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第一章 辺境の街 カルファ

19. 対策会議

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 ルートとルーナが出ていった応接室では、重苦しい空気が流れる。
 その空気のなか、口を開いたのはフェルニールだった。

「……本当に、囲うつもりはないの?そのほうが、何かと都合がいいと思うけど」

 フェルニールは、多少の下心はありつつも、本当に二人を守るつもりでギルドの加入を進めていたのだ。
 できれば、自分のギルドがいいけれど、彼らの身の安全が保証されるのであれば別のところでもいい。

「あいつらは、縛られることを望んでないからな。後見人についても、かなり渋ってたくらいだ。どこかの組織になんて、余計に入りたがらんだろう」

 目の前の男は、ただ淡々と答える。別に笑顔で対応してほしいわけではないが、こういうところがどうも気に入らない。
 この男ーーヴォルフは、無駄に生真面目な男なのだ。

「なら、後見人がいることを大々的にアピールしたほうがよくない?バカには宝石が無造作に捨てられてるようにしか見えないわよ。捨てられた宝石を拾っても罪にならないのはわかりきってるでしょ」

 貴族の力は強い。一つの家と繋がりがあるだけで、将来は安泰だとされるほどだ。実際は、他人の生活の保証ができるほどの余裕のある貴族というのはそう多くはないのだが、平民からすれば、末端の男爵でも豪勢な暮らしをしているように見えるだろう。

 ただ子どもが歩いているだけでは、無作法者には価値のある宝石しか目がいかないが、その後ろに貴族がいるとなれば話は別だ。
 少なくとも、軽い気持ちで手を出す者は減るだろう。それでもなおというのであれば、こちらも対処に動きやすいし、二人が直接対処するのも容易だ。

「ここには、他人の宝石を欲しがる物好きがいるからな」
「あー、なるほどね」

 それを言われると弱い。ヴォルフの言う通り、カルファには人のものにちょっかいを出したがる奴がいる。しかも、無駄に権力を持っているから面倒なのだ。
 考えなしに熱湯に触れてやけどをするくらいならいいのだが、奴の場合は火をつけられて燃やされそうだ。
 誰も消したがらない火柱となるだろうが、消さないわけにはいかない。特に、防衛軍の彼らは。

「相手は上司なのに守ってあげるなんて、ずいぶんと過保護じゃない。あの子たちと会ってからそんなに時間は経ってないでしょ?情が移ったの?それとも危険視して?」
「……どちらかといえば後者だ。子どもに手を出すアホはどこにでもいる。それに、お前も気づいてるだろ。あいつらは、互いに依存してる」
「まぁ、初対面の私にあんな態度向けられちゃあ気づくなってほうが無理があるね」

 フェルニールは、ルートとルーナが串焼きを食べていたときのことを思い返す。
 自分が声をかけるまでは、普通の兄妹の距離感を維持していたというのに、声をかけたとたんに、兄のほうは妹を隠すように前に立ち、妹のほうは兄を引き寄せて守ろうとしているように見えた。

 自覚しているかはわからないが……兄だけでなく、妹すらも自分よりも片割れのほうを守ろうとするとは思わなかった。
 その行動が、単なる兄妹としての情なのか、双子ゆえなのか、精霊の性質なのかはわからない。だが、その頃から普通の兄妹ではない、どこか異様な空気を感じ取っていたのは確かだった。

 先ほどまでの対話もそうだった。串焼きのときには、五分も話していなかったはずだが、フェルニールの正体だけでなく、自分たちの正体を知られていることも感じ取っていた。
 一体、どこで気づかれたのかと、頭を悩ませたほどだ。

 ヴォルフから、子どもだからと油断すれば足をすくわれるとは聞いていたが、その忠告の意味が、よくわかる数分間であった。
 彼らは、いろんな意味で敵に回したくない。

「まぁ、氷霧草のことは助かったけどね。やっぱり精霊ってなると、植物には詳しいのかな?」
「さあな。俺たちもあいつらのことはほとんど知らねぇんだ。まだ俺らに気を許したわけじゃねぇのか、必要以上に語りたがらねぇ」
「えっ?ルートさん、普通に精霊について教えてくれましたよ?」

 ウォルターの言葉に、その場が静まり返った。ウォルターは、その雰囲気を感じ取ってか、体が強ばっているが、それを気にも止めずに問いただしたのはレイクスだった。

「教えてくれたって、なんか聞いてるのか!?なんでそれを早く言わないんだよ!」
「いや、私が個人的に気になっただけだったので、報告義務はないかと……」
「そうかもしれないが気になるだろ!」

 報告しろとは言わないのかと思いながらも、フェルニールも気になっていたので、それを口にすることはない。

 精霊は、存在がわかっているだけで、その生態はほとんどわかっていない。人間を助けてくれる存在と言われることもあれば、人間に危害を加える存在として伝えられることもある。
 姿も様々で、小人のようであったり、女神のようであったり、恐ろしい異形のようであったりする。

 共通しているのは、人前に姿を現すことはほとんどないことと、自然と共にいるということだけだ。それすらも、明確な理由がわかっていないほど。

「精霊は、周囲の魔力を取り込むことで成熟するそうです。そのとき、周囲の環境に合わせて姿を変えているそうですよ。そのため、森には獣の姿をした精霊が多く、街には人型が稀にいると」
「ふーん。じゃあ、あの子たちは人間の近くで生まれたってこと?」
「いえ、人型の精霊に直接魔力を吹き込まれたことで人間の姿となったそうです。だから兄妹なんだとルートさんはおっしゃっていました」

 人間や他の亜人などは、血の繋がりによって兄妹となるが、精霊の場合は魔力の繋がりによるらしい。
 ならば、あの二人の容姿が似通っているのも、魔力が関係しているのだろう。

「それじゃあ、死んでもいない限り、あいつらには自分たちを作り出した親がいるんだよな?なんでついてこねぇんだ?普通なら、心配でついてきそうなもんだが」

 皆が思ったであろう言葉を代弁するかのように、ヴォルフは言う。

「そこまでは聞いていないのでわかりません」
「意外とすんなりと送り出したのかもしれないぞ?あいつら、見た目の割にしっかりしてるし」

 はははと笑っているレイクスを、フェルニールは訝しむ。

 はたして、本当にそうだろうか。

 わざわざ自分たちの力を分け与えて成熟させた存在だ。死んでいないのであれば、よほどの理由でもない限りついてくるとは思うが……そのよほどの理由が思いつかない。

 本人たちに尋ねたら、答えてくれるだろうか。……答えてくれないかもしれない。

 なぜだかはわからないが、自分は妙に二人に敵視されているような気がする。特に、妹のほうはひどい。
 おばさんはともかく、自分よりも幼く見える者に赤ちゃん呼ばわりされたのは初めてだ。精霊だというから、本当に自分よりも年上なのかもしれないが、それでも心にくるものがある。

 一体、自分が何をしたというのか。

「まぁ、親のことは後で本人たちに聞くとして、問題はこれからのことだろう」

 話がだいぶそれてしまったからか、仕切り直すようにレイクスが言う。
 自分が言い始めたくせにという言葉は、胸の内に秘めておいた。

「兵士長が言うには、気まぐれで街に来たんですよね?それなら、そう遅くないうちにカルファから出ていきそうな気がしますが……」
「ああ。早かったら、ベッドの購入を終えたら出ていくだろうな」

 早かったらとは言うが、間違いなく出ていくとここにいる皆が感じている。
 人間の街に来た理由は気まぐれで、身分証も確保した。そんな二人からしてみれば、この街に留まり続ける理由がないのだ。もちろん、他国に出入りするとなると、もっと複雑な手続きが必要にはなるだろうが、国内ならば比較的どこにでも行ける。

 精霊という優秀な戦力が国内に留まり続けるのは望ましいことだが、贅沢を言うならば、カルファに留まり続けてもらいたい。
 カルファと隣接している帝国とは、同盟を結んではいるものの、いつ切られてもおかしくはない。事実、小競り合いは何度か起きている。
 帝国は、街の独断であり指示はしていないと公言しているが、小競り合いが何度も起きている時点で、ある程度は察しがつくというものだ。

 ギルドは国同士の争いに関しては中立を貫いているが、争いが起きないことに越したことはない。
 そのため、戦力の確保については口出ししないし、不審人物が目撃された場合は、即座に軍に報告している。
 ギルドの所属者にも、不審人物を目撃した場合の報告と、こちらからの手出し無用を言付けている。

 そして、悩ましいことに、不審人物の目撃報告は、年を重ねるごとに増えている傾向にある。もし、そいつらが二人の利用価値に気づけばどうなるかは、想像に難くない。

「ひとまず、事情を話して出ていかせないようにする?あの子達なら、話は通じそうだけど」
「通じるは通じるだろうが……どちらにしろ、金を稼ぐために街の外には出るだろうな」

 自身とフェルニールの間に置かれた紙を見ながら、男は言う。
 フェルニールは、しまったと頭を抱えた。

 フェルニールが持ってきた薬草採取の依頼は、当然ながら街の外に出なければならない。薬草の生えている場所によっては、人気の少ないところにも向かうだろう。そして、そういう場所ほど、ならず者は多いもの。
 その問題に、指摘されて初めて気づいた。

「……確か、あんたたちが許可しないと外に出たらダメなんでしょ?いろいろと理由つけられない?」
「街に留まる理由がありませんからね……。あの二人は、特にデメリットがないから留まってくれているだけであって、不満を感じたら、身分証返上してでも出ていきますよ。フラッフィーのベッドは、他国でも購入可能ですし」
「まぁ、少なくとも帝国に行くことはねぇはずだ。言葉の裏に敏感な奴らだし、争い事を嫌ってるみてぇだしな。脅しもあいつらには通用しないと思っていい」

 それは間違いない。魔力量も多いようだし、ウルフを消し飛ばしたという発言からも、それなりの戦闘力を持っているのは確かだ。まず力ずくで従わせることはできないだろう。
 たとえ奇跡が起きて、片割れのどちらかを人質に取れたとしても、素直に従うとは思えない。あの手この手を駆使して、片割れを取り戻しにかかるはずだ。その手段には、相手の死をも厭わないだろう。片割れがそのような扱いを受けて手加減できるような性格とは思えない。

 ……それを想像すると、街に長く留めておくのが絶望的に思えてきてしまった。

「ダメだ。あの二人を止められる気がしない」
「だからって放っておけませんよ?二人きりにしたら歯止め役がいないじゃないですか」

 すでに諦めかけているフェルニールにウォルターが追い討ちをかけるようなことを言うが、ウォルターのその言葉に、フェルニールは妙案を思いつく。

「……じゃあ、あんたたちが一緒に連れていくってのはどう?」
「連れていくってどういうことだ?」

 レイクスの問いにフェルニールが詳しく答える。

「ほら、あんたたち防衛軍って、魔物の討伐とか、街の外のパトロールとかもやってるでしょ?それにあの二人も適当に理由つけてついていかせるのよ。防衛軍が一緒なら、まず手出しされないし、人がいれば、あの二人も下手なことしないでしょ」

 二人きりがまずいなら、人を増やせばいいだけだ。
 ギルドに所属している者たちも、個々の力が弱かったら、パーティーを組んで戦力を上げたり、危険な場所に赴くときは、パーティー同士が協力して依頼を受けるときもある。

 防衛軍の隊長と副隊長が後見人となっていて、戦闘能力もあり、薬草の知識も豊富な彼らを連れていく理由作りは、そう難しいことでもないし、彼ら自身も、精霊だと気づかれることを望んではいない。人前で下手な真似はしないはずだ。

 こんな単純なことにすぐに気づけない自分が情けなかった。管理職を始めてから、ずいぶんと頭が固くなっているらしい。

「そいつは悪くねぇな。明日にでもあいつらに提案してみるか」
「理由は話したほうがいいですね。警戒されるでしょうし」
「じゃあ、俺は軍の奴らに話を通しておくから、あのチビどもには……」

 ここまで来れば、後は彼らの仕事だ。彼らも自覚があるのか、もうフェルニールを見向きもしていない。

「じゃあ、私はギルドに話を通してくるから、もう帰るよ。ついでに、彼らに薬草のこともうちょっと詳しく聞いて欲しいなぁ~」
「わかった。ついでに聞いといてやるよ」

 ヴォルフの言葉にふふっと微笑みながら、フェルニールは屋敷を後にした。
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