うそつきな友情(改訂版)

あきる

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第30話

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 化粧をすれば、女の子に見えないこともない史彦君と、どんなに頑張ってもヤローだと分かるこいつ。

 顔の造形の優劣はタイプが違いすぎて比べようが無いが『この顔なら同性おとこでもお付き合いできる』という題材で調査するならば、史彦の圧勝ではないだろうか。普通。おそらく。一般的に。

 天使と悪魔なら、絶対天使に微笑んでいただきたい。

 それなのに何故だろう。
 どうして俺は、こいつの方が良いな。なんて思っちゃうんだろ。

 ウソの笑顔でもいいや。ホントは嫌だけど、それすら無くなる方が嫌だ。

「えっと体調大丈夫か?熱あるのに無理するから倒れるんだぜ。クッションにしちゃった所為もちょっとはあるかもだけど……それは、謝るよ。ゴメン」

 間近にある瞳にどぎまぎしている自分を誤魔化すために、必死に喋り続けた。

 ホントは、久賀の視線を逸らさせない為だった。

 心が勝手に暴走している。
 もっと、と……叫んでる。

 もっと笑って。
 もっと喋って。
 もっと構って。
 もっとその目を俺に向けて。

 夜の闇色の瞳が、心をざわつかせた。
 
 知りたい。近づきたい。さわりたい。抱きしめてキスを……ああ、そろそろ知らないフリをするのも限界だ。

 多分、じゃなくて、おそらくでもなくて、きっと。

 俺は、こいつに。

「お前さ、あんな場所で寝るのは止めろよ。体調が悪化するだろ。それからっ……」

 言葉の途中で、唇を塞がれた。
 赤い髪が視界の端っこで揺れている。
 口内に侵入してきたあっついモノが唾液を送り込んできて、舌をさらっていった。
 吸われて弄ばれて、頭の中がスパークする。

 久賀がナガノさんから金を受け取るのを目撃したあの日。
 あの時の、飢えにも似た渇望はどこから湧いていたのだろう。
 今はただ、舌の熱さに驚いて、逃げることしかできないのに。

 俺は与えられる熱さに戸惑う中で"違う"と、だだそう繰り返した。

 欲しいのはコレじゃない。
 俺が欲しいのは、このキスじゃない。

 カラダがとろけるようなコレではなくては、心が踊るアレがいい。


 心が震えるキスが欲しい。



 望みは、何一つだって叶わなかった。
 近づきたくても近づけず、触れたくても触れられない。

 ちゅっと、大きな音を立てて離れていった唇。
 情熱的な行為とは裏腹に、夜の闇色の目は悲しい程に冷たかった。

 その視線に心が抉られる気がした。

 愛がないのに、求めるようなキスをする。
 奪うようなキスをする。

 友情さえ、コイツの目の中では、カケラほども見つけられはしないのに。

「やっと静かになった。うるさいって言ったの聞こえなかった?」

 口を塞ぐぞって忠告はしたでしょ?と冷たい目が語っている。それから、ふいっと視線が逸らされた。
 もはや、視界に入れるのすら、必要ないと言われたみたいだ。


 ズキズキと胸が痛んで、無意識に後ずさった。

 俺が騒いだから?しつこくかまったから?ヒトにばらすなって言ったのを無視して、保健室に連れて行こうとしたから?
 だから、そんなにキツい目で俺を見て……いや、もう冷たい目さえも向けてはくれないのか。

「トーモ。お腹空いた」

 ツインテールさんの肩を抱きしめて頬を擦り寄せ、甘えながら久賀が笑った。
 嘘みたいに明るい声音だ。

 ちらりと覗く横顔には、俺に向けるのとは確実に違う、幸せそうな笑みが浮かんでいた。

 ぐしゃぐしゃに心が握りつぶされる。
 この男の仕草や言葉や視線や表情に。
 握りつぶされる。

 久賀は、俺に向けるうそつきな笑顔ではない、本物の笑顔を向けながらツインテールさんと楽しそうに歩いていく。
 俺はただ茫然ぼうぜんと、その背中を見つめることしか出来ない。

 教室で見慣れた背中は、一度だって、振り返りはしなかった。

「なぁ。だいじょーぶかよ、あんた?」

 ふっと視線が遮られて、久賀の背中が見えなくなった。
 ブリーチの明るすぎる金髪。
 心配そうな顔をしながら、ヤンキーくんが首を傾げた。

 意識して、ぱちぱちと瞬きをする。

「……あ、ああ、うん。平気」

 心臓はキスの名残で早鐘を打つのに、胸の真ん中は穴があいているみたいに静かで暗い。

 涙は浮かんでこない。
 痛くて痛くて仕方ないのに、泣けなかった。
 あまりにショックで。
 何か大きなモノが喉を塞いでいるような不快感があった。

 ああ…………嫌われた。

 はじめから好かれてはいなかった。だけど、嫌われても、無かったように思える。

 でも、もう無理だ。

 ウリをばらすぞって脅してしまった時より、家族のことをしつこく訊いた時よりも、冷たい目をしていた。

 嫌われた。
 もう、きっと教室で会っても、話しかけてくれない。

 きっと。

「おい、行くぞ西河原。昼飯食いっぱぐれる」

「うん、分かってるよ。ねぇ、ホントに大丈夫?」

 何だよ。このヤンキーくん見かけによらず良いヤツなのかな。
 誰かの小さな優しさに心が揺れた。

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