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第10話 危うく第二の焼死体が出来上がるところだった

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 火炎放射器は武器としての殺傷力が銃よりも劣るので、軍用主力兵器にはならないと聞いたことがあります。個人的にも、どうせ殺されるならば生きたまま焼かれるよりも、頭を撃ち抜かれて即死する方がいいです。
 もちろん、殺されるのはごめんてすが。


「炎王!今すぐ攻撃を止めろ!」

 炎王の腕にぶら下がったまま俺は叫んだ。
 怒りのプッツン大魔王さまと化した精霊王はマジで無茶苦茶です。
 過剰防衛なんてもんじゃねえ!
 お前は歩く殺戮兵器か!

『危ないぞ、主』

 炎を掌から放出するのを止めた炎王は、顔をひそめながらそう言った。
 あほか。
 危ないのはお前だボケ!
 
 俺は椅子から飛び降りて、窓へと駆け寄った。
 足の裏に痛みを感じて、割れたガラスの存在を思い出した。
 ふわっと、体が浮き上がる。

『何をしているんだ!』

「それはこっちの台詞だ!人に向けてあんな危険な技を使って一体どういうつもりだっ……ああっ、くそっ。取り敢えず話は後だっ!ロイは無事なんだろうな!ロイー!」

 炎王に抱き上げられてじたばたともがき、壊れた窓枠をぐっと掴んだ。

『怪我をしたいのか、危ないだろう』

 いや。だから。危ないのはお前だから。
 つか、俺の話聞いてる?
 俺よりも今は、ロイの安否を確認する方が先だろう。

 炎王に抱き上げられたまま壊れた窓の向こうを見ると、もといた場所よりも下の枝に引っ掛かってぷらぷらしているロイの姿が見えた。
 取り敢えず、丸焼けにはなっていない。
 良かった。
 第二のメアリーが出来るかと思った。

 メアリーが焼け死んだ夜のことは、何故だか遠い昔の古びた記憶のようになっている。
 悲しいとか寂しいという感情は確かにあるが、小説のように精神を病んではいませんよ?
 推測だが、彼女が死んだ日に本来のナジィカの精神も死んでしまったんだろう。
 まぁ。完全にナジィカが消えたわけじゃなくて、混ざってひとつになった、と言った方がいいのかな。
 幼いナジィカの心だけじゃあまりに酷すぎる現実に堪えられなくて、前世おれが甦ったんだと思う、多分、推測だけど。

 ま、堪えられるか堪えられないかは兎も角として、人が焼け死ぬ場面なんて、2度も3度も見たくはないですよ。坂谷くん漏らしちゃう。

『ご主人、起きてっ。落っこちちゃう……!』

 枝に服が引っ掛かって宙吊りになっているロイの側で、白い精霊が必死に呼び掛けていた。
 どうやら、ロイは気絶しているみたいだ。
 誰か助けられる人はと視線を巡らせるが、人影は無い。くそっ、バカ兄ども逃げやがったな!
 下で騒いでいたヤツらが、何番目の兄と取り巻きなのかは分からない。でも、そいつらが助けを呼んでこないことだけはわかる。
 幽閉はされてないけど、ロイの扱いもナジィカさんばりに酷いだろうからな。

「炎王、ロイを助けろ!」

 俺の体を抱えあげている炎王に視線を移し、強い口調で命令した。
 不服そうに唇の端を歪めて黙りこむ炎王を、じっと睨み付ける。
 本の設定だと、ロイ・プロキオンは数少ないナジィカの味方だった。
 子どもの頃にロイが幽閉されたナジィカに会ったという場面はなかったから、本の通りに彼が俺の味方になってくれるかどうかはわからない。
 もしかしたら、ロイも敵になるかも知れない。
 だけど、幼い子どもを見殺しになんて出来ないよね。
 双子の弟なら、尚更じゃないか。

 無言で見下ろして来る炎王はちょっぴし怖い。
 その威圧感に坂谷くんはマジでちびりそうです。
 だ、が、し、か、しっ!ここで逃げたら根性無しだ!
 一葉の名折れだぜ!……って、なんか使い方が可笑しいか?まぁ、いいや。
 兎に角、根性だけの坂谷くんを舐めんなよ。
 正直心臓ばくばく鳴り過ぎて、口から"うぇろっ"て出てきそうだけど、堪えろ。根性見せろよ坂谷くん!

 どれくらい無言で向き合っていたのか……。
 ふうっと息を吐き出して、先に炎王が目を逸らした。
 よし、勝った!と握りこぶしをつくる俺の耳に『不可能だ』と呟くような声が聞こえた。
 は?
 不可能……って何が?

『俺にアレを救うことは不可能だ』

 は?なに言っちゃってんのこいつ?
 拗ねてんの?いじけてんの?それとも助けたくないって言ってるの?

「びゅーと飛んでって、ロイを掴まえて戻ってきたらいいじゃないか!」

『だから、不可能だと言ってるだろう。箱庭……人の世に送られる精霊にはあらゆる制約がかけられるが、位に関係なく全ての精霊に共通して定められた掟のひとつに、箱庭に存在する人族との接触不可がある』

「は?」

『精霊は創造主である双子神によって、箱庭の人族と接触できないように創られている』

「え、え?どーゆーこと?ちょっと意味がわからないんだけど」

『だから。俺も【時の精霊】もその他の精霊もみな、人に触れる事が出来ないように創られているのだ。そこらのちっぽけな草花の精霊から、王の名を与えられた大精霊まで例外なく、人と精霊を隔てる壁を越えることはできない。
 人に与えられたのは、精霊を【見る力】と声を【聞く力】と【使役する可能性】だ』

「えー……と」

 バカかこいつって顔をされました。
 いや、流石に意味は理解できてるよ?
 でもさ、辻褄あわねぇじゃん?

「じゃあ僕は?」

 炎王含め、精霊が人に触れる事が出来ないなら、俺の脇の下をガッツリ掴んで、抱っこしているこの状態はどーゆーことで?

『……知らん』

「は」

『魂が我らに近くとも主の肉体は紛れもなくヒトのものだ。実際に主が俺に呼び掛けたあの日まで、接触は一切出来なかった。なぜいまこうして、世界の隔たりを越えて干渉できるのか、俺にもその答えを知るすべはない』

 なんか、とてつもなくイレギュラーだってことはわかった。
 もしかして、坂谷一葉の記憶が甦ったことと関係があるのか?
 いや……記憶がどうであれ、この体はあくまでもこの世界で生まれた人族のナジィカのものだ。
 記憶うんぬんで体のつくりはかわらないだろう。

『お願いっ!ご主人を助けてっ!炎を統べる尊き御方の主さまっ!』

 割れた窓の向こうに白い精霊が飛んできて、祈るように掌を組んだ。

 助けろってどうやってだよ!
 考えろっ!考えろ俺っ!

「じょ、上昇気流をつくってロイを浮かせよう!」

 ってヒトが浮くかぁぁぁ!!
 大体どーやってつくるんだよ!
 冷たい空気とあたたかい空気をって、やめやめ!次っ!

「竜巻をつくってロイを巻き上げよう!」

 引きちぎられて死ぬっっ!
 よしんば小さい竜巻を奇跡的に一瞬だけつくりだせたとして、ブッ飛ばされて最終的に地面にドンして死ぬじゃん。
 そもそも竜巻ってどーやってつくるんだよ。えーと冷たい空気とあたたかい空気と、やめやめ次!

「よし。時の精霊に時間を止めて貰って、その間に助けを呼びに行こう」

『それは神の領域だな。王の名を持つ精霊ならまだしも、そこの精霊では無理だな』

 ぐふぅ。ようやくマシな方法が浮かんだと思ったのに。

『大体、時間を止めたら主の時間も止まるだろう。誰が助けを呼びにいくんだ』

 俺の心をあっさり折らないでくれませんかね、守護精霊!
    
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