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草原
12.新しい年
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羊を囲いに戻してルイドの世話を終わらせる頃にはすっかり日も暮れていて、篝火の明かりが煌々とユルトの群れを照らしていた。
いつもと雰囲気の違う集落の中を歩いて、ククィツァのユルトにキアラを迎えに行く。それともまだどこかで忙しく立ち働いているだろうか。
「ククィツァ、いるか」
「おう、入れよ」
ククィツァもいるかわからなかったが、外から声をかけると快活な返事が聞こえた。中に入ると、真新しい服を着て目元に化粧を施したククィツァが立っている。
「それを見るといよいよという気になるな」
「ま、たまには長っぽいこともしないとな」
篝火を焚き、夜通し飲み食いしながら年を越す慣わしだが、途中で集落の長が精霊に祈りを捧げる儀式があるのだ。ククィツァが父親から役目を継いで数年になるが、兄弟のような男がそれを担っていると思うと、面映いような感覚になる。
励ますようにククィツァの肩を軽く叩くと、ユクガはキアラの姿を探した。ユルトの奥で、椅子に座ってベルリアーナと何やら話している。
「キアラ」
「……ユクガ様!」
慌てて立ち上がろうとしたキアラの肩を、ベルリアーナがそっと押さえている。どうやらまた髪をいじられているらしい。
「終わるまで待つ」
「……ありがとう」
イェノアは竃の傍でじっと鍋と向き合っているから、家族で食べる分のスープを仕込んでいるところだろう。新年の朝は、羊肉と野菜をぐずぐずになるまでひたすら煮込んだスープを食べることになっている。
銀色の髪を少しずつすくいながら、ベルリアーナが器用にキアラの髪を編み込んでいく。複雑に編まれた織物のようだ。
「姫君が髪を結えるのか」
「……ここの人たちに習ったのよ。みんな器用ね」
「そうか」
女たちに習い、交わる努力をする気があるなら問題ないだろう。キアラとの仲も良好なら、ユクガが口を出すことでもない。
じっと眺めたまま待つユクガに、珍しくベルリアーナのほうから話しかけてくる。
「……あんた、アルファなんでしょ」
「ああ」
「……キアラを番にするつもり、なの?」
番、という言葉を知っているらしい。アルファとオメガの生態については、ククィツァがカガルトゥラードでいろいろと調べてきたくらいだ。彼の地の姫君なら、それくらいの知識はあるのかもしれない。
「聞いてどうする」
ただ、ユクガははっきりとした回答を避けた。ここにはキアラがいて、大人しく髪をいじられるままになってはいるが、番という言葉に何度か瞬きしたのは見えたからだ。
「友だちの心配をするのは当然でしょ? この子疑うことを知らないし」
「……俺は悪い男だと思われているのか」
「そういうわけじゃ……」
「ユクガ様は、良い方です」
「……そうね、キアラに聞いたらそう言うわよね」
まとめた髪を簪で留めて、ベルリアーナがキアラの背中をそっと押す。礼を言って立ち上がったキアラがぱたぱたと近寄ってきて、ユクガの前にそっと屈んだ。
「……お気に、召しますか」
「ああ、似合っている」
それだけで、ふわりと顔を綻ばせる。
それを愛らしいと思いながらも明言を避けているユクガに、ベルリアーナが不審の目を向けるのもわからないではなかった。
ただ、本人より先に他人とそのことについて話す気はない。
滑らかな頬をそっと撫で、ユクガは立ち上がって手を差し出した。おずおずと触れてきたキアラの手を引いて立ち上がらせてやり、そのまま手を繋ぐ。
「ユクガ、様」
戸惑っているらしい声に視線を落とし、薄氷の瞳をじっと見つめる。
嫌悪は、ないはずだ。
「嫌か」
「い、いいえ」
嫌なものは嫌と言えと伝えてあるし、最近ではキアラも自己主張をするようになってきている。今のは忖度ではない。
少し赤くなっている耳に薄く笑って、ユクガはユルトの出入り口に向かった。
「先に行くぞ」
「おう」
キアラと二人、集落の中心に据えられているひと際大きな篝火のほうへ、ユクガは足を進めた。
ククィツァが精霊に祈りを捧げるのは、あの篝火の前だ。場所が空いているかわからないが、できればキアラにも、その様子を見せてやりたい。
ぽつりぽつりと空いている敷物の一つにキアラを連れていき、先に座らせる。
「ここで待っていろ。食べ物と飲み物を取ってくる」
「それなら、私が参ります」
立ち上がろうとするキアラを止めて、ユクガは慎重にキアラの顎に指を添えた。見上げさせた顔が、目を丸くしている。
「俺がお前を行かせたくない。待っていろ」
「……はい」
そっと髪を撫でて、篝火の周囲に並べられている料理を取りに向かう。
年替わりの夜は、篝火の近くに豪勢な食事を並べ、好きに取って食べる方式だ。飲み物は酒が大きな甕で置かれているのだが、キアラにはまだ早いだろう。置いてある袋の一つを酒で満たし、キアラのために水も汲んで、大皿に料理を取り分けて戻る。
「ユクガ様」
「ゆ、ユクガ……」
少し目を離すとこれだ。キアラにたかっている男たちに近づき、敷物の前に立って無言で睥睨する。
「き、キアラが一人なのかと思って」
「そうか。俺がいない間の護衛をご苦労。もういいぞ」
「あ、ああ、それじゃ……!」
そそくさと離れていく男たちを不思議そうに見送るキアラの隣に、ユクガはどっかりと腰を下ろした。
「おかえりなさいませ」
「ああ」
キアラには悪気もなければ、危機感もない。もっと警戒心を持てとは思うが、この純粋さは好ましい一面でもある。
軽くため息をついて、ユクガはキアラの前に料理を置いてやった。なるべく野菜を多めに、少しだけ肉、それから干した果物。
「ありがとうございます、ユクガ様」
「足りなければまた取ってきてやる。好きなだけ食え」
「はい」
自分も羊の足にかぶりついたユクガの隣に、キアラが遠慮がちに体を寄せてくる。視線を向けたが、パンで巻いた野菜に小さく齧りついたところだった。寄り添っていたい気分らしい。
好きにさせておくことにして、ユクガはしばらく飲み食いに専念した。実際腹は空いているし、このあとは炎の番をしなければならない。キアラの皿の様子だけ確認しながら、食料を腹に納めていく。
「ユクガ様、ククィツァ様です」
キアラの声に視線を向けると、確かにククィツァが篝火の前に立っていた。酒で食事を流し込んで口元を拭い、立ち上がってキアラを抱き上げる。片手で抱いているには、少し重くなってきただろうか。
「ゆ、ユクガ様」
「年替わりの儀だ。見ていろ」
「……はい」
一年間の加護への礼を述べ、新たな年においても加護を願う。それからククィツァが一年伸ばしていた髪をナイフで切って、篝火に捧げる。
ごう、と一瞬炎が強く燃え上がって、驚いたキアラがぎゅっと抱きついてきた。
「あれは精霊が我々の願いを受け入れた証だ」
「……髪が、好きな精霊なのですか」
「……わからん。昔から、集落の長が髪を捧げる慣わしだ」
「そうなのですか……」
あとは、篝火の前に精霊のための酒を置いて儀式は終わりだ。周囲が食事に戻っていくのに合わせてキアラを下ろし、ユクガも酒の袋を手に取った。
キアラの甘い香りが漂っているせいか、いつもより酒がうまい。
「……キアラ」
「はい、ユクガ様」
嬉しそうに干し果物を齧っていたキアラが、従順に返事をして見上げてくる。クスタを与えたときも嬉しそうだったし、果物が好きなのだろう。今は冬なので干したものくらいしかないが、春には市で何か買ってきてやってもいいかもしれない。
「ヨラガンのものは、新年に一つ歳をとる」
「とし……」
時間を表す年と、人の年齢を表す歳があるのだと教えてやる。音が同じだと混乱する気持ちは理解できる。
「……俺は次の年で、二十八だ」
「にじゅうはち」
「……お前は、いくつにしようか」
不思議そうに首を傾げていたキアラが、はっと目を見開いた。ただ、その勢いのまま膝の上に乗り上げてくるのは予想外で、ユクガも思わず目を丸くする。
「同じ、がいいです、ユクガ様と同じ」
「……二十八はないだろう。今はともかく、あの部屋にいたときのお前はせいぜい十二、三にしか見えなかった」
「そ、それでは子どもすぎます」
確かに、ものを知らない、人を疑うことを知らない、といった無垢な部分はあるが、実際キアラはもう少し歳がいっているだろう。それに、十を少し過ぎたばかりの子どもを囲おうとしているなど、ユクガのほうの体裁も少々悪い。
「……次の年で十六、くらいにしておくか」
「……ユクガ様と、十二も違うのですか」
計算が速くなったな、とキアラを撫でても、しょんぼりとした表情は晴れなかった。最近ベルリアーナに読み書き計算を習っているらしく、褒めてやると喜んでいたのだが。
ユクガの胡座の中に座っているキアラの腰に、そっと腕を回す。
「キアラ」
「……はい、ユクガ様」
空いている手で形のいい後頭部の丸みを撫で、簪の位置を軽く直してやる。
「ヨラガンでは、十六からは大人とみなされる」
じっとユクガを見上げていたキアラの目が丸くなって、胸元にぎゅっとしがみついてきた。
「……新しいとし、には、私は大人ですか」
「そうだな。誰かに嫁いでもおかしくない」
「……私は、ユクガ様の、お嫁さんになりたいです」
いつかと変わらない答えを返して、キアラが胸元に頬を寄せてくる。
一途に、ひたむきに思いを寄せてくる小さなオメガは、愛しい。
「……お前にヒートが来るようになったら」
すっと顔が上げられて、銀色の睫毛が上下する。小さな顔に収まっている目も、鼻も、唇も、驚くほど完璧なバランスで揃っていると思う。
今は愛らしさが先に立つが、きっと、キアラは美しく成長するだろう。
「……お前を俺の番にしたい」
「つがい、とは何ですか」
「……アルファとオメガが、添い遂げる約束をした間柄になること、またはその相手のことだ」
考えるように小首を傾げ、キアラがそっと膝立ちになってユクガの顔を覗き込んでくる。
「……お嫁さんとは、違いますか」
「かなり似ているが、少し違う。それにオメガが持てる番は、生涯一人だけだ」
キアラがユクガを選び、番になったとき、その後一生、キアラが他のアルファと番になることはできない。ユクガより心惹かれるアルファに出会ったとしても、番にはなれないのだ。
それをキアラが後悔する可能性を、ユクガは永遠に否定できない。
「……私は」
薄氷の瞳が、まっすぐユクガに向いている。キアラの中で、唯一うっすらと彩りを与えられた場所だ。
「私は、ユクガ様の番になりたいです。他の方は、選びません」
ほっそりした手を両頬に添えられて、口づけでもするかのように、愛らしい顔が近づいてくる。
どんなに激しく戦ったときより、鼓動が速い。
「……私を、選んでください。ユクガ様」
伏せられた瞳に誘われるように口づけかけて、ユクガはそっとキアラを抱き寄せた。
「……待っている。お前を」
「……はい」
いつかそのときが来るまで、そしてその先も、キアラが心を寄せる相手が己であればと思った。
いつもと雰囲気の違う集落の中を歩いて、ククィツァのユルトにキアラを迎えに行く。それともまだどこかで忙しく立ち働いているだろうか。
「ククィツァ、いるか」
「おう、入れよ」
ククィツァもいるかわからなかったが、外から声をかけると快活な返事が聞こえた。中に入ると、真新しい服を着て目元に化粧を施したククィツァが立っている。
「それを見るといよいよという気になるな」
「ま、たまには長っぽいこともしないとな」
篝火を焚き、夜通し飲み食いしながら年を越す慣わしだが、途中で集落の長が精霊に祈りを捧げる儀式があるのだ。ククィツァが父親から役目を継いで数年になるが、兄弟のような男がそれを担っていると思うと、面映いような感覚になる。
励ますようにククィツァの肩を軽く叩くと、ユクガはキアラの姿を探した。ユルトの奥で、椅子に座ってベルリアーナと何やら話している。
「キアラ」
「……ユクガ様!」
慌てて立ち上がろうとしたキアラの肩を、ベルリアーナがそっと押さえている。どうやらまた髪をいじられているらしい。
「終わるまで待つ」
「……ありがとう」
イェノアは竃の傍でじっと鍋と向き合っているから、家族で食べる分のスープを仕込んでいるところだろう。新年の朝は、羊肉と野菜をぐずぐずになるまでひたすら煮込んだスープを食べることになっている。
銀色の髪を少しずつすくいながら、ベルリアーナが器用にキアラの髪を編み込んでいく。複雑に編まれた織物のようだ。
「姫君が髪を結えるのか」
「……ここの人たちに習ったのよ。みんな器用ね」
「そうか」
女たちに習い、交わる努力をする気があるなら問題ないだろう。キアラとの仲も良好なら、ユクガが口を出すことでもない。
じっと眺めたまま待つユクガに、珍しくベルリアーナのほうから話しかけてくる。
「……あんた、アルファなんでしょ」
「ああ」
「……キアラを番にするつもり、なの?」
番、という言葉を知っているらしい。アルファとオメガの生態については、ククィツァがカガルトゥラードでいろいろと調べてきたくらいだ。彼の地の姫君なら、それくらいの知識はあるのかもしれない。
「聞いてどうする」
ただ、ユクガははっきりとした回答を避けた。ここにはキアラがいて、大人しく髪をいじられるままになってはいるが、番という言葉に何度か瞬きしたのは見えたからだ。
「友だちの心配をするのは当然でしょ? この子疑うことを知らないし」
「……俺は悪い男だと思われているのか」
「そういうわけじゃ……」
「ユクガ様は、良い方です」
「……そうね、キアラに聞いたらそう言うわよね」
まとめた髪を簪で留めて、ベルリアーナがキアラの背中をそっと押す。礼を言って立ち上がったキアラがぱたぱたと近寄ってきて、ユクガの前にそっと屈んだ。
「……お気に、召しますか」
「ああ、似合っている」
それだけで、ふわりと顔を綻ばせる。
それを愛らしいと思いながらも明言を避けているユクガに、ベルリアーナが不審の目を向けるのもわからないではなかった。
ただ、本人より先に他人とそのことについて話す気はない。
滑らかな頬をそっと撫で、ユクガは立ち上がって手を差し出した。おずおずと触れてきたキアラの手を引いて立ち上がらせてやり、そのまま手を繋ぐ。
「ユクガ、様」
戸惑っているらしい声に視線を落とし、薄氷の瞳をじっと見つめる。
嫌悪は、ないはずだ。
「嫌か」
「い、いいえ」
嫌なものは嫌と言えと伝えてあるし、最近ではキアラも自己主張をするようになってきている。今のは忖度ではない。
少し赤くなっている耳に薄く笑って、ユクガはユルトの出入り口に向かった。
「先に行くぞ」
「おう」
キアラと二人、集落の中心に据えられているひと際大きな篝火のほうへ、ユクガは足を進めた。
ククィツァが精霊に祈りを捧げるのは、あの篝火の前だ。場所が空いているかわからないが、できればキアラにも、その様子を見せてやりたい。
ぽつりぽつりと空いている敷物の一つにキアラを連れていき、先に座らせる。
「ここで待っていろ。食べ物と飲み物を取ってくる」
「それなら、私が参ります」
立ち上がろうとするキアラを止めて、ユクガは慎重にキアラの顎に指を添えた。見上げさせた顔が、目を丸くしている。
「俺がお前を行かせたくない。待っていろ」
「……はい」
そっと髪を撫でて、篝火の周囲に並べられている料理を取りに向かう。
年替わりの夜は、篝火の近くに豪勢な食事を並べ、好きに取って食べる方式だ。飲み物は酒が大きな甕で置かれているのだが、キアラにはまだ早いだろう。置いてある袋の一つを酒で満たし、キアラのために水も汲んで、大皿に料理を取り分けて戻る。
「ユクガ様」
「ゆ、ユクガ……」
少し目を離すとこれだ。キアラにたかっている男たちに近づき、敷物の前に立って無言で睥睨する。
「き、キアラが一人なのかと思って」
「そうか。俺がいない間の護衛をご苦労。もういいぞ」
「あ、ああ、それじゃ……!」
そそくさと離れていく男たちを不思議そうに見送るキアラの隣に、ユクガはどっかりと腰を下ろした。
「おかえりなさいませ」
「ああ」
キアラには悪気もなければ、危機感もない。もっと警戒心を持てとは思うが、この純粋さは好ましい一面でもある。
軽くため息をついて、ユクガはキアラの前に料理を置いてやった。なるべく野菜を多めに、少しだけ肉、それから干した果物。
「ありがとうございます、ユクガ様」
「足りなければまた取ってきてやる。好きなだけ食え」
「はい」
自分も羊の足にかぶりついたユクガの隣に、キアラが遠慮がちに体を寄せてくる。視線を向けたが、パンで巻いた野菜に小さく齧りついたところだった。寄り添っていたい気分らしい。
好きにさせておくことにして、ユクガはしばらく飲み食いに専念した。実際腹は空いているし、このあとは炎の番をしなければならない。キアラの皿の様子だけ確認しながら、食料を腹に納めていく。
「ユクガ様、ククィツァ様です」
キアラの声に視線を向けると、確かにククィツァが篝火の前に立っていた。酒で食事を流し込んで口元を拭い、立ち上がってキアラを抱き上げる。片手で抱いているには、少し重くなってきただろうか。
「ゆ、ユクガ様」
「年替わりの儀だ。見ていろ」
「……はい」
一年間の加護への礼を述べ、新たな年においても加護を願う。それからククィツァが一年伸ばしていた髪をナイフで切って、篝火に捧げる。
ごう、と一瞬炎が強く燃え上がって、驚いたキアラがぎゅっと抱きついてきた。
「あれは精霊が我々の願いを受け入れた証だ」
「……髪が、好きな精霊なのですか」
「……わからん。昔から、集落の長が髪を捧げる慣わしだ」
「そうなのですか……」
あとは、篝火の前に精霊のための酒を置いて儀式は終わりだ。周囲が食事に戻っていくのに合わせてキアラを下ろし、ユクガも酒の袋を手に取った。
キアラの甘い香りが漂っているせいか、いつもより酒がうまい。
「……キアラ」
「はい、ユクガ様」
嬉しそうに干し果物を齧っていたキアラが、従順に返事をして見上げてくる。クスタを与えたときも嬉しそうだったし、果物が好きなのだろう。今は冬なので干したものくらいしかないが、春には市で何か買ってきてやってもいいかもしれない。
「ヨラガンのものは、新年に一つ歳をとる」
「とし……」
時間を表す年と、人の年齢を表す歳があるのだと教えてやる。音が同じだと混乱する気持ちは理解できる。
「……俺は次の年で、二十八だ」
「にじゅうはち」
「……お前は、いくつにしようか」
不思議そうに首を傾げていたキアラが、はっと目を見開いた。ただ、その勢いのまま膝の上に乗り上げてくるのは予想外で、ユクガも思わず目を丸くする。
「同じ、がいいです、ユクガ様と同じ」
「……二十八はないだろう。今はともかく、あの部屋にいたときのお前はせいぜい十二、三にしか見えなかった」
「そ、それでは子どもすぎます」
確かに、ものを知らない、人を疑うことを知らない、といった無垢な部分はあるが、実際キアラはもう少し歳がいっているだろう。それに、十を少し過ぎたばかりの子どもを囲おうとしているなど、ユクガのほうの体裁も少々悪い。
「……次の年で十六、くらいにしておくか」
「……ユクガ様と、十二も違うのですか」
計算が速くなったな、とキアラを撫でても、しょんぼりとした表情は晴れなかった。最近ベルリアーナに読み書き計算を習っているらしく、褒めてやると喜んでいたのだが。
ユクガの胡座の中に座っているキアラの腰に、そっと腕を回す。
「キアラ」
「……はい、ユクガ様」
空いている手で形のいい後頭部の丸みを撫で、簪の位置を軽く直してやる。
「ヨラガンでは、十六からは大人とみなされる」
じっとユクガを見上げていたキアラの目が丸くなって、胸元にぎゅっとしがみついてきた。
「……新しいとし、には、私は大人ですか」
「そうだな。誰かに嫁いでもおかしくない」
「……私は、ユクガ様の、お嫁さんになりたいです」
いつかと変わらない答えを返して、キアラが胸元に頬を寄せてくる。
一途に、ひたむきに思いを寄せてくる小さなオメガは、愛しい。
「……お前にヒートが来るようになったら」
すっと顔が上げられて、銀色の睫毛が上下する。小さな顔に収まっている目も、鼻も、唇も、驚くほど完璧なバランスで揃っていると思う。
今は愛らしさが先に立つが、きっと、キアラは美しく成長するだろう。
「……お前を俺の番にしたい」
「つがい、とは何ですか」
「……アルファとオメガが、添い遂げる約束をした間柄になること、またはその相手のことだ」
考えるように小首を傾げ、キアラがそっと膝立ちになってユクガの顔を覗き込んでくる。
「……お嫁さんとは、違いますか」
「かなり似ているが、少し違う。それにオメガが持てる番は、生涯一人だけだ」
キアラがユクガを選び、番になったとき、その後一生、キアラが他のアルファと番になることはできない。ユクガより心惹かれるアルファに出会ったとしても、番にはなれないのだ。
それをキアラが後悔する可能性を、ユクガは永遠に否定できない。
「……私は」
薄氷の瞳が、まっすぐユクガに向いている。キアラの中で、唯一うっすらと彩りを与えられた場所だ。
「私は、ユクガ様の番になりたいです。他の方は、選びません」
ほっそりした手を両頬に添えられて、口づけでもするかのように、愛らしい顔が近づいてくる。
どんなに激しく戦ったときより、鼓動が速い。
「……私を、選んでください。ユクガ様」
伏せられた瞳に誘われるように口づけかけて、ユクガはそっとキアラを抱き寄せた。
「……待っている。お前を」
「……はい」
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