白銀オメガに草原で愛を

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草原

11.神秘とふわふわ

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 傍らにある温かさに気がついて、ユクガはぼんやりと目を開けた。上掛けを引っ張り上げてかぶり直し、抱き心地のいい体を引き寄せる。冬の朝は寒い。

「ん……」

 起こしたか。
 そっと視線を落としたが、銀色の睫毛は閉じられたままだった。指通りのいい髪をそっとかき上げ、美しい顔がよく見えるようにする。
 今日も、キアラは愛らしい。

 冬の間の集落を形成してしばらく経ち、明日は新しい年を迎える日だ。前後数日は狩りを取りやめ、潔斎期間に入る前に絞めた羊と保存食で過ごさなければならない。
 そのため、羊を放牧地に連れていくという仕事はあるものの、ユクガは普段よりゆったりとした生活を送っていた。
 例えば、寝入っているキアラを飽くことなく観察する時間が豊富にある。

 本当は、本格的な冬が来る前にキアラの寝床も調達する予定だったのだが、一緒に寝ると温かいなどとキアラが言うので、二人で床に入れるうちはまあいいかと妥協してしまった。おかげでユクガのほうも温かく眠れてはいるものの、キアラの香りが常に鼻をくすぐってくるので、毎晩少し遠出をしてから寝る羽目にはなっている。

 そのキアラにはまだヒートを迎える兆候もなさそうだが、少し背が伸びて、体つきもしっかりしてきたように思う。ヨラガンの女より華奢な印象は変わらないものの、ユクガが軽く力を入れたら折れてしまいそうな細さはなくなり、走り回ったり、ちょっとした力仕事をしたりする肉はついてきた。
 顔つきはまだ子どもらしさを残しているが、ふとした瞬間の表情はぐっと大人びて、神秘性と色気が増してきている気がする。

 おかげでユクガは、少々牽制に忙しい。

 さすがにククィツァはキアラに手を出そうとはしないが、集落の他の男たちは違う。キアラが何か困っていると率先して手伝ったり、用もないのに話しかけたりするものが多い。キアラは相手の厚意を純粋に受け取るので、助けてもらえば笑顔で礼を言うし、話しかけられれば素直に応じてしまう。下手をすれば独り身の男のユルトに引きずり込まれかねず、ベルリアーナやイェノア、他の女たちに慌てて守られたこともあったと聞いている。
 それがキアラ自身の魅力なのか、オメガという第二性ゆえの性質なのか定かではない。しかしキアラが人を惹きつけるという事実は変わらないし、ユクガにはキアラを他の男に持っていかれる気はなかった。出かけずに済む日はなるべく傍に置き、出かける日であっても、出がけに抱きしめたり出迎えのキアラの頬に口づけたり、せっせと周囲に知らしめている、つもりだ。効果のほどはわからなくとも、キアラが都度嬉しそうにしているので、それでいい。

「……ゆくが、さま」

 舌足らずな声に呼ばれ、ユクガは薄氷のような瞳が開かれる瞬間を見逃したのに気がついた。

「おはよう、ございます」
「……おはよう」

 答えると、ふわりと微笑んでユクガの顔に手を伸ばしてきて、両手で頬を包んでくる。目覚めたとき、ユクガが傍にいるのがよほど嬉しいらしい。

「食事にするぞ」
「……もう少し、このままではいけませんか」

 それには返事をせず、ただ起き上がりかけていた体を寝床に収め直すと、キアラがいそいそと体を寄せてきた。甘やかしている自覚はある。

「明日から、新しいとし、なのだと聞きました」
「そうだな」
「新しいとし、を、お迎えするために、今日は夜通し火を焚くのですよね」
「そうだ」

 年替わりの日には、夜が最も長くなる。その闇に紛れて現れる悪しき精霊が集落に寄りつかないよう、一晩火を絶やさず燃やし続ける慣わしがあるのだ。新年の朝日を迎えるまで、集落のものが交代しながら見守ることになっている。

「ずっと起きていなければなりませんか」
「眠ければユルトに戻っていい。俺も合間に寝る」

 ククィツァとユクガは集落の中心人物なので、炎を守る役目を率先して務める予定だ。しかし、イェノアやキアラがそれに付き合う必要はない。

「……ユクガ様のお傍にいたいです」
「……俺は、お前の寝顔を誰にも見せたくない」

 キアラの頬が、ほんのりと染まる。その隙にユクガが起き上がると、あ、と残念そうな声がした。

「そろそろ起きなければ、羊が騒ぐ」
「……はい」

 寝間着から手早く着替えると、ユクガはキアラの行李を開けた。ほとんどがイェノアの仕事だが、キアラがこつこつと縫ってきた冬物がきちんとしまわれている。
 適当に一揃い取り出し、ふと思い出して自分の行李を開ける。

「キアラ」
「はい、ユクガ様」

 乱れた寝床を整えていたキアラがぱたぱたと寄ってくる。しばらくその体を眺めてから、ユクガは行李から目当てのものを取り出した。

「明日はこれをつけろ」
「……帯、ですか」
「ああ。お前に買って、渡しそびれていた」

 蝶の簪を渡しただけで想像以上にキアラが喜んだので、一緒に買った帯は何となく渡せずにいたのだ。ユクガの行李の底にしまい込んでいたが、新年に衣服を新しくするのもいいだろう。
 受け取ったキアラが、寝間着のままじっと帯を見つめている。

「嫌か」
「いいえ……いいえ、こんなに、素敵な……」

 そっと刺繍を撫でて、キアラが帯を胸元に抱きしめた。

「……ありがとうございます、ユクガ様」
「……明日の朝は傍にいてやれないかもしれない。忘れずにそれに着替えろ」
「はい」

 髪を撫でて着替えを促し、竃の熾火を大きくする。途中から身支度を終えたキアラが加わって、沸かした湯で二人して顔を洗い、朝食を終えたらキアラをククィツァのユルトに送り届ける。普段とそこまで変わらないが、年替わりの日にだけ作る料理もあるので、キアラは少し忙しいかもしれない。

「行ってくる」
「はい、いってらっしゃいませ」

 ユルトの外でこれ見よがしに抱きしめて別れ、ルイドに乗って羊を放牧地に連れていく。ククィツァは年替わりの儀式の準備で集落を離れられないので、今日の連れ合いはジュアンだ。

「……変わりましたね、ユクガ様」
「何がだ」

 ユクガとともに出陣し、戦後処理を終えククィツァと帰還するまで、ジュアンはずっとカガルトゥラードにいた。そのため、キアラと出会ってからのユクガの変貌ぶりを如実に感じているらしい。

「あなたの風が穏やかです」

 自覚はない。肩をすくめて返すと、ジュアンは人のよさそうな笑みを浮かべた。
 そういう如才のなさが、ククィツァが到着するまでの繋ぎに役立つだろうとカガルトゥラードに残したのだが、実際うまく立ち働いてくれたらしい。戻ってきた頃のククィツァが、ずいぶんジュアンを褒めていた。

「あの子も可愛らしくなりましたね」

 あの部屋にいたキアラを知っているのは、ユクガとジュアンだけだ。人形のように、自分から動くこともなければ表情もほとんど動かなかったキアラから考えると、今の様子は劇的な変化だろう。

「……手を出すなよ」
「出しませんよ、あの子あなたしか見てないじゃないですか」

 ククィツァも言っていたが、ユクガの傍にいるときとそうでないときで、キアラの雰囲気はかなり変わるようなのだ。ユクガがいれば春の草原のようなふわふわと穏やかな空気になり、ユクガがいないと静謐な森のように神秘的な人物になるらしい。
 ユクガはもちろん、ふわふわしたほうしか知らない。

「……ベルリアーナ姫と話しているときは、楽しそうにしていると思うが」

 相変わらずユクガとは疎遠だが、ベルリアーナもそれなりに集落の人々と打ち解けてきているように思う。年頃が同じなのか元々カガルトゥラードにいたよしみか、キアラとはよく一緒にいる。二人まとめて、イェノアに可愛がられているようだ。

「……友だちと想い人は違うでしょうよ」
「そうか」

 何か違うらしい。
 淡白に答えたユクガの横で、ジュアンがわかりやすくため息をついた。

「何だ」
「……何でもないです。あー、俺も早くお嫁さんがほしいなーっと!」

 ジュアンが白々しく大きな声を上げていたが、ユクガは首を捻ることしかできなかった。
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