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プロローグ
しおりを挟む「夜会の場でこんな事をなさるだなんて……お戯れも大概になさいませ?」
それはあくまでも静かに。
いつものような無表情のまま彼女は言った。
『表情筋が死んでいる』──そう揶揄される彼女の名は、キャロライン・ブーゼンベルグ。20歳。愛称はキャロル。
ブーゼンベルグ侯爵家の長女であり、第三王子ハロルドの婚約者である。
見目麗しく、皆から愛され、甘やかされて育ったハロルド。
彼は自分に冷たく年上でしっかりしたキャロルが苦手らしく、婚約者になってからも交流を持とうとしなかった。
たまに顔を合わすと、警戒心の強い犬のようにキャンキャン吠えてくる。
そういうのが好きな人もいるが、残念ながらキャロルは犬なら愛せても成年男子のそんな様子を見て『可愛い♡』等と思える癖の持ち主では無いので、概ね放置していた。
そんな第三王子が珍しく夜会に誘ってきたと思ったら、突如彼から婚約破棄を言い渡されたのである。(※今ココ)
ハロルドの後ろに立つはかなげな少女……彼女は某とかいう男爵令嬢。よくは知らない。
この夜会でハロルドがキャロルに婚約破棄を言い渡した理由は、この男爵令嬢を陰湿に虐めたことに対する断罪であった。
しかし『鋼鉄の乙女』『氷の魔女』等の異名を持つキャロルは冷静だった。
いつ、どの時間、どのように彼女を虐めたのかと事細かに、矢継ぎ早に質問をした上で、侍女に自分の手帳を持ってこさせた。
その時間は自分はどこで何をしており、誰それがいた為、その実行は不可能である…と明言した上で、それを立証することのできる人間や事象を複数、つらつらとあげたのだった。
キャロルは関係が初めから今まで一向に良くならないこの王子とのことを諦めていたので、あくまで自分の無罪の主張と、彼の行き過ぎた行為への警告を行ったに過ぎない。
だが、冒頭の言葉にハロルドは顔を真っ青にし、後ずさりながら声を震わせた。
「キャ、キャロライン……申し訳なかった……」
「あら」
王族なのにアッサリ謝罪するハロルド。
彼はキャロルの報復が恐ろしかった。(※キャロルにはそんな気はないのだが)
『そんななら冤罪とかかけんなよ』というツッコミはごもっともだが、しでかしてしまったモンは仕方ない。
しかし、彼は冤罪をふっかけたことを謝っても、婚約破棄については諦めなかった。
「だが……ッ!
俺はお前のそういう所が嫌いなんだァァァ!!」
そう言い放った次の瞬間、ハロルドは傍らの少女の手を取り、脱兎の如く駆け出したのである。
「あっ殿下?!」
「殿下! 何処へッ?!」
周囲の人間が声をあげる中、ハロルドは首尾よく裏口に待機させていた馬で逃げ出した。
「……」
──断罪には失敗したが、駆け落ちをされてしまった。
「キャロル!! ……大丈夫?」
「大丈夫……とは言えないわね」
取り残される形となったキャロルに、親友であり第二王子の婚約者でもある、ノアが駆け寄る。周囲を見回しキャロルはそう答えた。
自分のメンタルはともかく、場内は騒然としている。
王、王妃不在のタイミングで行われたこの夜会──どうやらこれが目的だったようで、ハロルド主催の上、宮廷の重鎮は出席していない。『次代を担う』と言うと聞こえはいいが、まだ社交界に出たばかりの頼りない若者ばかり。
王族ですら頼りにならない。
出席している第四王子殿下はただオロオロしているだけだ。まだ10歳だし、責める気も特にないけれど。
ノアの婚約者であり友人でもあるレヴィウス第二王子は、2人を追いかける指示を近衛に出したあと、慌てながらどこぞへ行ってしまった。 おそらく報告に行ったのだろうが……キャロルへの配慮が足りない。
心配したノアが別室へ誘おうとするのを一旦断り、キャロルは事態の収拾を図った。
(全く馬鹿兄弟なんだから)
そう心の中で舌打ちをしつつ。
配慮はされていないが、別段傷付いてもいないのである。腹立たしいだけで。
階段の一番上…今しがたハロルドがいたところまで自ら登ると、パンパン、と手を叩いた。
「皆様……とんだ余興となりましたがお楽しみいただけましたかしら。 ハロルド様の婚約者、最後の仕事として申し上げます。 どうぞこのまま夜会をお楽しみになって?」
堂々とそう言ってのけると楽団の方にチラリとさりげなく睨みをきかす。慌てて指揮者はタクトを動かし、楽団員もそれに倣った。
場内はまだ騒然としていたが、不思議なもので音楽が鳴り出すと多少はそれらしくなる。
フッとキャロルは鼻で溜息を吐き、この場から去ろうとする。
これにてお役御免だ。
勿論、婚約破棄に異論は特にないし。
この場だけなんとかしてやったのは、最後の情である。野良犬に気紛れで餌を与えるのと同じくらいの。
「お待ちください! キャロライン様!!」
しかし、その矢先に一人の男が階段を登ってきてキャロルに声をかけた為、彼女は足止めを食らってしまった。
今しがた夜会に到着したばかりだというその美青年は、王立騎士団の新星と名高い……エミール・ローガスタ、その人だった。
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