その数は、五つだ。

 距離が五十メートルほどになると、その姿ははっきりと見えてくる。
 まるで、狼のような姿をした獣だが、普通の獣ではない。
 ……あれは、魔物のウルフだ。
 草原に数匹から十数匹程度の群れで暮らしており、肉なら生死や種族問わず、なんでも食らう。

 見た目の通り、嗅覚も優れているのだろうが、魔物らしいといえばらしいのか、魔力を感知することができるらしい。
 僕らは、精霊王の子どもとして、魔力が多いほうだ。姿は見えずとも、遠方からでも気づいたのだろう。

「ルーナ。何匹行ける?」

 僕がそう聞くと、ルーナは冷たい顔をして言う。

「わたし一人で充分」

 ルーナは、ウルフたちの群れのほうに手をかざした。
 そして、小さく呟く。

「エアスマッシュ」

 ルーナがそう発すると同時に、かざした手を中心とするように強風が発生し、僕とルーナの髪を逆立てる。
 その風はドーナツのような形で中心に穴が空いた渦になると、竜巻のように伸びて、こちらに向かってきたウルフたちに向かって、まっすぐに放たれた。
 草原の草を巻き込み、地面をえぐって放たれたそれは、ウルフたちを骨も残さずに消し飛ばした。

 これを見ると、改めてルーナの……僕らの強さというものを実感する。
 精霊王の子どもとして、大量の強い魔力を持つ僕たちは、あの程度の魔物は簡単に蹴散らせてしまう。
 それは、僕らが全能の精霊だからというのもあるのだろう。

 精霊には、いくつか種類があり、いろいろな区分でわけることができる。

 そのなかでも、全能の精霊というのは、火、水、風、地、光、闇の全種類の魔法が使える精霊という意味で、これは初代精霊王の血を引く者なら、誰でもそうなれる可能性がある。
 逆に言えば、精霊王の血を引いていても、必ずそうなるわけではないってことだけど。
 でも、僕らにはしっかりと現れてしまった。父さんも、母さんも、初代精霊王の血を引いているから、現れやすかったみたいだ。

 ちなみに、全能以外では、二種類以上使える精霊を。混合精霊と言ったりもする。
 母さんは、風と光の混合精霊ってわけだ。

 話を戻して、今回はルーナだけで退治したけど、僕も同じ芸当は楽々こなせてしまう。
 精霊界では、力を振るう機会なんて、ほとんどなかったし、使うときも、手加減なんてしなかったから、こんな感じで、明らかにやりすぎというレベルを平気で行ってしまう。
 でも、これはルーナにしては加減しているほうだ。
 それに、僕なら加減できたのかと問われても、多分無理だと言うだろう。

 僕は、ウルフがいた場所に立ち、その場にしゃがんで周囲を見渡す。

 ウルフがいた場所には、肉片や、血すらも残っていない。まるで、そこから消滅してしまったかのように、ウルフの痕跡はなくなっていた。

 これが、浄化の力とでも言うのだろうか。だとしたら、本当にとんでもない力だ。

「お兄ちゃん、どうしたの?」

 ルーナが、そう言って僕の顔を覗き込む。

 いつの間に近くに!?

 僕がビックリして後ずさると、きょとんとしたけど、ニカッと笑った。

「さっ、早く街に行こっ!お兄ちゃん!フラッフィーベッドが待ってるんだから!」
「ちょっ、待ってよルーナ!」

 たたたっと元気よく走り出したルーナを僕は慌てて追いかけた。
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