魔女は恋心をキスで隠す。

矢凪來果

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Don't be afriad.

鈍い音

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 街の音が以前より少し濁った気がした。

 何だか、誰もが周囲を窺うような、そんな息のしづらくなるような、重たい音をさせるようになっていた。

 夕食後に、真夜はソファでだらけながら、街の鬱々とした空気を切り替えるかのように、コハクにもらったローズマリーの香水をあたりに振りかける。
「ねえ、コハク、最近街の様子がおかしい気がするんだけど、何か知ってる?」

コハクは、「ええ」と頷いた。
「隣街で異端の取り締まりに、中央からの狩人まで出てきてるみたいですね」
「だから空気がピリピリしているのね」
「流行病を悪魔のせいにしてるから、国も力入れてるんじゃないですか」
「たくさんの人が亡くなってるものね」
 コハクはデザート用に剥いたりんごを真夜の前に置きながら、聞いた話ですけど…と続けた。
「ある家庭では、娘が最後に食べたいって言った果物を買いに行ってる間に冷たくなっていたそうです。」
「本当に早いわね…菌の進化も早いから薬だって追い付かないし…」

 発症からなくなるまでは三日もない。感染経路も不明。
 ある日突然燃えるような熱がでて、お別れを言う間も無く冷たくなってしまうこの流行病は『悪魔の熱』と呼ばれたいた。
 しかも、この病は進化と進行がとてつもなく早いため、魔法使いでも罹れば死ぬ前に治療できる確率は五分五分だった。

「私達を狩った所で収まるわけがないのに」
「誰かを悪者にしないと民衆の気が収まらないんでしょうね」
 困ったように呟くコハクに、そうね…と返しながら、真夜はりんごを頬張って、つぶやいた。
「そういう時の、狩人さん達は本当にしつこいのよね…」

 ふと、先日のくそおやじとの会話を思い出した。

 もしかして、ダニーはこうなることを知っていたのだろうか。
 それだけじゃない。彼はもしかすると、いろいろなことに気づいていたのかもしれない。

 真夜は、ワインを飲みながら、もうそろそろてっぺんに到達しそうな紫の針を見て、居心地の良さに気が緩んでいたことを反省した。
 すると、顔に影がかかった気配がしたので、そっと見上げると、コハクが白い目で真夜のことを見下ろしていた。

「ちょっと師匠、なんで僕の分のりんごとワイン残してくんないんですか?」
「あっ、ごめんなさい、考え事してたらつい…」
「あしたの朝の真夜さん分剥いちゃいますからね」

 ぷりぷり怒りながら新しいりんごを手に取るコハクに、真夜は問いかけた。

「ねえ、コハクこの街すき?」
「え?ああ、好きですよ。僕たちよそ者も受け入れてくれるし、真夜さんも居心地が良さそうですよね」
「ええ、私も結構気に入ってるわ」
「僕にとってはそれが一番重要ですね。」

「どういうこと?」
「なんでわからないかなぁ」
 呆れたようなコハクの顔に、真夜は困ったような笑みでごめんごめんと謝った。
「あ、このリンゴは僕のなんで、二切れしか食べちゃダメですからね」

 その夜、真夜はほとんど消えかけた下弦の月の微かな明かりの中で、寝るのを諦めて、ベッドボードにもたれて、窓際の星空を眺めていた。

「そろそろこの街を出ないと。」

 師匠の遺品回収の一件で、真夜は異端狩りに存在を認識されている。本気の狩人が来れば、姿を誤魔化したとしても、きっとすぐにバレてしまう。
 街の人を不用意に巻き込まないためにも、狩人たちとは、万に一つの接触も避けて、すぐに街を去るべきだと思った、

 真夜はベッドサイドに置いた手毬を手に取った。
 小さく降ると、ちりりん、と相変わらず、柔らかな鈴の根が小さく聞こえた。星空と一緒にこの音を聞くと、なんだか自分の名前を決めた夜のことを思い出す。

 その思い出を振り払うように、真夜が手毬を振るたびに、音に合わせて、今度はこの街にきてからのコハクの姿が、真夜の頭に思い浮かんだ。

 四苦八苦しながら店番をこなすようになったコハク

 調剤を覚えながら少しずつ店番が板についてきたコハク、

 こなれた様子で接客をするようになったコハク、

 そして…

 真夜は、何回か振った後、手毬を壁に放り投げ、掛け布団ごと、曲げていた膝を抱えて、顔を埋める。
「本当、面倒くさい…」
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