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第一章 辺境の街 カルファ
22. お菓子作り
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三日後、僕はお屋敷の厨房に立っていた。リオル油とハヌルの粉はたくさんもらったので、材料が足りなくなることはなさそうだ。氷霧草もどうにか手に入れることができたらしく、すでに受け取っている……十本ほど。
「いや~、まさか料理できるなんて思わなかったよ」
「ルーナを部屋から出すのに必要なので」
あははと笑うフェルニールさんに、僕は顔も向けずに返す。
ある意味予想通りというか、ウァノスの試食会の参加者は、レイクスさんだけに終わらず、ウォルターさん、兵士長、フェルニールさんも参加することになった。
ウォルターさんと兵士長はともかく、フェルニールさんはどうやって知ったんだろう?兵士長の態度からして、レイクスさんたちが話すとはとてもじゃないけど思えない。
情報収集が得意なのだろうか。
「お兄ちゃ~ん……早くぅ……」
ルーナも、できたてを食べたいということで作るところから参加しているけど……多分、途中で寝るだろうな、あの様子じゃ。
「今からやるから待ってて」
まずは、生地作りからだ。ウァノスの生地は、材料さえ知っていれば誰でも作れる簡単なもの。
ボウルにハヌル粉、水、塩を加える。砂糖は、精霊の粉と氷霧草で充分な甘さが出るので、よほどの甘党でもない限り、ウァノス作りに加えることはない。イーストも使わない。これだけで充分にふわふわになるのだ。
ここで注意するのは、薬草を混ぜる必要があるので、少しだまになってきたくらいで止めておかなければならない。
くるくると混ぜていると、フェルニールさんが覗き込んでくる。
「へぇ~。パンみたいな感じだね」
「そうかもしれませんね」
材料だけ見ると、パンというよりはうどんのほうが近いだろうけどね。それと、あまり調理中に話しかけたりしないでほしいんだけど。
混ぜているうちに、だんだんとだまになってきたので、この程度でいいだろう。
次は、生地を薬草に混ぜるんだけど、当然そのまま混ぜるわけではない。まずは、氷霧草を何とかしないといけない。
枯れててもいいと言ったからか、用意してもらった氷霧草はほとんどが枯れている。これでは、甘いウァノスはできあがらない。
「ルーナ、ちょっと手伝って」
「あーい……」
ルーナは、うとうとしながら僕のほうに歩いてくる。レイクスさんたちは、何をさせるんだとでも言いたげな目で僕を見る。
確かに、この状態のルーナに何かを任せるのは不安だろうけど、これにはルーナの力がいるのだ。
「僕は氷水を用意しておくから、ルーナは氷霧草を頼める?」
「ん……わかった」
ルーナが隣で作業している間に、ボウルに魔法で水を入れる。水魔法で作った水のほうが、氷霧草が長持ちするためだ。そして、氷を同じように魔法で作ろうとしたとき、「待て待て!!」と大声が響いた。
僕が驚いて声のしたほうを見ると、兵士長がルーナに詰め寄っていた。僕は、兵士長に尋ねる。
「どうしたんですか?」
「どうしたじゃねぇよ!これはなんだ!」
「……氷霧草です」
兵士長の指は、ルーナの手元にある氷霧草を指していた。自分が持ってきたものを忘れたの?
「そうじゃねぇよ!なんで枯れていた氷霧草がこんなんになってるんだ!」
「ああ、そっちですか」
兵士長の言う通り、枯れて黒っぽくなっていた氷霧草は、光が当たるところは透明に煌めき、影は白っぽくなっていて、通常の状態に戻っている。
「新鮮な状態に戻したんですよ。そうしないと甘いウァノスができあがりませんから」
「……それは妹から聞いた。俺が聞きたいのは、新鮮な状態に戻した方法だ」
ああ~……やっぱり気になるか。僕たちが精霊だというのは知っているから、スルーしてくれないかなと思っていたけど、スルーしてはくれなかったらしい。
「……ちょっと待ってください」
話が長くなりそうだし、まずは氷霧草のほうを終わらそう。
「ルーナ。氷霧草を水につけておいて。僕は氷を作るから」
「うん」
ルーナは、氷霧草に触れないように、精霊力で氷霧草を操って水に入れる。精霊力は、重力に逆らうことで、念力のようなこともできるのだ。
氷霧草は、枯れるまでが本当に早いので、新鮮な状態にできたら、手早く保存処理をしなければならない。質問に答える暇はないのだ。
「さて、先ほどの質問ですが」
ルーナが氷霧草をすべて水につけるのと同時に氷も作り終わり、ひとまずの処理は終わったので、僕は兵士長の質問に答える。
「精霊力という、精霊特有の力を使ったんです。精霊力は、自然の摂理をねじ曲げる力がありますから」
「摂理……?ねじ曲げる……?」
完全に困惑している様子だ。まぁ、これで理解しろって言うほうが無理があるだろう。もう少し詳しく言うべきだな。
「摂理というのは、生物が縛られる規則のようなものです。精霊力というのは、それに干渉する力のことです。たとえば、生物は呼吸をしなくては生きていけませんが、僕たちは呼吸の必要がありませんし、生きるための食事も必要ありません。精霊力と魔力で補えてしまいますので」
その場にいるほぼ全員がぎょっとした目を向ける。気持ちはわかるよ。僕も、精霊力の使い方を教わるときにその力のチートさを知って、本当に驚いたから。
「たとえば、重力という規則に逆らって自由に浮かぶこともできますし、逆に力を与えることで物を押し潰したりもできます。兵士長には、少しお話しした覚えがありますが」
この世界に重力という概念が知れ渡っているのかはわからないけど、これで納得してもらうしかない。
「ああ~……そんなこと言ってたな、そういえば」
重力という部分には触れていないものの、僕との会話を思い出してくれたらしく、納得?してくれたらしい。
「では、これは時間の流れに逆らっていると?」
「ええ、そうです。いろいろと汎用性が高いので、人前では使わないようにしていますが」
精霊力には、限界がない。自分の力の及ぶ限りなら、何でもできてしまう。僕たちは、精霊のなかでも力の強い精霊王の子どもなので、精霊力は最強格と言っても過言ではない。
「枯れた植物を新鮮な状態にできるのはすごいけど、そこまでのこと?」
……この人、ギルドマスターなのにこの力の汎用性がわからないのかな?上層部なら、すぐに力の有用性に気づきそうなものだけど。
「……この力は、人間相手にも使えます……と言ってもですか?」
僕がそう言うと、全員の体が強ばる。おそらく、どんな風に使えるのか想像がついたんだろう。時間が逆行するということは、過去の状態に戻るということ。その人が生きていた時間にまで体の時を戻してしまえば、甦らせることは理論上は可能だ。
理論上とは言うのは、人間と植物では消費する力の差が大きいからであり、元々膨大な精霊力を持っている僕たちにはあまり関係がない。
さすがに百年前とかは難しいだろうけど、死後半年くらいなら多分十人くらいは甦らせることができると思う。やったことはないから、断言はできないけど。
「……それ、知っている奴はどのくらいいるんだ?」
「精霊たちを除けば、皆さんだけですよ。本当は見せるつもりなかったんですけど、いつまでも隠し通せるとは限りませんし、ここには皆さんしかいないのでちょうどいいかなと」
この人たちと会って、そんなに時間は経っていないけど、この人たちのことは信用できる。
まだ信頼を置くことはできないけど、僕たちの力を悪用しようとは考えないだろうと思うことはできた。むしろ、やらかしても一緒に隠そうとしてくれそう。
「……わかった。その力は内密だ。お前らも不用意に話すなよ」
「私もレイクスも、口は堅いので大丈夫です」
「私も言わないよ。まぁ、たとえ話したところで、まず信じてもらえないだろうけどね」
「ありがとうございます」
さて、だいぶ話がそれたけど、ウァノス作りを再開するとしよう。
次は、薬草の下ごしらえである。とはいっても、氷霧草を始めとした数種類の薬草を切り刻んで混ぜるだけである。
注意として、氷霧草はカチカチに凍らせた状態で混ぜるのがコツだ。そのままやると焼き上げているときに枯れてしまって苦くなってしまうから。普通に氷室などで凍らせてもいいけど、魔法で凍らせたほうが溶けにくいのでオススメ。
氷霧草を氷水から取り出すと同時に凍らせて、粉々に粉砕する。そして、切り刻んだ他の薬草と一緒に生地に混ぜ混む。
ちなみに、他の薬草というのは、傷薬に使われるヒーリア草、氷霧草と同じく風邪薬に使われるアイシクレアという花の葉、頭痛薬に使われるローファの葉。
どれも、薬草独特の苦味が少なく、ほどよい風味があるので、精霊界ではよく料理に使われる薬草である。
その薬草を混ぜ混んだら、ほどよい大きさに丸める。
「ルーナ。量が多いから手伝って」
「あーい……」
眠そうに目を擦りながら、ルーナは生地を切り取って、くるくるとボール状に成形していく。僕も同じようにボール状に成形していく……けど、さっきから後ろが気になるな。
「あの……暇なら手伝ってくれません?」
僕は後ろを振り返って告げる。
別に、僕はもてなすつもりでウァノスを作っているわけではない。ルーナのおやつを調達するついでに試食させてあげるだけだから、手伝わせることに躊躇することはない。
「そうは言っても、作り方知らないし」
作り方を知らない
お手伝いから逃れる魔法の言葉をフェルニールさんは唱えたけど、それは僕には通じない。
「小さく切り分けて丸めるだけですよ。僕たちのような子どもでもできるんですから、フェルニールさんができないはずはありません」
ほらと小さく切り分けた生地を手渡すと、フェルニールさんは諦めたようにそれを受け取って丸め始めた。
もちろん、フェルニールさんだけでなく、レイクスさん、ウォルターさん、兵士長にも渡しておいた。
みんな、何か言いたげな目をしているけど、僕は気づかないふりをして作業を再開する。
全部で、五十個ほどできあがったところで、生地は使いきった。
次はオーブンで焼き上げよう……と探して気づいた。
ここには、オーブンがない!
魔法と長命に長けた精霊は、時間があり余ってるので、暇潰しや生活向上のためにいろいろな魔道具を作り上げるのでオーブンがあったけど、下界はそこまでは発展していないらしい。
仕方なく、均等に並べて釜に突っ込む。火の精霊とかは魔法で焼き上げたりしていたから、多分問題ないと思う。
薪をいれて、魔法で火をつけたらオーケー。
でも、オーブンと違って時間がわからないので、常に焼き加減をチェックしておく。一口サイズになるように小さく丸めていたお陰で、熱が通るのは早い。
焼きムラができそうなところは、魔法で調整しつつ、約三十分後。すべての生地がきれいに焼き上がったのを確認して、釜から取り出した。
「それで完成ですか?」
ウォルターさんからの質問に、僕は小さく首を振る。
「いえ、これをリオル油で揚げるんです」
僕は、大きめの鍋にリオル油を入れる。量は適量だけど、ウァノスが半分まで浸かるくらいはあったほうがいい。
さっぱりが好きか、こってりが好きかで、油の量は分かれるだろう。
ウァノスがくっつかないように、数を調整しながら油に入れる。焼き上げたばかりなので、揚げる時間はそんなに長くない。
きつね色がさらに深まった色になったくらいで充分である。
いつもなら菜箸のような掴めるものを使うのだけど、ここのキッチンにはないので、精霊力で取り出す。本当に便利な力だ。
取り出したウァノスは、お皿に並べておく。揚げた時間が短いので、油切りはほとんど必要ないのだ。
「それで終わりか?」
ウォルターさんと同じ質問を、今度は兵士長から尋ねられた。食べたいのかもしれないけど、もう少し待つということを覚えてください。
「最後の仕上げがあります」
後は、仕上げの精霊の粉をかければいいけど、これは簡単に用意できる。
「そういや、そのレイーボの花はいつ使うんだ?」
タイムリーな質問がレイクスさんから投げかけられる。
実に都合のいいタイミングだ。
「今使いますよ」
僕は、レイーボの花を一輪手に取る。それをトレーに置いて、花に精霊力を込めた。
その瞬間、レイーボの花は強い虹色の光を放った。数秒ほどで光は収まったが、そこには花はない。代わりに、虹色の粉末状の物質があった。
「これをまぶせば完成です」
「いやいや、ちょっと待て!」
僕が粉をひとつまみしたところで、兵士長からの制止が入る。
まったく。もう少しで完成だというのに、今度はなんなんだ。
「その得体の知れない粉はなんだ!?どうやって作り出した!」
「これは精霊の粉です。レイーボの花に精霊力を込めたら作れるんですよ」
兵士長の質問に、僕は淡々と答える。レイーボの花は、温暖な気候ならばわりとどこでも育っているありふれた花だ。雑草と言うと言い方は悪いけど、本当にそれくらいに見かけることが多い花である。
日光に当たると、花びらが虹色に輝く性質を持っており、育てやすくもあるため、観賞用としてそれなりに需要があるらしい。花屋に行けばまず売っているレベルだ。
そして、このレイーボの花は、精霊力を込めると粉末になるという特性を持つ。どういう仕組みなのかはわからない。僕も、そういうものだとして教えられたから。
そんなレイーボの花の粉はとても甘く、舌触りもいいことから、精霊たちの間では砂糖代わりとして使われて、いつの日か精霊の粉なんて呼ばれるようになった。
兵士長たちは理解できていないみたいだけど、これ以上は僕も答えられないので、気づかないふりをして作業を再開する。
とはいっても、精霊の粉をまぶす……というか、表面に纏わせる感じだ。
精霊の粉を敷き詰めたトレーに、ウァノスを置いて、コロコロと転がしたり、上からかけたりして、全体にまぶしていく。
これで、ようやくウァノスの完成である。
「ルーナ、ちょっと味見してくれる?」
「はーい!」
今日で一番元気な返事をして、ルーナはウァノスを丸々一つ、口に放り込んだ。
「どう?」
「おいふぃーよ!」
それはよかった。下界で作ったのは初めてだから、少し不安だったんだよね。
ルーナのお墨付きなら大丈夫だろう。
他のウァノスもコロコロと転がして味つけした。
「皆さんもどうぞ」
僕はウァノスを四つトレーから取り出し、レイクスさん、ウォルターさん、兵士長、フェルニールさんにそれぞれ分け与える。
その後は、僕も自分の分を手に取って食べた。
うん、上々だ。材料の問題なのか、精霊界で作ったもののほうがおいしいけど、満足できる出来映えである。
「ほう、これはうまいな」
「程よい甘さですね」
レイクスさんとウォルターさんにも好評のようだ。
他の二人は……
「小さいから食いやすいな。作り方も難しくねぇし、試してみてぇもんだが」
「でも、粉が手に入らないから、人間だけで再現はできそうにないねぇ~」
「それは、普通の砂糖で代用できるだろ」
他の二人にも好評みたいだけど……管理職という立場からか、二人は作るほうに意識が言っているみたい。
確かに、精霊の粉は砂糖の代替品だから、砂糖で代用は全然できるけど、まずは生の氷霧草を安定して入手できるようになってからじゃない?
まぁ、でも……
「これでお出かけの分は足りそうだね!」
「うん、そうだね」
当初の目的は達成できたから、別にいっか。
「いや~、まさか料理できるなんて思わなかったよ」
「ルーナを部屋から出すのに必要なので」
あははと笑うフェルニールさんに、僕は顔も向けずに返す。
ある意味予想通りというか、ウァノスの試食会の参加者は、レイクスさんだけに終わらず、ウォルターさん、兵士長、フェルニールさんも参加することになった。
ウォルターさんと兵士長はともかく、フェルニールさんはどうやって知ったんだろう?兵士長の態度からして、レイクスさんたちが話すとはとてもじゃないけど思えない。
情報収集が得意なのだろうか。
「お兄ちゃ~ん……早くぅ……」
ルーナも、できたてを食べたいということで作るところから参加しているけど……多分、途中で寝るだろうな、あの様子じゃ。
「今からやるから待ってて」
まずは、生地作りからだ。ウァノスの生地は、材料さえ知っていれば誰でも作れる簡単なもの。
ボウルにハヌル粉、水、塩を加える。砂糖は、精霊の粉と氷霧草で充分な甘さが出るので、よほどの甘党でもない限り、ウァノス作りに加えることはない。イーストも使わない。これだけで充分にふわふわになるのだ。
ここで注意するのは、薬草を混ぜる必要があるので、少しだまになってきたくらいで止めておかなければならない。
くるくると混ぜていると、フェルニールさんが覗き込んでくる。
「へぇ~。パンみたいな感じだね」
「そうかもしれませんね」
材料だけ見ると、パンというよりはうどんのほうが近いだろうけどね。それと、あまり調理中に話しかけたりしないでほしいんだけど。
混ぜているうちに、だんだんとだまになってきたので、この程度でいいだろう。
次は、生地を薬草に混ぜるんだけど、当然そのまま混ぜるわけではない。まずは、氷霧草を何とかしないといけない。
枯れててもいいと言ったからか、用意してもらった氷霧草はほとんどが枯れている。これでは、甘いウァノスはできあがらない。
「ルーナ、ちょっと手伝って」
「あーい……」
ルーナは、うとうとしながら僕のほうに歩いてくる。レイクスさんたちは、何をさせるんだとでも言いたげな目で僕を見る。
確かに、この状態のルーナに何かを任せるのは不安だろうけど、これにはルーナの力がいるのだ。
「僕は氷水を用意しておくから、ルーナは氷霧草を頼める?」
「ん……わかった」
ルーナが隣で作業している間に、ボウルに魔法で水を入れる。水魔法で作った水のほうが、氷霧草が長持ちするためだ。そして、氷を同じように魔法で作ろうとしたとき、「待て待て!!」と大声が響いた。
僕が驚いて声のしたほうを見ると、兵士長がルーナに詰め寄っていた。僕は、兵士長に尋ねる。
「どうしたんですか?」
「どうしたじゃねぇよ!これはなんだ!」
「……氷霧草です」
兵士長の指は、ルーナの手元にある氷霧草を指していた。自分が持ってきたものを忘れたの?
「そうじゃねぇよ!なんで枯れていた氷霧草がこんなんになってるんだ!」
「ああ、そっちですか」
兵士長の言う通り、枯れて黒っぽくなっていた氷霧草は、光が当たるところは透明に煌めき、影は白っぽくなっていて、通常の状態に戻っている。
「新鮮な状態に戻したんですよ。そうしないと甘いウァノスができあがりませんから」
「……それは妹から聞いた。俺が聞きたいのは、新鮮な状態に戻した方法だ」
ああ~……やっぱり気になるか。僕たちが精霊だというのは知っているから、スルーしてくれないかなと思っていたけど、スルーしてはくれなかったらしい。
「……ちょっと待ってください」
話が長くなりそうだし、まずは氷霧草のほうを終わらそう。
「ルーナ。氷霧草を水につけておいて。僕は氷を作るから」
「うん」
ルーナは、氷霧草に触れないように、精霊力で氷霧草を操って水に入れる。精霊力は、重力に逆らうことで、念力のようなこともできるのだ。
氷霧草は、枯れるまでが本当に早いので、新鮮な状態にできたら、手早く保存処理をしなければならない。質問に答える暇はないのだ。
「さて、先ほどの質問ですが」
ルーナが氷霧草をすべて水につけるのと同時に氷も作り終わり、ひとまずの処理は終わったので、僕は兵士長の質問に答える。
「精霊力という、精霊特有の力を使ったんです。精霊力は、自然の摂理をねじ曲げる力がありますから」
「摂理……?ねじ曲げる……?」
完全に困惑している様子だ。まぁ、これで理解しろって言うほうが無理があるだろう。もう少し詳しく言うべきだな。
「摂理というのは、生物が縛られる規則のようなものです。精霊力というのは、それに干渉する力のことです。たとえば、生物は呼吸をしなくては生きていけませんが、僕たちは呼吸の必要がありませんし、生きるための食事も必要ありません。精霊力と魔力で補えてしまいますので」
その場にいるほぼ全員がぎょっとした目を向ける。気持ちはわかるよ。僕も、精霊力の使い方を教わるときにその力のチートさを知って、本当に驚いたから。
「たとえば、重力という規則に逆らって自由に浮かぶこともできますし、逆に力を与えることで物を押し潰したりもできます。兵士長には、少しお話しした覚えがありますが」
この世界に重力という概念が知れ渡っているのかはわからないけど、これで納得してもらうしかない。
「ああ~……そんなこと言ってたな、そういえば」
重力という部分には触れていないものの、僕との会話を思い出してくれたらしく、納得?してくれたらしい。
「では、これは時間の流れに逆らっていると?」
「ええ、そうです。いろいろと汎用性が高いので、人前では使わないようにしていますが」
精霊力には、限界がない。自分の力の及ぶ限りなら、何でもできてしまう。僕たちは、精霊のなかでも力の強い精霊王の子どもなので、精霊力は最強格と言っても過言ではない。
「枯れた植物を新鮮な状態にできるのはすごいけど、そこまでのこと?」
……この人、ギルドマスターなのにこの力の汎用性がわからないのかな?上層部なら、すぐに力の有用性に気づきそうなものだけど。
「……この力は、人間相手にも使えます……と言ってもですか?」
僕がそう言うと、全員の体が強ばる。おそらく、どんな風に使えるのか想像がついたんだろう。時間が逆行するということは、過去の状態に戻るということ。その人が生きていた時間にまで体の時を戻してしまえば、甦らせることは理論上は可能だ。
理論上とは言うのは、人間と植物では消費する力の差が大きいからであり、元々膨大な精霊力を持っている僕たちにはあまり関係がない。
さすがに百年前とかは難しいだろうけど、死後半年くらいなら多分十人くらいは甦らせることができると思う。やったことはないから、断言はできないけど。
「……それ、知っている奴はどのくらいいるんだ?」
「精霊たちを除けば、皆さんだけですよ。本当は見せるつもりなかったんですけど、いつまでも隠し通せるとは限りませんし、ここには皆さんしかいないのでちょうどいいかなと」
この人たちと会って、そんなに時間は経っていないけど、この人たちのことは信用できる。
まだ信頼を置くことはできないけど、僕たちの力を悪用しようとは考えないだろうと思うことはできた。むしろ、やらかしても一緒に隠そうとしてくれそう。
「……わかった。その力は内密だ。お前らも不用意に話すなよ」
「私もレイクスも、口は堅いので大丈夫です」
「私も言わないよ。まぁ、たとえ話したところで、まず信じてもらえないだろうけどね」
「ありがとうございます」
さて、だいぶ話がそれたけど、ウァノス作りを再開するとしよう。
次は、薬草の下ごしらえである。とはいっても、氷霧草を始めとした数種類の薬草を切り刻んで混ぜるだけである。
注意として、氷霧草はカチカチに凍らせた状態で混ぜるのがコツだ。そのままやると焼き上げているときに枯れてしまって苦くなってしまうから。普通に氷室などで凍らせてもいいけど、魔法で凍らせたほうが溶けにくいのでオススメ。
氷霧草を氷水から取り出すと同時に凍らせて、粉々に粉砕する。そして、切り刻んだ他の薬草と一緒に生地に混ぜ混む。
ちなみに、他の薬草というのは、傷薬に使われるヒーリア草、氷霧草と同じく風邪薬に使われるアイシクレアという花の葉、頭痛薬に使われるローファの葉。
どれも、薬草独特の苦味が少なく、ほどよい風味があるので、精霊界ではよく料理に使われる薬草である。
その薬草を混ぜ混んだら、ほどよい大きさに丸める。
「ルーナ。量が多いから手伝って」
「あーい……」
眠そうに目を擦りながら、ルーナは生地を切り取って、くるくるとボール状に成形していく。僕も同じようにボール状に成形していく……けど、さっきから後ろが気になるな。
「あの……暇なら手伝ってくれません?」
僕は後ろを振り返って告げる。
別に、僕はもてなすつもりでウァノスを作っているわけではない。ルーナのおやつを調達するついでに試食させてあげるだけだから、手伝わせることに躊躇することはない。
「そうは言っても、作り方知らないし」
作り方を知らない
お手伝いから逃れる魔法の言葉をフェルニールさんは唱えたけど、それは僕には通じない。
「小さく切り分けて丸めるだけですよ。僕たちのような子どもでもできるんですから、フェルニールさんができないはずはありません」
ほらと小さく切り分けた生地を手渡すと、フェルニールさんは諦めたようにそれを受け取って丸め始めた。
もちろん、フェルニールさんだけでなく、レイクスさん、ウォルターさん、兵士長にも渡しておいた。
みんな、何か言いたげな目をしているけど、僕は気づかないふりをして作業を再開する。
全部で、五十個ほどできあがったところで、生地は使いきった。
次はオーブンで焼き上げよう……と探して気づいた。
ここには、オーブンがない!
魔法と長命に長けた精霊は、時間があり余ってるので、暇潰しや生活向上のためにいろいろな魔道具を作り上げるのでオーブンがあったけど、下界はそこまでは発展していないらしい。
仕方なく、均等に並べて釜に突っ込む。火の精霊とかは魔法で焼き上げたりしていたから、多分問題ないと思う。
薪をいれて、魔法で火をつけたらオーケー。
でも、オーブンと違って時間がわからないので、常に焼き加減をチェックしておく。一口サイズになるように小さく丸めていたお陰で、熱が通るのは早い。
焼きムラができそうなところは、魔法で調整しつつ、約三十分後。すべての生地がきれいに焼き上がったのを確認して、釜から取り出した。
「それで完成ですか?」
ウォルターさんからの質問に、僕は小さく首を振る。
「いえ、これをリオル油で揚げるんです」
僕は、大きめの鍋にリオル油を入れる。量は適量だけど、ウァノスが半分まで浸かるくらいはあったほうがいい。
さっぱりが好きか、こってりが好きかで、油の量は分かれるだろう。
ウァノスがくっつかないように、数を調整しながら油に入れる。焼き上げたばかりなので、揚げる時間はそんなに長くない。
きつね色がさらに深まった色になったくらいで充分である。
いつもなら菜箸のような掴めるものを使うのだけど、ここのキッチンにはないので、精霊力で取り出す。本当に便利な力だ。
取り出したウァノスは、お皿に並べておく。揚げた時間が短いので、油切りはほとんど必要ないのだ。
「それで終わりか?」
ウォルターさんと同じ質問を、今度は兵士長から尋ねられた。食べたいのかもしれないけど、もう少し待つということを覚えてください。
「最後の仕上げがあります」
後は、仕上げの精霊の粉をかければいいけど、これは簡単に用意できる。
「そういや、そのレイーボの花はいつ使うんだ?」
タイムリーな質問がレイクスさんから投げかけられる。
実に都合のいいタイミングだ。
「今使いますよ」
僕は、レイーボの花を一輪手に取る。それをトレーに置いて、花に精霊力を込めた。
その瞬間、レイーボの花は強い虹色の光を放った。数秒ほどで光は収まったが、そこには花はない。代わりに、虹色の粉末状の物質があった。
「これをまぶせば完成です」
「いやいや、ちょっと待て!」
僕が粉をひとつまみしたところで、兵士長からの制止が入る。
まったく。もう少しで完成だというのに、今度はなんなんだ。
「その得体の知れない粉はなんだ!?どうやって作り出した!」
「これは精霊の粉です。レイーボの花に精霊力を込めたら作れるんですよ」
兵士長の質問に、僕は淡々と答える。レイーボの花は、温暖な気候ならばわりとどこでも育っているありふれた花だ。雑草と言うと言い方は悪いけど、本当にそれくらいに見かけることが多い花である。
日光に当たると、花びらが虹色に輝く性質を持っており、育てやすくもあるため、観賞用としてそれなりに需要があるらしい。花屋に行けばまず売っているレベルだ。
そして、このレイーボの花は、精霊力を込めると粉末になるという特性を持つ。どういう仕組みなのかはわからない。僕も、そういうものだとして教えられたから。
そんなレイーボの花の粉はとても甘く、舌触りもいいことから、精霊たちの間では砂糖代わりとして使われて、いつの日か精霊の粉なんて呼ばれるようになった。
兵士長たちは理解できていないみたいだけど、これ以上は僕も答えられないので、気づかないふりをして作業を再開する。
とはいっても、精霊の粉をまぶす……というか、表面に纏わせる感じだ。
精霊の粉を敷き詰めたトレーに、ウァノスを置いて、コロコロと転がしたり、上からかけたりして、全体にまぶしていく。
これで、ようやくウァノスの完成である。
「ルーナ、ちょっと味見してくれる?」
「はーい!」
今日で一番元気な返事をして、ルーナはウァノスを丸々一つ、口に放り込んだ。
「どう?」
「おいふぃーよ!」
それはよかった。下界で作ったのは初めてだから、少し不安だったんだよね。
ルーナのお墨付きなら大丈夫だろう。
他のウァノスもコロコロと転がして味つけした。
「皆さんもどうぞ」
僕はウァノスを四つトレーから取り出し、レイクスさん、ウォルターさん、兵士長、フェルニールさんにそれぞれ分け与える。
その後は、僕も自分の分を手に取って食べた。
うん、上々だ。材料の問題なのか、精霊界で作ったもののほうがおいしいけど、満足できる出来映えである。
「ほう、これはうまいな」
「程よい甘さですね」
レイクスさんとウォルターさんにも好評のようだ。
他の二人は……
「小さいから食いやすいな。作り方も難しくねぇし、試してみてぇもんだが」
「でも、粉が手に入らないから、人間だけで再現はできそうにないねぇ~」
「それは、普通の砂糖で代用できるだろ」
他の二人にも好評みたいだけど……管理職という立場からか、二人は作るほうに意識が言っているみたい。
確かに、精霊の粉は砂糖の代替品だから、砂糖で代用は全然できるけど、まずは生の氷霧草を安定して入手できるようになってからじゃない?
まぁ、でも……
「これでお出かけの分は足りそうだね!」
「うん、そうだね」
当初の目的は達成できたから、別にいっか。
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