白銀オメガに草原で愛を

phyr

文字の大きさ
78 / 78
帰還

73.ユクガの伝えたいこと

しおりを挟む
 お祈りをしていると、いろいろな精霊が集まってくる。ヨラガンに多い風の精霊はおしゃべりが好き、火の精霊は日向ぼっこが好き。土の精霊はお昼寝が好きで、水の精霊は意外といたずらが好き。

「……いけませんよ」

 池からつかず離れずぽわぽわ漂っている精霊に声をかけると、ぴゃっとどこかへ行ってしまった。推測ではあるけれど確実に、ミオとシアにいたずらをしようとしていたに違いない。
 当のミオとシアは、一瞬不思議そうな顔をしたあと、すぐに思い当たったのか尋ねてくる。

「精霊ですか」
「はい」

 立ち上がって裾を払い、中庭のような広い空間の真ん中にある池に、水の精霊に足場を作ってもらって踏み込む。そうして水面を渡ると精霊にお礼を伝え、キアラは控えてくれていたミオとシアのもとに戻った。キアラが祈りを捧げている場所は、精霊の力を借りなければ入れない。

 ヨラガンの城にある精霊の間で日に一度、精霊にお祈りをすること。それが今のキアラの仕事だ。
 ククィツァに頼まれたわけではなく、むしろ特に何も頼まれなかったので当初はやることがなかった。城を案内してもらったときに精霊を祀るための場所があったから、キアラにできることをしようと、日に一度のお祈りをすることにしたのだ。エルヴァに聞いたところによれば、キアラがお祈りをするとヨラガンに精霊が集まって人を助けてくれやすくなるそうなので、きちんと効果もあるはずだ。

「終わったか」
「はい、エルヴァ様。お待たせいたしました」

 池の傍に植えられた木の枝で休んでいた小鳥が、ぱたぱたとキアラの肩に戻ってくる。エルヴァはキアラが祈りを捧げる側の精霊であるし、ファルファーラから一貫して、キアラ以外にほぼ興味を持たない。例外はユクガくらいのような気がするが、キアラの番だからちょっかいを出しているようにも見える。
 そっと指で撫でると、気持ちよさそうにふくふくと丸くなるのがかわいいと思っているのは、内緒だ。

「このあとはいかがなさいますか」
「そうですねぇ……」

 しかし、お祈りが終わってしまえばやることがないという状況は変わらない。ミオに尋ねられて、キアラはこて、と首をかしげた。
 ククィツァにはたまに会っているが、忙しそうなので仕事の邪魔はできない。ベルリアーナも、ヨラガンの宰相という立場にあるそうで、日々忙しくしている。ジュアンはその部下にあたるのだそうだ。なお、ベルリアーナの人使いが荒すぎると言って嘆いていたのをベルリアーナ本人に見つかり、さらに忙しくなっていた。サルヒとラーツァにも引き合わせてもらったのだが、二人ともキアラのことを覚えていなくて、人見知りされてしまった。

「……訓練場に、行きましょうか」
「はい」
「承知しました」

 もとの集落にいた人たちは、遊牧生活を続けていたり、ヒェカインには住んでいるけれど城にはいなかったり、つまりはキアラが気軽に会いに行けるところにはいない。ユクガから、迎えに行くまで城の中にいるように、と言われているのだ。
 そうすると、キアラが深く関わっている人たちは、あとは兵営にしかいない。
 城の中はほぼ自由に出入りしていいと、他ならぬククィツァに言われているので、キアラがどこを歩いていても、特に止められることもない。キアラのことを城の中の人たちに知らせるのは大変ではないかと思ったのだが、銀色の髪のことを伝えればいいだけと言われて、なるほどとうなずくことになった。

「キアラ様」

 邪魔にならないように、城の一角に設けられた訓練場を入口から覗くと、すぐにラグノースが気づいてくれた。隣にはローロもいるが、訓練中だろう。少しためらって、周りの人たちも休憩を始めたようなので、いそいそとラグノースの傍に行く。

「こんにちは、ラグノース様、ローロ様。弓の訓練、ですか」
「はい。さすがにヨラガンの人たちほどとはいきませんが……俺も結構当たるようになってきましたよ」

 ルガートたちはキアラの護衛ということになっているが、ミオとシアはいるし、城の中を五人もぞろぞろと連れて歩くわけにもいかない。普段はヨラガンの兵士たちに加わって、訓練とか、獣を追い払うとか、盗賊を捕まえるとか、いろいろ武芸を磨いているそうだ。今日はリンドベルとレテは町の見回りらしい。
 訓練場に置いてある的を見てみれば、地面に落ちているものもあるが、いくつかは矢が刺さっている。

「ラグノース様もローロ様も、お上手なのですね」

 ファルファーラでは、精霊に頼めば遠距離の相手を簡単に倒せたため、弓術はあまり盛んではなかったのだそうだ。しかしヨラガンでは弓が使えて当たり前なので、周囲に習いつつ馴染んでいこうとしているらしい。
 キアラには武芸のことがよくわからないので、的に当たるだけでもすごいと思う。素直に褒めたら周りの人たちがそわそわしだして、キアラも周囲を見回すことになった。

「……何か、あるのですか……?」
「いやぁ……キアラ様にお声がけいただけるの、いいですね」

 ラグノースが誇らしげな理由がよくわからない。
 首を傾げていたら、ミオがつかつかとラグノースに近寄って思いきり足を踏みつけた。

「ッてぇ!」
「み、ミオ、いけません」
「……何を騒いでいる?」

 落ちついた声が聞こえてきて、振り返るとルガートを従えたユクガがいる。

「ユクガ様」

 小走りで近づいていけばユクガも微笑んでくれて、軽々とキアラを抱き上げてくれた。頬に触れてくる柔らかい口づけが、こそばゆい。
 訓練場にいるとは限らないが、キアラが兵営に来るのはユクガに会えるかもしれないからだ。邪魔をしてはいけないとは思うものの、こうして会えたときに、抱き上げたり口づけたりしてくれるから、嬉しくてついつい来てしまう。

「来ていたのか」
「はい、お祈りは終わりましたから」

 初めこそ危ないから来てはいけないと言われてしまったが、キアラができる限りこっそり、外から行儀よくそっと覗いていたら、額を押さえたユクガに許してもらえたのだった。
 頭痛でもするのかと思って聞いたら、そうだけどそうではない、のようなよくわからない返事をもらった。ひとまずキアラには治せないと言われてしまったので、しょんぼりしたのは確かだ。

 キアラを抱っこしたまま訓練場の中を進んで、ユクガが兵士たちに声をかける。

「予定通り模擬戦を行う。組み合わせはこの書き付けの通りに」

 見ていくなら壁際に避けているように言われて、キアラはミオとシアを連れて素直に端に寄った。代わりというわけではないだろうが、兵士たちが集まって書き付けを覗き込み、それぞれ散らばっていく。
 四角に区切られた部分で二人が向かい合って、木刀を打ちつけ合い始めた。四角の横にも兵士が立って、二人の様子を観察している。

「ミオ、シア、もぎせん、とは何ですか」

 手本になる兵士が前に立ち、大勢の兵士が同じように動いて真似をしていたり、先ほどまでの弓の訓練だったり、そういうものはキアラも見たことがあるが、もぎせんというものはよく知らない。
 聞いてみると、近くの四角に区切られた場所にいる兵士たちを示しながら、ミオが教えてくれる。

「模擬戦というのは、実戦に備えるために、実戦のように戦う試合のことです」

 向かい合って木刀を打ちつけ合っているのが、試合をしている人たち。四角の長い辺の真ん中あたりに立っているのが、どちらの勝ちか判断する審判という人。

「試合の様子を見ながら、試合をしていない兵士も戦い方を学べますし、試合をしている兵士は、戦っている様子を見てもらうことで、弱点や気づいていない癖を指摘してもらうことができます」

 ユクガやルガートは四角の中にいないから審判なのかと思ったが、戦っている様子を観察して、指導をする役割なのだろうということだった。ユクガもルガートも強いので、普通の兵士では相手にならないのだろう、ということらしい。

 ただ、キアラはユクガが戦っているところをしっかり見たことがない。
 強い、のだからきっと格好いいのだろうとも思う。お願いしたら、ユクガの戦っているところを見せてもらえないだろうか。それとも、そのように野蛮なことを望むものではないと、たしなめられてしまうだろうか。
 そろっとユクガのほうに視線を向けると、真剣な顔で試合というものを見ている。やはり、邪魔をしてはいけないだろう。

 ユクガに倣って真面目な顔で試合というものを見てみるけれど、剣を握ったことのないキアラでは、どちらが勝ちそうなのかもよくわからない。何かの理由で試合が止まって、審判がどちらの勝ちか告げて、試合をしていた人たちが四角から出ていくと、次の人たちが試合を始める。

「……退屈か」

 ふっと声をかけられて、慌てて見上げるとユクガが微苦笑でこちらを見ていた。

「い、いいえ、あの、私には、難しくて」
「……ルガート」

 キアラを抱きしめてくれたものの、ユクガがルガートを探して声をかける。二人とも試合を見なくてはいけなくて、忙しいはずなのだが、どうしたのだろう。
 ただ、二人が見ていないところでも試合はしているから、すべてを見て回るというわけでもないのかもしれない。

「今日こそ決着をつけるからな」
「……主たる方の御前で、無様な姿はお見せできません」

 歩いてきたルガートに、ユクガが何かを宣言したかと思えば、ルガートも静かに言葉を返した。
 こて、と首を傾げたキアラを撫でて、ユクガが歩いていったのと別の方向に、ルガートも離れていく。

「……ミオ、シア、ユクガ様たちは何をお話しなさっていたのですか」

 二人に視線を向けると、真面目な顔とも何かをこらえているともつかない表情で、何だか肩が震えている。

「……模擬戦が終わったら、ユクガ様とルガート殿が試合をなさるのでしょう」
「お二人ともお強いですから、キアラ様にも見応えがあると思いますよ」
「……ただの阿呆どもであろう」

 ミオとシアが教えてくれたあとに、エルヴァがぼそりとつぶやく。何か話したいことがあるのかと思ったものの、そのあとが続かなかったから、興味は薄いらしい。

「ミオ、シア、ユクガ様とルガート様の試合が始まる前に、私に試合の見方を教えてくださいませんか」
「承知しました、キアラ様」

 細かいところは、すぐ忘れてしまうような気もするけれど。
 だって、真剣な顔で何かをしているユクガは、キアラの知っている中で一番格好よくて、心がそれでいっぱいになってしまうのだ。

 周りの兵士たちが優しく道を空けてくれたので、試合を始める前のユクガにおずおずと近づいて、声をかける。

「……ユクガ様、お怪我をなさらないでくださいませ」
「……ああ」

 約束する、と口づけを落としてもらって、キアラはふに、と微笑んだ。

「……ルガートに勝ったら」

 一度そこで言葉を切って、ユクガがキアラの頬を撫でる。大きくてごつごつしている手にそっと頬を寄せると、ユクガも小さく笑みを見せてくれた。

「改めてお前に伝えたいことがある」
「では、教えてくださるのを楽しみにしております」
「ああ」

 もう一度キアラに口づけて、ユクガが四角に区切られた場所に向かうのをキアラはにこにこと送り出した。
 きっと、今日はユクガが勝ってくれるだろう。
しおりを挟む
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

aka
2024.01.22 aka

精霊の加護が存在するしっかりした世界観と登場人物の丁寧な描写にするすると最新話まで読んでしまいました!宮殿編に入って登場人物が増え、すべてを魅了するかのようなキアラとキアラを取り巻く人間関係にワクワクしています。

2024.01.23 phyr

aka様

読んでくださってありがとうございます。
最新話まで追いついてくださったとのことで…長くて大変じゃなかったでしょうか…💦
でもするする読めたと言ってくださってとても嬉しいです。ありがとうございます☺️

宮殿編は登場人物それぞれの思惑があり、キアラが気づいたり気づかなかったりと、もどかしいところもあるかもしれないのですが、この先も楽しんでいただけたら幸いです(*'ω'*人

解除
T_Tectorum
2023.11.21 T_Tectorum

草原のお話とても好きです。
13話、体調不良のエピソードに一瞬不穏になりましたが、慶事と判明して良かった……となりました。
無垢受けちゃんの破壊力が相変わらず半端ないですが、このあとも楽しみに拝読します!

2023.11.21 phyr

T_Tectorum様

読んでくださってありがとうございます。BLじゃなくてただのファンタジーになってないか…? と悩んでいた部分もあったのですが、楽しんでいただけているようで安心しました…!

慶事に関しては、この面々で気づきそうなの誰もいないな…と思ってあのようになりました。不穏にしようとしたわけではなかったんです…(;OvO)

この先も一生懸命彼らの物語を紡ぎたいと思っております! ゆっくりお付き合いいただけたら嬉しいです

解除

あなたにおすすめの小説

巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。 発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。 そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。 第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。

あなたは僕の運命なのだと、

BL
将来を誓いあっているアルファの煌とオメガの唯。仲睦まじく、二人の未来は強固で揺るぎないと思っていた。 ──あの時までは。 すれ違い(?)オメガバース話。

うそつきΩのとりかえ話譚

沖弉 えぬ
BL
療養を終えた王子が都に帰還するのに合わせて開催される「番候補戦」。王子は国の将来を担うのに相応しいアルファであり番といえば当然オメガであるが、貧乏一家の財政難を救うべく、18歳のトキはアルファでありながらオメガのフリをして王子の「番候補戦」に参加する事を決める。一方王子にはとある秘密があって……。雪の積もった日に出会った紅梅色の髪の青年と都で再会を果たしたトキは、彼の助けもあってオメガたちによる候補戦に身を投じる。 舞台は和風×中華風の国セイシンで織りなす、同い年の青年たちによる旅と恋の話です。

回帰したシリルの見る夢は

riiko
BL
公爵令息シリルは幼い頃より王太子の婚約者として、彼と番になる未来を夢見てきた。 しかし王太子は婚約者の自分には冷たい。どうやら彼には恋人がいるのだと知った日、物語は動き出した。 嫉妬に狂い断罪されたシリルは、何故だかきっかけの日に回帰した。そして回帰前には見えなかったことが少しずつ見えてきて、本当に望む夢が何かを徐々に思い出す。 執着をやめた途端、執着される側になったオメガが、次こそ間違えないようにと、可愛くも真面目に奮闘する物語! 執着アルファ×回帰オメガ 本編では明かされなかった、回帰前の出来事は外伝に掲載しております。 性描写が入るシーンは ※マークをタイトルにつけます。 物語お楽しみいただけたら幸いです。 *** 2022.12.26「第10回BL小説大賞」で奨励賞をいただきました! 応援してくれた皆様のお陰です。 ご投票いただけた方、お読みくださった方、本当にありがとうございました!! ☆☆☆ 2024.3.13 書籍発売&レンタル開始いたしました!!!! 応援してくださった読者さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。書籍化にあたり連載時よりも読みやすく書き直しました。お楽しみいただけたら幸いです。

金曜日の少年~「仕方ないよね。僕は、オメガなんだもの」虐げられた駿は、わがまま御曹司アルファの伊織に振り回されるうちに変わってゆく~

大波小波
BL
 貧しい家庭に育ち、さらに第二性がオメガである御影 駿(みかげ しゅん)は、スクールカーストの底辺にいた。  そんな駿は、思いきって憧れの生徒会書記・篠崎(しのざき)にラブレターを書く。  だが、ちょっとした行き違いで、その手紙は生徒会長・天宮司 伊織(てんぐうじ いおり)の手に渡ってしまった。  駿に興味を持った伊織は、彼を新しい玩具にしようと、従者『金曜日の少年』に任命するが、そのことによってお互いは少しずつ変わってゆく。

【完結】運命の番に逃げられたアルファと、身代わりベータの結婚

貴宮 あすか
BL
ベータの新は、オメガである兄、律の身代わりとなって結婚した。 相手は優れた経営手腕で新たちの両親に見込まれた、アルファの木南直樹だった。 しかし、直樹は自分の運命の番である律が、他のアルファと駆け落ちするのを手助けした新を、律の身代わりにすると言って組み敷き、何もかも初めての新を律の名前を呼びながら抱いた。それでも新は幸せだった。新にとって木南直樹は少年の頃に初めての恋をした相手だったから。 アルファ×ベータの身代わり結婚ものです。

無能扱いの聖職者は聖女代理に選ばれました

芳一
BL
無能扱いを受けていた聖職者が、聖女代理として瘴気に塗れた地に赴き諦めたものを色々と取り戻していく話。(あらすじ修正あり)***4話に描写のミスがあったので修正させて頂きました(10月11日)

すれ違い夫夫は発情期にしか素直になれない

和泉臨音
BL
とある事件をきっかけに大好きなユーグリッドと結婚したレオンだったが、番になった日以来、発情期ですらベッドを共にすることはなかった。ユーグリッドに避けられるのは寂しいが不満はなく、これ以上重荷にならないよう、レオンは受けた恩を返すべく日々の仕事に邁進する。一方、レオンに軽蔑され嫌われていると思っているユーグリッドはなるべくレオンの視界に、記憶に残らないようにレオンを避け続けているのだった。 お互いに嫌われていると誤解して、すれ違う番の話。 =================== 美形侯爵長男α×平凡平民Ω。本編24話完結。それ以降は番外編です。 オメガバース設定ですが独自設定もあるのでこの世界のオメガバースはそうなんだな、と思っていただければ。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。