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第一章 辺境の街 カルファ
31. コーゼル大森林 7
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夜ごはんを食べ終わって、僕たちは就寝の準備をする。人数が多いので複数のテントを立てて、それぞれグループに分かれて見張りの交代をしているらしい。
僕たちはというと、レイクスさんウォルターさんと一緒になり、僕たちは見張り番はしなくていいとのことだった。
レイクスさんいわく、「お前らがずっと起きてるなんて無理だろ」とのこと。まったくもって否定ができないので、お言葉に甘えることにした。
念のため、魔力探知を広げながら眠ることにしたから、強い反応があれば気づけると思う。
「お兄ちゃ~ん、こっちぃ~……」
とろんとしながら、ルーナが僕を誘導する。ルーナはなぜか、僕と一緒に眠りたがる。悪い気はまったくしないけど。
「ここで寝よー」
「うん、いいよ」
ルーナが誘導したのは、テントの奥のほう。僕たちが快適でいられるようにと、大きめのテントを用意してくれたらしく、僕たちが寝転がってもスペースは充分にある状態だ。
ルーナはぼすんとクッションを置いて、体を丸めるようにしながら寝転がる。その隣に、僕もクッションを置いた。
クッションに寝転がると、一瞬で眠気が襲ってくる。さすがに疲れたからなぁ。すぐに眠っちゃいそう……
「……ねぇ、お兄ちゃん」
「……うん?なあに、ルーナ……」
ぼんやりとしていた意識をなんとか覚醒させながら、ルーナのほうに顔を向ける。
「お兄ちゃんってさ、なんで下界に行こうと思ったの?」
「……へっ?」
ルーナの唐突すぎる質問に、僕の意識は完全に覚醒した。
どうして急にそんなことを!?
「ま、前にも言ったけど、美味しいご飯食べたりとかしてみたかったからだよ」
「じゃあ、もう帰ってもいいんじゃないの?」
「国によっていろんな料理があるから、全部制覇しないと」
「そっか……」
ルーナは、明らかにしょんぼりとしている。一体、どうしたのだろう?
「ルーナ、突然どうしたの?」
「……お兄ちゃん、下界に来てからなんか大変そうだからさ」
その大変さの理由の八割くらいがルーナ関係なんだけどね。でも、自分の欲望ではなく、僕のことを純粋に心配してくれているのは嬉しい。
僕は、ルーナの頭をぽんと撫でる。
「僕が好きでやってるから、大丈夫だよ。ルーナがもうちょっと起きててほしいなとは思うけどね」
「う~……やれるだけやってみる」
こりゃ、絶対に改善されないな。
僕は、直感でそう感じた。ルーナのやれるだけやってみるは、行けたら行くレベルで信用できない。
「おやすみ~……」
早速、ルーナは眠りこけた。僕も、ルーナにつられるようにして、眠りについた。
◇◇◇
「うん……」
僕は、不意に目が覚めてしまう。まだ眠り足りなくて、ふわぁと大きくあくびをしてしまう。
精霊に転生してから、夜中に目覚めることなんてなかったんだけど、なんか妙な気配がして、目を覚ましてしまった。
「お兄ちゃんも起きたの?」
声がしたほうを振り向くと、ルーナが目を擦りながらふわぁとあくびをしていた。
顔には出ていなかったと思うけど、本当に驚いた。
ルーナが自主的に起きることなんてまずなかったのに、今回は明らかに僕よりも早く起きている。これは非常事態だ。
「変な気配があってさ。ルーナはどうしたの?」
「わたしも、変な感じがして起きちゃった」
ルーナも同じ理由だったらしい。この気配は、どこからするのだろう。意識を研ぎ澄まして、気配を探ってみる。
……東のほうからかな?東よりの北東……東北東くらいだろうか。こっちに近づいてきているような気がする。
「ちょっと様子を見てくるよ」
僕がテントから出ようとすると、ぐいっと裾を掴まれる。
「わたしもいく」
僕の裾を掴みながら、ルーナも外に出てきた。僕たちが外に出ると、ちょうどレイクスさんたちが見張りをしていたらしく、二人と目が合う。
「お前ら、どうした?」
「起きるなんて珍しいですね」
「なんか変な気配があって……」
僕がそこまで言うと、ルーナが僕の腕を抱き寄せながら言葉を続ける。
「眠れないから、確かめに来たの」
「それってーー」
どこから来てると聞こうとしたみたいだけど、レイクスさんたちはすぐに臨戦態勢に入る。僕たちが見ている方向で、草木を踏みしめる音が聞こえているのだ。それほどまでに近づいてきている。
僕らも一応身構えるけど、なんかおかしい。……というか、この気配ってあれしかないよね。
「ミー!」
そんな甲高い鳴き声をあげて、小さな塊が僕に飛び込んでくる。
咄嗟に受け止めたけど、結構びっくりした。
その飛び出してきたのは、毛はピンク色だけど、ウサギのようなフォルムで、額に角が生えている。見た目は魔物そのものだけど、魔力反応がどう見ても、僕たちと同じ。
『たしゅけて……このおく、まりょくがけがれてるの』
そのウサギは、か細い声で話し出す。念のため周りの様子を伺うけど、周りは驚いている様子はない。
多分、鳴き声のミーミーしか聞こえていないんだろう。この言葉は、精霊の僕たちにしか聞き取れないだろうから。
「ウォルターさん、これ……」
「ホーンラビットですね。体色が赤いので、火属性なのでしょう」
いや、そういうことじゃないんですけど。
僕は、周りに人がいないのを確認して、ウォルターさんの耳に囁いた。
「この子、精霊なんです」
ウォルターさんは目を見開いたけど、すぐにはっとなって、レイクスさんのほうに向き直る。
「レイクス、少し離れましょう。騒ぎになると他の者が起きてしまいますから」
「お、おう」
レイクスさんだけはわけがわからないといった顔をするけど、ひとまず一緒についてきてくれた。
僕たちは、テントが視界に入る程度までに離れて、改めて話を続ける。
「それで、その子が精霊だそうですが、なぜそうだとわかるのですか?」
「精霊ってどういうーー」
レイクスさんが叫びそうになったけど、ウォルターさんが口を塞ぐ。やっぱり、ウォルターさんに最初に話を通して正解だった。レイクスさんに話してたら、間違いなく叫ばれて寝ている隊員たちに気づかれたよ。
「魔物の魔力と精霊の魔力はまったくといっていいほど違います。精霊はお互いの気配がなんとなくわかりますしね」
街に向かう途中に、光精が話しかけてきたのも同じ理由だ。
ルーナみたいに細かく判断するのは難しくても、どの方角にいるのかくらいは本能的にわかる。
僕たちも同じで、精霊はだいたいわかる。探知とかは難しくても、こうやって視界に入るくらいまで近づいていれば、なんとなくわかってしまうのだ。
たとえこのホーンラビットが話さなかったとしても、精霊だと判断していただろう。
「それで、ホーンラビットの姿をしているということは、この精霊はホーンラビットの近くで生まれたと」
「そうでしょうね。正確には、ホーンラビットの魔力を取り込んだんでしょうけど」
精霊が周りのものと近い姿をとる理由は、環境に溶け込むために、周囲の魔力を取り込むからだ。
人間の街なら、当然人間の魔力が多いため、人型になる。こんな森で生まれたんなら、魔物に似通った精霊が生まれたところで何の不思議もない。
「じゃあ、そいつはなんでこっちに来たんだ?お前らに会いにでも来たってか?」
どうやら落ち着いてくれたようで、いつもの調子でレイクスさんがたずねてくる。
「ちょっと聞いてみますね」
『どうしてこっち来たの~?』
僕がたずねる前に、ルーナが精霊の言葉で話し始めた。
精霊は、怯えたような様子で答える。
『きゅうに、まりょくのけがれがひろがったの。それで、そのまりょくをとりこんじゃって……にげてきたんだけど、つよいせいれいのけはいがあったから……』
なるほど。それで助けを求めてきたのか。それなら、適任者はルーナかな。
「ルーナ」
「うん。わかってる」
僕からホーンラビットを受け取ると、ルーナは魔力を込め出す。ルーナは浄化の力を持っているので、ルーナの魔力を取り込めば、穢れは除かれるはずだ。
『ふいー……楽になってきた』
ルーナの浄化が聞いたのか、言葉もだいぶ流暢になってきたし、顔色もよくなってきた。
こうなったなら大丈夫だろう。ルーナもそう判断したのか、魔力を注ぐのをやめた。
それにしても、穢れてる魔力ね……偶然にも、この精霊が走ってきた方角は、明日から僕たちが向かう方角と一致している。
ここで引き返したらダメ……だよね。神さまからも、魔力を浄化してほしいって頼まれてるし。
「そいつはなんだって?」
「穢れた魔力に当てられてたみたいです。もう問題ないですよ」
僕の言葉に、二人はお互いに顔を見合わせて不思議そうにしている。
まぁ、わからないよね。でも、そういうものだと思ってくれ。
『あの……』
『うん?なに?』
ホーンラビットの精霊が話しかけてきたので、僕はそちらのほうに耳を傾ける。
『お二人の精霊力、かなり強いみたいですけど……どの位の精霊ですか?』
『これでわからない?』
僕は、自分の髪をくいくいと引っ張る。ホーンラビットは、しばらくぽかんとしている様子だったけど、すぐに思い当たったのか、ミーと甲高い鳴き声をあげる。
『もしかして、おーさまの……』
『うん。僕たちの父さんは精霊王だよ』
僕たちの白金の髪は、父さん譲りである。精霊王の魔力は結構特殊で、白金の髪色になるのだ。はっきりとした理由はわかってないけど、初代精霊王の力を受け継ぐ証とされている。
下界で生まれた精霊でも、精霊王の容姿の特徴くらいは知っているので、白金の髪を見せればすぐに気づいてくれるのだ。
『し、知らなかったとはいえ、失礼を……』
『別に気にしてないよ』
『うん、敬われるの好きじゃないから、楽にしてくれていいよー』
お城でも一応、ルートさま、ルーナさまと敬称をつけて呼ばれてはいたけど、あくまでもそれだけ。みんなフランクに接してきてくれたし、乱暴な口調の者もいたりした。
『そ、そうですか……』
ちょっと困惑しているみたいだけど、ひとまずは納得してくれたらしい。
「おーい、そろそろいいか~?」
「あっ、はい。なんでしょう?」
どうやら、僕たちの会話が終わるまで待ってくれてたらしい。レイクスさんたちは精霊の言葉なんてわからないと思うけど、何か話してることはわかってたんだろう。
「魔力の穢れってのはよくわからんが、そのせいでそいつがくたばってたんなら、お前らもまずいんじゃないか?」
「うん、ヤバイよ」
「僕たちはそれなりに耐性があるので、いきなり倒れることはないと思いますけど……」
あまり、はっきりとした答えは出せない。この精霊が言う穢れがどの程度かわからない以上、迂闊なことは言えないし、できない。
「でも、そんな理由で調査を中止にするなんて無理ですよね?」
「無理だろうな。お前らだけ帰れってことになるはずだ」
それはちょっと不安だな……。あのウルフみたいに、変なオーラを纏った魔物が現れたら、レイクスさんたちでは対処できない可能性がある。
あのときは、魔力を優先して僕たちを狙ってくれていたみたいだからいいものの、僕たちがいなくなれば、その矛先は魔力量の多い隊員へと向かうだろう。そうなれば、被害は深刻に違いない。
「行くだけ行ってみればいいんじゃない?無理になったら安全なところに行けばいいし」
「そうだね~。それしかないか……」
「それで大丈夫なのか?」
「ええ。穢れた場所に居続けなければいいだけなんで、途中で清浄な魔力を取り込めば問題ないですよ」
そう考えると、あまり弱気になる必要はないか。元々穢れを浄化するために下界に来たわけだし、臆しててもダメだ。
「では、それで行きましょう。そのホーンラビットについては、私たちからうまく説明しておきますので、テントに連れ帰ってかまいませんよ」
「わーい!じゃあ、わたしと一緒に寝よーね」
ルーナはニコッと笑いかけるけど、ホーンラビットは困惑している様子。まぁ、あまり人間と接することのなさそうな森にずっといたなら、人間の言葉なんてわからないよね。
『一緒に寝たいんだって。行こう』
僕が通訳すると、ようやく意味が通じたみたいで、元気よくミーと鳴いた。
僕たちはテントに戻り、ホーンラビットを間に挟んで眠りについた。
僕たちはというと、レイクスさんウォルターさんと一緒になり、僕たちは見張り番はしなくていいとのことだった。
レイクスさんいわく、「お前らがずっと起きてるなんて無理だろ」とのこと。まったくもって否定ができないので、お言葉に甘えることにした。
念のため、魔力探知を広げながら眠ることにしたから、強い反応があれば気づけると思う。
「お兄ちゃ~ん、こっちぃ~……」
とろんとしながら、ルーナが僕を誘導する。ルーナはなぜか、僕と一緒に眠りたがる。悪い気はまったくしないけど。
「ここで寝よー」
「うん、いいよ」
ルーナが誘導したのは、テントの奥のほう。僕たちが快適でいられるようにと、大きめのテントを用意してくれたらしく、僕たちが寝転がってもスペースは充分にある状態だ。
ルーナはぼすんとクッションを置いて、体を丸めるようにしながら寝転がる。その隣に、僕もクッションを置いた。
クッションに寝転がると、一瞬で眠気が襲ってくる。さすがに疲れたからなぁ。すぐに眠っちゃいそう……
「……ねぇ、お兄ちゃん」
「……うん?なあに、ルーナ……」
ぼんやりとしていた意識をなんとか覚醒させながら、ルーナのほうに顔を向ける。
「お兄ちゃんってさ、なんで下界に行こうと思ったの?」
「……へっ?」
ルーナの唐突すぎる質問に、僕の意識は完全に覚醒した。
どうして急にそんなことを!?
「ま、前にも言ったけど、美味しいご飯食べたりとかしてみたかったからだよ」
「じゃあ、もう帰ってもいいんじゃないの?」
「国によっていろんな料理があるから、全部制覇しないと」
「そっか……」
ルーナは、明らかにしょんぼりとしている。一体、どうしたのだろう?
「ルーナ、突然どうしたの?」
「……お兄ちゃん、下界に来てからなんか大変そうだからさ」
その大変さの理由の八割くらいがルーナ関係なんだけどね。でも、自分の欲望ではなく、僕のことを純粋に心配してくれているのは嬉しい。
僕は、ルーナの頭をぽんと撫でる。
「僕が好きでやってるから、大丈夫だよ。ルーナがもうちょっと起きててほしいなとは思うけどね」
「う~……やれるだけやってみる」
こりゃ、絶対に改善されないな。
僕は、直感でそう感じた。ルーナのやれるだけやってみるは、行けたら行くレベルで信用できない。
「おやすみ~……」
早速、ルーナは眠りこけた。僕も、ルーナにつられるようにして、眠りについた。
◇◇◇
「うん……」
僕は、不意に目が覚めてしまう。まだ眠り足りなくて、ふわぁと大きくあくびをしてしまう。
精霊に転生してから、夜中に目覚めることなんてなかったんだけど、なんか妙な気配がして、目を覚ましてしまった。
「お兄ちゃんも起きたの?」
声がしたほうを振り向くと、ルーナが目を擦りながらふわぁとあくびをしていた。
顔には出ていなかったと思うけど、本当に驚いた。
ルーナが自主的に起きることなんてまずなかったのに、今回は明らかに僕よりも早く起きている。これは非常事態だ。
「変な気配があってさ。ルーナはどうしたの?」
「わたしも、変な感じがして起きちゃった」
ルーナも同じ理由だったらしい。この気配は、どこからするのだろう。意識を研ぎ澄まして、気配を探ってみる。
……東のほうからかな?東よりの北東……東北東くらいだろうか。こっちに近づいてきているような気がする。
「ちょっと様子を見てくるよ」
僕がテントから出ようとすると、ぐいっと裾を掴まれる。
「わたしもいく」
僕の裾を掴みながら、ルーナも外に出てきた。僕たちが外に出ると、ちょうどレイクスさんたちが見張りをしていたらしく、二人と目が合う。
「お前ら、どうした?」
「起きるなんて珍しいですね」
「なんか変な気配があって……」
僕がそこまで言うと、ルーナが僕の腕を抱き寄せながら言葉を続ける。
「眠れないから、確かめに来たの」
「それってーー」
どこから来てると聞こうとしたみたいだけど、レイクスさんたちはすぐに臨戦態勢に入る。僕たちが見ている方向で、草木を踏みしめる音が聞こえているのだ。それほどまでに近づいてきている。
僕らも一応身構えるけど、なんかおかしい。……というか、この気配ってあれしかないよね。
「ミー!」
そんな甲高い鳴き声をあげて、小さな塊が僕に飛び込んでくる。
咄嗟に受け止めたけど、結構びっくりした。
その飛び出してきたのは、毛はピンク色だけど、ウサギのようなフォルムで、額に角が生えている。見た目は魔物そのものだけど、魔力反応がどう見ても、僕たちと同じ。
『たしゅけて……このおく、まりょくがけがれてるの』
そのウサギは、か細い声で話し出す。念のため周りの様子を伺うけど、周りは驚いている様子はない。
多分、鳴き声のミーミーしか聞こえていないんだろう。この言葉は、精霊の僕たちにしか聞き取れないだろうから。
「ウォルターさん、これ……」
「ホーンラビットですね。体色が赤いので、火属性なのでしょう」
いや、そういうことじゃないんですけど。
僕は、周りに人がいないのを確認して、ウォルターさんの耳に囁いた。
「この子、精霊なんです」
ウォルターさんは目を見開いたけど、すぐにはっとなって、レイクスさんのほうに向き直る。
「レイクス、少し離れましょう。騒ぎになると他の者が起きてしまいますから」
「お、おう」
レイクスさんだけはわけがわからないといった顔をするけど、ひとまず一緒についてきてくれた。
僕たちは、テントが視界に入る程度までに離れて、改めて話を続ける。
「それで、その子が精霊だそうですが、なぜそうだとわかるのですか?」
「精霊ってどういうーー」
レイクスさんが叫びそうになったけど、ウォルターさんが口を塞ぐ。やっぱり、ウォルターさんに最初に話を通して正解だった。レイクスさんに話してたら、間違いなく叫ばれて寝ている隊員たちに気づかれたよ。
「魔物の魔力と精霊の魔力はまったくといっていいほど違います。精霊はお互いの気配がなんとなくわかりますしね」
街に向かう途中に、光精が話しかけてきたのも同じ理由だ。
ルーナみたいに細かく判断するのは難しくても、どの方角にいるのかくらいは本能的にわかる。
僕たちも同じで、精霊はだいたいわかる。探知とかは難しくても、こうやって視界に入るくらいまで近づいていれば、なんとなくわかってしまうのだ。
たとえこのホーンラビットが話さなかったとしても、精霊だと判断していただろう。
「それで、ホーンラビットの姿をしているということは、この精霊はホーンラビットの近くで生まれたと」
「そうでしょうね。正確には、ホーンラビットの魔力を取り込んだんでしょうけど」
精霊が周りのものと近い姿をとる理由は、環境に溶け込むために、周囲の魔力を取り込むからだ。
人間の街なら、当然人間の魔力が多いため、人型になる。こんな森で生まれたんなら、魔物に似通った精霊が生まれたところで何の不思議もない。
「じゃあ、そいつはなんでこっちに来たんだ?お前らに会いにでも来たってか?」
どうやら落ち着いてくれたようで、いつもの調子でレイクスさんがたずねてくる。
「ちょっと聞いてみますね」
『どうしてこっち来たの~?』
僕がたずねる前に、ルーナが精霊の言葉で話し始めた。
精霊は、怯えたような様子で答える。
『きゅうに、まりょくのけがれがひろがったの。それで、そのまりょくをとりこんじゃって……にげてきたんだけど、つよいせいれいのけはいがあったから……』
なるほど。それで助けを求めてきたのか。それなら、適任者はルーナかな。
「ルーナ」
「うん。わかってる」
僕からホーンラビットを受け取ると、ルーナは魔力を込め出す。ルーナは浄化の力を持っているので、ルーナの魔力を取り込めば、穢れは除かれるはずだ。
『ふいー……楽になってきた』
ルーナの浄化が聞いたのか、言葉もだいぶ流暢になってきたし、顔色もよくなってきた。
こうなったなら大丈夫だろう。ルーナもそう判断したのか、魔力を注ぐのをやめた。
それにしても、穢れてる魔力ね……偶然にも、この精霊が走ってきた方角は、明日から僕たちが向かう方角と一致している。
ここで引き返したらダメ……だよね。神さまからも、魔力を浄化してほしいって頼まれてるし。
「そいつはなんだって?」
「穢れた魔力に当てられてたみたいです。もう問題ないですよ」
僕の言葉に、二人はお互いに顔を見合わせて不思議そうにしている。
まぁ、わからないよね。でも、そういうものだと思ってくれ。
『あの……』
『うん?なに?』
ホーンラビットの精霊が話しかけてきたので、僕はそちらのほうに耳を傾ける。
『お二人の精霊力、かなり強いみたいですけど……どの位の精霊ですか?』
『これでわからない?』
僕は、自分の髪をくいくいと引っ張る。ホーンラビットは、しばらくぽかんとしている様子だったけど、すぐに思い当たったのか、ミーと甲高い鳴き声をあげる。
『もしかして、おーさまの……』
『うん。僕たちの父さんは精霊王だよ』
僕たちの白金の髪は、父さん譲りである。精霊王の魔力は結構特殊で、白金の髪色になるのだ。はっきりとした理由はわかってないけど、初代精霊王の力を受け継ぐ証とされている。
下界で生まれた精霊でも、精霊王の容姿の特徴くらいは知っているので、白金の髪を見せればすぐに気づいてくれるのだ。
『し、知らなかったとはいえ、失礼を……』
『別に気にしてないよ』
『うん、敬われるの好きじゃないから、楽にしてくれていいよー』
お城でも一応、ルートさま、ルーナさまと敬称をつけて呼ばれてはいたけど、あくまでもそれだけ。みんなフランクに接してきてくれたし、乱暴な口調の者もいたりした。
『そ、そうですか……』
ちょっと困惑しているみたいだけど、ひとまずは納得してくれたらしい。
「おーい、そろそろいいか~?」
「あっ、はい。なんでしょう?」
どうやら、僕たちの会話が終わるまで待ってくれてたらしい。レイクスさんたちは精霊の言葉なんてわからないと思うけど、何か話してることはわかってたんだろう。
「魔力の穢れってのはよくわからんが、そのせいでそいつがくたばってたんなら、お前らもまずいんじゃないか?」
「うん、ヤバイよ」
「僕たちはそれなりに耐性があるので、いきなり倒れることはないと思いますけど……」
あまり、はっきりとした答えは出せない。この精霊が言う穢れがどの程度かわからない以上、迂闊なことは言えないし、できない。
「でも、そんな理由で調査を中止にするなんて無理ですよね?」
「無理だろうな。お前らだけ帰れってことになるはずだ」
それはちょっと不安だな……。あのウルフみたいに、変なオーラを纏った魔物が現れたら、レイクスさんたちでは対処できない可能性がある。
あのときは、魔力を優先して僕たちを狙ってくれていたみたいだからいいものの、僕たちがいなくなれば、その矛先は魔力量の多い隊員へと向かうだろう。そうなれば、被害は深刻に違いない。
「行くだけ行ってみればいいんじゃない?無理になったら安全なところに行けばいいし」
「そうだね~。それしかないか……」
「それで大丈夫なのか?」
「ええ。穢れた場所に居続けなければいいだけなんで、途中で清浄な魔力を取り込めば問題ないですよ」
そう考えると、あまり弱気になる必要はないか。元々穢れを浄化するために下界に来たわけだし、臆しててもダメだ。
「では、それで行きましょう。そのホーンラビットについては、私たちからうまく説明しておきますので、テントに連れ帰ってかまいませんよ」
「わーい!じゃあ、わたしと一緒に寝よーね」
ルーナはニコッと笑いかけるけど、ホーンラビットは困惑している様子。まぁ、あまり人間と接することのなさそうな森にずっといたなら、人間の言葉なんてわからないよね。
『一緒に寝たいんだって。行こう』
僕が通訳すると、ようやく意味が通じたみたいで、元気よくミーと鳴いた。
僕たちはテントに戻り、ホーンラビットを間に挟んで眠りについた。
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