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前編
14.きれいなもの
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砦に戻って後始末やら報告やらに追われ、何とか日常を取り戻して数日、オルランド隊はようやく休日を迎えていた。
レーネも久しぶりに得た休みで、ゆっくり、有効に疲れを取ろうと思っていたのだが。
「……おはよう、ティノールトくん」
「おはようございます、レーネさん」
寝起きから年下のキラキラしい顔を見せられるのは、ちょっと目が眩しい。ぼんやり瞬きをして、もういっそこのまま寝倒してしまおうかと布団に潜り直すレーネの頭を、大きな手がゆっくり撫でてくる。
「朝食、食べ損ねますよ」
それは困る、かもしれない。主にレーネではなく、ティノールトが、だが。
もぞもぞ動くレーネがくすぐったいのか、目の前にある体がくすくすと震えた。
「……食べておいでよ」
「嫌です、離れないって決めてるので」
言われてから、自分の体に回っている腕を意識する。まあ、レーネが悪いといえば悪いのだが、ここまでしなくていいと思う。大人二人分の体重くらい、二段ベッドなのだから支えられるとは思うが、一段に二人が寝るのは狭いし普通ではない、はずだ。
「眠たい……」
「昨日も遅くまで研究されてましたね」
ギガントを湖に落として戻ったあと、全員に怒られたうえにオルランドからティノールトに謎の命令が下ってしまった。レーネを一人で行動させるな、だそうだ。
それを忠実に守っているティノールトは、レーネのそばどこにでもついてくるし、寝るときは例え野営であってもレーネを抱えて寝る。抱き枕にするには少々固いと思うのだが、お互い順応力が高すぎるのかよく眠れてしまい、解消せず今に至る。
Domのレーネが突如としていなくなるという恐ろしい事態を防げることだし、ティノールトのSub性にとっても利害の一致する命令なのだろう。
「……起きる」
「はい」
ティノールトが起き上がったことで布団が離れていき、レーネは小さくくしゃみをした。それからレーネがのろのろ起き上がる間に、ティノールトはさっさとクローゼットに向かい、着替え始めている。のたりのたりとレーネがクローゼットに向かう頃にはほぼ身支度が終わっているくらい、ティノールトは朝からしゃっきり動けるタイプらしい。レーネが脱いでぺいっと床に落とした寝間着を拾い、頭からローブをかぶってくしゃくしゃになった髪を整えてくれる。
一般的にDomは世話好きといわれるのだが、レーネはどちらかというとお世話される能力のほうが高いと思う。今も、面倒がって下着にローブだけですませようとしたら、クローゼットからズボンが取り出されて渡された。仕方ないのではいておく。
それからまた顔を洗うときに服をびしゃびしゃにしないか心配されて、あくびをしながら食堂へ歩く廊下も一緒だ。
「ちゃんと食べてください」
「朝からたくさんは入らない」
小鉢を一つ増やすか増やさないかの小競り合いをくり広げ、空いている場所に座って二人で朝食をとる。オルランドやモリスは休みでも朝が早いのでこの時間にはいないだろうし、サンサは朝が得意ではないのでまだ起きていないかもしれない。オルランドの小隊は、集まって食事をするときもあれば、個々にすませることもあって、何か強いられることもなく自由でレーネも気に入っている。
「今日は何か、予定はあるんですか?」
「……見回りと、開発かなぁ」
「見回り?」
休みなのに、とでも言いたげな顔になったティノールトに苦笑して頷く。別に休日でも仕事熱心に魔物を倒して回るつもりだ、というわけではない。
「砦にかけている魔法の点検だよ。僕は一応、筆頭魔術師だから」
砦の建物自体は頑丈に作られているが、魔物の攻撃に全て耐えられるというわけでもない。だから防御のための魔法を建物自体に施しているのだが、永続はしないので定期的にかけ直す必要があるのだ。それも一日で終わる量ではないので、休日ごとに少しずつ、時期をずらしてレーネが手入れしている。
「ついていっても……」
「いいよ。隠してるものでもないし」
嬉しそうな顔になったティノールトに今度は普通に笑って、レーネは紅茶を口にした。休みの日まで無理にオルランドの命令を守る必要はないと思っていたのだが、本人がやりたがっているなら止めることもない。これだけまとわりつかれても特に不快感はないから、レーネのDomの部分にとっても相性がいいのだろう。
食事を終えたら連れ立って、右翼エリアの責任者のもとへ向かう。
砦全体の指揮者はイダンなのだが、砦が横に広いので三つのエリアに分けて、それぞれ責任者を置くことになっている。先日のような大規模な魔物侵攻であればイダンが指揮系統の頂点に置かれるが、普段の活動などはエリアごとの責任者が指示を出すのだ。レーネたちの所属は中央エリアなので、他のエリアで何かするのであれば、事前に許可を取っていたほうがいい。
ティノールト一人だったら所属が違うので止められたかもしれないが、レーネの顔はそれなりに知られている。名前は覚えられていないようだが、筆頭魔術師さま、筆頭魔術師さまと呼ばれて尋問を受けることもなかった。
そのまま右翼の責任者、コジハに説明して首尾よく許可をもらい、右翼の端から点検を始める。
「……レーネさん」
「うーん?」
過去には砦の外側に、魔法で強靭な障壁を張り巡らせた魔術師もいたようなのだが、一度に消費する魔力が多すぎて、レーネには荷が重かった。というか本当に一人の魔術師が作ったものなのか少々疑わしいのだが、まあできないものは仕方ない。知恵を絞ってできることをやるしかなくて、レーネは建物の内側から、砦自体に魔法をかけることにしている。耐火や防水、衝撃の反射、斬撃の相殺、爆発の吸収及び放出、思いつくままの効果を同じ魔法に編み込んで、壁の中に溶け込ませていくのだ。
「……その魔法、きれいですね」
「見えるのかい?」
レーネはこの魔法を使っている本人だから、魔力の流れだとか効果の強弱による光り方とか、目で見て得られる情報は多い。けれど普通は、魔法を使っている隣にいたとしても、魔術師ですら、視覚よりは魔力に対する第六感のようなもので感じ取ることがほとんどだ。
「はっきり何かわかるわけでは……でも、レーネさんが金糸で編まれたレースの中にいるみたいで、きれいです」
ずいぶん美化されているような気がして、レーネは苦笑して魔法を壁に埋め込んだ。途端にティノールトががっかりしたような顔をするから、確かに何かしら見えているらしい。今回はそういう魔法なので、ずっと見ていたいと思われても困るのだが。
「きれいなもの、好きかい」
流れ作業のように魔法を編んで、建物の中に溶かしていく。合間の話し相手にティノールトがいてちょうどよかったかもしれない。淡々と作業をこなしていくのも苦にはならないが、知らない相手の多い場所で一人で、というのはちょっと気疲れしてしまう。
「手仕事に詳しいわけではないですけど……きれいなものは、きれいですから」
ティノールトの言いたい意味が掴めず、レーネは小首を傾げた。でも、魔法がきれいだと言われて悪い気はしない。小さく笑ってまた魔法を流し込み、ティノールトに微笑む。
「僕、魔法をきれいって言ってもらえるのは嬉しいみたい。ありがとう」
「……いえ」
その調子で砦にかけた魔法を補強していき、右翼側の点検を終える頃には昼をだいぶ過ぎていた。食堂で残っていた食事をもらってのんびりと食べ終え、部屋に戻って作りかけの魔道具に手をつける。
魔法だと魔術師にしか普及しないが、魔道具なら、一度に消費する魔力量を少なくすることさえできたら普通の人にも行き渡る。そうすると、使用料もたくさん入ってくる、はずだ。さらには借金完済にも早く近づくはずである。
そう思って魔道具の開発もしているのだが、残念なことにレーネの作ろうとするものは複雑すぎて、魔力消費を少なくできたためしがないのが現実だった。今回のものも、すでに想定していた許容量を超えている。
「その、机の上に置いておいて大丈夫ですか?」
ただ、魔法と違って魔道具の開発は魔術師でなくてもできる。魔力を流す回路や機構を考えることさえできるなら、誰だって作れるものだ。だから完成していなくても、成果を盗まれないよう開発中の魔道具は厳重に隠されるのが一般的で、レーネのように無造作に転がしておくのはまずありえない。
「大丈夫。この部屋に入れるの、ティノールトくんと僕だけにしてある」
「……どういうことですか?」
「例えイダンくんでも、僕の許可なくこの部屋に入ろうとしたら結界に弾かれる」
一応、レーネも何も考えていないわけではないのだ。毎回丁寧に隠すのが面倒だから、基本的にレーネ以外はこの部屋に入れないように魔法で制限してしまっている。ティノールトはこの部屋が生活空間で、レーネがいなければ部屋に入れないなど不便だろうから例外になっているだけだ。
「……俺が誰かに、持ち出してこいって命令されたり脅されたりしてたらどうするんですか」
「持っていっていいよ。君の身の安全のほうが大事だろう」
できれば相談してほしいけど、と付け加えたものの、返事がなかったのでレーネは後ろを見上げた。空色の目が、じっとレーネを見つめている。
「……そばに、いてもいいですか」
「いいよ」
Claimまではしていないが、ティノールトとレーネはパートナー関係を結んだのだし、わざわざお伺いを立てなくてもいいのに。
足元に座り込んだティノールトの頭を何度か撫でてから、レーネは再度魔道具の開発に取りかかった。
レーネも久しぶりに得た休みで、ゆっくり、有効に疲れを取ろうと思っていたのだが。
「……おはよう、ティノールトくん」
「おはようございます、レーネさん」
寝起きから年下のキラキラしい顔を見せられるのは、ちょっと目が眩しい。ぼんやり瞬きをして、もういっそこのまま寝倒してしまおうかと布団に潜り直すレーネの頭を、大きな手がゆっくり撫でてくる。
「朝食、食べ損ねますよ」
それは困る、かもしれない。主にレーネではなく、ティノールトが、だが。
もぞもぞ動くレーネがくすぐったいのか、目の前にある体がくすくすと震えた。
「……食べておいでよ」
「嫌です、離れないって決めてるので」
言われてから、自分の体に回っている腕を意識する。まあ、レーネが悪いといえば悪いのだが、ここまでしなくていいと思う。大人二人分の体重くらい、二段ベッドなのだから支えられるとは思うが、一段に二人が寝るのは狭いし普通ではない、はずだ。
「眠たい……」
「昨日も遅くまで研究されてましたね」
ギガントを湖に落として戻ったあと、全員に怒られたうえにオルランドからティノールトに謎の命令が下ってしまった。レーネを一人で行動させるな、だそうだ。
それを忠実に守っているティノールトは、レーネのそばどこにでもついてくるし、寝るときは例え野営であってもレーネを抱えて寝る。抱き枕にするには少々固いと思うのだが、お互い順応力が高すぎるのかよく眠れてしまい、解消せず今に至る。
Domのレーネが突如としていなくなるという恐ろしい事態を防げることだし、ティノールトのSub性にとっても利害の一致する命令なのだろう。
「……起きる」
「はい」
ティノールトが起き上がったことで布団が離れていき、レーネは小さくくしゃみをした。それからレーネがのろのろ起き上がる間に、ティノールトはさっさとクローゼットに向かい、着替え始めている。のたりのたりとレーネがクローゼットに向かう頃にはほぼ身支度が終わっているくらい、ティノールトは朝からしゃっきり動けるタイプらしい。レーネが脱いでぺいっと床に落とした寝間着を拾い、頭からローブをかぶってくしゃくしゃになった髪を整えてくれる。
一般的にDomは世話好きといわれるのだが、レーネはどちらかというとお世話される能力のほうが高いと思う。今も、面倒がって下着にローブだけですませようとしたら、クローゼットからズボンが取り出されて渡された。仕方ないのではいておく。
それからまた顔を洗うときに服をびしゃびしゃにしないか心配されて、あくびをしながら食堂へ歩く廊下も一緒だ。
「ちゃんと食べてください」
「朝からたくさんは入らない」
小鉢を一つ増やすか増やさないかの小競り合いをくり広げ、空いている場所に座って二人で朝食をとる。オルランドやモリスは休みでも朝が早いのでこの時間にはいないだろうし、サンサは朝が得意ではないのでまだ起きていないかもしれない。オルランドの小隊は、集まって食事をするときもあれば、個々にすませることもあって、何か強いられることもなく自由でレーネも気に入っている。
「今日は何か、予定はあるんですか?」
「……見回りと、開発かなぁ」
「見回り?」
休みなのに、とでも言いたげな顔になったティノールトに苦笑して頷く。別に休日でも仕事熱心に魔物を倒して回るつもりだ、というわけではない。
「砦にかけている魔法の点検だよ。僕は一応、筆頭魔術師だから」
砦の建物自体は頑丈に作られているが、魔物の攻撃に全て耐えられるというわけでもない。だから防御のための魔法を建物自体に施しているのだが、永続はしないので定期的にかけ直す必要があるのだ。それも一日で終わる量ではないので、休日ごとに少しずつ、時期をずらしてレーネが手入れしている。
「ついていっても……」
「いいよ。隠してるものでもないし」
嬉しそうな顔になったティノールトに今度は普通に笑って、レーネは紅茶を口にした。休みの日まで無理にオルランドの命令を守る必要はないと思っていたのだが、本人がやりたがっているなら止めることもない。これだけまとわりつかれても特に不快感はないから、レーネのDomの部分にとっても相性がいいのだろう。
食事を終えたら連れ立って、右翼エリアの責任者のもとへ向かう。
砦全体の指揮者はイダンなのだが、砦が横に広いので三つのエリアに分けて、それぞれ責任者を置くことになっている。先日のような大規模な魔物侵攻であればイダンが指揮系統の頂点に置かれるが、普段の活動などはエリアごとの責任者が指示を出すのだ。レーネたちの所属は中央エリアなので、他のエリアで何かするのであれば、事前に許可を取っていたほうがいい。
ティノールト一人だったら所属が違うので止められたかもしれないが、レーネの顔はそれなりに知られている。名前は覚えられていないようだが、筆頭魔術師さま、筆頭魔術師さまと呼ばれて尋問を受けることもなかった。
そのまま右翼の責任者、コジハに説明して首尾よく許可をもらい、右翼の端から点検を始める。
「……レーネさん」
「うーん?」
過去には砦の外側に、魔法で強靭な障壁を張り巡らせた魔術師もいたようなのだが、一度に消費する魔力が多すぎて、レーネには荷が重かった。というか本当に一人の魔術師が作ったものなのか少々疑わしいのだが、まあできないものは仕方ない。知恵を絞ってできることをやるしかなくて、レーネは建物の内側から、砦自体に魔法をかけることにしている。耐火や防水、衝撃の反射、斬撃の相殺、爆発の吸収及び放出、思いつくままの効果を同じ魔法に編み込んで、壁の中に溶け込ませていくのだ。
「……その魔法、きれいですね」
「見えるのかい?」
レーネはこの魔法を使っている本人だから、魔力の流れだとか効果の強弱による光り方とか、目で見て得られる情報は多い。けれど普通は、魔法を使っている隣にいたとしても、魔術師ですら、視覚よりは魔力に対する第六感のようなもので感じ取ることがほとんどだ。
「はっきり何かわかるわけでは……でも、レーネさんが金糸で編まれたレースの中にいるみたいで、きれいです」
ずいぶん美化されているような気がして、レーネは苦笑して魔法を壁に埋め込んだ。途端にティノールトががっかりしたような顔をするから、確かに何かしら見えているらしい。今回はそういう魔法なので、ずっと見ていたいと思われても困るのだが。
「きれいなもの、好きかい」
流れ作業のように魔法を編んで、建物の中に溶かしていく。合間の話し相手にティノールトがいてちょうどよかったかもしれない。淡々と作業をこなしていくのも苦にはならないが、知らない相手の多い場所で一人で、というのはちょっと気疲れしてしまう。
「手仕事に詳しいわけではないですけど……きれいなものは、きれいですから」
ティノールトの言いたい意味が掴めず、レーネは小首を傾げた。でも、魔法がきれいだと言われて悪い気はしない。小さく笑ってまた魔法を流し込み、ティノールトに微笑む。
「僕、魔法をきれいって言ってもらえるのは嬉しいみたい。ありがとう」
「……いえ」
その調子で砦にかけた魔法を補強していき、右翼側の点検を終える頃には昼をだいぶ過ぎていた。食堂で残っていた食事をもらってのんびりと食べ終え、部屋に戻って作りかけの魔道具に手をつける。
魔法だと魔術師にしか普及しないが、魔道具なら、一度に消費する魔力量を少なくすることさえできたら普通の人にも行き渡る。そうすると、使用料もたくさん入ってくる、はずだ。さらには借金完済にも早く近づくはずである。
そう思って魔道具の開発もしているのだが、残念なことにレーネの作ろうとするものは複雑すぎて、魔力消費を少なくできたためしがないのが現実だった。今回のものも、すでに想定していた許容量を超えている。
「その、机の上に置いておいて大丈夫ですか?」
ただ、魔法と違って魔道具の開発は魔術師でなくてもできる。魔力を流す回路や機構を考えることさえできるなら、誰だって作れるものだ。だから完成していなくても、成果を盗まれないよう開発中の魔道具は厳重に隠されるのが一般的で、レーネのように無造作に転がしておくのはまずありえない。
「大丈夫。この部屋に入れるの、ティノールトくんと僕だけにしてある」
「……どういうことですか?」
「例えイダンくんでも、僕の許可なくこの部屋に入ろうとしたら結界に弾かれる」
一応、レーネも何も考えていないわけではないのだ。毎回丁寧に隠すのが面倒だから、基本的にレーネ以外はこの部屋に入れないように魔法で制限してしまっている。ティノールトはこの部屋が生活空間で、レーネがいなければ部屋に入れないなど不便だろうから例外になっているだけだ。
「……俺が誰かに、持ち出してこいって命令されたり脅されたりしてたらどうするんですか」
「持っていっていいよ。君の身の安全のほうが大事だろう」
できれば相談してほしいけど、と付け加えたものの、返事がなかったのでレーネは後ろを見上げた。空色の目が、じっとレーネを見つめている。
「……そばに、いてもいいですか」
「いいよ」
Claimまではしていないが、ティノールトとレーネはパートナー関係を結んだのだし、わざわざお伺いを立てなくてもいいのに。
足元に座り込んだティノールトの頭を何度か撫でてから、レーネは再度魔道具の開発に取りかかった。
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