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第一章 辺境の街 カルファ

18. 氷霧草

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 僕の言葉に、ルーナが凍りついた。

 氷霧草は、寒く湿った地域によく生えている草で、氷霧草があるところではよく氷霧が見られるために、氷霧草なんて名前がついたと聞いたことがある。
 色は茎、葉、花にいたるまで全身が白色なんだけど、光が当たっているときは透明になるという神秘的な特徴を持つ。
 ちなみに、氷霧が自然発生するほどめちゃくちゃ寒いところに生えているというわけではなく、氷霧草は、常に特殊な冷気を発しており、その冷気に水が触れると凍ってしまい、霧のようになってしまうだけである。
 そのため、雪が降る程度の寒ささえあれば、比較的どこにでも生えてはいる。でも、群生地となるのは、雪解けもほとんどないような山頂が多い。
 雪や氷などに含まれている氷の魔力を栄養として成長するためだ。
 逆にいえば、氷の魔力さえあれば、繁殖も容易なため、お城では氷魔法を使って氷霧草を栽培している。
 種を植えてから三日~五日ほどで花を咲かせるくらいに早く育つ薬草で、氷の魔力さえあれば、放っておいても勝手に育つので、世話が楽なのもあり、怠惰な精霊が育てるにはちょうどよかったのだ。

 そして、氷霧草はウァノスに使われていることからもわかるように食べられる草であり、噛めば噛むほど甘味が広がって、精霊界ではおやつ代わりやお菓子の材料によく使われる。
 薬草としては、風邪薬に使われていたはずだ。苦い薬が苦手な人にはオススメな薬草である。

 まぁ、精霊はよほどでもない限り風邪などひかないので、大抵はウァノスの材料になってるんだけども。

「じゃあ、これがあればウァノス食べ放題!?」
「いや、他にも材料になる薬草はあるし、そもそも今の時期じゃあ、この辺には氷霧草は多分生えてなーー」
「ちょ、ちょっと待って!?」

 僕がルーナをなだめていると、フェルニールさんが横やりを入れてくる。
 うん?と思って僕はフェルニールさんのほうに視線を移した。

「どうかしましたか?」
「ウァノスって言ったっけ?それって食べ物なの!?」
「そうですけど?」

 もしかして、薬の名前だとでも思われたのだろうか?精霊界のおやつだから、聞いたことなくても仕方ないか。
 詳しく説明しようとする前に、フェルニールさんが言葉を発した。

「あんな苦いやつを食べてるってこと!?」

 ……へ?苦い?甘いの間違いじゃない?
 僕がフェルニールさんの言っていることが理解できずに呆然としていると、ルーナが口を開く。

「もしかして、枯れたやつのこと言ってるの?わたしたちが食べてるのは新鮮なやつだよ」

 ああ、そういうことか。理由はわからないけど、この国では氷霧草を生で使用する習慣がないらしい。
 苦いものを喜んで食べてると思われてたんなら驚くか。

 僕がフェルニールさんの疑問に納得していると、フェルニールさんはさらに言葉を続ける。

「新鮮なもの?じゃあ、君たちの家の近くには氷霧草が生えてるってこと?」

 あれ?もう疑問は解けたんじゃないの?

 そう思いながらも、僕は質問に答える。

「生えてるっていうか……栽培してますけど」

 そう言うと、フェルニールさんだけでなく、兵士長たちまでも目を見開いた。
 あれ?そんなにおかしなこと言った?

 僕が混乱していると、左肩をとんとんと突っつかれる。
 僕がそちらのほうを見ると、兵士長と目があった。

「氷霧草を栽培って、どうやってんだ?あれは、栽培できないはずだろ」

 ……へ?

 理解が遅れてしまう。氷霧草が栽培できないなんて、そんなはずがない。あれは、環境さえ整えれば簡単に栽培できるんだから。

「……簡単ですよ?周囲を寒くすれば放っておいても育ちますし」

 氷魔法の使い手は簡単に見つからないかもしれないけど、氷の魔力を生み出す手段はなくはないはずだ。魔道具にも、冷気を発生させるものくらいはあるだろう。
 平民ならともかく、それなりに高位らしい兵士長なら心当たりはなくはないはずだけど……?

「そっちじゃなくて、採取のほうだ。氷霧草って言ったら、摘んだら十分もしないで枯れるだろ?種なんか溶けちまうし……近くに自生してるわけじゃねぇんなら、どうやって持ち帰ったんだ?」

 僕は、そっちのほうかと納得する。周囲が不思議そうにしている理由がようやくわかった。
 確かに、氷霧草は栽培は簡単でも、採取には少しコツがいる。やり方を間違えればすぐに枯れてしまい、やがて溶けてしまう。草よりも小さい種は、その猶予も短いだろう。
 とはいっても、精霊からすればそう難しい採取方法ではないんだけど。

「それは多分、素手で触ってるからじゃないですか?氷霧草は熱にすごく弱いんですよ。なので、人の体温でも簡単に萎れたり溶けたりするんです」
「じゃあ、どうするって言うんだ?」
「方法はいろいろありますけど、僕たちの場合は凍らせてます。氷霧草を凍らせて、その氷が溶ける前に運んでるんですよ。これなら、暑い時期でも運べますから」

 氷霧草は、大地や空気中から氷の魔力を取り入れているけど、それは微々たる量だ。そのため、外から少しでも熱を与えられると、その量を簡単に上回ってしまい、氷霧草は枯れたり溶けたりしてしまう。
 だけど、反対に熱を与えなければ問題ないので、魔法で凍らせたり、熱を通さない手袋などを使うと簡単に持ち運びが可能である。
 精霊力で浮かせて運ぶのも効果的なので、精霊はその方法で運ぶこともあれば、僕たちの場合は時空間魔法が使えるので、時間停止の異空間にでも仕舞っておけば、枯れることなく遠くまで運ぶこともできる。

 まぁ、手を水や氷で冷やすという荒業もあるけど、少しでも体温があがったらアウトなので、ずっと冷やし続けなければならず、あまりオススメはできない。

「凍らせるか……その考えはなかったな……」

 まぁ、わからなくもない。
 氷霧草の特性を知らなくちゃ、冷凍保存って考えは簡単には思いつきそうにないしね。逆に、ダメにするんじゃないかと思う人もいるだろう。
 長く自然と共に生きてきた精霊だからこそ思いつく方法だ。

「防衛軍に氷魔法が使える兵士がいますし、今度見つけたら試してもらいましょうか?寒い時期なら比較的簡単に見つかりますし……」
「そうだな。薬屋はすぐにでも欲しがるだろうから、喜ぶだろう」

 レイクスさんとウォルターさんが話し合っている。
 どうやら、氷魔法を使える兵士を使って確かめるつもりらしい。
 空間魔法ほどではないけど、氷魔法の使い手もそれなりに珍しいのに、軍にいるのはすごいな。

「普段はどうやって採取してたんですか?」

 氷霧草の薬効を知っていたのなら、納品はされていそうだ。誰か一人くらいは、新鮮なものを維持しようとは考えなかったんだろうか。

「素早く摘み取って、マジックバッグに入れるのが普通だ。とはいっても、時間が止まるわけじゃねぇから、どんなに長く持っても三十分くらいで完全に枯れちまうが」

 僕は、なんで氷霧草が栽培できない貴重な薬草扱いされているのか、なんとなく察してしまった。

 マジックバックは、ただでさえ高価なので持ち主があまりいないのに、それに加えて、あくまでもバッグの中を広くしてくれるだけで、中を快適空間にしてくれるわけじゃない。
 熱が与えられていないだけましかもしれないけど、大地からも空気中からも氷の魔力を取り入れられないのだから、すぐに枯れてしまうだろう。場合によっては、溶けて跡形もなくなっていたかもしれない。

 でも、それがここでの常識のようになっていたとするなら、どうだろう。
 それでは、自分たちのやり方に問題があったのではなく、枯れやすい植物という認識のほうが強くなりそうだ。人の手の熱ですら溶けてしまうような植物なんてあるわけないという先入観もあったかもしれない。

 それに、枯れていたとしても、薬効成分は残っているので、薬草としては特に問題があるわけでもないというのも大きかったかもしれない。

 対して精霊は、まず誰かのためにという思いやりのような感性があまり高くない種族だ。
 基本的には自分ファーストで、一応は自分よりも立場が上の精霊に従うくらいの関係性である。

 そのため、氷霧草を見つけたら、持ち帰ったりせずにその場でかじりつくだろう。それでその植物が甘くておいしいことを知れば、自分たちのテリトリーになんとしてでも持ち込みたくなる者もいるはずだ。
 それは、枯れたり溶かしたりしては意味がないので、いろいろと試行錯誤しただろう。精霊は長命の種族で、お金を稼いだりする必要もないのだから、時間はたっぷりある。

 それが、精霊と下界の生き物たちの違いではないだろうか。

 でも、原因とやり方さえわかってしまえば、下界の者たちでも、氷霧草は簡単に納品できるようになるだろう。寒い時期になれば、そこら辺に生えてるんだから。

「お兄ちゃ~ん、ウァノスちょーだい」 

 話してたら食べたくなったのか、会話の流れをぶったぎるようにルーナが言う。
 うん。せめて、部屋に戻ってから要求してほしかった。ウァノスの入ってるカバンは部屋にあるというのに。

「今は持ってないよ。カバンは部屋に置いてきたし」
「じゃあ取ってきてよー」
「いやだよ」

 わざわざ部屋に戻るのはめんどくさい。僕も怠惰な精霊だ。やらなくてもいいことは極力やりたくない。

「だって、ずーっと食べてないもん!」

 昨日の夜に食べたばかりのくせに。このままのペースで食べられ続けたら、一週間以内には持ってきたものがなくなりそう。

「そんなに食いたいなら、お前らはもう部屋に戻ればいいだろ」
「えっ、いいんですか?」

 兵士長から、思わず提案をされた。
 それは願ってもないことだけど……

「ああ。もうお前らに話すことはないから、ここにいてもらう必要はないからな」
「この紙は写しだから、持っていってもいいよ」
「はあ……ありがとうございます」

 フェルニールさんが渡してきた薬草採取の依頼の紙を受け取りながら、僕はペコリと頭を下げる。
 なんか、体よく追い出されたような気がしなくもないけど、戻らせてくれるというのなら、その好意に甘えることとしよう。

「ルーナ、行こうか」
「うん。部屋に戻ったら、ウァノス三つちょーだい!」
「在庫なくなるって……」

 そんな会話をしながら、僕たちは部屋に戻った。
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