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14.強いて言うなら
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普段なら絶対、こんなところには近づかなかったと思う。ガラの悪い冒険者はえてしてスカベンジャーに対して横暴で、ジーノが不用意に姿を見せれば怪我を負わされる場合さえある。
しかし他に頼めるあてもなく、ジーノはサビラの家で、パーティメンバーなのか手下なのかわからない面々にずらりと取り囲まれる羽目になっていた。
「で? スカベンジャーがわざわざこんなところまでお出ましになって、何の要件だ」
椅子を勧められただけ親切なのかもしれない。門前払いではないし、床に座れと押さえつけられてもいない。人としての扱いではあるはずだ。体格のいい男に周りを囲まれているというのは、非常に恐ろしいのだが。
「頼みてぇ、ことがあるんだ」
「ほう?」
サビラは顔が厳つく縦にも横にも体が大きくて、ジーノはあまり関わらないようにしている相手だった。声も大きいので、たまに関わることになると怒鳴られているようで恐ろしい。
ただ、今日ばかりは勇気を持って向き合わなければならない。
「レイのとこまで連れてってほしい。急ぎで伝えなきゃいけねぇことがある」
「……ハア?」
サビラの眉間にぐっと皺が寄った。当然だとは思うが、ジーノも引くわけにはいかない。
「てめえ、今どういう状況かわかってんだろうな?」
「……魔物が増えてて、いつもより危険なんだろ」
魔王が倒された頃から、各地のダンジョンで魔物が発生する速度が上がり、外に溢れないよう冒険者が魔物を駆除する頻度も高くなったという。また、戦う術を持たないものが不用意にダンジョンに近づかないよう、冒険者ギルドによる管理も以前より厳格になったそうだ。
おまけに、勇者パーティを含む手練れの冒険者たちがダンジョンに潜っているにも関わらず、連絡が途絶え、他の冒険者が捜索する事態になっている。
つまり、スカベンジャーのジーノなど、そもそもダンジョンへの入場許可が出ない可能性のほうが高い。
「んな危ねえとこに行かなきゃなんねえほど、食いつめてんのか」
「メシは何とかなる。違ぇんだ、レイに直接言わなきゃいけねぇことがあんだよ」
「何だそりゃ」
「……レイ以外には話せねぇ」
いきり立った周囲の男たちを片手を振ることで鎮め、サビラは崩していた体勢を変えて腕を組んだ。
「死にてえなら他人を巻き込むんじゃねえよ」
びり、と周囲の空気が張り詰めた気がした。今までなら、この空気に晒される前に逃げ出していたと思う。ジーノの直感は常に、恐ろしいものからジーノを遠ざけてくれていた。
しかし、今は立ち向かわねばならない。
「……違う。レイや他の冒険者を助けるためだ」
実際のところ、彼らは自力でダンジョンコアを見つけるかもしれない。ジーノの持つ情報など、今すぐ伝えられなければあまり意味のないものかもしれない。
しかしジーノが伝えなければ、発見までには相当時間がかかるだろうし、すでに発生しているかどうかわからないが、犠牲者も増える可能性がある。
震えそうになる体や喉を叱咤しながら、ジーノはサビラの怒気に向き合った。
「戦えもしねえスカベンジャーがダンジョンの奥まで行く理由があるってのか」
「ある」
即答して荷物入れを開き、ジーノは持ってきた重たい袋をテーブルに置いた。
「依頼料はちゃんと持ってきた。足りねぇかもしれねぇが……俺の有り金全部だ。頼む」
スカベンジャーの稼ぎをちまちまやりくりしたところで、大した蓄えになどならない。それでも何とかかき集めた財産を横に、ジーノはテーブルに額をつけた。有り金全てを吐き出したあとは、もうひたすら頼み込むことしかできない。
その体勢のままじっと待っているジーノの頭上で、聞かせるような大きなため息の音がする。
「……平常時でも、俺たちが潜れるのは第五階層までだ」
ダンジョンの各階層を進むには、設置されている謎の階段を降りる、または登る必要がある。そうして一つ階層を進むごとに魔物の強さが変わるので、冒険者の間ではどの階層まで進める、というのを強さの指標に利用するのだ。
この場合、サビラたちは第七階層まで進んだ経験はなく、魔物の発生が増えている今はそれも厳しいかもしれない、ということになる。
「……俺一人じゃそもそも第五階層までも行けやしねぇ。残ってる冒険者のこと考えて、あんたたちが一番に浮かんだ。だから、頼む」
第七階層まで行けるような冒険者はすでに、ロクトたちに同行したり、捜索隊に駆り出されたりして町から離れている。モンテツェアラに残っている冒険者のうち、ジーノが頼れそうな相手を考えたとき、初めに浮かんだのがサビラたちだった。
だからおそらく、サビラたちなら第七階層まで行ける。ジーノの直感は、こういうときにも働くのだ。
もう一度、大きなため息の音が聞こえてジーノはおそるおそる顔を上げた。サビラががしがしと頭をかいて、ジーノの置いた袋をがさりと掴む。
「ナイチ、ラミシー、七人分支度してこい。アライチ、入口まで同行しろ」
サビラが放った袋を受け取って、二人の男が部屋を出ていった。それをきっかけにわらわらと他の男たちも動き始めて、ジーノが呆気に取られている間に全員が部屋から出ていってしまう。残っているのはジーノとサビラだけだ。
「足りねえ分は貸しにしといてやる。第七階層に行けても行けなくても、あの金はもらっとくからな」
「あ、ああ……えっ、と、連れてってもらえるって、こと、でいいのか……?」
展開についていけず聞き返すジーノに、サビラはまたため息をついた。
「誰に頼んだって断られるに決まってる依頼を、大真面目に金抱えて頭下げて頼み込んでくるバカなんざ、俺くらいしか相手しねえからな」
けなされた、ような気がする。しかし少なくともダンジョン内部までは連れていってもらえるらしいのはわかって、ジーノは改めてサビラに頭を下げた。
特にサビラから返事はなく、促されて部屋を出て、松明で照らされた廊下を歩く。サビラのところは大所帯で、町から少し離れた山の洞窟をさらに人力で広げ、共同生活を送っている。塀で囲まれた町と違って魔物に襲われる危険があるはずだが、交代で見張りを立てて中を守っているのだという。どこかから聞こえる話し声に、人が行きかったりすれ違いざまに挨拶をしていたり、まるで一つの町のようだと思う。
「あんたは領主さまみてぇなもんなんだな」
「あんな堅苦しいもん俺ぁごめんだ」
「そうなのか?」
「そうだよ」
連れられるままに廊下を進み、示された扉をくぐると小さな部屋だった。ベッドが一つ、棚が一つ、テーブルと椅子も備えられている。
「ひとまずここ使え。あとでアライチ寄越してやっから、細けえことはそんとき聞け」
確かに全財産は差し出したが、ジーノは宿なしというわけではないし、少しばかりパンは残っているから食料もある。面倒を見てもらわなければ明日をも知れぬ暮らし、というほどではないはずだ。それとも、あれっぽっちでは依頼料とするには全く足りなかったから、ここで働けということだろうか。
「俺は、スカベンジャーの仕事しかしたことねぇんだが……」
「あ?」
サビラの眉間にしわが寄り、ジーノは次の言葉が継げずに口を閉じた。顔が怖い。気まずい沈黙が居座り、ますます何を言っていいか戸惑うジーノと険しい顔のサビラの間に、ひょっこりと誰かの頭が覗く。
「あ、いたいたオッサン……サビラさま? どうかしたんすか?」
「……あと頼んだぞ、アライチ」
「了解っすー」
むっすりとした顔のままサビラが行ってしまい、ジーノは新しく現れた青年と取り残された。彼が先ほどから何度か話題に上がっていたアライチらしい。
「えーと初めまして、アライチっす。よろしくオッサン」
「……ジーノだ、よろしく頼む」
「ジーノね、了解了解。今日のところはこの部屋で寝てもらって、メシは時間になったら俺が呼びに来てあげっからいい子で待っててな。あ、あと服だけど」
「ま、待て、待ってくれ、俺は何をすればいいんだ?」
ぺらぺらぺらっと話し始めたアライチを何とか止めて、サビラに聞きそびれた肝心なことを尋ねる。仕事をするのは構わないが、何をしなければいけないのかわからないのは不安だ。
しかし聞かれたアライチのほうは、不思議そうに首を傾げてしまった。
「何するって……強いて言うならよく食べてよく眠る?」
「は……?」
モンテツェアラのダンジョンは外の光が入らないタイプなので、長期滞在すると時間感覚が狂い体調を崩す冒険者もいる。ジーノはダンジョンに入ったことのない観光客というわけではないから、ある程度自衛はできるだろうが、しっかり食べてよく寝ておき、体調を整えて最下層を目指したほうがいいだろう。準備はナイチとラミシーが進めているし、明日はその装備と荷物を持って、サビラたちとともにジーノもダンジョンに乗り込む予定だ。
アライチの説明の限りでは、ジーノのやるべき仕事がはっきりしない。
「俺の、仕事は……?」
「仕事すんのは俺たちで、オッサンは依頼人っしょ?」
どうやら、貸しは働いて返せということではないらしかった。
しかし他に頼めるあてもなく、ジーノはサビラの家で、パーティメンバーなのか手下なのかわからない面々にずらりと取り囲まれる羽目になっていた。
「で? スカベンジャーがわざわざこんなところまでお出ましになって、何の要件だ」
椅子を勧められただけ親切なのかもしれない。門前払いではないし、床に座れと押さえつけられてもいない。人としての扱いではあるはずだ。体格のいい男に周りを囲まれているというのは、非常に恐ろしいのだが。
「頼みてぇ、ことがあるんだ」
「ほう?」
サビラは顔が厳つく縦にも横にも体が大きくて、ジーノはあまり関わらないようにしている相手だった。声も大きいので、たまに関わることになると怒鳴られているようで恐ろしい。
ただ、今日ばかりは勇気を持って向き合わなければならない。
「レイのとこまで連れてってほしい。急ぎで伝えなきゃいけねぇことがある」
「……ハア?」
サビラの眉間にぐっと皺が寄った。当然だとは思うが、ジーノも引くわけにはいかない。
「てめえ、今どういう状況かわかってんだろうな?」
「……魔物が増えてて、いつもより危険なんだろ」
魔王が倒された頃から、各地のダンジョンで魔物が発生する速度が上がり、外に溢れないよう冒険者が魔物を駆除する頻度も高くなったという。また、戦う術を持たないものが不用意にダンジョンに近づかないよう、冒険者ギルドによる管理も以前より厳格になったそうだ。
おまけに、勇者パーティを含む手練れの冒険者たちがダンジョンに潜っているにも関わらず、連絡が途絶え、他の冒険者が捜索する事態になっている。
つまり、スカベンジャーのジーノなど、そもそもダンジョンへの入場許可が出ない可能性のほうが高い。
「んな危ねえとこに行かなきゃなんねえほど、食いつめてんのか」
「メシは何とかなる。違ぇんだ、レイに直接言わなきゃいけねぇことがあんだよ」
「何だそりゃ」
「……レイ以外には話せねぇ」
いきり立った周囲の男たちを片手を振ることで鎮め、サビラは崩していた体勢を変えて腕を組んだ。
「死にてえなら他人を巻き込むんじゃねえよ」
びり、と周囲の空気が張り詰めた気がした。今までなら、この空気に晒される前に逃げ出していたと思う。ジーノの直感は常に、恐ろしいものからジーノを遠ざけてくれていた。
しかし、今は立ち向かわねばならない。
「……違う。レイや他の冒険者を助けるためだ」
実際のところ、彼らは自力でダンジョンコアを見つけるかもしれない。ジーノの持つ情報など、今すぐ伝えられなければあまり意味のないものかもしれない。
しかしジーノが伝えなければ、発見までには相当時間がかかるだろうし、すでに発生しているかどうかわからないが、犠牲者も増える可能性がある。
震えそうになる体や喉を叱咤しながら、ジーノはサビラの怒気に向き合った。
「戦えもしねえスカベンジャーがダンジョンの奥まで行く理由があるってのか」
「ある」
即答して荷物入れを開き、ジーノは持ってきた重たい袋をテーブルに置いた。
「依頼料はちゃんと持ってきた。足りねぇかもしれねぇが……俺の有り金全部だ。頼む」
スカベンジャーの稼ぎをちまちまやりくりしたところで、大した蓄えになどならない。それでも何とかかき集めた財産を横に、ジーノはテーブルに額をつけた。有り金全てを吐き出したあとは、もうひたすら頼み込むことしかできない。
その体勢のままじっと待っているジーノの頭上で、聞かせるような大きなため息の音がする。
「……平常時でも、俺たちが潜れるのは第五階層までだ」
ダンジョンの各階層を進むには、設置されている謎の階段を降りる、または登る必要がある。そうして一つ階層を進むごとに魔物の強さが変わるので、冒険者の間ではどの階層まで進める、というのを強さの指標に利用するのだ。
この場合、サビラたちは第七階層まで進んだ経験はなく、魔物の発生が増えている今はそれも厳しいかもしれない、ということになる。
「……俺一人じゃそもそも第五階層までも行けやしねぇ。残ってる冒険者のこと考えて、あんたたちが一番に浮かんだ。だから、頼む」
第七階層まで行けるような冒険者はすでに、ロクトたちに同行したり、捜索隊に駆り出されたりして町から離れている。モンテツェアラに残っている冒険者のうち、ジーノが頼れそうな相手を考えたとき、初めに浮かんだのがサビラたちだった。
だからおそらく、サビラたちなら第七階層まで行ける。ジーノの直感は、こういうときにも働くのだ。
もう一度、大きなため息の音が聞こえてジーノはおそるおそる顔を上げた。サビラががしがしと頭をかいて、ジーノの置いた袋をがさりと掴む。
「ナイチ、ラミシー、七人分支度してこい。アライチ、入口まで同行しろ」
サビラが放った袋を受け取って、二人の男が部屋を出ていった。それをきっかけにわらわらと他の男たちも動き始めて、ジーノが呆気に取られている間に全員が部屋から出ていってしまう。残っているのはジーノとサビラだけだ。
「足りねえ分は貸しにしといてやる。第七階層に行けても行けなくても、あの金はもらっとくからな」
「あ、ああ……えっ、と、連れてってもらえるって、こと、でいいのか……?」
展開についていけず聞き返すジーノに、サビラはまたため息をついた。
「誰に頼んだって断られるに決まってる依頼を、大真面目に金抱えて頭下げて頼み込んでくるバカなんざ、俺くらいしか相手しねえからな」
けなされた、ような気がする。しかし少なくともダンジョン内部までは連れていってもらえるらしいのはわかって、ジーノは改めてサビラに頭を下げた。
特にサビラから返事はなく、促されて部屋を出て、松明で照らされた廊下を歩く。サビラのところは大所帯で、町から少し離れた山の洞窟をさらに人力で広げ、共同生活を送っている。塀で囲まれた町と違って魔物に襲われる危険があるはずだが、交代で見張りを立てて中を守っているのだという。どこかから聞こえる話し声に、人が行きかったりすれ違いざまに挨拶をしていたり、まるで一つの町のようだと思う。
「あんたは領主さまみてぇなもんなんだな」
「あんな堅苦しいもん俺ぁごめんだ」
「そうなのか?」
「そうだよ」
連れられるままに廊下を進み、示された扉をくぐると小さな部屋だった。ベッドが一つ、棚が一つ、テーブルと椅子も備えられている。
「ひとまずここ使え。あとでアライチ寄越してやっから、細けえことはそんとき聞け」
確かに全財産は差し出したが、ジーノは宿なしというわけではないし、少しばかりパンは残っているから食料もある。面倒を見てもらわなければ明日をも知れぬ暮らし、というほどではないはずだ。それとも、あれっぽっちでは依頼料とするには全く足りなかったから、ここで働けということだろうか。
「俺は、スカベンジャーの仕事しかしたことねぇんだが……」
「あ?」
サビラの眉間にしわが寄り、ジーノは次の言葉が継げずに口を閉じた。顔が怖い。気まずい沈黙が居座り、ますます何を言っていいか戸惑うジーノと険しい顔のサビラの間に、ひょっこりと誰かの頭が覗く。
「あ、いたいたオッサン……サビラさま? どうかしたんすか?」
「……あと頼んだぞ、アライチ」
「了解っすー」
むっすりとした顔のままサビラが行ってしまい、ジーノは新しく現れた青年と取り残された。彼が先ほどから何度か話題に上がっていたアライチらしい。
「えーと初めまして、アライチっす。よろしくオッサン」
「……ジーノだ、よろしく頼む」
「ジーノね、了解了解。今日のところはこの部屋で寝てもらって、メシは時間になったら俺が呼びに来てあげっからいい子で待っててな。あ、あと服だけど」
「ま、待て、待ってくれ、俺は何をすればいいんだ?」
ぺらぺらぺらっと話し始めたアライチを何とか止めて、サビラに聞きそびれた肝心なことを尋ねる。仕事をするのは構わないが、何をしなければいけないのかわからないのは不安だ。
しかし聞かれたアライチのほうは、不思議そうに首を傾げてしまった。
「何するって……強いて言うならよく食べてよく眠る?」
「は……?」
モンテツェアラのダンジョンは外の光が入らないタイプなので、長期滞在すると時間感覚が狂い体調を崩す冒険者もいる。ジーノはダンジョンに入ったことのない観光客というわけではないから、ある程度自衛はできるだろうが、しっかり食べてよく寝ておき、体調を整えて最下層を目指したほうがいいだろう。準備はナイチとラミシーが進めているし、明日はその装備と荷物を持って、サビラたちとともにジーノもダンジョンに乗り込む予定だ。
アライチの説明の限りでは、ジーノのやるべき仕事がはっきりしない。
「俺の、仕事は……?」
「仕事すんのは俺たちで、オッサンは依頼人っしょ?」
どうやら、貸しは働いて返せということではないらしかった。
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