白銀オメガに草原で愛を

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戦乱

21.三面六臂

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 戦が、始まっていた。

 キアラのヒートは五日ほど続き、家にあった食料や水を食い尽くし、ようやくお互いが正気を取り戻してユルトの外に出たところで、ユクガはそれを知った。
 すでにククィツァは出陣したあとで、身支度を整えルイドの機嫌を取ってから、ユクガも戦場へ急いだ。
 キアラとは、慌ただしい別れになってしまった。

「撃て!」

 号令をかけるとともに太鼓が鳴り、ユクガも矢を放つ。
 普段はほぼ意識することのない精霊の加護を感じるのは、こういうときだ。ヨラガンの放つ矢は、他の国のものと比べると遥かに長い飛距離を誇り、狙い通りの位置に届く。真偽のほどは定かではないが、風の精霊が矢を運んでくれるのだとも言われている。
 ヨラガンの軍勢から放たれた大量の矢がカガルトゥラードの先陣に迫り、人が倒れていく。二射、三射と続けさせ、接敵するまでにできるだけ数を減らさなければならない。

 カガルトゥラードの兵はかつてより明らかに多く、赤い髪以外の兵も少なくなかった。以前市で聞いた、傭兵かもしれない。確かめる術はないが、ユクガの戦った限りでは、そういう兵のほうが戦い慣れているように感じられた。

「備えろ!」

 また太鼓が鳴り、ユクガの号令を味方に伝えていく。突進してくる敵兵に対し、槍と盾を持った歩兵が隙間なく列を形成して迎え撃つのだ。無論全く被害なしというわけにはいかないが、相手の突進を無防備に突っ立って待ち構える理由もない。

 金属のぶつかり合う音、怒声、馬のいななき、鳴り響く様々な音に負けじと声を張り上げ、味方を鼓舞し迫る敵に剣を振るう。
 追い込まれつつある味方のもとにルイドで駆けつけ、鎧の継ぎ目を薙ぎ払う。

「すまん!」
「構わん! 行け!」

 律儀に礼を言ってきた男が別の戦いに飛び込んでいくのを見送り、馬首を返してユクガも新たな相手と相まみえる。
 そうしてしばらくぶつかり合い、そのうちどちらからともなく退却の合図が鳴って、兵を引いて睨み合う。

 全体に目を配れているわけではないが、少なくともユクガのいる戦場は膠着状態にあると思われた。戦線を押し上げ、カガルトゥラードを追い返さなければならないが、焦ってもいけない。他がどうなっているかわからない状態では、ユクガの隊が突出するわけにもいかない。
 一度後ろにある陣幕に戻り、ルイドを労って水をやる。あとの世話を馬番に任せ、ユクガはジュアンを探した。

「ジュアン」
「っと、ユクガ様、探してました」

 ジュアンは腕っ節の強い男ではない。だが、情報収集だったり交渉だったり、ユクガの苦手な調整役を担うことで光る男だ。ククィツァもそれを承知で、戦のときは大概組ませてくるので、とても助かっている。

「状況を知りたい」
「了解です、ちょうど調べてきましたよ」

 ユクガがいるのは中央やや左翼寄り、ククィツァのいる本隊よりは前方に陣を構えている。中央の辺りはカガルトゥラード軍と戦力がほぼ拮抗状態にあって、戦線にほとんど動きはない。
 左翼は主にカガルトゥラードに近い草原に住む集落のものたちで、士気も高く、あまり前に出すぎないよう抑えるほうが難しいらしい。カガルトゥラードに対して、積年の恨みというか、まあ思うところがあるものがほとんどで、傭兵相手でも特に問題はないそうだ。
 一方右翼はどちらかというと押され気味で、特に黒髪の傭兵団が現れると、相当に苦戦する状況だという。

「……黒髪の傭兵団?」
「団と言っても、五人程度のようですが。とにかく強い、ということらしいです」

 黒髪というのはつまり、精霊の加護を持たないものたちだ。一般的に、精霊が加護を与えない、ということ自体がおよそ信じられないため、どの精霊にも見放されるほどの悪行を為したせいだ、などと言われている。
 そのような悪人を動員してまで、カガルトゥラードはヨラガンを徹底的に潰すつもりなのだろうか。

「指揮を任せてもいいか」
「右翼に行くおつもりですか?」
「崩れれば困る」
「あなたが一騎当千なのは知ってますけどね……」

 ヨラガンにもククィツァを頂点とした指揮系統はあるが、ある程度は各々の判断に委ねられている。相手の五人に対しユクガ一人を動かすだけなら、この辺りの戦線が崩れることはないはずだ。現状では、ユクガは遊撃的に動いているので、戦いの要になってはいない。

「無茶はしないでくださいよ。キアラが泣きます」
「……気をつける」

 勘所を押さえた忠告に苦笑して、ユクガは本陣に向かった。念のため、ククィツァにもどの位置にいるか知らせておく必要がある。

「……何をしている?」
「ユクガ様……!」

 ただ、案内された陣幕で、暴れるククィツァと抑えようとする数人との乱闘を見せられるとは思っていなかった。

「ユクガ? 何でここに?」
「……右翼に向かうから、伝えておこうと思ったんだが……」
「お前もか!」

 なぜか、ククィツァも例の黒髪の傭兵団のもとに向かおうとしていたらしい。

「……大将が前線に出るな」
「厳しいってんなら俺が行ったっていいだろ、強いし!」
「……お前が強いのは認めるが、俺が行くからお前はここにいろ」

 ククィツァが気軽に戦いに出る男なのは知っているが、さすがにのこのこ行かせるわけにもいかない。黒髪の傭兵団とやらが右翼の苦戦の理由なら、なおさらだ。

「お前が行ったら俺が行けない……」
「だから行くなと言っている」

 ククィツァの周りでなんとか押し留めようとしていたものたちが、あからさまにほっとした顔をする。苦労していたに違いない。

 それでも粘ろうとするククィツァをどうにか宥めすかし、ユクガは右翼の後方から回り込んだ。
 さすがに後方には剣を交えているようなものはいない。前へ進み、徐々に剣を振るう機会が増え、さらに激しい戦闘の場に進んでいく。
 振り下ろされた剣を同胞の代わりに剣で受け止め、気づいた。

 相手の髪色が、黒い。

 なぎ払うように受け流して返す刃で追撃するものの、相手もさっと体勢を変えてユクガの剣を避ける。反動のように突き出される切先をユクガも避け、一度体を離した。
 調子に乗って深入りすると、大けがをしそうだ。
 改めて体勢を整えるユクガに向かって、相手の男も剣を構え直す。

「……何者だ」

 傭兵稼業に身を置くものをよく知っているわけではないが、ある程度の強さがあるならちょっとした情報くらいはユクガの耳にも入ってくるはずだ。
 だが、黒髪の傭兵の噂など、今の今まで聞いたことがなかった。

「傭兵を討ち取ったところで、武勲にはならんぞ」

 声とともに刃が迫ってきて、また受け止める。一撃が重くて嫌な相手だ。

 カガルトゥラードに限らず西方の国では、名のある武人を倒すことを名誉とする文化があることはユクガも知っている。しかし、ヨラガンにはそのような風習はない。敵は等しく敵で、倒して草原や一族を守れればそれでいい。

 金属をぶつけ合う重たい音を立てながら、ユクガはひたすら機会を窺った。
 この傭兵は、ユクガと同等か、もしくはユクガよりも強い。純粋な勝負で勝つのは難しい相手だ。隙を見て、数少ない機会をものにしなければならない。

 噛み合わせた剣をぎりぎりと押し続けていた横から、別の剣が突き出てくる。急いで避けたものの、胴を軽く掠られてしまった。

「……リンドベル」
「あなたに傷をつけられるわけにはいきませんので」

 新たに現れた男も黒髪だ。元の男よりは線が細いが、弱くはない。戦い方を変えなければならない。
 相対したまま構えを変えたユクガに対し、相手の二人が軽く目を見張る。

「続ける気か」
「俺が引けば、他が窮する」

 ユクガは右翼の戦況を改善するために来たわけで、ここで引けば改善どころか悪化させる可能性もある。黒髪の傭兵団は確か五人ほどいるという話だったから、二人でも引きつけておければ多少は他が楽になるだろう。勝てなくとも、死なずに戦いを長引かせるだけでも意義がある。

 そこからは、何かを考える余裕などなかった。迫ってくる剣を払い、刃を避け、ただ死なないことだけを優先する。攻撃に転じられずとも、けがをしようとも、軍勢同士の衝突なら、そのうち戦闘の終わりを告げる太鼓が鳴るはずだ。そこまでしのげばいい。
 左右に分かれた相手に挟まれるのを避けるために、後ろへ引く。

「ッぐ……!」

 三人目が待ち構えていた。
 無理やり地面を蹴ったがどうにもならず、とっさに体を庇った左腕に大きな傷口が開く。

「あちゃ、仕留め損ねた」

 三人。どう戦えばいい。
 活路が見出せないまま片手でも剣を構えるユクガに、取り囲む三人も隙なく身構える。

「これでも逃げんか」
「……死ぬわけにはいかない」

 この状態から無事に逃げおおせるものがいるなら、むしろよほどの手練れだ。油断した背中など見せたら、即座に三人のうちの誰かに切り捨てられるだろう。
 風にあおられる木の葉のように翻弄されながら、三方向からくり出される剣に何とか抗う。
 死ぬわけにはいかない。キアラが待っている。

 ただ、力が入らなくなったのか何かで滑ったのか、急に体勢が崩れた。
 ユクガの血で汚れてなお、冷たい輝きを保った刃が迫ってくる。

 負けられない。

 一矢も報いることなく、倒れ伏すつもりも、ない。

「ッ……アアアアァ!」

 腹を刺し貫かれながらも、目の前にいた男に一太刀浴びせる。

「隊長!」

 倒れるユクガの前で、黒髪の男も膝をつくのが見えた。ユクガが執念で負わせた傷は、深くはないが、浅くもない。多少は痛みで動きが鈍るだろう。
 退却を告げる太鼓の音が、遠くに聞こえた。
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