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雨よ、降れ!
しおりを挟む「振った? って紗季を?」
信じられない気持ちで恭史《やすし》に聞き返して、俺は足を止めた。
「ああ。まあ、仕方なくね? 紗季って一途過ぎて重いっていうか、怖いっていうか」
それが紗季の魅力だ。紗季は純粋で、真っ直ぐで。
「他に女できちゃったし」
悪びれもない恭史の言葉に、俺の心が悲鳴をあげた。首筋がぞわりとし、歯を強く噛み締める。
何で……!
いや、分かっていた。こいつが顔ばかりがよくて、軽いどうしようもない男だと。それでも高校からの付き合いで俺にとっては友人だった。何より、紗季がこいつを好きなのだから仕方ないと自分に言い聞かせた。
紗季……!
こんな日が来るなら、俺は大事な幼なじみをこいつに引き合わせるなんてしなかったのに。
「紗季はお前にはもったいない」
俺の低く暗い声が漏れた。
「え?」
……
振り返った恭史の腹に、俺は取り出したナイフを両手で差し込んでいた。
「なっ?」
なんだ。簡単なことだったんだ。
現実感のない頭で辺りを見回す。
誰かに見られては……いない。
人が、いない?
「うう……」
恭史の呻き声に、俺はナイフを引き抜いた。鮮血が溢れ出す。あっという間に地面に血溜まりができた。視界が赤に侵されていく。
逃げなければ。
ーー雨よ、降ってくれ!!
全ての証拠を消し去ってくれ!
この現実を洗い流してくれ!
俺は願いながら走った。
あれ、ナイフはどこに置いてきた?
……
「耕介? 何か言ったか?」
恭史が振り返って俺を見ていた。
俺ははっとした。
なんだ、白昼夢か。
「……いや、何も」
「耕介は紗季はどうなんだよ? 幼なじみを好きになるってよくあるじゃねえか。お前も真面目だし、ちょうどいいんじゃね?」
「は」
乾いた笑いが込み上げてきた。
きっと口が歪んでいるだろう。
本当、殺してやりたい。
俺はなんでこんな奴とダチやってるんだ。
いつか。いつかこいつが不幸になるのをそばで見てやる。
ーー雨よ降れ!
今は俺のこの殺意を鎮めてくれ。
了
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