悪妃の愛娘

りーさん

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15 すべては手のひらの上

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「はぁ……」

 白月光宮に戻ってきた王妃ーーアイリーンは、ため息をついていた。
 その悩みの種は、国王と娘のリリーのこと。
 アイリーンは、国王とリリーに挟まれている立場だ。二人は、よく似ていると思う。全部自分で抱え込もうとすることや、こっちから聞かないと話さないところも。
 自分と似ている要素なんて、髪の色くらいしかないと、アイリーンは本気で思っていた。

(どうせ、今日も来るのよね……)

 アイリーンがドアのほうを見ていると、こんこんとノックがなる。
 アイリーンが「どうぞ」と言えば、ドアが開く。入ってきたのは、アイリーンの悩みの種の一つ……いや、一人の国王だ。

「あまり夜遅くに来るのは止めて欲しいのですが」
「この時間帯しか、話す時間は開けられん」

 私は特に話すことはないのにと思いながら、国王のほうを見ていると、国王は「あいつは」と呟く。

「リリーは、私のことをなんと言っていた」
「あなたが賢王、名君と呼ばれているのを信じたくないと言っていましたよ」
「だろうな。私も自分がそんな風に呼ばれるいわれはないと思っている」
「自分で言うんですか?」

 アイリーンが呆れると、国王は言う。

「私は世辞にも、良い人間とは言えんからな。そんな言葉は私には合わん」
「マリエ王女とラファエル王子のことを言っているんですか?確かに、あれは……とは思いましたが」

 実を言うと、マリエとラファエルのことは、アイリーンも耳には挟んでいた。だが、アイリーンからしてみれば、いくら幼い王女と王子とは言っても、自分の娘のほうを優先したい気持ちがあったから、放置していたのは否めない。
 知っていて放っていたのを、責める権利は、自分にもないだろう。

「直接、動くことはできたのでは?」
「できなくはない。だが、私がやるのとあいつがやるのとではまったく違うからな」
「あなたが下手に動くと、側室の方々はうるさいでしょうね~」

 一応とはつくが、国王が直接動かなかったことは、理由がある。
 国王には、正室であるアイリーンの他に、何人か側室がいる。どれも、恋愛ではなく、政略的な意味合いだ。
 だが、そう思っているのは国王だけで、側室の方々は、自分の血を引く王子や王女を手に入れようと、あの手この手で国王を誘惑している。それに、あくまでも義務として通っているに過ぎない国王が引っかかることはないが、側室の醜い足の引っ張り合いを見ていると、アイリーンでも辟易するくらいだ。当事者の国王はたまったものではないだろう。
 側室たちは、国王の一挙手一投足をよく見ている。国王が食べたものすら知っていることもあるくらいだ。
 そんな国王が、もう何の後ろ楯もない王女と王子に目をかければ、真っ先に目の敵に思うのは側室だ。リリーの派閥の貴族と手を組まれたら、もっと厄介なことになる。
 国王は、どうしても政務の関係で、常に目を向けていられるわけではない。夜遅くにしか話す時間が取れないのも同じ理由だ。それでも、一応は目を向けていたほうではあったが……
 だから、リリーが保護するように仕向けていた。
 リリーが侍女たちを使って情報収集しているのを知り、王子と王女の現状をわざと聞かせて。
 そんな面倒なことをするのなら、国王が直接頼めばいいと思う。だが、それだと過程が変わるだけで、側室が目の敵にするのは変わらない。
 国王の行動が、正しいこととは、アイリーンも思ってはいない。だが、間違っているとも言えない。

「マリーたちから聞いた時は驚きましたわ。ダリア・ウォルフォリアは、わたくしを支持している派閥の貴族と遠縁ですもの。わたくしの派閥の者たちは、白月光宮以外には、入れないようにしてきたつもりだったのですが……」
「侍女長が入れたんだ。王妃に隠してそれができるのはあいつしかいないし、やる理由もある」
「賄賂でも渡されたんでしょうね……」

 侍女長は、仕事はできるものの、お金に揺らぎやすいところがある。今までは特に問題を起こしていなかったので放置していたが、さすがに今回のことが起きれば、放っておくわけにはいかない。

「ですが、主犯は誰でしょうか?おそらくは、側室の中の誰かか、わたくしの派閥の暴走だと思いますが」
「目星はついているが……証拠がない。下手に処罰して、私に暴君の汚名を着せられるのはかまわんが、王女たちに飛び火するわけにもいかんだろう」

 その中途半端な優しさを、直接、娘たちに向けられないのかと思いつつも、アイリーンは提案する。

「わたくしからも探ってみましょうか?側室の方はわかりませんが、わたくしの派閥の方々なら、充分に探れると思いますが……」
「いや、どちらも私が探っておく。アイリーンは、王女たちの面倒を見ていてくれればそれでいい」
「あなたがそんな態度だから、リリーに嫌われるんじゃないですか」

 案外、国王は娘たちのことを、少しは考えているのだ。少なくとも、自分の悪評よりは優先しているような気がする。
 それが遠回りすぎて伝わらないだけだ。

(これも、先王の影響なのかしら……。それともーー)

 そう思ってしまうと、アイリーンも強くは言えない。

「嫌われることを恐れていたら、あいつを偽善者なんて言ったりはしない」
「やはり、その発言はわざとですか。さすがに言いすぎでは?それだけでなく、悪妃の娘なんて、あの子が一番敏感に反応しますよ」

 アイリーンは、リリーが動いている理由は、なんとなく想像がついていた。
 福利厚生のあれは、どう見ても、自分の評判を上げるためにしか見えない。仲間を増やし、立場を磐石にしようと。
 リリーが、唯一、国王と違うところは、優しいところだと思っている。
 国王に優しさがないと言っているわけではないが、優しいだけでは、この王宮では生き残れない。それは、何を隠そう、目の前の男がすでに証明していることでもあった。

「あいつは、腹違いの王女と王子を自分のところに取り込むという意味を、何もわかっていないようだったからな。忠告してやっただけだ」
「そう仕向けたのは自分だったのに?」
「私は、やれとは言っていない。あいつが突っ走っただけだーーと、普段なら言うが、私だって何も思っていないわけではない。国王という立場は、身内と接する時でさえ、私の枷となり縛ってくる。マリエとラファエルに関しては、こうするしかなかっただけだが、私もこれが正しかったと思っているわけではない」

 それをリリーの前で言えばいいのに。
 アイリーンは、そう思えて仕方がない。

「ずいぶんと自分勝手なことですね」
「人間は自分勝手な生き物だ。それが相手のためだと信じて、相手を鳥籠の中に押し込める。それは、相手のせいにして、自分の心の安寧を保っているに過ぎない。相手が弱いから、自分が守らなければと過信するのだ」

 国王は、どこか遠くを見るようにそう言う。

「あなたは安寧を保てていたんですか?」
「どうだろうな……。少なくとも、不幸ではなかっただろう」

 その言葉だけでも、アイリーンはほっとする。
 あの時、無駄なこと、くだらないと切り捨てていた時に比べたら。

(でも、父親になるのはまだ難しいかしら……)

 王子が生まれてから、子を成そうとしなくなったところから見ても、まだ無理なような気がした。

「とりあえず、王女たちのことは任せる。私は、面倒事を片づけなければならないからな」
「ええ、頑張ってきてくださいませ、賢王さま」
「お前も悪妃らしく、狡猾に生きるんだな」

 ふっと笑みを浮かべて、国王は出ていく。

(悪妃なのは否定しないわ。そうだと思ってるし)

 アイリーンは、ベッドに寝転がり、気持ちよさそうに寝息をたてた。
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