魔女は恋心をキスで隠す。

矢凪來果

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Daybreak

瞳の色

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 街から少し離れたところにある石造りの教会、少しの物音でも響いてしまいそうなのに、どこまでも静かな礼拝堂の一番前の長椅子に座り、コハクは高い天井を仰ぎ見た。
 昼間は、威厳と包み込むような懐の広さを感じる場所だが、月明かりだけの暗闇の中だと妙な威圧感がある。

 コハク以外にいるのは、黒いローブと修道帽を身に纏った司祭だけだった。彼は、明日のために蝋燭の残り具合を確認しながら、背を向けたままコハクに声をかけた。

「魔女の弟子が教会にいてていいんですか?」
「魔法使いが、司祭のふりをしてていいんですか?」

 コハクが返すと、司祭の格好をしたシャルムは振り返り、「確かにそうだね」と笑ったあと、コハクの隣の長椅子に腰掛けた。
「今日は誘うのやめておこうと思ったのに、また寝れない?」
「薬飲むの忘れたから、またやな夢見ちゃったんですよ。で、酒も飲んで、真夜さんに添い寝までしてもらいましたけど、逆に寝れるわけないし、真夜さんの方が先に寝ちゃて、我慢できるうちに抜けて来ました。」
「おい、ちょっと待てコハク」

 添い寝というワードに反応したシャルムは、勢いよくコハクに掴みかかり、出口を指差した。

「添い寝なんてされたら寝かせてる場合じゃないだろ。今すぐ家に戻ってやり直してきなさい。」
「ボクハ、マダシニタクナイ。」
「じゃあ…俺が行こうかな。」
「それは殺す。」
「俺も魔法使いなんだけど。」
「通報して社会的に殺す。」
「そう来たか」

 コハクは言うことがいつも物騒なんだよ、と文句を言うシャルムを白い目で見たあと、ため息をついた。

「…まあ、シャルムさんには感謝してますけど」
「え、何急に、照れるからやめてよ。」
 まよのいないあいだに悪い遊びも教えちゃったし…ぽりぽりと、珍しく罰が悪そうに鼻の頭を掻くシャルム。

 そんな彼に聞こえるか聞こえないかの音量で、コハクはポツリとこぼした。
「主に救いを求めたら、魔女から助けてくれるかなぁ」
「前も今も全然救われたがってないくせに」
「だから困ってんだよ」
「いっそのこと、案外押したらいけない?」
「普段鈍いくせに、そういう時だけ、すぐに距離とってくる。」

 ぶすっと答えたしたコハクは、そのまま椅子の上で膝を抱えて頭を埋めながらぼやいた。
「それを縮めたいけどさ、おんなじくらい関係が壊れるのが恐くて、後一歩がなぁ…」
「まあ、君はまだ生え揃ってないガキだもんね」
「うっせえ、全部生え変わってるよ」
 コハクは、右手の人差し指を口にかけて、奥歯までシャルムに見せつけた。
 そんなコハクの返しにシャルムは生温い眼差しをしてから、前方の十字架に向かって何か懺悔していた。

 手を解いたシャルムは、コハクの頭に手を置いていつものように提案する。
「じゃあ、手に入んない魔女の代わりに、救いをくれる聖母様を探しに行こう」
「その格好でそれを言うのは、本当にダメだと思う」


 着替えたシャルムと一緒に、街の酒場に繰り出してカウンターに座る。
「でもほんと、君と飲みに行くようになって声かけやすくなったんだよね」
「よく言うよ、俺が嫌がっても誘っても、一週間に一回くらいしか来ないくせに」
「妬くなって。色男は忙しいんだよ」

 しばらく男二人で飲んでいると、見知った顔が入ってくるのが見えた。

「どこの美人かと思ったら、マリーじゃないか。奢るよ」
「あら、シャルムさん、こんばんは。」

 ワンピースを着た彼女は、声をかけたのがシャルムだとわかると、手を降って、シャルムが引いた椅子に腰掛けた。

「今日はどんな感じかい?」
「全然ダメね。流行病のせいで商売上がったりったらないわ」
 マリーと呼ばれた女性はシャルムの質問に首を振りながら、コハクに声をかけた。。
「あら、コハクは奥さんが帰ってきたんじゃないの?」
「だから真夜さんは違うって、親戚の人だよ。」
 彼女はその答えをわかっててそう揶揄う。マリーの楽しそうな顔を対象にコハクは渋い顔になる。

 本当にそうだったらいいのに。
 真夜が昔から周囲の人間にしていた説明を、うんざりした気持ちで繰り返しながら、ため息を酒で流し込む。
「もう遊んでくれないかと思ったわ。」
「可愛い子が寂しがるから、そんなことしないよ。」

「なんだい、お前、あの美人の薬屋の親戚なのかい。」

 突然割り込んできた声の方を振り返ると、男たちがにやにやと笑っていた。

「最近帰ってきたのを見かけてさ。年増だと聞いていたが若いじゃねえか。あれなら俺は全然いけるね。」
 隣のテーブルで飲んでいた男は、コハクたちの会話を耳ざとく聞いていたようで、身なりはこざっぱりとして上等そうなのに、言葉遣いもマナーも悪いらしい。
 コハクが真夜の親戚だと分かり、こちらのカウンターに無理やり割り込んできた。
「紹介頼むよ」と男に握手を求められ、コハクは胃がムカムカするのを我慢しながら、「機会があればね」と気持ち強めに握手を返した。

 機会なんて一生作んないよ。
 お前なんかが落とせる人なら、苦労しねぇんだよ。
と腹の底で毒づきながら。

 男達が席に戻るなり、座り直したコハクはすぐにグラスを開けたあと、マスターにおかわりのお酒を頼んだ。
「親戚の人はモテるわね」
「そうみたいだね」
 今日はシャルムと飲んで、寝ずに夜を明かしてもいいかと思ったが、あの男と同じ空間にいることが嫌になってきた。ちょうどシャルムは男たちから逃げるように、別の女性に声をかけに行ったままだったので、隣のマリーにお願いをした。
「ねえ、マリー、今夜も眠れないんだ。約束の日じゃ無いけど、部屋に行かせてくれない?」
 マリーは、自分のグラスを開けた後、ふわりと微笑んだ。
「寝るだけなら貸さないわよ。ちょうど昼寝しすぎたの。」



 通い慣れた部屋の窓から見える月は、中途半端に欠けていた。

 後数日で満月だろうか。
 
 月明かりが照らす部屋の中で、コハクがそんなことを思っていると、甘い声がささやく。
「そういえば、コハクって名前はどういういみなの?」
「ああ、僕の瞳の色なんだって」

 小さい頃だったから、難しい発音の自分の名前はろくに言えなくて、困った真夜が、俺の目の色で呼んでたらいつの間にか名前になってた。

「こはくって名前の色なんてあったかしら?」
 首を傾げながら、むしろあの宝石の色みたいよね、と言う女の子に、そうそうと頷きながら頭を撫でる。
「おんなじだよ、異国でのあの宝石の呼び方だって。音が綺麗で、なんとなくその名前で覚えてたらしい」

 真夜は好きなものを好きな呼び方で呼ぶ。

 それは、世界中を旅していても、いつでも身軽でいなければならなかった真夜なりのコレクション。
「ふうん。うれしそう」
「そうかな?」
 だから真夜の好きな呼び方で呼ばれると自分も「好きなもの」の一つだと錯覚してしまう。

 思いを振り切るように目を瞑ると、強引に片目を開かれた。
「わたしだってコハクの目、きれいで好きよ」
「こら、危ないじゃないか。それに…好きなのは目だけ?」
 そうやってくすぐりながら顔を近づけると彼女は目を閉じてくすくすと笑った。
 そうだ、君は目を閉じておいてくれ、きっと今の僕の目は曇ってるから見たくない。

 夜ふかしな彼女としばらく戯れたあと、疲れたまぶたはようやく重たくなってくれた。
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