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決断をするのは
しおりを挟む「……それを差し出したら、この子はどうなるのですか?」
国王夫妻の前だからか、カサンドラは努めて平静を装いながら尋ねる。だが、その声は震えていた。
「12の誕生日の生まれた時間を迎えると、この子の身体は18になる。 あとは普通に歳をとるわ」
魔女はギルベルタの柔らかな銀髪をつまみ、指で弄びながら事も無げに言う。
皆、感情を表に出さないようにしているが、動揺は隠せない。
思うところは四者四様と言っていいだろう。同じ様なことを考えてはいても、その比率が全く違う。
国王夫妻の子はレオンハルトであり、マイヒェルベック夫妻の子はギルベルタだ。
子への愛情だけでなく、自分や家の立場や体面、今後の互いの関係性もある。
問題の根本を考えれば気休めだとしても、魔女が息子に薬を与えてくれたことに感謝していたエーベルハルトは、奥歯を強く噛み締める。
楽になった様子を先に見せておいて、後からこんな条件を提示するのはあまりに酷だ。
(王妃に正常な判断力など、もうないだろう)
そう思った矢先。
エーベルハルトの想像通り、俯いていた王妃は、顔を上げるとギルベルタの方に縋るような眼差しを向けた。
「──ギル」
「駄目よ」
しかし名前を紡ぐ途中で、彼女の声は魔女の冷たい声に遮られた。
「ギルベルタの気持ちは私がわかっていればいいこと。 四人は聞いては駄目よ、大人なのだから」
「ですが……!」
「自分の罪悪感を減らす為に、子供に決断の責任を押し付けるのは醜くて嫌いなの」
侮蔑を孕んだ視線と言葉。
それは王妃になって男児を三人も産み、地位も磐石になってからは向けられることはなかったモノ。
自分がしようとしていたことを王妃が理解するには充分だった。
魔女は他の三人にも視線を向けて言う。
「決断するのはあくまでも大人の貴方達。 これはギルベルタの場合の対価だけれど、誰かがそれと同じだけ価値のあるなにかを差し出してくれても、私は別に構わないのよ? 一時間待ってあげる。 でもそれ以上は待たないわ。 さあ、決めなさい」
「──わかりました。 その間魔女様は、ギルベルタ嬢とお茶でも。 近くのサロンに案内させます」
機転を利かせ、エーベルハルトはそう言う。
どういう結論に至ったとしても家や大人同士に多少の軋轢は生じるだろう。それは仕方ないにせよ、その経緯を当事者である子供に聞かせるのは憚られる。
本人がいるというのはあまり精神的によろしくない、という自分達の都合もあるが、それも含めた上でやはり幼いギルベルタに見聞きさせていいモノではない。
魔女は思いの外アッサリと了承し、ギルベルタを連れて部屋を出る。
「お姉様!」
「……シャルロッテ」
エーベルハルトは、何故かそこにいてギルベルタに走りよったシャルロッテと兎の少年に戸惑い、魔女の表情を窺った。
「別室の方が?」
「いいえ、一緒で構わないわ」
「邪魔だったら適切な場所に出すもの」と続けた魔女の言葉に、先程自分とギュンターがそうされたことが過ぎる。
すぐにやってきた側仕えの従者に、「一番近い応接間に軽食を準備し、四人をもてなすように」と申し付け、ギルベルタを一瞥してから扉を閉めた。
彼女の子供らしくない無表情はそのままだったが、少しだけ不快そうに見えたのは、会話に参加できないからだろうか。
話し合い自体はそう拗れることはなかった。
それはひとえにマイヒェルベック夫妻の冷静な対応によるもの。
話し合いの時間がないことから、まず結論のみを、とギュンターが言う。
「何事も『レオンハルト殿下のお命には変えられない』──その前提ありきで話し合いを致しましょう」
公爵家当主として、どうしても先にそれを国王夫妻に言わせるわけにはいかなかった。臣下としての姿勢を崩さず、娘に最大限に配慮をさせる為に。
「その上で、事の経緯を今一度振り返って頂きたく。 畏れながら、殿下は自分の意思で花を詰まれた……娘は何かをねだったりしてはおりません」
父としての愛情を自覚できず上手く示せはしないギュンターだが、娘との交流が少なくとも賢いことはわかっている。
その賢い娘の言動を重く見ているギュンターは、ギルベルタが自身の美しい時間を差し出すことに今更躊躇はしないと感じていた。
だからこそ。
ギルベルタの青春時代を全てくれてやるのなら、王家主導のまま事を進めることだけは絶対に許さない。
「娘は 『花を貰ったのは自分だから』などと申しておりますが、対価を支払うのがギルベルタである必要はない。そこはどうお考えでいらっしゃいますか?」
誰もすぐに返事ができないことが全ての答え。
結局はギルベルタが対価を差し出すのだ。そうじゃなければ他に一体、誰が何を差し出せるというのか。
『決めるのは貴方達』
魔女のこの言葉が、四人に突き刺さっていた。
話し合う余地などなく、魔女への答えは既に決まっていたのだ。
与えられた時間は、まだ幼いギルベルタを犠牲にすることへの自覚を促す為だったのではないだろうか。
やはり酷なことをする──エーベルハルトは再びそう思ったが、それが自分達に都合が悪いからなのだと、もう気付いていた。
真に酷なことをするのは、自分達なのだから。
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