魔女は恋心をキスで隠す。

矢凪來果

文字の大きさ
22 / 50
Last X

ミイラ取り

しおりを挟む

 その夜、珍しく酔わずに寝室に入った真夜は、家の明かりが全て消えてるのを待ってから、音を立てずにコハクの寝室へ忍び込んだ。 
 コハクのベッドに、そっと静かに腰掛けて、頬に手をそわせる。

「魔素は魔法使いと人の心が近いほど影響される…」
 親指をコハクの唇に当てて、目を閉じ、ある日の風景を思い浮かべる。
 そして、少し深呼吸をしたあと、唇に触れた親指を目印に、目を閉じたままそっと顔を寄せた。

 親指まで多分あと1センチ。
 息を詰めてさらに距離を縮めようとする真夜の顔は、大きくなった手に遮られた。

「大胆ですね。師匠。」
 起き上がったコハクに、真夜は何か言おうとするが大きな手に口が塞がれたままだったので、モゴモゴという声しか出ない。真夜は、息が苦しくなったので、コハクの左手を両手で離してそのままベッドに押さえつけた。

 コハクは真夜の口を押さえている方とは反対の右手で立てた膝に肘をつき、こちらを呆れたように見ていた。
「確実にやるなら、眠らせる魔法でもかければよかったのに」
「私が渡すものは、飲み物も食べ物も断ってたじゃない」
 真夜は少し涙目でコハクを睨んだ。

「あんな形でお願いしたから、過保護な師匠は、もしかしたら何かしてくるだろうなと思ってましたから」
 コハクは珍しく人の悪い笑みを浮かべた。

 この綺麗な弟子はどこまでもお見通しらしい。
「薬のことしか教えてないのに。」
『約束』の話と言い、教えたくなかったことまで自主勉強までしているようだ。

「勉強熱心なので、つい。」
 コハクが笑みを抑えて、冷ややかな目で真夜に問う。
「で、何をかけようとしてたんですか?」
「コハクが嫌になったら約束が解ける魔法」
 魔女はとっさに嘘をついた。

「なんですか、それ…。万が一、本当に夜這いのつもりだったら、続きをしましょうって言おうと思ってたのに…」
 コハクは軽く舌打ちをして吐き捨てたあと、残念そうに茶化した。
 舌打ちと、いつもより低い声の言葉に、一瞬怯みかけた真夜だが、後半の言葉に頭を切り替えて頬を膨らます。
「うっさいわね、色気付いてんじゃないわよ」
 
 目論見も外れてしまったが、また、隙をみれば良いのだ。

 百年はなくても、もう少しくらいなら時間はある。

 真夜は、今日はおとなしく帰ろうと、諦めた。
「モミジみたいな手だったのに、ずいぶん大きくなったわね」と押さえつけていたコハクの手を解放し、腰をベッドから上げようとする。

 だが、彼女が立ち上がるより早く、自由になったコハクの左手は真夜の後頭部に周り、彼女を引き寄せた。

「え」
「まあでも」と話す声と一緒に、コハクの顔がさらに近づいた。

 そっと、押し付けられた額は少し震えていた気がした。そして、顔にかかる髪を除けた、右手の指はとても冷たかった。
「そんな魔法かけられたって、絶対魔法使いになります。」

 真夜が答える間もなく、コハクの右手は頬に添えられ、そっと唇が押しつけられた。

 痛いくらいに鳴り響く鈴の音に呼応するかのように、鼓動が早鐘を打った。

 しばらく唇を押し付けた後、コハクは顔を少し離して、息を整えた。

「真夜さん?」
 何も言わない真夜の顔を見て、コハクは少し目見開いた。そのまま、もう一度顔を近づけようとすると、真夜は後少しのところで、大きく顔を後ろに引き、コハクに渾身の頭突きをお見舞いした。

「いっ…!」
 そのまま、顔に置かれた手を剥がして、真夜はベットから飛び降り、寝室を飛び出した。
「コハクのばか…散歩してくるから探さないで」

 後ろで真夜を呼ぶ声がしたが、無視をして階段を駆け降りる。

 
 どうしよう、

 耳元で囁かれた声も、鈴の音も、かつてと違う響きをしていることにようやく気づいた。

 私はまだ、自分の気持ちに名前を付けられていないのに。
 

 どうしよう、

 とにかく、元に戻さないと。

 魔女はそれだけを考えて、扉を開けて家を飛び出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

リトライさせていただきます!〜死に戻り令嬢はイケメン神様とタッグを組んで人生をやり直す事にした。今度こそ幸せになります!!〜

ゆずき
恋愛
公爵家の御令嬢クレハは、18歳の誕生日に何者かに殺害されてしまう。そんなクレハを救ったのは、神を自称する青年(長身イケメン)だった。 イケメン神様の力で10年前の世界に戻されてしまったクレハ。そこから運命の軌道修正を図る。犯人を返り討ちにできるくらい、強くなればいいじゃないか!! そう思ったクレハは、神様からは魔法を、クレハに一目惚れした王太子からは武術の手ほどきを受ける。クレハの強化トレーニングが始まった。 8歳の子供の姿に戻ってしまった少女と、お人好しな神様。そんな2人が主人公の異世界恋愛ファンタジー小説です。 ※メインではありませんが、ストーリーにBL的要素が含まれます。少しでもそのような描写が苦手な方はご注意下さい。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

〖完結〗終着駅のパッセージ

苺迷音
恋愛
分厚い眼鏡と、ひっつめた髪を毛糸帽で覆う女性・カレン。 彼女はとある想いを胸に北へ向かう蒸気機関車に乗っていた。 王都から離れてゆく車窓を眺めながら、カレンは振り返る。 夫と婚姻してから三年という長い時間。 その間に夫が帰宅したのは数えるほどだった。 ※ご覧いただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

処理中です...