転生精霊の異世界マイペース道中~もっとマイペースな妹とともに~

りーさん

文字の大きさ
4 / 30
第一章 辺境の街 カルファ

4. おやつタイム

しおりを挟む
 ルーナが勢いよく走り出して、一分後くらいのこと。

「疲れたぁ……」
「そりゃあ、体力ないのに全力で走ったら、そうなるよ」

 先ほどまでの元気はどこへやら。ルーナはへろへろになって、僕にもたれながらじゃないと歩けないくらいに疲弊しきっていた。

 他の種族よりも精霊は体力があるほうだけど、ルーナは部屋から出た回数が片手で数えられるくらいだ。体力なんてたかがしれている。人間の子どもよりはあるかな程度だ。
 まだ、街らしきものも見えてないのに走り出したら、着く前にダウンするのは当然のことと言える。

「お兄ちゃあ~ん……ウァノス食べたい……ちょうだい」

 妹の訴えに、僕は空を見上げて、太陽の位置を確認しながら答えた。

「……そうだね。少しだけ休憩しようか」

 ルーナが走ってくれたお陰で、時間には少し余裕がある。十分くらいなら、休憩を挟んでも日暮れまでには街に着くはずだ。

「やったー!」

 空元気なのか、心からなのかはわからないけど、先ほどのへろへろが嘘のようにハキハキと動きだし、近くの木の根本に腰かける。
 それを追いかけて、僕もルーナの側に腰をおろした。

「ほら、食べよ!」
「わかったって」

 僕は、ウァノスを入れておいたカバンに手を突っ込む。
 そして、ウァノスを三つ、ルーナに渡した。
 一つだけじゃ、絶対に満足しないだろうし、まだ数に余裕はあるし。

「はい」
「ありがとー!」

 ルーナは、わあっと目を輝かせながら、丸々一つを口に入れた。

「ん~~~!!」

 感嘆の声と、幸せそうな満面の笑みで、味わうように口を動かしている。
 僕も、ウァノスを一つ手に取って、口に入れた。

 おいしいけど、やっぱり甘い。精霊の粉は、地球の普通の砂糖よりも甘いのに、あまりくどさがないから、そこも好きだ。
 しかも、虹色で見た目がカラフルだから、結構オシャレなんだよね。

「お兄ちゃん、おかわりちょーだい」

 いつの間にか、渡した三つのウァノスを食べきっていたようで、期待の眼差しで僕に手を伸ばしてくる。
 見た目は儚げな美少女のルーナだ。こんなおねだりをされれば、ほとんどの人はうんと頷くかもしれないけど、僕は指を交差させて、バツの形にした。

「ダーメ。街に着くまで、まだ時間はかかるし、ウァノスも限りがあるんだから、そんなに食べたらすぐなくなっちゃうよ」
「なくなったら精霊界に戻ってメイドにもらえばいいじゃん!」

 いや、精霊界に行ったら、もう戻ってこないでしょ、多分……。
 今は、おいしい食べ物と魔法の道具とフラッフィーのベッドに惹かれて、勢いで下界についてきているけど、魔法の道具は、あれば便利ってだけで、ルーナにとってはどうしてもというものではない。それに、父さんにでも頼めばすぐに作ってくれる。

 フラッフィーも、ベッドはないけど、ルーナのお気に入りの抱き枕兼クッションはある。

 食べ物も、そもそも僕ら精霊は、生きるための食事が必要ない。
 普段は、大気の清浄な魔力を呼吸とともに取り込み、それを栄養としているため、必要なのは水くらいだけど、それも魔法で生み出しちゃえばいい。

 こうやって現実を見れば、ルーナが旅をする理由なんて、ほとんどないのである。
 ルーナは、ちょっと素直なところがあるから、自分の欲望のままに旅に同行してくれたけど、精霊界に戻れば、間違いなく現実に戻る。

 そうなっては、その後いくら説得しても、ルーナを連れ出すことは不可能になるだろう。

「ダメ。ルーナも我慢を覚えないと」
「むぅ~!」

 頬を膨らませて不満を表現するも、言葉は見つからないのか、そっぽを向いて何も言わない。
 ルーナは、いつもこうだ。我を通そうとして、ちょっと言い返されるとすぐに拗ねる子どもみたいな性格をしている。

 一応、生まれてから百年以上はたっているんだから、精神年齢は子どもじゃないはずなんだけどね。

「あっ、るーなさまがいる!」
「ほんと?ほんとだ!」

 僕らが木陰で休んでいると、そんな声が聞こえてくる。
 でも、誰なんだろうとは思わない。ルーナのことをるーなさまなんて呼ぶのは、彼らしかいない。

 僕はくるりと振り返り、ふよふよと浮いているに声をかける。

「みんな、どうしたの?父さんたちからのおつかい?」

 僕の言葉に、彼らはふるふると震える。

「ちがうよ!おーさまはかんけーない!」
「るーとさまとるーなさまがいたからきたの!」
「だってさ、ルーナ」

 僕は、いつの間にかすやすやと寝ていたルーナに声をかける。
 本当に隙あらば寝るな、この妹は。

「んあ……ああ、光精こうせい?どうしたの~?」

 あくびしながら、とろんとした顔でルーナはぶつぶつと言う。
 光精というのは、彼らの総称である。

 精霊というのは、生まれ方が人間とは異なり、簡単にいえば、何度も生まれ変わる種族だ。

 精霊は、命が尽きると、自身の持つ清浄な魔力を周囲にばらまく性質がある。
 つまりは、空気中にあるきれいな魔力というのは、元は精霊が持っていたものということだ。

 でも、魂の一部が、散布することなく留まり、周囲の魔力を取り込み、体を作り上げる。そうして生まれるのが精霊だ。
 そして精霊は、周囲の物に溶け込む性質もある。
 たとえば、人間の街で生まれたなら、人間の赤子のような容姿になるし、ドラゴンの里みたいなところで生まれたら、ドラゴンと似た見た目になる。

 そして光精というのは、体を作り上げている途中の、いわゆる精霊の幽霊みたいなものである。
 体を作り上げていなくても、意識はあり、速度は遅いけど、移動もできる。

 自分の望むままに漂い、時が来れば体を構築し、精霊として生まれ、命が尽きれば、再び力を蓄える。

 ちなみに、取り込んだ魔力の量によって、精霊は使える魔法の種類が変わったりもする。

 でも、精霊には別の生まれ方もある。

 その例が僕とルーナで、僕らは父さんと母さんに光精のときに魔力を注いでもらって精霊になった。
 つまりは、人間と違って、母さんはお腹を痛めてはおらず、僕らは姿かたちは似ているものの、血の繋がった兄妹とは、またちょっと違うというわけ。

 父さんと母さんの影響で姿が似ているだけなのだ。
 僕らが全能の精霊なのも同じ理由である。父さんの魔力の影響を受けたのだ。

 でも、すべての光精に言えるのは、魔力に惹かれるということと、生前の記憶は知識としてある程度残っているということだ。
 現に、彼らは膨大な魔力を持つ僕らのほうにやってきたり、僕らが精霊王の子どもというのがわかっている。

 僕も、どんな風に暮らしていたかはわからなくても、地球で生きていたものとは違う、どこかの村のような、森林のような様々な種類の景色の映像が、途切れ途切れになって、今も記憶に残っている。

 ルーナは、前世はどんな風に暮らしていたのか、ちょっと気になるな。僕の近くにいたのか、それとも全然違うところにいたのか。

「お兄ちゃん、どうしたの?じっと見て」
「ううん。なんでもないよ。そろそろ行こうかなって」

 僕がそう言って立ち上がると、ルーナは露骨に嫌そうな顔をする。

「もうちょっと寝てたい……」

 ルーナは、おねだりするような眼差しで、上目遣いになる。
 でも、僕は騙されない。ルーナの『もうちょっと』は『数日間』という意味なのを知っているから。

「もう行かないと間に合わないから。その代わり、街に着いたらウァノスをもう一つ食べていいから、行こう」
「ほんと!?行く行く!」

 僕の言葉に、ルーナはすぐに機嫌を取り戻して、先導するように街のほうに歩いていく。
 本当に、自分の欲望に忠実で、マイペースな妹だ。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

家族と魔法と異世界ライフ!〜お父さん、転生したら無職だったよ〜

三瀬夕
ファンタジー
「俺は加藤陽介、36歳。普通のサラリーマンだ。日本のある町で、家族5人、慎ましく暮らしている。どこにでいる一般家庭…のはずだったんだけど……ある朝、玄関を開けたら、そこは異世界だった。一体、何が起きたんだ?転生?転移?てか、タイトル何これ?誰が考えたの?」 「えー、可愛いし、いいじゃん!ぴったりじゃない?私は楽しいし」 「あなたはね、魔導師だもん。異世界満喫できるじゃん。俺の職業が何か言える?」 「………無職」 「サブタイトルで傷、えぐらないでよ」 「だって、哀愁すごかったから。それに、私のことだけだと、寂しいし…」 「あれ?理沙が考えてくれたの?」 「そうだよ、一生懸命考えました」 「ありがとな……気持ちは嬉しいんだけど、タイトルで俺のキャリア終わっちゃってる気がするんだよな」 「陽介の分まで、私が頑張るね」 「いや、絶対、“職業”を手に入れてみせる」 突然、異世界に放り込まれた加藤家。 これから先、一体、何が待ち受けているのか。 無職になっちゃったお父さんとその家族が織りなす、異世界コメディー? 愛する妻、まだ幼い子どもたち…みんなの笑顔を守れるのは俺しかいない。 ──家族は俺が、守る!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『25歳独身、マイホームのクローゼットが異世界に繋がってた件』 ──†黒翼の夜叉†、異世界で伝説(レジェンド)になる!

風来坊
ファンタジー
25歳で夢のマイホームを手に入れた男・九条カケル。 185cmのモデル体型に彫刻のような顔立ち。街で振り返られるほどの美貌の持ち主――だがその正体は、重度のゲーム&コスプレオタク! ある日、自宅のクローゼットを開けた瞬間、突如現れた異世界へのゲートに吸い込まれてしまう。 そこで彼は、伝説の職業《深淵の支配者(アビスロード)》として召喚され、 チートスキル「†黒翼召喚†」や「アビスコード」、 さらにはなぜか「女子からの好感度+999」まで付与されて―― 「厨二病、発症したまま異世界転生とかマジで罰ゲームかよ!!」 オタク知識と美貌を武器に、異世界と現代を股にかけ、ハーレムと戦乱に巻き込まれながら、 †黒翼の夜叉†は“本物の伝説”になっていく!

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める

自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。 その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。 異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。 定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。

インターネットで異世界無双!?

kryuaga
ファンタジー
世界アムパトリに転生した青年、南宮虹夜(ミナミヤコウヤ)は女神様にいくつものチート能力を授かった。  その中で彼の目を一番引いたのは〈電脳網接続〉というギフトだ。これを駆使し彼は、ネット通販で日本の製品を仕入れそれを売って大儲けしたり、日本の企業に建物の設計依頼を出して異世界で技術無双をしたりと、やりたい放題の異世界ライフを送るのだった。  これは剣と魔法の異世界アムパトリが、コウヤがもたらした日本文化によって徐々に浸食を受けていく変革の物語です。

異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。

もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。 異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。 ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。 残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、 同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、 追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、 清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

処理中です...