ひとこま ~三千字以下の短編集~

花木 葵音

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氷の王子の秘密の炎

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 彼は氷の王子と呼ばれている。

 高校生男子にしては華奢な身体と、それこそ見る者を凍らせてしまうような中性的な美しい容姿は人目をひかずにはいられない。

 だが、彼が氷の王子と呼ばれているのは、その美麗な容姿からだけではない。

 彼の漆黒の瞳からは何の感情のカケラも見いだすことは難しい。彼の周りだけまるで三度温度が低いのではと思わせる雰囲気を彼は常に纏っている。

 それに加えて女子に対する冷酷な態度がある。
 彼は勿論その容姿から女子にもてたが、それはそれは冷ややかな目をして相手を振り、その後何もなかったような無表情な顔で教室に戻ってくる。


 誰も彼の心を溶かすことなどできない。


 そういう全部のことをひっくるめてついた呼び名なのだと僕は思う。



 僕がそんな彼に興味を抱いたのは、彼が氷の王子だからではなかった。いや、そう言うには語弊があるかもしれない。氷の王子である彼がとった彼らしからぬ態度を偶然目にしたからだ。


 彼は頭脳も明晰だったため、試験の度に高得点をとっていた。
 ところがその試験は彼にしては点が伸びなかったようだ。
「冬木 聖。
 次回はまた期待してるぞ」
 数学教師の上田が答案を渡した。ひょろりと背だけが高いまだ若い教師だ。
 氷の王子である彼は何の感情も浮かべず、スッとその答案を受け取ると思われた。

 しかし、その時の彼は違った。

 僕は一番前の席だったから、その時の彼が横目に見えてしまった。
 彼の黒い瞳には激しい炎が宿っていた。見る者まで揺さぶられるような熱い視線で上田を見返していたのだ。
 よほど悔しかったのだろう。



 僕は氷の王子の意外な一面に好奇心をくすぐられずにはいられなかった。僕はそのときから彼を観察するようになった。


 そして、僕の予想は大きく外れていたことに気付かされることになる。

 彼の目に相手を焼き殺しかねない炎が宿るのは、ある時だけだと気が付いた。
 数学教師の上田が彼の名を呼んだ時だけだと。

 答案を受け取るときに見せた瞳は悔しさからではなかったのだ。



 僕はその炎の理解がなかなかできなかった。氷の王子が見せる対極の表情。
 彼が上田に反抗心を持っているからだと暫くは思っていた。


 だが、観察を続けるうちにある一つの結論に辿り着いた。

 彼の目に燃えるのは情欲の炎だと。

 そう、怒りではなく、狂おしいような切なさが混じった炎なのだ。



 上田以外には絶対向けられないその視線。
 僕はその目を見る度に心が騒めくのだった。


 こんな目で真正面から見つめられて耐えられる人間がいるのだろうか。きっと炎に心を焦がされてしまう。



 そして、僕の予想は間違っていなかった。

 上田に氷の王子の熱い想いは感染ってしまったようだ。


「冬木」
 上田が彼を呼ぶ時の声のトーンが上がるようになった。僕はその上田を盗み見る。そして絶望的な思いにかられた。
 上田の冬木を見る目にも同じ炎が宿っていたのだ。




 やめればいいのに、見てしまう。
 二人が視線を交わす時、お互いを搦めとるような炎が揺れ、そこだけ時間が止まったかのようになる。



 僕の心の奥底が、そんな二人に気付くたびにチリチリと焦げていく。


 相手は男子だ。そう何度も自分に言い聞かせても、氷の王子の目に宿る熱い炎に焼き尽くされたいと思っている自分に気がつき、僕は動揺した。



 そして。
「そんな目はしない方がいい。君が想いを周りに知られたくなければ」

 上田を見ている冬木に、僕はとうとう声をかけてしまった。

 彼はゆっくりと僕の姿を認めた。上田に向けられるのとは違う、冷たい凍えるような瞳が僕を射た。

「忠告どうも」

 彼は冷えた声でただ一言言った。



 その時、自分がどんな目をしていたかはわからない。
 ただ、僕を見る冬木の瞳にあの相手を狂わす炎は宿ってはくれないのだ、とはっきりと分かり、僕は酷く落胆した。落胆して、またチリチリと心が火傷をしたように痛むのを感じた。


 認めたくない。しかし。



 僕も感染してしまったのかもしれない。倫ならぬ恋に。


                                        了
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