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前編
15.下心
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迫ってくる魔物を気にせず、魔力を練ることに集中する。自分で対応しなくても、ちゃんと守ってもらえると信頼しているからだ。期待通り目の前の魔物がばさりと切り捨てられたのに口角を上げ、その先の魔物に向かって氷を放つ。
先日の魔物の大量侵攻で思ったことだが、魔物を燃やすとやはりにおいがきつい。大地に作った裂け目を元に戻して埋め立てはしたのだが、それでもしばらく鼻についた。
そのうちみんな慣れてしまったようなのだが、レーネは炎に巻かれた記憶もあるせいか、いつまででも気になってだめだった。そのため、炎の魔法はあまり使わないようにしようと決めたところである。
「怪我はありませんか」
「うん、ありがとう」
剣を収めたティノールトが近づいてきて、心配そうにあちこち触れてくるのを好きにさせておく。
ティノールト自身が守ってくれたのだから怪我がないことはわかると思うのだが、レーネを触って安心できるなら、気が済むようにしてくれて構わない。心配しすぎだとは思うが。
「過保護だねぇ」
苦笑するサンサにちょっとばつの悪そうな顔をして、ティノールトがレーネの横に戻った。何回か無茶をしたりそばからいなくなったりしたせいだとは思うので、レーネからはたしなめるようなことを言いづらい。今のところ不快というわけでもないし、きちんと戦闘が終わってから律儀に毎回確認してくるだけだし、他に支障はないはずだ。
そのうち落ちつくだろうし、Subが不安を抱え込むのはよくないから、レーネが本当に耐えきれないこと以外はティノールトのしたいようにしていい。
そう伝えようとして、レーネはリィロンが口を開くのに気づいた。
「……僕はティノールトの気持ちわかります。自分のDomがいなくなっちゃうのはすごくつらいし」
リィロンもSubだから、ティノールトに近い感覚を持っているだろうことはわかる。
ただ、何か引っかかるものを覚えてレーネは水を向けた。
「何かあったのかい」
目を丸くしたリィロンがこちらを向いて、少しうろたえる。もしかして聞いてはいけないことだったのかもしれない。
「ごめん、ちょっと気になっただけで、言いにくい話だったら言わなくていいから」
慌てて言葉を並べ立てるレーネに、リィロンは首を横に振った。
「名前からわかる通り、僕、西の出身なんです」
リユネルヴェニアは過去、西にあった草原地帯に騎士や魔術師を派遣し、魔物から人間の領域を守るという建前で領土とした。元々はその地に住んでいた各部族集落の要請によるものだった、とリユネルヴェニアでは言われているが、真実はわからない。
ただ、西方部族と騎士、魔術師たちの長年の働きによって魔物が追いやられ、人の領域が安定してくるにつれて、西方部族たちはリユネルヴェニアからの独立を望むようになった。しかしその頃には、西の守りに派遣され、そのまま定住するようになった騎士や魔術師、あるいはその子孫も西の草原で暮らしていて、草原の内外でかなり揉めたという。
今は一部自治を認められているが、その代わりに魔物と戦うための部隊はかなり縮小され、あまり安全とは言いがたい土地になっている。
リィロンの集落はその中で言えば西寄りで、魔物の襲撃が少なくない地域だった。
「だから、自分たちで集落を守らなくちゃいけなくて」
リィロンには年の離れた兄がいて、リィロンがSubなのに対し、兄はDomだった。兄は魔物を倒す自警団を結成していて、率先して集落を守っていたのだという。検査でSubとは言われたが、その兄の役に立ちたい一心で、魔術の素養はあったからリィロンもそこに加わった。心配はされたものの、兄もリィロンをかわいがってくれて、集落に他のDomがいなかったからPlayもしてくれて、兄弟仲はとてもよかった。
しかし、ある日魔物の群れに襲われて、自警団どころか集落自体が壊滅的な有様になった。兄もそのとき、命を落とした。
「にーちゃんが死んだとき、僕Dropしましたもん」
襲撃後に到着したリユネルヴェニアの小隊に運よくDomがいて、ぎりぎりのところで救われた。
そこからの縁で魔術師学校に入り、順調に卒業して、この北の砦に配属されたのだそうだ。
「だから、レーネさんのこともちょっと心配です」
無茶したらだめですよ、とくぎを刺されて、レーネは殊勝に頷いた。
先日の魔物に憑依する魔法はともかく、そこまで無茶をしているとは思っていないのだが、周囲からは無茶に見えるらしいのは何となく理解してきたところだ。オルランドに怒られるのも嫌いだし、ティノールトに心配させるのも本意ではない。
それに、近しい人が突然いなくなってしまう喪失感は、レーネもよく知っている。
「籠もいっぱいになってきたし、そろそろ帰るか」
オルランドの声に無邪気な返事をして、リィロンがモリスのもとへ走っていった。サンサだけでなく、モリスともきちんと関係を築けているようだ。
フィル、セシルもそれぞれのバディのそばで穏やかに話している様子で、レーネは隣のティノールトをそろっと見上げた。すぐに気がついた空色の瞳が、穏やかに尋ねてくる。
「どうかしましたか」
「……今日、する?」
ティノールトの喉が動くのが見えた。
いや待て、変な聞き方になった気がする。
「あの、Playの話……だけど」
「……したいです」
そっとティノールトの手が伸びてきて、レーネの服を掴む。小隊の他のメンバーには見えないような、控えめな主張に何度か目を瞬いて、レーネのほうから手を伸ばしてつないでみる。
「っえ」
服を掴むより手をつないだほうが嬉しいだろうと思ったのだが、ティノールトは喜ぶというより戸惑った様子だ。
「違った?」
手をつなぐなんて、子どもっぽくて嫌だったのかもしれない。なら離そうかと緩めると、今度はティノールトがぎゅっと力を込めてくる。しっかり掴まれた手を見て、首を傾げて見上げるレーネを、まっすぐな視線が見つめている。
「……Playも、したいし……手もつなぎたい、です」
「うん」
素直に伝えてくれたことが嬉しくて、にこにこと返事をする。少なくともレーネというDomには頼っていいのだと、ティノールトの中では安心できる相手になれたようで嬉しい。
その勢いのままあれこれ話しかけるレーネに、一つ一つ丁寧に返事をしてくれる。こういうとき、オルランドあたりにはだいたい途中で飽きられて生返事しか返ってこなくなるので、きちんと話を聞いてくれるのも嬉しい。
無事に砦まで戻ってきたら、籠や袋に採取したものをそれぞれの貯蔵場所に持っていかなければいけない。焚きつけにする枝や薬草類を入れた籠を持っている魔術師たちは倉庫、医務室へ回り、主に食料を入れた袋の騎士たちは食糧庫へと別れることになる。
「ありがとうティノールトくん、優しいね」
そこまでずっとレーネのとりとめのない話を聞いてくれたティノールトに礼を言って、レーネは籠を背負い直した。その拍子にレーネの籠から落ちた枝を拾って、ティノールトが入れ直してくれる。
「……優しくは、ないと思います」
「そう?」
「……下心があって、していることなので」
下心、というと何かを期待して行動しているという意味だろうが、レーネに優しくして何かいいことがあるのだろうか。
オルランドにいいところを見せたら出世にはつながりそうな気もするが、レーネは特に口添えできるような立場でもない。筆頭魔術師というのは魔術に優れてさえいれば与えられる称号だし、砦の魔術師たちの上司というわけでもないのだ。
レーネがティノールトに与えられるものといったら、彼好みのPlayくらいしか思いつかないものの、ティノールトがどういうPlayを好きなのかもまだよくわかっていない。
「僕より、オルランドくんのほうがいいんじゃないかい?」
「レーネさんじゃないと、意味がないんですよ」
にこ、と笑みを見せてフィルと歩いていったティノールトに首を捻り、レーネもサンサたちに合流する。
ティノールトの意図はよくわからなかったが、夜にPlayをするなら早めに片づけを終わらせて、どこかで魔道具開発の時間を取れるようにしておかなければ。
先日の魔物の大量侵攻で思ったことだが、魔物を燃やすとやはりにおいがきつい。大地に作った裂け目を元に戻して埋め立てはしたのだが、それでもしばらく鼻についた。
そのうちみんな慣れてしまったようなのだが、レーネは炎に巻かれた記憶もあるせいか、いつまででも気になってだめだった。そのため、炎の魔法はあまり使わないようにしようと決めたところである。
「怪我はありませんか」
「うん、ありがとう」
剣を収めたティノールトが近づいてきて、心配そうにあちこち触れてくるのを好きにさせておく。
ティノールト自身が守ってくれたのだから怪我がないことはわかると思うのだが、レーネを触って安心できるなら、気が済むようにしてくれて構わない。心配しすぎだとは思うが。
「過保護だねぇ」
苦笑するサンサにちょっとばつの悪そうな顔をして、ティノールトがレーネの横に戻った。何回か無茶をしたりそばからいなくなったりしたせいだとは思うので、レーネからはたしなめるようなことを言いづらい。今のところ不快というわけでもないし、きちんと戦闘が終わってから律儀に毎回確認してくるだけだし、他に支障はないはずだ。
そのうち落ちつくだろうし、Subが不安を抱え込むのはよくないから、レーネが本当に耐えきれないこと以外はティノールトのしたいようにしていい。
そう伝えようとして、レーネはリィロンが口を開くのに気づいた。
「……僕はティノールトの気持ちわかります。自分のDomがいなくなっちゃうのはすごくつらいし」
リィロンもSubだから、ティノールトに近い感覚を持っているだろうことはわかる。
ただ、何か引っかかるものを覚えてレーネは水を向けた。
「何かあったのかい」
目を丸くしたリィロンがこちらを向いて、少しうろたえる。もしかして聞いてはいけないことだったのかもしれない。
「ごめん、ちょっと気になっただけで、言いにくい話だったら言わなくていいから」
慌てて言葉を並べ立てるレーネに、リィロンは首を横に振った。
「名前からわかる通り、僕、西の出身なんです」
リユネルヴェニアは過去、西にあった草原地帯に騎士や魔術師を派遣し、魔物から人間の領域を守るという建前で領土とした。元々はその地に住んでいた各部族集落の要請によるものだった、とリユネルヴェニアでは言われているが、真実はわからない。
ただ、西方部族と騎士、魔術師たちの長年の働きによって魔物が追いやられ、人の領域が安定してくるにつれて、西方部族たちはリユネルヴェニアからの独立を望むようになった。しかしその頃には、西の守りに派遣され、そのまま定住するようになった騎士や魔術師、あるいはその子孫も西の草原で暮らしていて、草原の内外でかなり揉めたという。
今は一部自治を認められているが、その代わりに魔物と戦うための部隊はかなり縮小され、あまり安全とは言いがたい土地になっている。
リィロンの集落はその中で言えば西寄りで、魔物の襲撃が少なくない地域だった。
「だから、自分たちで集落を守らなくちゃいけなくて」
リィロンには年の離れた兄がいて、リィロンがSubなのに対し、兄はDomだった。兄は魔物を倒す自警団を結成していて、率先して集落を守っていたのだという。検査でSubとは言われたが、その兄の役に立ちたい一心で、魔術の素養はあったからリィロンもそこに加わった。心配はされたものの、兄もリィロンをかわいがってくれて、集落に他のDomがいなかったからPlayもしてくれて、兄弟仲はとてもよかった。
しかし、ある日魔物の群れに襲われて、自警団どころか集落自体が壊滅的な有様になった。兄もそのとき、命を落とした。
「にーちゃんが死んだとき、僕Dropしましたもん」
襲撃後に到着したリユネルヴェニアの小隊に運よくDomがいて、ぎりぎりのところで救われた。
そこからの縁で魔術師学校に入り、順調に卒業して、この北の砦に配属されたのだそうだ。
「だから、レーネさんのこともちょっと心配です」
無茶したらだめですよ、とくぎを刺されて、レーネは殊勝に頷いた。
先日の魔物に憑依する魔法はともかく、そこまで無茶をしているとは思っていないのだが、周囲からは無茶に見えるらしいのは何となく理解してきたところだ。オルランドに怒られるのも嫌いだし、ティノールトに心配させるのも本意ではない。
それに、近しい人が突然いなくなってしまう喪失感は、レーネもよく知っている。
「籠もいっぱいになってきたし、そろそろ帰るか」
オルランドの声に無邪気な返事をして、リィロンがモリスのもとへ走っていった。サンサだけでなく、モリスともきちんと関係を築けているようだ。
フィル、セシルもそれぞれのバディのそばで穏やかに話している様子で、レーネは隣のティノールトをそろっと見上げた。すぐに気がついた空色の瞳が、穏やかに尋ねてくる。
「どうかしましたか」
「……今日、する?」
ティノールトの喉が動くのが見えた。
いや待て、変な聞き方になった気がする。
「あの、Playの話……だけど」
「……したいです」
そっとティノールトの手が伸びてきて、レーネの服を掴む。小隊の他のメンバーには見えないような、控えめな主張に何度か目を瞬いて、レーネのほうから手を伸ばしてつないでみる。
「っえ」
服を掴むより手をつないだほうが嬉しいだろうと思ったのだが、ティノールトは喜ぶというより戸惑った様子だ。
「違った?」
手をつなぐなんて、子どもっぽくて嫌だったのかもしれない。なら離そうかと緩めると、今度はティノールトがぎゅっと力を込めてくる。しっかり掴まれた手を見て、首を傾げて見上げるレーネを、まっすぐな視線が見つめている。
「……Playも、したいし……手もつなぎたい、です」
「うん」
素直に伝えてくれたことが嬉しくて、にこにこと返事をする。少なくともレーネというDomには頼っていいのだと、ティノールトの中では安心できる相手になれたようで嬉しい。
その勢いのままあれこれ話しかけるレーネに、一つ一つ丁寧に返事をしてくれる。こういうとき、オルランドあたりにはだいたい途中で飽きられて生返事しか返ってこなくなるので、きちんと話を聞いてくれるのも嬉しい。
無事に砦まで戻ってきたら、籠や袋に採取したものをそれぞれの貯蔵場所に持っていかなければいけない。焚きつけにする枝や薬草類を入れた籠を持っている魔術師たちは倉庫、医務室へ回り、主に食料を入れた袋の騎士たちは食糧庫へと別れることになる。
「ありがとうティノールトくん、優しいね」
そこまでずっとレーネのとりとめのない話を聞いてくれたティノールトに礼を言って、レーネは籠を背負い直した。その拍子にレーネの籠から落ちた枝を拾って、ティノールトが入れ直してくれる。
「……優しくは、ないと思います」
「そう?」
「……下心があって、していることなので」
下心、というと何かを期待して行動しているという意味だろうが、レーネに優しくして何かいいことがあるのだろうか。
オルランドにいいところを見せたら出世にはつながりそうな気もするが、レーネは特に口添えできるような立場でもない。筆頭魔術師というのは魔術に優れてさえいれば与えられる称号だし、砦の魔術師たちの上司というわけでもないのだ。
レーネがティノールトに与えられるものといったら、彼好みのPlayくらいしか思いつかないものの、ティノールトがどういうPlayを好きなのかもまだよくわかっていない。
「僕より、オルランドくんのほうがいいんじゃないかい?」
「レーネさんじゃないと、意味がないんですよ」
にこ、と笑みを見せてフィルと歩いていったティノールトに首を捻り、レーネもサンサたちに合流する。
ティノールトの意図はよくわからなかったが、夜にPlayをするなら早めに片づけを終わらせて、どこかで魔道具開発の時間を取れるようにしておかなければ。
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