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キャロル視点④『美形の威力を舐めていた』

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私は気付いてしまった。

どうやら私はガチで『照れる』とそれを隠したいが為に暴力的になるようなのだ。

何故今まで気付かなかったか……その理由は簡単。

私は今まで軽くしか照れたことがなかったのだろう。
ハロルドを含め、王子らは皆美形。美形なら見慣れている。そして私は顔の好みにうるさい。
そして曲りなりにも婚約者や候補に選ばれる私だ。自身への賞賛やお世辞にも慣れている。

そして過去の程度の照れなど、私の表情筋に影響を及ぼす程ものではなかった。

そんな私の鉄壁の表情筋を動かす程の『照れ』を経験し、判明したのは『照れる』ということ自体に『照れる』という事実。

表情をおもてに出さないことが有利に働いてきたこれまでの人生で、己の感情に対する致命的な欠点を突きつけられたことは大変なショックと言える。

こんなにショックを受けたのは、かつて『暗黒魔道士ルルノイエ』で彼に恋をした美少年セディが、ゲイなのにも関わらず『彼に愛される為に女になろう』と危険な魔法に手を出して死んだ時以来だ。


ちなみに彼は生き返るが、魔法に干渉されない体となる。
絶望するセディに、美しいものが好きなルルノイエはそっと囁く。
『君はそのままで充分美しい』と。
そう……ルルノイエは美しけりゃ別に男でも女でもイケる人だった。


(ルルノイエ、業が深い……)

そんな事を思い出していたおかげで冷静になれた。

ありがとうセディ。
ありがとうルルノイエ。
……つーか今考えるとセディ、死んだ意味ないな。




本来侍女に頼めばそれで済む花瓶だが、『せっかくいただいたのだから、自分で合わせるものを用意したい』……的なことを言ってとりあえず私は部屋を出た。

この後どうしようか悩めるところだ。
勿論花瓶のことではない。

エミールは今日休みだと言っていた。
今の状態で彼と長時間二人きりでいるのは危険すぎる。主に彼が。
なにしろ油断しているところを花瓶で叩かれかねないのだ。

私はセディではないので、危険な幻術……『ただしイケメンに限る』を黙って受け入れる程、愚かではない。

よくも悪くも己の弱点がわかったのだ。
今後の傾向と対策を立てたいところ。

「……よし、撒こう」

私は決意を固めた。
なんだかんだと理由をつけ、今日のところは彼から逃げ回ろう。
その間に今後のことを考える。

私は花瓶を持ってノアの部屋へと足を運んだ。




まずは彼女に具合でも悪くなってもらおうと思う。
心配をした私が様子を見に行くていで、ノアに今の状況を説明し、今後について相談する──午前中はそんな感じで乗り切りたい。

「悪いんだけど、具合を悪くして? ……それで私になんかしらの相談をしたい、とか適当なことでも言って呼びに来てくれない?」

ノアは私の唐突なお願いには慣れているので承諾はしてくれたが、疑問は口にした。

「今日ローガスタ様がいらっしゃるのではないの?」
「そのエミールと一緒にいたくないからお願いしてるの。 詳細は後で説明する。 不審に思われるのでもう戻らなくては」

せかせかと私が言うと、優しいノアは頷いた。

「わかったわ。 よくわからないけど」




ノアと約束を取り付けた私が急いで部屋へと戻ると、既に朝食の用意がなされていた。

2人の関係は王宮内の公然の秘密というやつなので、基本的に食事は全てこの部屋に運んでくれることになっている。

「遅かったですね?」

美しい笑顔を作ってエミールは言ったが、何やら今までと空気の違いを感じ、私はぎくりとした。

既に不審がられている。

(チッ……時間をかけすぎたか)

「食事にしましょう、キャロル」

そう言って彼は備わっている小さなダイニングテーブルへと私を促す。

沈黙の中、私とエミールは食事をとった。

食事が済み、全ての片付けが終わるとまた部屋に二人きりになった。
彼は何故か私の顔を見ようとはしないまま、リビングのソファへ座る。

「キャロル……貴女も座って? 少し話がしたい」
「……ええ」

ようやく口を開いたエミールの声色は明らかに今までと違う。
私は計画の破綻を予感した。

魔法で監視されていたのだろうか。
だとしたらとんだストーカーだ。

彼を撒こうとしている私にも非はあるが、これは彼が私に謎の暴行を加えられない為でもある。

『照れるのを隠すため暴行を働いてしまうかもしれない』と説明する気がないことは、一旦遠くへ置いておく。
なぜならばそれを説明した時点で、彼の『クソ美形力』に多大なるダメージを食らっている事実を認めなければならなくなる。

そしてそれを説明する時点で既に恥ずかしい。

確実に私はエミールに謎の暴力を振るうだろうと予測される。
そしてその場合、きちんと説明がなされない可能性が高い。

自分がこんなに面倒くさい女だったとは驚きだ。
だが、だからこそ今日のところは彼から逃げる必要がある。

(なんとしてでも逃げる……!)

私はいつでも駆け出せるような態勢を作りつつ、彼の斜め横のソファに浅く腰をかけた。

「……」

話がしたいと言ったくせに、彼が口を開く気配はなく、沈黙が2人の間に流れた。

(そろそろノアが食事を終え、呼びに来てくれる頃ね)

扉を叩く音がして私はすかさず扉の方へ向かったが、エミールに腕を掴まれ、そのまま扉へと身体を押し付けられた。
その結果起ったドンという鈍い音がノックへの返事をした形になり、ノアの侍女が扉をはさんで喋りだした。

「あの、ノア様が倒れられまして……キャロル様を……」
「キャロルは行けなくなった。ノア様にはエミールが『お大事に』と言っていた、とお伝えしてくれ」
「……!!」

私を押さえつけ、口をふさいだままエミールは扉の向こうの侍女にそう答える。

(しくじったか……次はどうするか)

予感通り計画は破綻したので、とりあえず彼のストーカー行為を責めることで話の根幹をスライドさせようと思う。

しかしその前に彼はまた、例の『クソ美形力』を発動させた。

そもそもこの体勢だ。
私に分が悪すぎる。

言ってしまえば腕を掴まれ体を扉に押し付けられた時点で、幻術魔法『ただしイケメンに限る』は発動されていたという事実。

ただしこれは明らかに暴力行為であり、それに対する怒りの方が勝っていれば問題はない……はずだった。

「キャロル……貴女は私とのことを考えてくれているのではなかったのですか……?」

思いっきり泣きそうな顔をしてエミールはそう言った。

大の男が。しかも騎士のくせに。

(……卑怯すぎる)

私は危惧していた通り、彼にすかさずボディブローを食らわしそうになったが、下半身に力が入らず、その勢いで彼にもたれかかることとなった。

私の腰はくだけていた。
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