ひとこま ~三千字以下の短編集~

花木 葵音

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憎い人

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 桜が散った。 
 今年暖かい日が急に訪れて、桜は満開になった。だが、花冷えというのだろうか。 冷たい雨にさらされ、ほんの数日で散ってしまった。それは幻だったかのように。
 それから少し経った時だった。
 買い物帰りに、ふとミニ薔薇が咲いているのを見つけた。

 その姿は可憐ではあったが、一見では他の花と見間違うようであった。
 ミニ薔薇は、やはり薔薇には正直劣る気がした。でもそれはそれで、ただ、私はその花を美しいと思えることに安堵した。

 そう、薔薇が咲き誇る季節、薔薇は鬱陶しいばかりに、その美しさを私たちに、否、私に押し付けれる。
 薔薇は時期を選んで咲いていると思うのは私だけだろうか。 五月、春の花が静まったあと、新緑の季節に、太陽の光を全身で浴びて、華やかさを惜しみなくアピールする。その姿、色香は完璧。薔薇が嫌いというわけではない。むしろ、最も好きな花である。だが。
 この香、花を見ていると狂おしいほどの想いが蘇る。

「貴方は元気でしょうか?」

 私の心に変わらぬ姿で浮かぶ貴方の姿。そのせいで、この、幸せになれるはずの香は、幸せではなく、切なさを運んでくる。もう、忘れたはずなのに。愛していない、恋していない。はず。 なのに。叶わぬとわかっていた片想いだったからだろうか。 この香に想いが呼び起こされる。

「君の一番好きな花を贈るよ」

 そう言って、薔薇を贈ってくれなかった貴方。薔薇の花言葉は「愛してます」だったはず。貴方が贈ってくれるわけなかったのだ。重い鉢植えの、値段だけがやけに高い花は、花が咲かなくなった。そう、貴方は、私の思いを枯らすために、わざと育てにくい花を選んだのね。「幸福が飛んでくる」なんて嘘ばっかり。嫌味なひどい人。

 こんなはずではなかった。
 長年抱えていた行き場のない想い。それは叶わないと知っているからこそ、引きずっていたと思っていた。
 やっと好きな人ができて、貴方が他の女性と話すのを見ても、心に波風が立たなくなって、正直ほっとした。やっと開放されたと思った。

 でも。
 なぜあのときあんなことを思い立ったかはいまだに分からない。
「私、貴方のことが好きだったんですよ」
 過去形の告白。いったい何がしたかったのだろう。
 貴方は少しだけ驚いた顔をして、そして、微笑んだ。
「それは光栄ですね」
 その顔を忘れない。そう言って、数年ぶりに見た貴方の笑顔は、いつもの自信に満ちたものではなく、儚いものだった。

 私は思った。これで貴方はきっと私を忘れないだろう。
 そう思うと、意地悪な気持ちと、嬉しい気持ちが私の中で溶けあった。ある意味、快感でさえあった。 そして、私はその気持ちを抱えたまま、嬉々としながら、当時好きだった人へ「好き」という気持ちだけを注いだ。
 「好き」という感情に飲まれて、私のあの奇妙な感覚は消えていった。それでいいと思ったし、そうでなければならなかった。
 貴方に片想いをしていたときほど、苦しく、でも幸せなときはなかったから、それに縛られるのは嫌だったのだ。過去のこととして、綺麗な思い出になればいいと思っていた。なのに。

 貴方の次に好きになった人は。好きという勘違い。憧れに近かったのだと思う。距離があった。外から眺めるだけの、一方的な恋。なのに、彼を知っている、と思い込んで、虚像に恋をしていた私。近づけば近づくほど、そのギャップに私の心は混乱した。それと同時に、貴方への想いはじわじわと蘇ることとなった。正直誰が好きなのかわからなくなっていたし、でも、二人に対するそれぞれの想いは、似て非なるものだと思った。だが、結局心の中に残ったのは、貴方への想いだった。

 薔薇は私の最も好きな花。 でも、最も憎い花。
 その香りで思い出させないで。薔薇が綺麗に咲く時期は貴方の誕生日の季節。嫌でも貴方を思い出す。

 くだらない。なぜ幾年もたった今なのに、なぜその日を忘れられないのか。私には関係のない日なのだ。なのに。こんなにも胸が疼く。薔薇の香が、頭を支配し、まるでそれに酔ったように、心に貴方を好きだった頃の想いを蘇らせる。違う。こんなのを望んだのではなかった。逆なはずだった。でも、きっと貴方は私を忘れ、私だけがこんな狂おしい想いに駆られているに違いない。薔薇。大好きなのに。大好きなだけだったのに。

 そして今年も薔薇の季節がやってきた。 変わらず薔薇は美しい。

 私は、そばの薔薇を手折って、鼻を押し付けた。濃厚で高貴な香りが私のすべてを支配する。 本当に美しく、憎い花。私は貴方への想いを断ち切るように、その薔薇の花を掴み、花を散らした。この花が貴方から贈られてくることは一生ないのだから。        

          了
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