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婚約破棄はお芝居(※事実)でした。
しおりを挟む「チ……チッチョリーナ・ヴォルグスベルト! お前との婚約を破棄する!!」
第2王子フォスター殿下のその言葉に、ざわり、と夜会会場である城内ホールが揺れる。
名指しされた私……チッチョリーナは誰にも気付かれぬよう小さく舌打ちをした。
──フォスター殿下……甘噛みしやがりましたね?
確かに私の名前は言い辛い。しかしもう12年も婚約者だった上、あれだけ練習したというのに噛むとは。
階段の踊り場での彼の『言ってやったぜ!』とばかりのどや顔がまたイラッとくる。……噛んだくせに。
☆★☆★☆
──丁度半年前の事である。
『話がある』と殿下に呼び出された私は衝撃の事実を聞く。
「リーナ……私は……俳優になりたいんだっ!!!」
「……………………はい?」
一瞬、私の思考は停止した。
なんだか殿下は最近、なにかと噂の男爵令嬢と一緒であり……『彼女の事が好きになってしまった』位のことは言われるだろうと覚悟していた私だが、これは予想の斜め上だ。
「立場上黙っていたが……ジェニーを応援しているうちに、昔抱いた気持ちが抑えられぬように「ちょっとストップ、ストップ」」
一旦話を止めて、順を追って話させる。
その結果わかったことは以下の通りだ。
【男爵令嬢ジェニファー・モルグについて】
・ジェニーことジェニファーは、役者を目指す少女である。
・彼女が色々言われている(主にアバズレ的な)数々の言動は、女優として後押ししてくれる相手を探している為である。
・フォスター殿下に恋愛感情はないらしい。(※ただしこの段階ではフォスター殿下の見解に過ぎないため、後日確認)
【フォスター第2王子殿下について】
・幼児期に舞台を観てから密かに俳優に憧れを抱いていた。
・恋愛感情は互いにないがジェニーの演技の練習に付き合うのや、彼女と舞台や演技についての議論や意見を交わすのは楽しい。
・私のことは憎からず想ってくれているらしい。(※あくまで本人談)
「立場上そんな夢を持つことなど許されぬことは理解している。 ……君が未来の王子妃としての並々ならぬ努力をしてきたこともこの目で見てきた故、今まで気持ちを吐露することが出来なかった。 だがジェニーとの関係を説明するのにそこを省く訳にはいかぬ……」
「はぁ…………」
悩んだ末、気持ちを打ち明けてくれたことに悪い気はしない。
そして私は殿下のことをやはり憎からず想ってはいるが、やはり恋だのなんだのというような感じでもなかった。
彼と私との婚約は幼少の頃に結ばれてしまったものであり、付き合いが長い。ずっと仲の良い幼馴染みの様な関係だった。
なのでジェニーとのことも静観していられたのだ。
「リーナ、そんな訳だ。 勿論他の者に示しがつかない故、ジェニーとは距離を置く。 夢のことも、それこそ単なる『夢』の話だと……」
自嘲気味にフッと口許を小さく歪ませ、小声でそう語るフォスター殿下。
「──殿下……」
そんな彼に初めて私は『ときめき』というものを感じた。
この人の力になってあげたい。
「幸いなことが幾つかございます」
私は殿下に自身の考えを述べ、ある提案をすることにした。
【幸いなことについて】
・この国が内外共に平和であること。
・フォスター殿下が第2王子であること。
・第2王子殿下と私、ふたりの婚約はもともと然したる意味はなく、敢えて言うのであればフォスター殿下に然るべき家柄の女児を早目に婚約させることで、女性絡みのトラブルを未然に防ぐ程度のものであること。
・王太子は勿論、他に優秀な王子、王女がおり、その仲は極めて良好であること。
「つまり……」
「つまり……?」
フォスター殿下は私の言わんとしていることが概ねわかったようで、驚愕と不安に満ちた目でこちらを見た。
「ひと芝居打ちましょう」
──婚約は王命であり、正式な手続きを執ろうとしても難しいことは明白である。まして、第2王子である殿下が『俳優』という夢を持つことなど許されない。
だが、『正式でない手続き』ならばどうか。
しかも、それが『第2王子』という職を剥奪されるようなものならば。
つまり、『公衆の面前での、非公式かつ不当な婚約破棄』。
危険な賭けではあるが『被害者は私』。恩赦を願い出れば話が通る可能性が高い。
殿下は狐につままれたような顔で暫しフリーズした後、猛反対した。
だが、押し切った。
反対の理由が保身からではなく私のことを慮ったものであり、彼の瞳は真剣で嘘がなかったものだから……私は益々ときめいてしまったのだ。
──その先に待っているのが婚約破棄でも構わない。
初めて私は自分の意思で、彼に添いたいと願った。最早私にとってはそれが『妻』ではなく、『パトロン』という形に変わることなど大した問題ではない。
渋る殿下を説得し、ジェニーにも協力を仰ぎ……然るべき段取りの元でこの芝居は行われることとなった。
──しかし誤算がひとつだけあった。
フォスター殿下は大根……つまり演技が下手くそだったのである。
私と殿下はジェニーを交え、幾度となく練習した。
いつも穏やかとはいえ、それなりに社交などの場数をこなしているはずのフォスター殿下だが……何故か台詞となると緊張してしまうようで、とにかく噛む。
一度など「チチチチチチチ」と言ってしまい、「何、囀ってるんですか?!」と突っ込んだ程。
ちなみにジェニーはやはり上手い。
私もジェニーに褒められる程度には。(ただし比べる対象が大根の殿下である為あまり真に受けてはいないが)
他、必要な人員にも話は通してある。
満を持して、然したる重要性はないが国内のみのそれなりの面子が揃った夜会にて、決行することにした。
シナリオはこうだ。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
殿下から誘ったにも関わらず、何故か迎えに来たのはモルグ男爵家長男ジョセフ。困惑しながら(というていで)リーナは彼と共に夜会に赴く。
夜会で王へ挨拶をしようとした矢先、階段の踊り場に立ちはだかった殿下はリーナに冷たくいい放つ。
殿下「チッチョリーナ・ ヴォルグスベルト! お前との婚約を破棄する!!」
リーナ、狼狽するフリをしながら間を持たせる。(臨機応変にアドリブ)
王や王妃の反応を見つつ(確実に聞こえたであろうことを確認)、殿下の後ろで震えているジェニーの合図(袖を引っ張る)で次の台詞。
殿下「お前がここにいる男爵令嬢、ジェニファー・モルグに酷い仕打ちをしたことはわかっているのだぞ!」
リーナ「そんなことはしておりません!」
ジェニー「そうです! 殿下! 全ては誤解なのです!!」
ジェニー、殿下とリーナの間に入る。
殿下とリーナ、呆気にとられた表情で動きを止める。
おそらく王が動き殿下を回収し事を治めようとするであろうが、もし王が動かないようであればそれを機に殿下の側近近衛であるマクスウェルに回収させ、無理矢理ご退場頂く形をとる。
殿下、その後は「全て自分の勘違いだった……」でとにかく押し通す。
その際「リーナを傷付けてしまった故、自分の処遇は全て彼女に任せたい」との旨を溢すこと。
※公爵家に対する責任問題は殿下の固有資産で解決(これは私がなんとか言いくるめる)。そのお金を流用し、劇団を設立。ジェニーを看板女優とし、市井に降った殿下は俳優としての勉強をする。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
……以上である。
上手くいくかは謎でしかない。
大分無理目の杜撰な計画である気はしているが、やってみせる。
★☆★☆★
そして現在に至る訳だが、まぁ、フォスター殿下にしてはとりあえず及第点……いや合格点だ。
はからずしも、どや顔がいい感じの効果を出している。そしてそれに対する若干の苛つきや呆れは、私の役どころ『不本意で唐突な婚約破棄を突きつけられた婚約者』の表現にも一役買っていることだろう。
だが、殿下にアドリブを振るのは不安なので後ろのジェニーに振ることにする。
「……夜会にお誘いくださったのに迎えに違う者を寄越したのも……全て後ろの彼女が原因ですのね?」
震えながらジェニーは適当にアドリブを返すだろう……そう思っていた私だったが、なんとジェニーは背筋をしゃんと伸ばし、堂々と殿下の前に踊り出ると高らかに指を鳴らした。
鳴り出す音楽。
更にざわつく人々。
「…………っ!?」
ちょっと待って!
こんなの聞いてないわ!!
ジェニーは私に向けて笑みを作るとすっと斜め後ろへと下がる。その空間を埋めるように優雅に歩を進めた殿下が私の前に手を差し出した。
その表情に幾ばくかの緊張は感じられたがまごうかたなき笑顔。
「リーナ、手を」
「……殿下、これは」
訳がわからぬまま手を取ると、踊り場の中央まで連れていかれる。そこにはなにか箱を抱えたマクスウェルが傅いていた。
これは…………!!
その少し後ろで佇んでいたジェニーが歌い出す。
美しいソプラノ。
何故音楽が鳴り出したときに気付かなかったのか……
この曲は我が国の結婚式で歌われる、最もポピュラーな曲であることに……!
マクスウェルが箱の蓋を開けるとそこには黄色味がかった大粒の真珠にダイヤに囲まれたそれは見事なサファイアのネックレス……これは、殿下の色だ!
「婚約は破棄だ、リーナ。 非公式だが今日からは我が妻として側にいてほしい」
「…………!!」
驚きと喜びと理解の追いつかなさでオタオタする私だったが、よくわからないまま喜びが勝ってしまったようで……
気付けば頷いており、首にネックレスをかけられていた。
曲が終わるとジェニーは更に上にいらっしゃる王と王妃の方へカーテシーをする。
それを暫くぼんやりと眺めていたが我に返って私もカーテシーをすると、おふたりはにこやかにこちらをご覧になりながら拍手をし出した。
私と同様に呆気にとられていた会場全体がいつのまにか拍手に包まれる。
「皆の者、我が息子フォスターの悪ふざけにお付き合いいただき感謝する。 フォスターは皆の娯楽の1つである舞台に力を入れようと考えており、この先驚くような演出を試みるつもりでいる。 婚約者であるチッチョリーナもそれに協力的であり、早い婚姻をフォスターが望んでいることからこんなサプライズを思い付いたようだ。 お楽しみいただけたかな?」
王のその言葉で会場は沸いた。
最早呆気に取られているのは私だけ。
「……殿下、これは」
「踊ろう、リーナ。 まだ非公式だが王も認めた私の妻として。……嫌?」
「…………ズルいわ、そんな言い方」
嫌な訳がない。
嫌な訳はないが恨みの篭った目で殿下を見つめると、彼は悪戯の成功した子供のようにニヘ、と笑う。ふたりで歩き出すと周囲が暖かい目を向けながら避けてくれるものだから、ダンスフロアの一番良い位置につくことになった。
踊りながら彼に尋ねる。
「……いつから?」
「まぁ……始めからかな。 無茶苦茶過ぎる計画だというのに、君が聞かないから」
「……」
言葉を失って視線を落とす私を少し乱暴にリードしてから、支える手に力を込めて彼は言った。
「でも、嬉しかったんだ」
顔を上げるとほのかに頬を紅潮させた殿下と目が合い、微笑んだ彼は囁くように続ける。
「あのとき私はどうしようもなく君が好きだと思った。 それからは色々大変だったけれど、楽しかった。 君との稽古も含めてね」
「殿下……」
「フォスターと」
照れる私をからかうように笑いながら、軽快なリードは続く。
「元々君に親愛は抱いていたが、こんな気持ちは初めてだった。 どんな舞台を観たときよりも、熱く身体が脈打つのを感じたんだ」
──私達は似た者同士なのかもしれない。
しかし『いかにも王子様』的な御面相に反して甘い言葉など囁けないタイプのフォスターだ。そんな言葉など聞くとは思ってもみなかった私の体温は急激に上がり、思わず嫌味を口にした。
「……そんな台詞が貴方から出てくるなんて……」
おそらく真っ赤になっているであろう私の嫌味などまるで意味をなさず、フォスターはこれみよがしに取っている私の手の甲に口付けこう返す。
「台詞じゃないさ。 残念ながら私は演技が下手だからね」
──『俳優が向いてないとわかったのも良かったよ』
最後に彼が冗談とも本気ともとれる感じでそう溢したのには、不覚にも笑ってしまった。
今回の儀式はあくまで非公式である。
式は予定通り来春だ。
そしてお芝居はこれからのパフォーマンス。
ふたつの意味での新しい舞台の為に、力を合わせていくことの宣言となったのだった。
応援ありがとうございます!
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