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君と僕
しおりを挟む雨が降っていた。
最近、降る度に何十年に一度の大雨を更新している気がする。けれどその日、雨は地面を静かに濡らしていた。
***
下校時刻になり、傘を持たなかった僕は灰色に滲む空を見上げた。駅までさほど遠くない。このくらいの雨なら走ろうと思った時だった。
「傘、入る?」
背後からの声にどきりとした。それは彼の声だったからだ。僕は少し躊躇ったけど、振り向いて、
「ありがとう」
と返した。
相合傘だ、なんて思ってるのは僕だけだろう。
「土砂降りじゃなくて良かった」
「そうだね」
会話が続かないのがもどかしい。
僕は雨が傘に当たって立てる音を聞いていた。
「二学期から普通高校に行くんだってね」
沈黙を破ったのは彼だった。
誰から聞いたのだろう。
「うん……」
「なぜ?」
僕は答えに窮してしまった。
彼は理由を知るはずがない。
そう思っても僕は不安で胸が潰れそうだった。
「僕は神父にはなれないからだよ」
考えて答えた僕に、
「それはあの手紙のせい?」
と彼は言った。
僕の足が止まった。
誰にも見られてはならない手紙だった。彼への想いを綴った、自己満足の手紙。
渡そうなんて思ってはいなかった。けれど捨てることもできず、僕は持ち歩いていたのだ。
好きという感情が溢れそうになる時、僕はポケットの手紙に触れた。僕の気持ちがなくなるわけではない。それでも手紙という形になった想いは、僕から切り離されたような錯覚を覚えて、僕は平静を保つことができた。
本来、好意というものは素晴らしいものだ。けれど僕のこの気持ちは抱いてはならないものだ。
神学校にいるからこそ、そう強く思うようになった。
ところがその手紙がなくなった。
誰の手に渡ったかわからない恐怖。僕の恋心がみんなに知れ渡る恐怖。
我慢して慎重に作り上げていた僕の日常が壊れる前に、学校を辞めるしかない。
それが僕が出した結論だった。
「ごめん。その、君の字だと分かる前に読んでしまったんだ」
彼の言葉に、世界が終わったと思った。
「……君が持っているの?」
声が震えた。僕は彼の顔を見ることができずに視線を落とした。
「うん……。掃除の時落ちてたのを拾ったんだ。誰にも見せていない。きっと僕だけしか知らないはずだ」
「気持ち、悪いだろう? 僕は罪深い人間なんだ」
泣きたいのに僕は笑っていた。
「あの手紙の『君』は……僕のことだね」
なんだ。もう全てばれてしまっているんだ。
僕は顔をあげて、彼を見た。
「そうだよ。僕は君が好きなんだ。だからここには居られない」
「……ごめん。僕は君の気持ちに応えることができない。でも、気持ち悪くなんかないよ?」
「本当に?」
「本当だよ。君が転校するのはとても寂しいよ」
僕は目から涙が溢れるのを抑えられなかった。
「お互い別々の道を歩むけれど、頑張ろう。僕と君はずっと友人だ。これからもよろしく」
彼はそう言って手を差し出した。
残酷で優しい言葉。
僕は友人であることを望んでいないし、僕たちは学校が変わればもう会うことはないだろう。
それでも、僕はその言葉に救われた。
「ありがとう。これからもよろしく」
僕は彼の手を堅く握り返した。
***
雨が降っていた。
友人から今日が彼の叙階式だと聞いた。
僕はあの日返してもらった手紙を手にしていた。
「僕も君が好きだ。けれど僕は神父になりたいんだ」
彼の字があった。
彼は夢を叶えた。
「おめでとう」
僕は灰皿に手紙を入れて、火をつけた。
了
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