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第一章 辺境の街 カルファ
5. トラブル 1
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走ったり、休んだり、ウァノスを食べたり、光精に会ったり、のんびり歩いたりを繰り返すこと、およそ二時間。
ようやく、人工物のようなものが見えてきた。
空は、茜色に染まろうとしている時間帯だった。思ったよりも遅くなったな。のんびりしすぎたか。
「お兄ちゃん、あれが街!?」
「うん、そうだと思うよ」
下界には、精霊界よりも魔物が溢れているから、その襲撃を防ぐために、大きな街では、街を囲うように、魔法で防壁を作られているのが普通らしい。
その近くには見張りが立っていて、しっかりと入ってくる者を検問しているようだ。
街に入ろうとする者で列になっているところには、人間だけでなく、二足歩行の犬みたいな人や、猫耳のついた女の人も見かけて、本当に異世界に来たんだと実感させた。
「ルーナ。僕たちも並ぼうか」
「飛んじゃダメなの?」
ルーナが上のほうを指しながら言う。
確かに、ドームみたいに全体が囲われているわけではないから、精霊の力で浮遊すればなんなく入れるだろうけど、それでは不法侵入だ。
特別な理由があるならともかく、そうでない場合は、無駄な争いは避けたほうがいい。
「そんなことしたら捕まっちゃうから、フラッフィーのベッドで寝られないよ?」
フラッフィーのベッドは、贅沢品とまでは言わなくても、中流家庭がやっと買えるくらいの、まあまあなお値段だ。囚人のベッドとして使われるものではない。
まぁ、僕たちは精霊王の血を引く精霊だから、全力で抵抗したら、実力的な意味で捕まることはないだろうけど、それは言わないのがお約束というもの。
「それは嫌!並ぶ!」
僕の手を引きながら、ルーナは列の最後尾に向かう。
列は、馬車の列と歩きの列に分かれているので、僕らが並ぶのは、歩きのほうの列である。
列に並んでから一分ほど。ルーナは、ふわぁとあくびを繰り返し、何度もガクンガクンと頭を揺らしている。
今にも寝そう……というか、半分寝ているだろう。でも、列が進めば、当然僕らも前に詰めなきゃいけない。僕が手を引くと、体をガクッと揺らしながら前に飛び出してくる。
その勢いで倒れそうになったルーナの体を、僕は慌てて支えた。
その衝撃ゆえか、ルーナが目を開ける。
「んあ……?お兄ちゃん、どうしたの?」
どうしたのじゃないわ!こんなところでまで寝るな!
「ルーナが倒れそうだったから支えてたの。立ったまま寝るのは危ないよ」
「だって……長いんだもん」
ルーナは、前のほうにある街の入り口のほうを見ながら言う。
確かに、これは休日の大型遊園地のアトラクションの列よりも長蛇である。
複数のアトラクションがある遊園地とは違って、街の入り口は一ヶ所のみ。
そして、街の警備上、身分や滞在目的なども事細かに調べなければならないから、時間はかかるだろう。
地球でいえば、税関のようなものだ。そんなほいほいと通れる警備をしているわけはない。
それに、進み具合を見るに、馬車の列のほうが優先されているように見える。
まぁ、馬車を使うなんて、大抵は貴族やそれなりの商人といったお金持ちだから、待たせるなんてなかなかできないのだろう。
少しずつではあるけど、歩きの列も進んでいるし、気長に待つしかない。
「おい!勝手に抜かしてんじゃねぇぞ!」
「はぁ!?私たちは、最初からずっとここにいたわよ!あんたこそ、抜かしてるんじゃないわよ!」
前方のほうから、そんな怒鳴り声が聞こえる。僕たちのような精霊は、他の種族よりも耳はいいほうだけど、僕の前や後ろに並んでいる人もキョロキョロしているのを見ると、どうやら声が聞こえるのは僕だけではないらしい。
ルーナも、その大きな声に反応してか、目を擦りながら顔を上げる。
「何かあったのかなぁ……?」
「さあね。言い争ってるみたいだけど」
言い争うのは勝手だけど、こんな場所でやらないでほしい。
彼らが言い争いに夢中なお陰で、周りも野次馬のようになり、元々進みが遅かったのに、さらに遅くなっている。
「バカ言ってんじゃねぇよ!お前、途中でどっか行ってたじゃねぇか!」
「列の進み具合を確認してただけよ!それに、ちゃんとこの子は列に残していたわ!」
大声でそう言ってくれるお陰で、姿が見えないくらいに離れている僕でも、状況は充分に把握できた。
つまり、女の人の主張では、予想より遅く感じたとかなんかで、列の進み具合に違和感を持ち、連れの人を置いて確認しに行った。
でも、男の人は、前の人がいなくなったと思って、前に詰めた。
その後に、女の人が戻ってきて、当たり前のように男の人の前に並んだから、ぶちギレてるってところだろう、
なんか、地球でも見たことあるな、こんな争い。
これは、どっちも悪いし、どっちも悪くないというパターン。
女の人は、口ぶりからして、最初から連れの人と一緒に行動していたんだろうし、会話するなどして、そう言う素振りも見せていたはず。
そして、連れの人を置いていったということは、時間をかける気もなく、そのままの順番で街に入る心づもりだった。
だからこそ、当たり前のように前に並んだのに、理不尽に怒鳴られたと思って、強気になっているのだろう。
男の人は、おそらく二人組の女性の後ろにいたけど、一人だけがどこかに行ってしまったので、その女の人の分だけ、前に詰めたってところかな。
女の人のほうは、列を離れたのは事実だし、言伝でもしておけばよかった。女性だけでも、後ろに並び直して、連れの人には、入り口近くで待ってもらう手もあるだろう。
男の人のほうは、連れを置いていった時点で、戻ってくるかもくらいは考えていてもよかったし、抜かされたと思ったなら、あんな感情的にならずに、冷静に列を離れたことを理由に、後ろに並び直すように伝えることもできたはず。
だから、どっちも悪いし、どっちも悪くないんだよね、これって。だからこそ、解決が難しい。
「お兄ちゃん、なんとかする?」
「そうだなぁ……」
正直言えば、放っておきたい。でも、早く街に入ってしまいたいという思いもあるから、さっさと喧嘩を終わらせてほしいとも思っている。
僕も前世の記憶があるとはいえ精霊なので、早くベッドで休みたいという思いは強いのだ。
ルーナもきっと、同じ思いなのだろう。
「なんとかしてみるか」
「じゃあ、行こう」
ルーナにしては珍しく積極的だけど、これは正義感じゃなくて、安眠妨害を排除したいという自分の欲望から来るものだと思うと、なんかもやもやするな。
僕も、人のことは言えないけど。
ひとまず、すでにどこかに行こうとしているルーナの襟を掴んで止める。
「ぐえっ」と声をあげたルーナは振り返り、僕を睨む。
「何するの!」
「いや、勝手に行ったら、あの女の人の二の舞だからね」
僕は、くるりと振り返って、後ろに並んでいる人に言う。
「ちょっと前の様子を見てくるので、ここは空けておいてください。なるべく早く戻りますから」
「えっ……?ええ……」
急に声をかけられたか、少し動揺しながらも、僕らの後ろに並んでいた女性は、了承してくれた。
「よし。今度こそ行こう」
「うん」
僕とルーナは、お互いの手を引き合うように、前のほうに駆けて行った。
ようやく、人工物のようなものが見えてきた。
空は、茜色に染まろうとしている時間帯だった。思ったよりも遅くなったな。のんびりしすぎたか。
「お兄ちゃん、あれが街!?」
「うん、そうだと思うよ」
下界には、精霊界よりも魔物が溢れているから、その襲撃を防ぐために、大きな街では、街を囲うように、魔法で防壁を作られているのが普通らしい。
その近くには見張りが立っていて、しっかりと入ってくる者を検問しているようだ。
街に入ろうとする者で列になっているところには、人間だけでなく、二足歩行の犬みたいな人や、猫耳のついた女の人も見かけて、本当に異世界に来たんだと実感させた。
「ルーナ。僕たちも並ぼうか」
「飛んじゃダメなの?」
ルーナが上のほうを指しながら言う。
確かに、ドームみたいに全体が囲われているわけではないから、精霊の力で浮遊すればなんなく入れるだろうけど、それでは不法侵入だ。
特別な理由があるならともかく、そうでない場合は、無駄な争いは避けたほうがいい。
「そんなことしたら捕まっちゃうから、フラッフィーのベッドで寝られないよ?」
フラッフィーのベッドは、贅沢品とまでは言わなくても、中流家庭がやっと買えるくらいの、まあまあなお値段だ。囚人のベッドとして使われるものではない。
まぁ、僕たちは精霊王の血を引く精霊だから、全力で抵抗したら、実力的な意味で捕まることはないだろうけど、それは言わないのがお約束というもの。
「それは嫌!並ぶ!」
僕の手を引きながら、ルーナは列の最後尾に向かう。
列は、馬車の列と歩きの列に分かれているので、僕らが並ぶのは、歩きのほうの列である。
列に並んでから一分ほど。ルーナは、ふわぁとあくびを繰り返し、何度もガクンガクンと頭を揺らしている。
今にも寝そう……というか、半分寝ているだろう。でも、列が進めば、当然僕らも前に詰めなきゃいけない。僕が手を引くと、体をガクッと揺らしながら前に飛び出してくる。
その勢いで倒れそうになったルーナの体を、僕は慌てて支えた。
その衝撃ゆえか、ルーナが目を開ける。
「んあ……?お兄ちゃん、どうしたの?」
どうしたのじゃないわ!こんなところでまで寝るな!
「ルーナが倒れそうだったから支えてたの。立ったまま寝るのは危ないよ」
「だって……長いんだもん」
ルーナは、前のほうにある街の入り口のほうを見ながら言う。
確かに、これは休日の大型遊園地のアトラクションの列よりも長蛇である。
複数のアトラクションがある遊園地とは違って、街の入り口は一ヶ所のみ。
そして、街の警備上、身分や滞在目的なども事細かに調べなければならないから、時間はかかるだろう。
地球でいえば、税関のようなものだ。そんなほいほいと通れる警備をしているわけはない。
それに、進み具合を見るに、馬車の列のほうが優先されているように見える。
まぁ、馬車を使うなんて、大抵は貴族やそれなりの商人といったお金持ちだから、待たせるなんてなかなかできないのだろう。
少しずつではあるけど、歩きの列も進んでいるし、気長に待つしかない。
「おい!勝手に抜かしてんじゃねぇぞ!」
「はぁ!?私たちは、最初からずっとここにいたわよ!あんたこそ、抜かしてるんじゃないわよ!」
前方のほうから、そんな怒鳴り声が聞こえる。僕たちのような精霊は、他の種族よりも耳はいいほうだけど、僕の前や後ろに並んでいる人もキョロキョロしているのを見ると、どうやら声が聞こえるのは僕だけではないらしい。
ルーナも、その大きな声に反応してか、目を擦りながら顔を上げる。
「何かあったのかなぁ……?」
「さあね。言い争ってるみたいだけど」
言い争うのは勝手だけど、こんな場所でやらないでほしい。
彼らが言い争いに夢中なお陰で、周りも野次馬のようになり、元々進みが遅かったのに、さらに遅くなっている。
「バカ言ってんじゃねぇよ!お前、途中でどっか行ってたじゃねぇか!」
「列の進み具合を確認してただけよ!それに、ちゃんとこの子は列に残していたわ!」
大声でそう言ってくれるお陰で、姿が見えないくらいに離れている僕でも、状況は充分に把握できた。
つまり、女の人の主張では、予想より遅く感じたとかなんかで、列の進み具合に違和感を持ち、連れの人を置いて確認しに行った。
でも、男の人は、前の人がいなくなったと思って、前に詰めた。
その後に、女の人が戻ってきて、当たり前のように男の人の前に並んだから、ぶちギレてるってところだろう、
なんか、地球でも見たことあるな、こんな争い。
これは、どっちも悪いし、どっちも悪くないというパターン。
女の人は、口ぶりからして、最初から連れの人と一緒に行動していたんだろうし、会話するなどして、そう言う素振りも見せていたはず。
そして、連れの人を置いていったということは、時間をかける気もなく、そのままの順番で街に入る心づもりだった。
だからこそ、当たり前のように前に並んだのに、理不尽に怒鳴られたと思って、強気になっているのだろう。
男の人は、おそらく二人組の女性の後ろにいたけど、一人だけがどこかに行ってしまったので、その女の人の分だけ、前に詰めたってところかな。
女の人のほうは、列を離れたのは事実だし、言伝でもしておけばよかった。女性だけでも、後ろに並び直して、連れの人には、入り口近くで待ってもらう手もあるだろう。
男の人のほうは、連れを置いていった時点で、戻ってくるかもくらいは考えていてもよかったし、抜かされたと思ったなら、あんな感情的にならずに、冷静に列を離れたことを理由に、後ろに並び直すように伝えることもできたはず。
だから、どっちも悪いし、どっちも悪くないんだよね、これって。だからこそ、解決が難しい。
「お兄ちゃん、なんとかする?」
「そうだなぁ……」
正直言えば、放っておきたい。でも、早く街に入ってしまいたいという思いもあるから、さっさと喧嘩を終わらせてほしいとも思っている。
僕も前世の記憶があるとはいえ精霊なので、早くベッドで休みたいという思いは強いのだ。
ルーナもきっと、同じ思いなのだろう。
「なんとかしてみるか」
「じゃあ、行こう」
ルーナにしては珍しく積極的だけど、これは正義感じゃなくて、安眠妨害を排除したいという自分の欲望から来るものだと思うと、なんかもやもやするな。
僕も、人のことは言えないけど。
ひとまず、すでにどこかに行こうとしているルーナの襟を掴んで止める。
「ぐえっ」と声をあげたルーナは振り返り、僕を睨む。
「何するの!」
「いや、勝手に行ったら、あの女の人の二の舞だからね」
僕は、くるりと振り返って、後ろに並んでいる人に言う。
「ちょっと前の様子を見てくるので、ここは空けておいてください。なるべく早く戻りますから」
「えっ……?ええ……」
急に声をかけられたか、少し動揺しながらも、僕らの後ろに並んでいた女性は、了承してくれた。
「よし。今度こそ行こう」
「うん」
僕とルーナは、お互いの手を引き合うように、前のほうに駆けて行った。
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