馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

phyr

文字の大きさ
98 / 116
犬牙、犬吠、その身に喰らえ

6-2

しおりを挟む
 唇で触れるだけのキスを何度も落として、話してくれるまで待ち続ける。師匠の気持ちいいところに触らないように、注意して体を撫でる。今は気持ち良くするんじゃなくて、安心して心を緩めてもらうのが大事だ。

「……回復薬、まだ残ってるか」

 ただ、ようやく口を開いてくれたかと思ったらそんなセリフだったから、一気にほわほわした気持ちが引いた。

「……どっか怪我してるんですか」

 俺の攻撃は当たってなかったはずだから、魔物にやられたのかフェニックスの火球のせいか、どっちかだ。急いで体を起こして師匠を確かめるけど、傷跡が増えていることくらいしかわからない。そうだ、傷跡のことも後で聞かないといけない。今はこっちが先だけど。
 背中側も確かめようとしたら、ひっくり返そうとした腕を師匠に掴まれた。

「違ぇよ俺じゃねぇ、テメェだ」
「え」

 起き上がった師匠が、俺の脇腹に手を当ててぐっと押してくる。

「いッ」
「……気になって、ヤるどころじゃねぇんだよ」

 まだ回復薬残ってたっけ。これたぶん、治さないとヤらせてもらえない。
 せっかくいい感じになりかけてたのにとは思うけど、師匠が俺を心配してくれるのは嬉しい。キスしても、ちゃんと受け入れてくれるところも。

「飲んで治したら、してもいい?」

 啄むように唇を触れ合わせて、師匠の肌を撫でる。ウィルマさんの回復薬だったらすぐ治ると思うけど、モンドールさんのところでもらったやつだとたぶん治りきらない。せっかく師匠を見つけたのに、お預けは嫌だ。

「…………どんだけヤりてぇんだよ……」
「今すぐ奥まで突っ込んでぐっちゃぐちゃ痛ってぇ!」

 蹴り飛ばされた。手加減はされてるけど、痛いものは痛い。師匠の眉間に出来た谷が深いから、大人しく飛ばされた先で荷物袋を漁る。荷物の方に蹴り飛ばした辺りは、優しさだと思う。たぶん。
 剣の手入れ道具とか、着替えとか、保存食を引っかき回して、さっき入れた空の回復薬の容器も放り出す。一つあった、けど、これはウィルマさんのじゃない。テーブルの上に置いて、ウィルマさんがくれたやつを探す。師匠に何かあった時用に全部残してたはずだから、まだ残ってはいるはずだ。

「あっ、た」

 蓋を外してすぐに飲み干す。腕を見ていたら、まだらになっていた痣がだんだん消えていった。さっき蹴られて痛かったところも平気になっていく。これなら師匠も許してくれるはずだ。
 ちょうど目に付いた傷薬を手に取って、師匠のところに戻る。潤滑油まではさすがに持ってきてないから、これで代用するつもり。

「治った」

 無言で後ろを向くように指を回されたから、上衣を脱いで背中も見せる。下穿きも脱いでまとめてその辺に投げたら、後ろから大きくため息が聞こえた。
 そんなにしたくないのか。だったら俺が我慢した方がいいのかもしれない。振り返ったら手招きされて、傍に座る。

「……ヤりてぇのか」
「うん」

 師匠がしたくないなら我慢するつもりはあるけど、師匠を気持ち良くしたいし師匠で気持ち良くなりたい。まだ許可が出ていないからちゃんと手を出さないようにして、じっと宝石のような目を見つめる。

「師匠、ご褒美が欲しい」

 師匠を見つけたご褒美。勝てなかったけど、強くなったご褒美。もらってもいいはずだ。めちゃくちゃ頑張った。

 ずっと、師匠だけ追いかけてきた。

 呆れたような顔で笑って、師匠の眉間の皺がなくなったから、跳び付いて抱きしめる。強くて、綺麗で、格好良くて、可愛い、俺の特別な人。ぎゅって返してもらうのは嬉しい。

「調子に乗んな、馬鹿犬」

 言い方は厳しいけど、声は笑ってるからこれは拒否じゃない。頭を撫でてくれてるから、怒られてるわけでもない。嬉しくなって頬をすり寄せたら、師匠も小さく声を上げて笑ってくれた。

「……まあ、今日は許してやる」
「気持ち良くします!」
「……当然だろ」

 師匠からしてもらうキスは、格別だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

黒に染まる

曙なつき
BL
“ライシャ事変”に巻き込まれ、命を落としたとされる美貌の前神官長のルーディス。 その親友の騎士団長ヴェルディは、彼の死後、長い間その死に囚われていた。 事変から一年後、神殿前に、一人の赤子が捨てられていた。 不吉な黒髪に黒い瞳の少年は、ルースと名付けられ、見習い神官として育てられることになった。 ※疫病が流行るシーンがあります。時節柄、トラウマがある方はご注意ください。

【完結】その少年は硝子の魔術士

鏑木 うりこ
BL
 神の家でステンドグラスを作っていた俺は地上に落とされた。俺の出来る事は硝子細工だけなのに。  硝子じゃお腹も膨れない!硝子じゃ魔物は倒せない!どうする、俺?!  設定はふんわりしております。 少し痛々しい。

処理中です...