白銀オメガに草原で愛を

phyr

文字の大きさ
40 / 78
宮殿

37.夢と現実

しおりを挟む
 宮殿の礼拝堂でのお祈りのあと、また血を提供して、キアラはシアの手を借りてよろよろと廊下を歩いていた。
 明日は王都の礼拝堂に行って、施療院で人々に薬を分け与えることになっている。前回途中で薬が終わってしまったせいか、今度はたくさん血を取られた気がする。頭がくらくらして、歩くのもやっとだ。

「……神子様、大丈夫ですか? どこかで少し休みますか?」

 ミオに声をかけられて、キアラはとうとう立ち止まった。うまく考えをまとめられないが、どこかで横になりたい気持ちはある。

「……休める、場所、は、ありますか」
「こちらへ。庭の一つを、お借りしましょう」

 宮殿の中には空き部屋もあるのだが、神子がこの部屋にいるとわかると、貴族の人たちが集まってきて大変なことになってしまうのだそうだ。だから、休んでいる人がいるとわかれば、礼儀として立ち入りを遠慮してもらえるような場所がいいらしい。
 そのために庭がたくさんあるのかどうかはわからないが、そのうちの一つに足を踏み入れて、キアラは四阿あずまやの中で横になった。ベールは取ってもらって、シアが膝を貸してくれているので苦しくない。周りにも、温かな気配の精霊が集まってきている。

「もう少し、あの部屋でお休みいただいていたほうがよかったですね。申し訳ありません」

 肩を撫でながら、シアが柔らかい声をかけてくれる。首を振ろうとして気持ち悪いのに気がついて、キアラはそっとシアの膝を撫でた。

「いいえ……あの、お部屋、には、あまり……いたくなくて……申し訳、ありません、私、も、わがまま、でした」

 誰かよくわからない人たちに押さえつけられて血を取られるのは恐ろしくて、あの部屋に入るだけでも少し怖いのだ。
 ふう、と息をつくキアラの髪をシアが整えてくれているところへ、ミオが水差しと上掛けを持って戻ってきた。

「起き上がれるようになったら、お召し上がりください。レモンを絞っていただきましたから、きっとすっきりしますよ」
「……ありがとうございます、ミオ」

 上掛けをかけてもらったらぽかぽかして、少し眠くなってきてしまった。うとうとと瞬きをしていると、シアがぽんぽんと撫でてくれる。

「少しお休みください。元気が出たら、お部屋に戻りましょう」
「……はい。ありがとうございます、シア……」

 自分がきちんと返事をできたのか、少し自信がなかった。

 次に気がつくと、キアラは崩れかかった石積みの建物の前に立っていた。辺りを見回してみても、ミオやシアの姿はない。

 ただ、精霊がたくさんいるのはわかった。どうしてか、ここでは精霊の姿が見えるのだ。
 葉っぱから滴り落ちるしずくのような形のもの、ぶわぶわと姿が定まらないもの、小鳥のような姿や、人に似たものもいる。
 けれどすべて、精霊だ。
 きっちりと石の敷きつめられた地面にキアラが足を踏み出しても、精霊たちは気に留めていないようだった。あるがまま、自由に漂い、あるいは飛び回っている。

 それを見るともなしに眺めながら、キアラは建物のほうに近づいていった。おそらく扉がついていたのであろう場所をくぐり抜けて、中に入る。どこかに明かり取りの窓があったのか、それとも天井が崩れてしまったのか、室内も外と同じくらい明るい。精霊はあいかわらず自由に飛んでいて、もしかしたら外より多いかもしれない。
 倒れている石や壁を慎重に踏み越えながら、キアラは階段を探した。不思議と、地下に下りる階段を探して、その先に進まなければならないのを知っている。

 いくつかの部屋を通り抜け、キアラはようやく、きれいに残った壁の中に、探していた階段の入り口が開いているのを見つけられた。ゆっくりとそちらに近づいて、階段の中をそっと覗き込む。明かりは灯されていないが、壁や階段が崩れている様子がないのはわかった。飛び交っている精霊が、仄明るいからだろうか。

 いざその階段を下りようとして、かたんという音に気を取られてキアラは目を開いた。

「あっ、神子様」

 声のしたほうに顔を向けると、シアが小さな棚の上にコップを置いたところのようだった。
 起き上がってみれば、いつのまにかキアラはベッドの上に寝ていたようで、何か夢を見ていたらしい。

「お加減はいかがですか?」

 なんだか、ずいぶんとはっきりした、どこか知っているような場所の夢を見ていた気がするが、どうしてか思い出せない。

「……ここ、は……」
「……ゲラルド様の執務室の隣の、仮眠室です。神子様がいらっしゃるのに気がついて、四阿あずまやではお体が休まらないだろうからと、お招きくださったんですよ」

 すぐに夢のことは意識の外に溶けていってしまって、キアラはゆっくりと目を瞬いた。

 ゲラルド。第二王子。庭に誰かいたら遠慮するものだと聞いていたけれど、キアラが眠っているところにゲラルドが現れたのだろうか。まだ少し、頭がぼんやりしている。

 こんこんとノックの音がしてシアが返事をすると、そのゲラルドが部屋に入ってきた。後ろには、ミオもいる。

「おお、神子様、お体はいかがですか」

 すっと控えたシアのいた場所を当然のように陣取り、ゲラルドが声をかけてくる。

「……だいぶ、休めた、ようです。ベッドをお貸しくださって、ありがとうございます、ゲラルド様」
「大したことではございません。我が妻になる方に、何かあっては困りますから」
「……つま……?」

 そんな話は、誰からも聞いていない。
 ぱちぱちと瞬きをくり返すキアラと違って、ゲラルドは自信に満ちた笑みを浮かべている。こっそりミオとシアを見てみても、二人も驚いているように見えた。

「神子様はオメガでいらっしゃる。この国で神子様に釣り合う身分のアルファなど、私しかおりませんからな。オメガはアルファと結ばれるのが当然でしょう」
「……で、ですが……総主様は、何も……」
「おや、神子様にもお話しくださるとおっしゃっていたのですが。まあ前後してしまったかもしれませんが、神子様にとっても必要なことでしょう? そろそろヒートの時期なのではありませんか?」

 オメガのヒートによる渇望は、アルファによってしか満たせない。
 ベルリアーナからそう聞いたことはあって、キアラも知ってはいる。初めてのヒートでユクガと結ばれて、お腹が寂しいと訴えては癒やしてもらった。あの渇きというか、もどかしさというか、キアラは上手く伝えられずに寂しいとしか言えなかったけれど、あれを満たしてもらえなければひたすら苦しいだろうことはわかる。
 しかし、そうしてほしいのはユクガであって、ゲラルドではない。

「あの……あの、ゲラルド様には、マナヴィカ様が……」

 ただ、番のことは秘密にしておいたほうがいいだろうというのを、ルガートが教えてくれた。ユクガに危険が及ぶかもしれないと言われては、ミオとシアにさえ話すわけにはいかない。
 とっさにマナヴィカのことを持ち出したキアラに、一瞬不思議そうな顔をしたゲラルドが頷く。

「……神子様は蛮族に囚われていらっしゃったから、ご存じないのですね」

 夫婦というのは一人と一人が結ばれることというのが、ヨラガンでは当たり前だった。しかし、カガルトゥラードでは、一人の夫が複数の妻を持つのは当たり前なのだという。

「私、は……」

 言いかけて、キアラはその先を口にできなかった。
 ヨラガンでは、同じユルトに暮らしていれば夫婦とみなされるが、別々のユルトで暮らし始めたのなら、夫婦でいることをやめたのだと考えられる。イェノアと、他ならぬユクガが、教えてくれたことだ。

 つまり、今のキアラは、ユクガの妻だと胸を張って言うことができない。

 その事実を急に突きつけられて、押し黙るしかなくなったキアラの手を、ゲラルドが両手で包んだ。

「突然のことで驚かれたかもしれませんが、ご安心ください。私はどの妻も平等に愛するつもりです」

 ヒートのときは一人に集中するしかありませんが、と手を撫でられて、キアラの肌をぞわっとしたものが駆け上がった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。 発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。 そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。 第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。

あなたは僕の運命なのだと、

BL
将来を誓いあっているアルファの煌とオメガの唯。仲睦まじく、二人の未来は強固で揺るぎないと思っていた。 ──あの時までは。 すれ違い(?)オメガバース話。

うそつきΩのとりかえ話譚

沖弉 えぬ
BL
療養を終えた王子が都に帰還するのに合わせて開催される「番候補戦」。王子は国の将来を担うのに相応しいアルファであり番といえば当然オメガであるが、貧乏一家の財政難を救うべく、18歳のトキはアルファでありながらオメガのフリをして王子の「番候補戦」に参加する事を決める。一方王子にはとある秘密があって……。雪の積もった日に出会った紅梅色の髪の青年と都で再会を果たしたトキは、彼の助けもあってオメガたちによる候補戦に身を投じる。 舞台は和風×中華風の国セイシンで織りなす、同い年の青年たちによる旅と恋の話です。

回帰したシリルの見る夢は

riiko
BL
公爵令息シリルは幼い頃より王太子の婚約者として、彼と番になる未来を夢見てきた。 しかし王太子は婚約者の自分には冷たい。どうやら彼には恋人がいるのだと知った日、物語は動き出した。 嫉妬に狂い断罪されたシリルは、何故だかきっかけの日に回帰した。そして回帰前には見えなかったことが少しずつ見えてきて、本当に望む夢が何かを徐々に思い出す。 執着をやめた途端、執着される側になったオメガが、次こそ間違えないようにと、可愛くも真面目に奮闘する物語! 執着アルファ×回帰オメガ 本編では明かされなかった、回帰前の出来事は外伝に掲載しております。 性描写が入るシーンは ※マークをタイトルにつけます。 物語お楽しみいただけたら幸いです。 *** 2022.12.26「第10回BL小説大賞」で奨励賞をいただきました! 応援してくれた皆様のお陰です。 ご投票いただけた方、お読みくださった方、本当にありがとうございました!! ☆☆☆ 2024.3.13 書籍発売&レンタル開始いたしました!!!! 応援してくださった読者さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。書籍化にあたり連載時よりも読みやすく書き直しました。お楽しみいただけたら幸いです。

金曜日の少年~「仕方ないよね。僕は、オメガなんだもの」虐げられた駿は、わがまま御曹司アルファの伊織に振り回されるうちに変わってゆく~

大波小波
BL
 貧しい家庭に育ち、さらに第二性がオメガである御影 駿(みかげ しゅん)は、スクールカーストの底辺にいた。  そんな駿は、思いきって憧れの生徒会書記・篠崎(しのざき)にラブレターを書く。  だが、ちょっとした行き違いで、その手紙は生徒会長・天宮司 伊織(てんぐうじ いおり)の手に渡ってしまった。  駿に興味を持った伊織は、彼を新しい玩具にしようと、従者『金曜日の少年』に任命するが、そのことによってお互いは少しずつ変わってゆく。

【完結】運命の番に逃げられたアルファと、身代わりベータの結婚

貴宮 あすか
BL
ベータの新は、オメガである兄、律の身代わりとなって結婚した。 相手は優れた経営手腕で新たちの両親に見込まれた、アルファの木南直樹だった。 しかし、直樹は自分の運命の番である律が、他のアルファと駆け落ちするのを手助けした新を、律の身代わりにすると言って組み敷き、何もかも初めての新を律の名前を呼びながら抱いた。それでも新は幸せだった。新にとって木南直樹は少年の頃に初めての恋をした相手だったから。 アルファ×ベータの身代わり結婚ものです。

無能扱いの聖職者は聖女代理に選ばれました

芳一
BL
無能扱いを受けていた聖職者が、聖女代理として瘴気に塗れた地に赴き諦めたものを色々と取り戻していく話。(あらすじ修正あり)***4話に描写のミスがあったので修正させて頂きました(10月11日)

すれ違い夫夫は発情期にしか素直になれない

和泉臨音
BL
とある事件をきっかけに大好きなユーグリッドと結婚したレオンだったが、番になった日以来、発情期ですらベッドを共にすることはなかった。ユーグリッドに避けられるのは寂しいが不満はなく、これ以上重荷にならないよう、レオンは受けた恩を返すべく日々の仕事に邁進する。一方、レオンに軽蔑され嫌われていると思っているユーグリッドはなるべくレオンの視界に、記憶に残らないようにレオンを避け続けているのだった。 お互いに嫌われていると誤解して、すれ違う番の話。 =================== 美形侯爵長男α×平凡平民Ω。本編24話完結。それ以降は番外編です。 オメガバース設定ですが独自設定もあるのでこの世界のオメガバースはそうなんだな、と思っていただければ。

処理中です...