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第一章 辺境の街 カルファ
20. クッション
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ギルドマスターのフェルニールさんに会った翌日、朝食の場で、僕たちはレイクスさんからある提案をされた。
「お前ら、俺らと一緒に外に出ないか?」
「外……ですか?」
僕が首をかしげると、レイクスさんは詳しく説明してくれる。
どうやら、隣国である帝国との関係が芳しくないため、僕たちだけを外に出すのはいろいろと危険らしい。外に出たかったから、誰かを連れていけとのことだ。
僕としてはついてくるだけなら不満はないし、特に問題があるわけでもないなら気にしないけど、ルーナがどう思うか。
「ルーナ、どうする」
「ん?ん~……」
パンを頬張りながら、ルーナは唸る。そして、ゴクンと飲み込むと、ルーナは言葉を発した。
「別にいいよ。でも、長くなるならベッドが欲しいなぁ~……屋敷のやつとか持ってってさ~……」
ルーナは、チラチラと僕のほうを見てくる。なんて答えて欲しいのか丸わかりだけど、僕の答えはーー
「そんな贅沢品はありません。屋敷からの持ち出しも厳禁です」
ルーナの期待の眼差しを、僕はバッサリと切り捨てた。
ルーナは、一瞬で不機嫌になる。
「じゃあ行かない!」
「それじゃあ、お金を稼げないからベッドが買えないね」
「うっ……!」
本音を言うと、僕はレイクスさんたちについていこうが留守番しようが、別にどっちでもいい。僕が下界に来た理由は、あくまでもルーナの監督として。ルーナが行かないなら僕も行かないし、行くならついていくだけだ。
だけど、ついていかないとお金を稼ぐ手段がほとんどないのも事実なわけで、ベッドが手に入らないとなると、ルーナの機嫌はどんどん悪くなってしまう。
さすがに不機嫌なルーナを連れて旅するのはごめんだ。せめて、ベッドが手に入らなくてもいいと思ってもらった上で断ってもらわないと。
ルーナが、むぅ~と唸っている。自分のベッドは欲しいけど、野宿はしたくないから、妥協点を探しているのだろう。
さて、どうするべきか。ベッドを持っていく手段としては、空間が拡張されたカバンがあるので問題ない。だけど、さすがにこの屋敷のベッドを持ち出すわけにはいかない。
被後見人とはいえ、あくまでも僕らは客人だから、屋敷内のものをむやみやたらに持ち出すのはよくないだろう。
なら、代わりのを買うしかないか。
「ルーナ。大きめのクッションなら買えるから、それ持っていく?」
さすがにベッドは無理だけど、クッションなら問題ない。僕たちは小柄なので、丸めれば体は乗るだろう。魔法で洗濯すれば数日くらいは使い回せる。
クッションは、ベッドの下見をしたところに行けば、それなりの品質のものがあるはずだ。
「うー……そうする」
少し不満そうではあるけど、それ以上は望めないことがわかっているからか、ルーナは了承してくれる。
「話が終わったんなら、お前らに少し聞きたいことがあるんだが」
兵士長が別の話題を切り出してくる。昨日は屋敷に泊まったのか、兵士長も朝食の場に同席していた。
「なんでしょう?」
「昨日、氷霧草の採取のコツを教えてくれただろ?他にも知ってることがあったら聞いてくれってあの女に頼まれてな」
「他に、ですか……」
そう言われても、何が採取できていないのかわからない。前世では、薬草なんて触れる機会がなかったし、精霊として生まれてからは、身近すぎて何が難しいのかわからないのだ。
僕たちからしてみれば、そんなことも知らないのか、という思いなのである。
「たとえば、どういうのですか?」
「そうだな……氷霧草とは逆に、火炎草はどうすりゃいい?」
「ああ、それはーー」
僕が話そうとすると、ルーナが手で口を塞いできた。
一体なんだと混乱していると、ルーナは手を差し出す。
「話して欲しいんなら、情報料ちょうだい」
がめついな、おい。いや、気持ちはわからないでもないけど。
ベッドの購入資金を貯めるためなら、金儲けの手段なんか選ばないのがルーナだから。一応は後見人だから、それはまずい……いや、兵士長は後見人ではないからセーフか?
「いい性格してんなぁ……大銀貨一枚でどうだ?」
えっ、払うの!?しかも大銀貨一枚って、決して安くない金額なんだけど!
「乗った!」
乗るな!少しは遠慮を覚えろ!
「んじゃあ、ほら」
兵士長は、放り投げるようにして大銀貨を渡してきた。
なんでお金を持っているのかは、突っ込まないほうがいいんだろうか。
「じゃあ、お兄ちゃん。説明よろしく」
僕に丸投げするんかい!
「はぁ……わかったよ」
お金をもらった以上、ちゃんと説明しないと。
「火炎草は熱を取り込むので、火を使えばいいんです」
「火を使っていいのか?草を燃やすわけにはいかねぇだろ」
「燃やしても大丈夫ですよ?熱に強いので、生活に使うくらいの火なら燃えないんで」
火炎草というのは、氷霧草とは対極の位置にある薬草である。
茎や葉、花に至るまで真っ赤で、まるで炎のような見た目からこの名前がついたと聞いている。氷霧草とは反対に、炎天下の元に生えて、群生地は気温が高めで乾燥している地域にあることが多い。
この世界ではどこにあるのかは知らないけど、砂漠やサバンナのような場所だ。
ちなみに、この火炎草は雨や寒さに弱い。弱い雨でも、たった一時間降り続いただけで、火炎草は全滅するほど。
ただ気温が高いだけでは群生しないめんどくさい草が、火炎草なのだ。
もちろん、冬なんて生えることすらない。
なので、火炎草は水を与える必要はなく、高温で放置するだけで育つお手軽な薬草だ。精霊にピッタリ。
「なら、燃やした後はどうするんだ?炎で覆われてるのに、素手で掴むわけにもいかねぇだろ?」
「ああ、草本体じゃなくて、近くで燃やし続けるだけで結構ですよ。周囲の熱を取り込んでいるので、それを与え続ければ枯れませんし、氷霧草とは違って、長時間じゃなければ素手で掴んでも問題ありませんから」
氷霧草は、素肌の熱すら耐えられないけど、火炎草は大丈夫だ。ちょっと熱くはあるけど、手放してしまうほどではない。
でも、長時間触れ続けると、状態は悪化してくる。火炎草の状態にもよるけど、タイムリミットは、どんなに長くても二時間くらいだろう。
「簡単に言ってくれるがな、一瞬ならまだしも、魔法を長時間維持し続けるのなんて難しいんだぞ?一定の魔力を送り続ける必要があるから、高い制御力がないと暴走しちまう」
「そんなの知りませんよ。練習不足なだけじゃないですか」
僕とルーナは、一時間までなら同じ魔法を維持できる。それ以上は、集中力が続かなくて失敗することもしばしば。
天才のルーナはまだしも、僕ですら一ヶ月で習得できたんだから、人間だってやろうと思えばできるはずだ。
ちなみに、ルーナは教師が手本として使ったものを見ただけで完全再現したので、初日で習得してます。見て盗むってやつだ。普通に羨ましい。
「まぁ、発火の魔道具でも使えばいいんじゃないですか?夜営とかするなら、持っててもおかしくないと思いますけど」
薬草や魔物の討伐は、当然ながら目標物が見つからないと意味がないし、距離が離れている可能性もあるから、夜営くらいはするだろう。
焚き火で明かりをつけたり、調理したりと、火は欠かせないと思う。
下界はいろんな魔道具が普及していると聞くし、ライターのような魔道具くらいはあるだろう。
「ああ、軍でも常備してるな。値段も安価だし、難しいならそれを購入するように伝えてみるか」
「じゃあ、とりあえず今日はそれでいいですか?ルーナのクッションを買ってあげないといけないんで」
別に今すぐという話ではないだろうけど、ルーナはすぐにでも欲しがるだろう。早めに買っておくに越したことはない。
「おっきくてふわっふわのやつね!」
はいはい。わかってますよ。こういうときだけ口出ししてくるんだから。
「じゃあ、ささっと行ってくるから、ルーナはそのまま打ちあわせしててね」
「えぇ~……」
ルーナが不満そうな声をあげたけど、やるときはやってくれるので大丈夫だろう……多分。少なくとも、言い負かされることはない。
僕は、食事を終えると、そそくさと席を立つ。普通なら部屋を出て玄関に行くんだけど……こっちのほうが早いよね。
幸い、お金はさっきの情報料があるから、部屋に取りに戻る必要もないし。
「おい、どこに行くんだ?」
僕がドアとは反対方向に歩き出したからか、兵士長が訝しい目で見てくる。
「こっちのほうが早いかなって」
僕は、部屋の端にたどり着き、窓の格子に触れる。そして、そのまま開け放った。
「お前、まさかーー」
「では、行ってきまーす」
兵士長がなんか言っていた気がするけど、特に気にすることなく、僕は窓枠を乗り越えて、外に飛び出した。
◇◇◇
庭を駆け抜け、門を飛び越えて、街道を走り抜けて、僕は目的の店までやってきた。時間にして、五分くらいだろうか。
空を飛んだら目立つかと思って、地べたを走っていたんだけど、周りの驚愕したような視線をときどき向けられたのを考えると、あまり意味はなかったかもしれない。
「ごめんくださーい」
店の前に店員が立っていなかったので、扉を開けて声をかけると、奥のほうで作業していたであろう店員がこちらに気づき、慌てて駆け寄ってきた。
「ルートさまですね?いかがなさいましたか?」
ここは、以前にフラッフィーのベッドの下見に来た店なので、店員は僕のことは知っている。
「妹のクッションが欲しくて。フラッフィーの素材で、最低でも、僕たちの体が乗るくらいのサイズが好ましいです」
「……かしこまりました」
こちらですと言って、店員は僕を案内してくれる。
どこか含みのある返事だった気がするのは、気のせいだと思っておこう。多分、ベッドを買う前にでかいクッションを買いに来たことを不思議に思ってるだけだろうし。
案内されたのは、ベッドの区画の近くだった。少し視線を右にずらせば、ベッドが目に入る。
あのときに、クッションが視界に入れば買ってたかもしれないけど、僕もルーナもベッドしか見てなかったからなぁ……
「お二人の体が乗るくらいですと、こちらがよろしいかと」
店員は、展示されているなかでも大きめのクッションを僕に見せる。
それは、ルーナの体が乗るには充分な大きさで、しっかりと中身が詰まっているようで触っていて気持ちいいくらいのふわふわ感。色がきれいな群青色だから、ルーナの好みにも合いそうだった。
ルーナは、青系統の色を好んでいる。でも、水色のような薄い色はあまり惹かれないみたいで、深い色を好んでいるのだ。
自分の部屋にある家具も、母さんの趣味でつけている髪飾りもほとんどが濃い青系統だし。
とりあえず、ルーナのはこれにしよう。ベッドに比べたら値段も安めだし、もう一個買えそうだ。じゃあ、せっかくだし色違いのを……
「その青いやつと、この黄色いやつをもらえますか?」
僕は、近くに置いてあった黄色いクッションを手に取る。
こっちもふわふわだ。触り心地からして、群青色のクッションとの違いは色だけだろう。
「はい、一万リーゼになります」
うん、高級クッションならこんなものだろう。僕は、ポケットから出す振りをしながら、異空間に仕舞っていたお金を取り出す。
一万リーゼなら、ちょうど大銀貨一枚分だ。大銀貨を、店員に渡した。
「それじゃあ、これはそのまま持っていくので、次はベッドのときに」
「はい。お待ちしております」
僕は、二つのクッションを抱えて店を出る。自分よりも大きいクッションを二つも抱えるのは大変だけど、所詮はクッションなので、持てないこともない。
それに、いざとなれば精霊力を使えばいい。
「よし、さっさと帰るか」
僕は、クッションを落とさないように気をつけつつ、屋敷まで駆けていく。
……走るより、飛んでいったほうが早かったりする?いや、さすがに悪目立ちしてしまう。でも、このクッションを抱えているだけでだいぶ目立ってるし……
う~ん……安全を取るか、早さを取るか。悩みどころだ。
「……うん?」
不意に前のほうからパカパカと馬の駆ける音が聞こえて、下に向いていた視線を前に向けた。
視線の先から、馬車がこちらに駆けてくる。クッションが邪魔してすべては見えないが、ところどころ装飾がなされているのを見ると、それなりの身分の人が乗っているみたいだ。
ーーって、じっと見ている場合じゃない!
僕は、クッションを落とさないように気をつけつつ、急いで道の端まで移動した。
周りの大人たちが頭を下げているので、僕も倣って頭を下げる。すると、僕の前を通りすぎるかというタイミングで、なぜか馬の駆ける音がしなくなった。まさか、止まった……?
僕がチラリと頭を上げると、馬車がちょうど目の前に止まっていた。まさか、僕に用があるとか……
「おい、そこのお前。邪魔だからどけ」
そんなわけありませんでした。不機嫌そうな御者の言葉に従って、僕はすごすごとそこから移動する。
後ろをチラリと見ると、中から豪華な衣装を纏った人が出てくる。顔はよく見えないけど、そして、そのまままっすぐと店のなかに入った。
店に入るのに、僕が邪魔だったみたいだ。それなら、もう少し優しく言ってくれてもいいのに、こどもに優しくないなぁ。
……待てよ?この街の大人たちが頭を下げるなんて、絶対にそこらのお金持ちじゃないよね?
それこそ、この街のーーいや、これ以上は考えないでおこう。これ以上は、いろいろと面倒事の予感がする。
僕は、先ほどよりも足を速めて、帰路に着いた。
「お前ら、俺らと一緒に外に出ないか?」
「外……ですか?」
僕が首をかしげると、レイクスさんは詳しく説明してくれる。
どうやら、隣国である帝国との関係が芳しくないため、僕たちだけを外に出すのはいろいろと危険らしい。外に出たかったから、誰かを連れていけとのことだ。
僕としてはついてくるだけなら不満はないし、特に問題があるわけでもないなら気にしないけど、ルーナがどう思うか。
「ルーナ、どうする」
「ん?ん~……」
パンを頬張りながら、ルーナは唸る。そして、ゴクンと飲み込むと、ルーナは言葉を発した。
「別にいいよ。でも、長くなるならベッドが欲しいなぁ~……屋敷のやつとか持ってってさ~……」
ルーナは、チラチラと僕のほうを見てくる。なんて答えて欲しいのか丸わかりだけど、僕の答えはーー
「そんな贅沢品はありません。屋敷からの持ち出しも厳禁です」
ルーナの期待の眼差しを、僕はバッサリと切り捨てた。
ルーナは、一瞬で不機嫌になる。
「じゃあ行かない!」
「それじゃあ、お金を稼げないからベッドが買えないね」
「うっ……!」
本音を言うと、僕はレイクスさんたちについていこうが留守番しようが、別にどっちでもいい。僕が下界に来た理由は、あくまでもルーナの監督として。ルーナが行かないなら僕も行かないし、行くならついていくだけだ。
だけど、ついていかないとお金を稼ぐ手段がほとんどないのも事実なわけで、ベッドが手に入らないとなると、ルーナの機嫌はどんどん悪くなってしまう。
さすがに不機嫌なルーナを連れて旅するのはごめんだ。せめて、ベッドが手に入らなくてもいいと思ってもらった上で断ってもらわないと。
ルーナが、むぅ~と唸っている。自分のベッドは欲しいけど、野宿はしたくないから、妥協点を探しているのだろう。
さて、どうするべきか。ベッドを持っていく手段としては、空間が拡張されたカバンがあるので問題ない。だけど、さすがにこの屋敷のベッドを持ち出すわけにはいかない。
被後見人とはいえ、あくまでも僕らは客人だから、屋敷内のものをむやみやたらに持ち出すのはよくないだろう。
なら、代わりのを買うしかないか。
「ルーナ。大きめのクッションなら買えるから、それ持っていく?」
さすがにベッドは無理だけど、クッションなら問題ない。僕たちは小柄なので、丸めれば体は乗るだろう。魔法で洗濯すれば数日くらいは使い回せる。
クッションは、ベッドの下見をしたところに行けば、それなりの品質のものがあるはずだ。
「うー……そうする」
少し不満そうではあるけど、それ以上は望めないことがわかっているからか、ルーナは了承してくれる。
「話が終わったんなら、お前らに少し聞きたいことがあるんだが」
兵士長が別の話題を切り出してくる。昨日は屋敷に泊まったのか、兵士長も朝食の場に同席していた。
「なんでしょう?」
「昨日、氷霧草の採取のコツを教えてくれただろ?他にも知ってることがあったら聞いてくれってあの女に頼まれてな」
「他に、ですか……」
そう言われても、何が採取できていないのかわからない。前世では、薬草なんて触れる機会がなかったし、精霊として生まれてからは、身近すぎて何が難しいのかわからないのだ。
僕たちからしてみれば、そんなことも知らないのか、という思いなのである。
「たとえば、どういうのですか?」
「そうだな……氷霧草とは逆に、火炎草はどうすりゃいい?」
「ああ、それはーー」
僕が話そうとすると、ルーナが手で口を塞いできた。
一体なんだと混乱していると、ルーナは手を差し出す。
「話して欲しいんなら、情報料ちょうだい」
がめついな、おい。いや、気持ちはわからないでもないけど。
ベッドの購入資金を貯めるためなら、金儲けの手段なんか選ばないのがルーナだから。一応は後見人だから、それはまずい……いや、兵士長は後見人ではないからセーフか?
「いい性格してんなぁ……大銀貨一枚でどうだ?」
えっ、払うの!?しかも大銀貨一枚って、決して安くない金額なんだけど!
「乗った!」
乗るな!少しは遠慮を覚えろ!
「んじゃあ、ほら」
兵士長は、放り投げるようにして大銀貨を渡してきた。
なんでお金を持っているのかは、突っ込まないほうがいいんだろうか。
「じゃあ、お兄ちゃん。説明よろしく」
僕に丸投げするんかい!
「はぁ……わかったよ」
お金をもらった以上、ちゃんと説明しないと。
「火炎草は熱を取り込むので、火を使えばいいんです」
「火を使っていいのか?草を燃やすわけにはいかねぇだろ」
「燃やしても大丈夫ですよ?熱に強いので、生活に使うくらいの火なら燃えないんで」
火炎草というのは、氷霧草とは対極の位置にある薬草である。
茎や葉、花に至るまで真っ赤で、まるで炎のような見た目からこの名前がついたと聞いている。氷霧草とは反対に、炎天下の元に生えて、群生地は気温が高めで乾燥している地域にあることが多い。
この世界ではどこにあるのかは知らないけど、砂漠やサバンナのような場所だ。
ちなみに、この火炎草は雨や寒さに弱い。弱い雨でも、たった一時間降り続いただけで、火炎草は全滅するほど。
ただ気温が高いだけでは群生しないめんどくさい草が、火炎草なのだ。
もちろん、冬なんて生えることすらない。
なので、火炎草は水を与える必要はなく、高温で放置するだけで育つお手軽な薬草だ。精霊にピッタリ。
「なら、燃やした後はどうするんだ?炎で覆われてるのに、素手で掴むわけにもいかねぇだろ?」
「ああ、草本体じゃなくて、近くで燃やし続けるだけで結構ですよ。周囲の熱を取り込んでいるので、それを与え続ければ枯れませんし、氷霧草とは違って、長時間じゃなければ素手で掴んでも問題ありませんから」
氷霧草は、素肌の熱すら耐えられないけど、火炎草は大丈夫だ。ちょっと熱くはあるけど、手放してしまうほどではない。
でも、長時間触れ続けると、状態は悪化してくる。火炎草の状態にもよるけど、タイムリミットは、どんなに長くても二時間くらいだろう。
「簡単に言ってくれるがな、一瞬ならまだしも、魔法を長時間維持し続けるのなんて難しいんだぞ?一定の魔力を送り続ける必要があるから、高い制御力がないと暴走しちまう」
「そんなの知りませんよ。練習不足なだけじゃないですか」
僕とルーナは、一時間までなら同じ魔法を維持できる。それ以上は、集中力が続かなくて失敗することもしばしば。
天才のルーナはまだしも、僕ですら一ヶ月で習得できたんだから、人間だってやろうと思えばできるはずだ。
ちなみに、ルーナは教師が手本として使ったものを見ただけで完全再現したので、初日で習得してます。見て盗むってやつだ。普通に羨ましい。
「まぁ、発火の魔道具でも使えばいいんじゃないですか?夜営とかするなら、持っててもおかしくないと思いますけど」
薬草や魔物の討伐は、当然ながら目標物が見つからないと意味がないし、距離が離れている可能性もあるから、夜営くらいはするだろう。
焚き火で明かりをつけたり、調理したりと、火は欠かせないと思う。
下界はいろんな魔道具が普及していると聞くし、ライターのような魔道具くらいはあるだろう。
「ああ、軍でも常備してるな。値段も安価だし、難しいならそれを購入するように伝えてみるか」
「じゃあ、とりあえず今日はそれでいいですか?ルーナのクッションを買ってあげないといけないんで」
別に今すぐという話ではないだろうけど、ルーナはすぐにでも欲しがるだろう。早めに買っておくに越したことはない。
「おっきくてふわっふわのやつね!」
はいはい。わかってますよ。こういうときだけ口出ししてくるんだから。
「じゃあ、ささっと行ってくるから、ルーナはそのまま打ちあわせしててね」
「えぇ~……」
ルーナが不満そうな声をあげたけど、やるときはやってくれるので大丈夫だろう……多分。少なくとも、言い負かされることはない。
僕は、食事を終えると、そそくさと席を立つ。普通なら部屋を出て玄関に行くんだけど……こっちのほうが早いよね。
幸い、お金はさっきの情報料があるから、部屋に取りに戻る必要もないし。
「おい、どこに行くんだ?」
僕がドアとは反対方向に歩き出したからか、兵士長が訝しい目で見てくる。
「こっちのほうが早いかなって」
僕は、部屋の端にたどり着き、窓の格子に触れる。そして、そのまま開け放った。
「お前、まさかーー」
「では、行ってきまーす」
兵士長がなんか言っていた気がするけど、特に気にすることなく、僕は窓枠を乗り越えて、外に飛び出した。
◇◇◇
庭を駆け抜け、門を飛び越えて、街道を走り抜けて、僕は目的の店までやってきた。時間にして、五分くらいだろうか。
空を飛んだら目立つかと思って、地べたを走っていたんだけど、周りの驚愕したような視線をときどき向けられたのを考えると、あまり意味はなかったかもしれない。
「ごめんくださーい」
店の前に店員が立っていなかったので、扉を開けて声をかけると、奥のほうで作業していたであろう店員がこちらに気づき、慌てて駆け寄ってきた。
「ルートさまですね?いかがなさいましたか?」
ここは、以前にフラッフィーのベッドの下見に来た店なので、店員は僕のことは知っている。
「妹のクッションが欲しくて。フラッフィーの素材で、最低でも、僕たちの体が乗るくらいのサイズが好ましいです」
「……かしこまりました」
こちらですと言って、店員は僕を案内してくれる。
どこか含みのある返事だった気がするのは、気のせいだと思っておこう。多分、ベッドを買う前にでかいクッションを買いに来たことを不思議に思ってるだけだろうし。
案内されたのは、ベッドの区画の近くだった。少し視線を右にずらせば、ベッドが目に入る。
あのときに、クッションが視界に入れば買ってたかもしれないけど、僕もルーナもベッドしか見てなかったからなぁ……
「お二人の体が乗るくらいですと、こちらがよろしいかと」
店員は、展示されているなかでも大きめのクッションを僕に見せる。
それは、ルーナの体が乗るには充分な大きさで、しっかりと中身が詰まっているようで触っていて気持ちいいくらいのふわふわ感。色がきれいな群青色だから、ルーナの好みにも合いそうだった。
ルーナは、青系統の色を好んでいる。でも、水色のような薄い色はあまり惹かれないみたいで、深い色を好んでいるのだ。
自分の部屋にある家具も、母さんの趣味でつけている髪飾りもほとんどが濃い青系統だし。
とりあえず、ルーナのはこれにしよう。ベッドに比べたら値段も安めだし、もう一個買えそうだ。じゃあ、せっかくだし色違いのを……
「その青いやつと、この黄色いやつをもらえますか?」
僕は、近くに置いてあった黄色いクッションを手に取る。
こっちもふわふわだ。触り心地からして、群青色のクッションとの違いは色だけだろう。
「はい、一万リーゼになります」
うん、高級クッションならこんなものだろう。僕は、ポケットから出す振りをしながら、異空間に仕舞っていたお金を取り出す。
一万リーゼなら、ちょうど大銀貨一枚分だ。大銀貨を、店員に渡した。
「それじゃあ、これはそのまま持っていくので、次はベッドのときに」
「はい。お待ちしております」
僕は、二つのクッションを抱えて店を出る。自分よりも大きいクッションを二つも抱えるのは大変だけど、所詮はクッションなので、持てないこともない。
それに、いざとなれば精霊力を使えばいい。
「よし、さっさと帰るか」
僕は、クッションを落とさないように気をつけつつ、屋敷まで駆けていく。
……走るより、飛んでいったほうが早かったりする?いや、さすがに悪目立ちしてしまう。でも、このクッションを抱えているだけでだいぶ目立ってるし……
う~ん……安全を取るか、早さを取るか。悩みどころだ。
「……うん?」
不意に前のほうからパカパカと馬の駆ける音が聞こえて、下に向いていた視線を前に向けた。
視線の先から、馬車がこちらに駆けてくる。クッションが邪魔してすべては見えないが、ところどころ装飾がなされているのを見ると、それなりの身分の人が乗っているみたいだ。
ーーって、じっと見ている場合じゃない!
僕は、クッションを落とさないように気をつけつつ、急いで道の端まで移動した。
周りの大人たちが頭を下げているので、僕も倣って頭を下げる。すると、僕の前を通りすぎるかというタイミングで、なぜか馬の駆ける音がしなくなった。まさか、止まった……?
僕がチラリと頭を上げると、馬車がちょうど目の前に止まっていた。まさか、僕に用があるとか……
「おい、そこのお前。邪魔だからどけ」
そんなわけありませんでした。不機嫌そうな御者の言葉に従って、僕はすごすごとそこから移動する。
後ろをチラリと見ると、中から豪華な衣装を纏った人が出てくる。顔はよく見えないけど、そして、そのまままっすぐと店のなかに入った。
店に入るのに、僕が邪魔だったみたいだ。それなら、もう少し優しく言ってくれてもいいのに、こどもに優しくないなぁ。
……待てよ?この街の大人たちが頭を下げるなんて、絶対にそこらのお金持ちじゃないよね?
それこそ、この街のーーいや、これ以上は考えないでおこう。これ以上は、いろいろと面倒事の予感がする。
僕は、先ほどよりも足を速めて、帰路に着いた。
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童貞騎士
ファンタジー
老いた飼猫と暮らす独りの会社員が神の手違いで…なんて事はなく災害に巻き込まれてこの世を去る。そして天界で神様と会い、世知辛い神様事情を聞かされて、なんとなく飼猫と共に異世界転生。使命もなく、ノルマの無い異世界転生に平凡を望む彼はほのぼののんびりと異世界を飼猫と共に楽しんでいく。なお、ペットの猫が龍とタメ張れる程のバケモノになっていることは知らない模様。
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