25 / 27
アンナとヒースの愛のかたち
3
しおりを挟む
「ヒース!」
アンナはヒースを探した。こんなことが前にもあった。でも、あのときと今、なんて状況が違うのだろう。
「アンナ様」
バルザックの声に、アンナは足を止めた。バルザックは涙でぐしゃぐしゃのアンナを見て、いたたまれないような顔をした。
「アンナ様。恐れながら言わせていただきます」
「どうかしたの、バルザック? 私、今、ヒースを探していて……」
「はい。存じております。ヒースクリフ殿は、先ほど庭園の方へ行かれました」
「ありがとう、バルザック」
「アンナ様」
急いで行きたかったが、アンナはバルザックの声の様子に再び足を止めた。
「バルザック?」
果たしてヒースクリフはそこにいた。大きな体を丸めるように膝を抱えて空を見ていた。
「ヒース!」
呼ばれたヒースクリフはアンナを振り返って弱々しく微笑んだ。
「アンナ様……」
その消え入りそうな笑顔を見るとアンナは心がきゅうと痛んだ。
「え、えっと、ヒースクリフと呼んだ方がいいのかしら」
「いえ、ヒースで構いません」
「じゃあ、ヒース。貴方は王子なんでしょう? 私に敬語を使う必要はないわ」
アンナの言葉に、
「アンナ様、と呼び慣れていたので、こちらの方がしっくりくるのです」
とヒースクリフは言った。
アンナはヒースクリフの隣に腰をおろした。
「空を見上げるのは癖なの?」
「ええ。自分ではどうしようもない感情を空は受け止めてくれる気がして」
ヒースの声でヒースクリフは言う。
「ヒースの今の感情は?」
「……複雑です。命は救われましたが、愛しい人に嫌われてしまったみたいで……」
悲しげなヒースクリフの声にアンナは胸が苦しくなった。
「わ、私は嫌ってなんかはいないわ。ただ、そう、私も複雑な気持ちなだけで」
「そうですか。なら、良かったです。少し」
ヒースクリフは先ほどとは違う、ほっとした笑顔を見せた。アンナはそのヒースクリフの顔をまじまじと見た。
「犬だった時より、分かり易いわね、ヒースの表情」
「そうでしょうか?」
「そうよ? でも私は犬だったヒースの気持ちも汲み取れたわ」
「そうでしたね」
ヒースクリフは今度は嬉しそうに微笑んだ。アンナは動悸がして、首を傾げた。
「どうかされましたか?」
「さっきから胸が苦しかったり、動悸がしたりと忙しいのよ」
ヒースクリフは目を瞬かせて、次の瞬間笑った。
「それは、大変ですね」
ちっとも大変そうに言わないヒースクリフに、アンナは、
「ヒースは意地悪ね」
と拗ねた。
「アンナ様は、私に口付けをしたこと、後悔なさってますか?」
ヒースの問いに、アンナは困ってしまった。
「私はヒースに側にいて欲しかったのよ。でも、結果的に犬のヒースは消えてしまった。だから寂しいのよ。でも、ヒースの命を救えた点で言えば、後悔はないわ」
ヒースクリフは優しく頷いた。
「そうですよね。いきなり姿が変われば戸惑うのも当然ですし、犬のヒースが消えたと感じるのも無理はない。でも後悔はされてないとのこと、少し安心しました」
ふたりは並んで座って晩秋の青空を眺めた。海とも湖とも違う透き通った輝く青。
お互い思うところはあったが言葉にするのが難しい。
「空がこんなに綺麗だと気づかせてくれたのもヒースだったわね」
ぽつりとアンナが呟いた。
「一緒に夕日が沈むのを見たのを覚えていますか?」
「もちろんよ! あまりにも美しくて切なくなったわ」
アンナは懐かしそうに目を細めた。ヒースと一緒に過ごした日々は全部覚えている。きらきらした楽しい日々。
「私とヒースは一緒に色んな経験をしたわ。楽しかった」
「過去形ですか? 私はここにいるのに」
アンナはヒースクリフの言葉に、隣に座る彼を見た。不細工な犬だったとは思えない、整った顔。このヒースクリフが犬のヒースだと言われても、やはり心が理解を拒んでしまう。でもヒースクリフはアンナと思い出を共にしているのだ。そして外見は違えど中身は同じなのだ。
「ヒース。私はヒースが居なくなって悲しい。人間の貴方がいてもその悲しさは消せないわ」
アンナの言葉にヒースクリフは悲しげに頷いた。
「でも、ヒースとの思い出をなくすのはもっと悲しい。貴方はヒースだから私との時間を覚えている。だから、一緒に思い出話ができる。そうよね?」
「そうですね。私はヒースですから」
アンナはヒースクリフをもう一度じっと見つめた。
「貴方は犬じゃないから、クッションの上では寝られないわ。他にも犬の時とは色々変わるわ」
ヒースクリフはくすくすと笑って頷いた。
「もう! 真面目に言ってるのよ?!」
アンナはヒースを探した。こんなことが前にもあった。でも、あのときと今、なんて状況が違うのだろう。
「アンナ様」
バルザックの声に、アンナは足を止めた。バルザックは涙でぐしゃぐしゃのアンナを見て、いたたまれないような顔をした。
「アンナ様。恐れながら言わせていただきます」
「どうかしたの、バルザック? 私、今、ヒースを探していて……」
「はい。存じております。ヒースクリフ殿は、先ほど庭園の方へ行かれました」
「ありがとう、バルザック」
「アンナ様」
急いで行きたかったが、アンナはバルザックの声の様子に再び足を止めた。
「バルザック?」
果たしてヒースクリフはそこにいた。大きな体を丸めるように膝を抱えて空を見ていた。
「ヒース!」
呼ばれたヒースクリフはアンナを振り返って弱々しく微笑んだ。
「アンナ様……」
その消え入りそうな笑顔を見るとアンナは心がきゅうと痛んだ。
「え、えっと、ヒースクリフと呼んだ方がいいのかしら」
「いえ、ヒースで構いません」
「じゃあ、ヒース。貴方は王子なんでしょう? 私に敬語を使う必要はないわ」
アンナの言葉に、
「アンナ様、と呼び慣れていたので、こちらの方がしっくりくるのです」
とヒースクリフは言った。
アンナはヒースクリフの隣に腰をおろした。
「空を見上げるのは癖なの?」
「ええ。自分ではどうしようもない感情を空は受け止めてくれる気がして」
ヒースの声でヒースクリフは言う。
「ヒースの今の感情は?」
「……複雑です。命は救われましたが、愛しい人に嫌われてしまったみたいで……」
悲しげなヒースクリフの声にアンナは胸が苦しくなった。
「わ、私は嫌ってなんかはいないわ。ただ、そう、私も複雑な気持ちなだけで」
「そうですか。なら、良かったです。少し」
ヒースクリフは先ほどとは違う、ほっとした笑顔を見せた。アンナはそのヒースクリフの顔をまじまじと見た。
「犬だった時より、分かり易いわね、ヒースの表情」
「そうでしょうか?」
「そうよ? でも私は犬だったヒースの気持ちも汲み取れたわ」
「そうでしたね」
ヒースクリフは今度は嬉しそうに微笑んだ。アンナは動悸がして、首を傾げた。
「どうかされましたか?」
「さっきから胸が苦しかったり、動悸がしたりと忙しいのよ」
ヒースクリフは目を瞬かせて、次の瞬間笑った。
「それは、大変ですね」
ちっとも大変そうに言わないヒースクリフに、アンナは、
「ヒースは意地悪ね」
と拗ねた。
「アンナ様は、私に口付けをしたこと、後悔なさってますか?」
ヒースの問いに、アンナは困ってしまった。
「私はヒースに側にいて欲しかったのよ。でも、結果的に犬のヒースは消えてしまった。だから寂しいのよ。でも、ヒースの命を救えた点で言えば、後悔はないわ」
ヒースクリフは優しく頷いた。
「そうですよね。いきなり姿が変われば戸惑うのも当然ですし、犬のヒースが消えたと感じるのも無理はない。でも後悔はされてないとのこと、少し安心しました」
ふたりは並んで座って晩秋の青空を眺めた。海とも湖とも違う透き通った輝く青。
お互い思うところはあったが言葉にするのが難しい。
「空がこんなに綺麗だと気づかせてくれたのもヒースだったわね」
ぽつりとアンナが呟いた。
「一緒に夕日が沈むのを見たのを覚えていますか?」
「もちろんよ! あまりにも美しくて切なくなったわ」
アンナは懐かしそうに目を細めた。ヒースと一緒に過ごした日々は全部覚えている。きらきらした楽しい日々。
「私とヒースは一緒に色んな経験をしたわ。楽しかった」
「過去形ですか? 私はここにいるのに」
アンナはヒースクリフの言葉に、隣に座る彼を見た。不細工な犬だったとは思えない、整った顔。このヒースクリフが犬のヒースだと言われても、やはり心が理解を拒んでしまう。でもヒースクリフはアンナと思い出を共にしているのだ。そして外見は違えど中身は同じなのだ。
「ヒース。私はヒースが居なくなって悲しい。人間の貴方がいてもその悲しさは消せないわ」
アンナの言葉にヒースクリフは悲しげに頷いた。
「でも、ヒースとの思い出をなくすのはもっと悲しい。貴方はヒースだから私との時間を覚えている。だから、一緒に思い出話ができる。そうよね?」
「そうですね。私はヒースですから」
アンナはヒースクリフをもう一度じっと見つめた。
「貴方は犬じゃないから、クッションの上では寝られないわ。他にも犬の時とは色々変わるわ」
ヒースクリフはくすくすと笑って頷いた。
「もう! 真面目に言ってるのよ?!」
0
あなたにおすすめの小説
独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。
猫菜こん
児童書・童話
小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。
中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!
そう意気込んでいたのに……。
「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」
私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。
巻き込まれ体質の不憫な中学生
ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主
咲城和凜(さきしろかりん)
×
圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良
和凜以外に容赦がない
天狼絆那(てんろうきずな)
些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。
彼曰く、私に一目惚れしたらしく……?
「おい、俺の和凜に何しやがる。」
「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」
「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」
王道で溺愛、甘すぎる恋物語。
最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。
【完結】森の中の白雪姫
佐倉穂波
児童書・童話
城で暮らす美しいブランシュ姫。
ある日、ブランシュは、王妃さまが魔法の鏡に話しかけている姿を目にしました。
「この国で一番美しく可愛いのは誰?」
『この国で一番美しく可愛いのは、ブランシュ姫です』
身の危険を感じて森へと逃げたブランシュは、不思議な小人たちや狩人ライと出会い、楽しい日々を送ります。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
【奨励賞】おとぎの店の白雪姫
ゆちば
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 奨励賞】
母親を亡くした小学生、白雪ましろは、おとぎ商店街でレストランを経営する叔父、白雪凛悟(りんごおじさん)に引き取られる。
ぎこちない二人の生活が始まるが、ひょんなことからりんごおじさんのお店――ファミリーレストラン《りんごの木》のお手伝いをすることになったましろ。パティシエ高校生、最速のパート主婦、そしてイケメンだけど料理脳のりんごおじさんと共に、一癖も二癖もあるお客さんをおもてなし!
そしてめくるめく日常の中で、ましろはりんごおじさんとの『家族』の形を見出していく――。
小さな白雪姫が『家族』のために奔走する、おいしいほっこり物語。はじまりはじまり!
他のサイトにも掲載しています。
表紙イラストは今市阿寒様です。
絵本児童書大賞で奨励賞をいただきました。
転生妃は後宮学園でのんびりしたい~冷徹皇帝の胃袋掴んだら、なぜか溺愛ルート始まりました!?~
☆ほしい
児童書・童話
平凡な女子高生だった私・茉莉(まり)は、交通事故に遭い、目覚めると中華風異世界・彩雲国の後宮に住む“嫌われ者の妃”・麗霞(れいか)に転生していた!
麗霞は毒婦だと噂され、冷徹非情で有名な若き皇帝・暁からは見向きもされない最悪の状況。面倒な権力争いを避け、前世の知識を活かして、後宮の学園で美味しいお菓子でも作りのんびり過ごしたい…そう思っていたのに、気まぐれに献上した「プリン」が、甘いものに興味がないはずの皇帝の胃袋を掴んでしまった!
「…面白い。明日もこれを作れ」
それをきっかけに、なぜか暁がわからの好感度が急上昇! 嫉妬する他の妃たちからの嫌がらせも、持ち前の雑草魂と現代知識で次々解決! 平穏なスローライフを目指す、転生妃の爽快成り上がり後宮ファンタジー!
少年騎士
克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる