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6.あんたと歩きたいだけだ
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「本当に行かなくてよかったのか?」
「それを言うならあんたもだろう」
そう言われると、返す言葉もない。ジーノは肩をすくめ、見るともなしに視線を窓の外へ向けた。
王都の宿でレイと二人でロクトたちを待つ間、ずっと無言でいるわけにもいかず、声をかけてはみたもののこの有様だ。一人でいることが長かったから、ジーノは雑談が得意ではない。
「お前なら、顔もいいし……ロクトたちと一緒に充分勇者様をやれるだろ」
「やりたいとも思わないな。それに、そもそも俺は元魔王だぞ」
「あ、こら」
魔王の依代だったという話題はあまり出さないほうがいいと言っているのに、レイは気にせず口にする。ロクトたちのように事情を知っている人間だけならいいが、余計な詮索を受けてレイが嫌な思いをすることになるだろうに、一向に聞かない。
「この場にはあんたしかいない」
「それでもだよ。廊下で誰かが聞いてたらどうすんだ」
「心配性だな」
まるでレイのほうが年かさのように悠然と構えていて、ジーノは頭をかいた。ジーノに落ちつきがないということもないはずだが、そういえば、レイが慌てるようなところを見た記憶がない。
「それより、出かけなくていいのか」
「出かける? どこに?」
慌てたり焦ったりするんだろうかとレイに視線を向けるとちょうど問いが投げかけられて、ジーノは首を傾げて聞き返した。
「王都が見たかったんじゃないのか」
「ああ……」
苦笑して、ジーノはぽりぽりと頭をかいた。
そもそもレイが王都行きを了承してくれたのは、ジーノが王都に行ったことがないと口にしたせいらしい。ロクトには嫌そうな顔をしていたが、レイはなぜか、ジーノには基本的に嫌な顔をしないのだ。ジーノはおっさんだから歯牙にもかけないのだろうが、ロクトは同年代なのもあって、対抗心が出てしまうのかもしれない。
「なんか……気後れしちまってよ。立派なもんばっかりだし……俺みてぇなよれよれのおっさんは、場違いだろ」
王都というだけあって、石造りの立派な建物や綺麗に整えられた花壇、生活用水ではなさそうな水辺まで整備されていて、ジーノは上等な街というものにすっかり尻込みしてしまっていた。それに王都の人々は誰もかれもこざっぱりしていて、旅をしてきたこともあるがジーノはよれよれでくたびれていて、通りを歩くのも気が引ける。ロクトたちに連れられて同じ宿に泊まったものの、廊下に絵が飾られていたりテーブルの一つ一つに花が飾られていたり、この宿だってジーノには上等すぎて、きまりが悪くて食堂にも長居できない。
結局部屋にこもってばかりになってしまっているが、レイもそれに付き合ってくれているのか、あまり出かけていないのにジーノは気がついた。
「出かけたいなら行ってきたらどうだ。装備品とか、他の国のものとか、きっと王都の品揃えはすごいぞ」
「ジーノ」
若者にはきっと面白いところだろう、と送り出そうとして、ジーノの言葉はレイの声に止められた。立ち上がったレイをそのまま見上げるジーノの前に、手が差し出される。
「一緒に出かけてくれ」
ぽかんと見上げるジーノの手が取られて、レイに立ち上がらされてしまった。
「俺も王都など来たことはないし、そもそも千年前の人間だ、よく知らない。あんたが一緒にいてくれれば心強い」
「俺より、ロクトたち」
「あんたがいい」
さらに被せるように言われ、ジーノは勢いに押されて頷いた。レイが満足げに表情を緩め、荷物を取ってドアのほうに向かう。
「待って、荷物」
少し呆けていたものの、慌てて自分の荷物入れを手に取ろうとしたジーノに、レイが不思議そうな顔をした。
「いるのか?」
「金は必要だろ」
「俺が払う」
「何でだよ」
知り合い相手なら物々交換もありえるかもしれないが、もちろんジーノに王都の知り合いなどいない。だからレイがどこに行きたいのか知らなくても、どこに行っても金が必要なことくらいわかる。それがどうしてレイが払うからいらないなどという発想になるのかは、よくわからない。
「むしろこういうのって年長者が払うもんだろ」
「ジーノ」
「何だよ」
荷物入れをきちんとベルトに挟み、身支度を整えたジーノの前で、レイがわかりやすく笑みを浮かべた。
「俺は千年生きてるじじいだぞ」
確かに。
思わず納得させられかけてから、首を横に振る。
「その千年分は寝てたようなもんだろうが」
「千年も経ったおかげで、髪も銀色になったくらいだ」
「そうだったのか?」
「嘘だ。元々銀髪だ」
「お前なぁ……」
しょうもない冗談を言うような男だとは思わなかったが、笑わされているうちに宿の前の通りまで出て、ゆったりと二人で歩き始める。ちらちらと人の視線は感じるが、大半はレイに向けられたものだ。なぜあんなイケメンがくたびれたおっさんと、という目はあっても、くたびれた汚いおっさんがなぜ王都に、といったような刺すようなものはない。
ほっとして少しだけ周囲に目を向けると、誰かにぎゅっと手を握られてジーノは勢いよく振り返った。
「れ、レイ?」
いい年をした男二人が手を繋いでいるというのはいかがなものか。周囲の視線も痛くなった気がする。
「逸れると困る」
「まあ、人は多いけどよ……」
それにしても手を繋ぐ必要はない気がするが、レイの手がしっかりと握ってきているので振り解くのも悪いような。仕方なくそのままにして、レイが歩くのに任せて王都を進む。王都の道はだいたい石畳になっていて、花壇に木や花が植えられていて豊かさを感じる。モンテツェアラで舗装されているのは、領主館に通じる道と、王都から続く街道だけだ。
「ジーノ」
レイに呼ばれて振り返り、手を引かれてそのまま小さな店に連れていかれる。服の店、だろうか。
「おしゃれとかわからんぞ」
「俺も知らん」
だったらなぜ服の店なんて入った。
何言ってんだこいつとジーノが顔に貼りつけているのも気にせず、レイは並んだ服を眺め、いくつかを手に取ってさっさとカウンターに向かってしまった。サイズを見るでもなく、似合うのかも確かめていない。そんな買い物の仕方で大丈夫なのか。もっと別の店と比べたり吟味したりしなくていいのか。
止める間もなく会計が済んでしまい、どことなくほくほく顔のレイにまた手を繋がれて、ジーノは何もすることなく店を出た。何だったんだ今の時間は。
「お前……」
「何だ。何か見たいものでもあったのか」
そういうわけではない。首を横に振るとそうかとレイも首を傾げて、服の入った紙袋を抱え直した。
「服が必要だったなら、それこそロクトたちに店を聞いたほうがよかったんじゃないのか?」
「別に服は目的じゃない。あんたと歩きたいだけだ」
ジーノと王都を歩いて何だというのだろうか。
わけのわからない男なのは変わらないが、今は心なしか楽しそうにしているので、ジーノは好きにさせておいてやることにした。千年生きたじじいなどとふざけてはいたが、中身はただの青年だ。初めての場所ではしゃいだり、買い物でうきうきしたりすることもあるだろう。
手を繋いだまま歩いていくレイに連れられて、名所らしい噴水を訪れたり、大道芸人に驚いたり、女神ユーライア信仰の総本山である王都の神殿を見たり、屋台で買い食いしてみたり、と観光のようなものをして回る。周囲の視線が気になっていたはずなのに、誰に見られても堂々としているレイにつられてか、ジーノも気にならなくなっていた。
「楽しいか」
少し歩き疲れて、勇壮な王城を眺められる公園でベンチに座ったとき、不意に尋ねられてジーノは目を瞬いた。
結局宿を出るときに宣言された通り、ジーノが財布を出すこともないまま、果物を絞ったジュースという飲み物まで買い与えられて、口をつけているところである。
「おっさんの俺が言うのも変かもしれないけど……こうやって回るのも、楽しいもんだな」
「そうか」
今の返答はお気に召したらしい。普段ほとんど表情の変わらない男が珍しく露わにした嬉しそうな顔に、ジーノはなぜか狼狽えてしまったのだった。
「それを言うならあんたもだろう」
そう言われると、返す言葉もない。ジーノは肩をすくめ、見るともなしに視線を窓の外へ向けた。
王都の宿でレイと二人でロクトたちを待つ間、ずっと無言でいるわけにもいかず、声をかけてはみたもののこの有様だ。一人でいることが長かったから、ジーノは雑談が得意ではない。
「お前なら、顔もいいし……ロクトたちと一緒に充分勇者様をやれるだろ」
「やりたいとも思わないな。それに、そもそも俺は元魔王だぞ」
「あ、こら」
魔王の依代だったという話題はあまり出さないほうがいいと言っているのに、レイは気にせず口にする。ロクトたちのように事情を知っている人間だけならいいが、余計な詮索を受けてレイが嫌な思いをすることになるだろうに、一向に聞かない。
「この場にはあんたしかいない」
「それでもだよ。廊下で誰かが聞いてたらどうすんだ」
「心配性だな」
まるでレイのほうが年かさのように悠然と構えていて、ジーノは頭をかいた。ジーノに落ちつきがないということもないはずだが、そういえば、レイが慌てるようなところを見た記憶がない。
「それより、出かけなくていいのか」
「出かける? どこに?」
慌てたり焦ったりするんだろうかとレイに視線を向けるとちょうど問いが投げかけられて、ジーノは首を傾げて聞き返した。
「王都が見たかったんじゃないのか」
「ああ……」
苦笑して、ジーノはぽりぽりと頭をかいた。
そもそもレイが王都行きを了承してくれたのは、ジーノが王都に行ったことがないと口にしたせいらしい。ロクトには嫌そうな顔をしていたが、レイはなぜか、ジーノには基本的に嫌な顔をしないのだ。ジーノはおっさんだから歯牙にもかけないのだろうが、ロクトは同年代なのもあって、対抗心が出てしまうのかもしれない。
「なんか……気後れしちまってよ。立派なもんばっかりだし……俺みてぇなよれよれのおっさんは、場違いだろ」
王都というだけあって、石造りの立派な建物や綺麗に整えられた花壇、生活用水ではなさそうな水辺まで整備されていて、ジーノは上等な街というものにすっかり尻込みしてしまっていた。それに王都の人々は誰もかれもこざっぱりしていて、旅をしてきたこともあるがジーノはよれよれでくたびれていて、通りを歩くのも気が引ける。ロクトたちに連れられて同じ宿に泊まったものの、廊下に絵が飾られていたりテーブルの一つ一つに花が飾られていたり、この宿だってジーノには上等すぎて、きまりが悪くて食堂にも長居できない。
結局部屋にこもってばかりになってしまっているが、レイもそれに付き合ってくれているのか、あまり出かけていないのにジーノは気がついた。
「出かけたいなら行ってきたらどうだ。装備品とか、他の国のものとか、きっと王都の品揃えはすごいぞ」
「ジーノ」
若者にはきっと面白いところだろう、と送り出そうとして、ジーノの言葉はレイの声に止められた。立ち上がったレイをそのまま見上げるジーノの前に、手が差し出される。
「一緒に出かけてくれ」
ぽかんと見上げるジーノの手が取られて、レイに立ち上がらされてしまった。
「俺も王都など来たことはないし、そもそも千年前の人間だ、よく知らない。あんたが一緒にいてくれれば心強い」
「俺より、ロクトたち」
「あんたがいい」
さらに被せるように言われ、ジーノは勢いに押されて頷いた。レイが満足げに表情を緩め、荷物を取ってドアのほうに向かう。
「待って、荷物」
少し呆けていたものの、慌てて自分の荷物入れを手に取ろうとしたジーノに、レイが不思議そうな顔をした。
「いるのか?」
「金は必要だろ」
「俺が払う」
「何でだよ」
知り合い相手なら物々交換もありえるかもしれないが、もちろんジーノに王都の知り合いなどいない。だからレイがどこに行きたいのか知らなくても、どこに行っても金が必要なことくらいわかる。それがどうしてレイが払うからいらないなどという発想になるのかは、よくわからない。
「むしろこういうのって年長者が払うもんだろ」
「ジーノ」
「何だよ」
荷物入れをきちんとベルトに挟み、身支度を整えたジーノの前で、レイがわかりやすく笑みを浮かべた。
「俺は千年生きてるじじいだぞ」
確かに。
思わず納得させられかけてから、首を横に振る。
「その千年分は寝てたようなもんだろうが」
「千年も経ったおかげで、髪も銀色になったくらいだ」
「そうだったのか?」
「嘘だ。元々銀髪だ」
「お前なぁ……」
しょうもない冗談を言うような男だとは思わなかったが、笑わされているうちに宿の前の通りまで出て、ゆったりと二人で歩き始める。ちらちらと人の視線は感じるが、大半はレイに向けられたものだ。なぜあんなイケメンがくたびれたおっさんと、という目はあっても、くたびれた汚いおっさんがなぜ王都に、といったような刺すようなものはない。
ほっとして少しだけ周囲に目を向けると、誰かにぎゅっと手を握られてジーノは勢いよく振り返った。
「れ、レイ?」
いい年をした男二人が手を繋いでいるというのはいかがなものか。周囲の視線も痛くなった気がする。
「逸れると困る」
「まあ、人は多いけどよ……」
それにしても手を繋ぐ必要はない気がするが、レイの手がしっかりと握ってきているので振り解くのも悪いような。仕方なくそのままにして、レイが歩くのに任せて王都を進む。王都の道はだいたい石畳になっていて、花壇に木や花が植えられていて豊かさを感じる。モンテツェアラで舗装されているのは、領主館に通じる道と、王都から続く街道だけだ。
「ジーノ」
レイに呼ばれて振り返り、手を引かれてそのまま小さな店に連れていかれる。服の店、だろうか。
「おしゃれとかわからんぞ」
「俺も知らん」
だったらなぜ服の店なんて入った。
何言ってんだこいつとジーノが顔に貼りつけているのも気にせず、レイは並んだ服を眺め、いくつかを手に取ってさっさとカウンターに向かってしまった。サイズを見るでもなく、似合うのかも確かめていない。そんな買い物の仕方で大丈夫なのか。もっと別の店と比べたり吟味したりしなくていいのか。
止める間もなく会計が済んでしまい、どことなくほくほく顔のレイにまた手を繋がれて、ジーノは何もすることなく店を出た。何だったんだ今の時間は。
「お前……」
「何だ。何か見たいものでもあったのか」
そういうわけではない。首を横に振るとそうかとレイも首を傾げて、服の入った紙袋を抱え直した。
「服が必要だったなら、それこそロクトたちに店を聞いたほうがよかったんじゃないのか?」
「別に服は目的じゃない。あんたと歩きたいだけだ」
ジーノと王都を歩いて何だというのだろうか。
わけのわからない男なのは変わらないが、今は心なしか楽しそうにしているので、ジーノは好きにさせておいてやることにした。千年生きたじじいなどとふざけてはいたが、中身はただの青年だ。初めての場所ではしゃいだり、買い物でうきうきしたりすることもあるだろう。
手を繋いだまま歩いていくレイに連れられて、名所らしい噴水を訪れたり、大道芸人に驚いたり、女神ユーライア信仰の総本山である王都の神殿を見たり、屋台で買い食いしてみたり、と観光のようなものをして回る。周囲の視線が気になっていたはずなのに、誰に見られても堂々としているレイにつられてか、ジーノも気にならなくなっていた。
「楽しいか」
少し歩き疲れて、勇壮な王城を眺められる公園でベンチに座ったとき、不意に尋ねられてジーノは目を瞬いた。
結局宿を出るときに宣言された通り、ジーノが財布を出すこともないまま、果物を絞ったジュースという飲み物まで買い与えられて、口をつけているところである。
「おっさんの俺が言うのも変かもしれないけど……こうやって回るのも、楽しいもんだな」
「そうか」
今の返答はお気に召したらしい。普段ほとんど表情の変わらない男が珍しく露わにした嬉しそうな顔に、ジーノはなぜか狼狽えてしまったのだった。
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