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side久賀1-4
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戦場に向かう兵士の心情で、重い一歩を踏み出した瞬間、右手を掴まれて動けなくなった。
「どこ行く気だよ!」
赤く腫れた目は、人の悪意や世間の不平等なんて、まるで知らないみたいに真っ直ぐだ。
すっかり存在なんて忘れていた相手にちょっと驚かされた。
「あれ、まだいたの?」
なんて、間抜けな質問をしてしまった。
「お前、どこ行く気だよ」
「どこって、お仕事に」
馬鹿正直に答えたのは、嘘をつく余裕も無かったからだ。体力的にも、精神的にも。
やはり、寝不足はダメだ。
脳みその動きが眠いと鈍くなる。
面倒を回避できない。
口八丁で切り抜けてやろうかと思ったが、疲れきった頭は数分前に失言済みだった。もっとも、このときの俺は、脳みそが動かな過ぎて、そんなことにも気付けなかったけどね。
「お前、これやったヤツのとこに行く気だろ!ダメだっ、お前死にそうな顔してんだぞ!分かってんのか?」
これと、手首の痕を示して、尾上が喚く。
嫌に鋭いなと、にっこり笑顔と嘘で誤魔化そうとした。
「違うよ。永野さんに呼び出されたの。ご飯食べさせてあげるからおいでって」
「さっきの着信のことかよ?嘘だろそれ」
「ホントだってば。なんなら確認する?」
実際に、黒曜がメッセージを寄越す数十分前に、永野さんからも連絡が来ていた。
着信時間が表示されている部分だけを然り気無く指で隠し、スマホの画面を尾上に向けた。
これで納得して、大人しく引き下がってくれませんかね?
日付。送信者。メッセージの内容を見せて、
ほらね。嘘じゃないでしょ?と笑う。疑わしげな視線を向けたままの尾上は納得出来ないと言った。
「じゃあ、その傷つけたヤツのも見せろよ」
「ん?何のハナシ?永野さんからしか連絡は来てないよ」
ホントにお前の勘違いだってと、心底驚いた振りして言ってみたが、疑いの視線は揺るがない。
うーん。シツコイ。
「じゃあ、やっぱ、その傷をつけたのはナガノさん?」
「ぶははっ!なんでそんな結論に達するの?だからナガノさんは鬼畜じゃないから。あはっ、いててっ、頭痛いっ。ははっ、笑わせないでよ、尾上」
「………………嘘つき」
ぼそりと、とても低い声で尾上が呟いた。
うん。確かに俺は嘘つきだけどね、永野さんがメールくれたのも、あのヒトがこの傷をつけたわけじゃないのも本当なんだって。
唇を噛んで俯く相手をちらりと見下ろす。
他人のタメに必死になれる、良いヤツだとは思うよ。
でも、俺とは見てるモノが違いすぎて、生きてる場所も違いすぎる。
どんなに正論を並べられても、どんな風に説得させられても、俺は生き方を変えないだろう。
今はひたすら自分が信じる正義の為に頑張ってる尾上も、やがては諦めて離れていく。
寂しいとは思わない。ちょっぴり残念ではあるが、それも些細な事だ。
永野さんとのアレな現場を見られなきゃ、卒業するかクラスが変わるまでは薄っぺらくて適度に心地良い、ニセモノの友人でいられたのにな。
(お前は、普通に良いヤツだったよ)
そして、思った以上に熱血だった。
あと、すぐに騙される単純馬鹿で、三階の屋根から飛び降りるくらい無謀で、ホモ売春をしている同級生を、卑しめる事なく説得しようとした、正義のヒトでもあった。
金を貰って体を売る行為を非難し、不誠実な態度を非難したが、それは俺の存在自体を侮辱するものではなかった。
学食のおばさんがお前に気があるらしいぜ、なんて、からかってふざけ合うのも今日で終わりだ。
(ばいばい、尾上)
今日限り切り捨てることにして、歩き出した。
一円でも多く、カラダと言葉と色で手に入れる。
それが、俺に出来る唯一の……。
「待てよ」
ぐいっと思いっきり腕を引っ張られた。
流石にね、限界だったんだ。
三日のエロ責めに、寝不足に、昔の悪夢に、シツコイ質問責めに、回転着地に、人間クッション。
俺は超人ではないので、体力にも限りがあるんだって。
ほぼ意地で動いていたカラダは、呆気なくバランスを崩して後ろ向きに倒れた。
「うわっ!く、久賀っ!」
「うー、空が回る」
背中を抱きとめ、支えてくれた尾上が、やっぱり体調悪いんじゃねぇかと怒鳴った。
ううっ。耳元で怒鳴るの止めて。
「お前が……急に引っ張るからだ」
「いいから喋るなって」
腕の中から膝枕へ。ちょっと、どうせなら美女と変わってくれよ。チェンジ、チェンジ。と、ぐわんぐわんする頭でも、端っこの方でふざけられちゃう自分にちょっと呆れるかも。
だって、シリアスは嫌いなんだ。
べたべたとヒトの額に掌を押しつけて、尾上はまだまだ喚き続ける。
「お前、やっぱり熱あるじゃねぇかよ。馬鹿」
俺は一体、こいつに何回馬鹿って言われるのか。
お前だって十分に馬鹿だから。
それから、声のトーンを少しだけ落として下さい、お願いします。
くらくらする視界に、ガチでヤバいと内心焦る。
ドSな黒曜は融通きかない上に、心が狭くて冷血で気が短い。機を逃したら別の誰かが夜の相手をするだろう。
サド帝さまは人間に執着しない。
親も兄弟も恋人も、他人も、当然俺にも、子どもが面白がって遊ぶ、壊れたら床に放置して忘れるくらいの、使い捨てるオモチャ程度の関心しかない。
「お、俺の金……金が」
ああ。羽が生えて、束になった諭吉さんが飛んでいく。
七桁の金。
久賀龍二、一生の不覚だ。
「しっかりしろよ!!おいっ!クソっ。ちょっと待ってろ。誰か呼んでくる!」
次第に不鮮明になる視界。
世界が遠くなる中で聞いた、嫌なセリフに寝てる場合じゃねぇと己を叱咤する。
ふざけるなと、側にある温もりを力の限り掴んで、必死に舌を動かした。
―誰かにバラしたら殺す―
ちゃんと言葉になっただろうか。
ああ、くそオガミンめっ、余計なことするんじゃねぇぞ。
ぶん殴っても止めなきゃならないのに、体はいうことをききやしない。
まるで主人公が死んでしまう映画のラストシーンのように、ぷつりと視界は真っ暗になって闇の中に突き落とされた。
「どこ行く気だよ!」
赤く腫れた目は、人の悪意や世間の不平等なんて、まるで知らないみたいに真っ直ぐだ。
すっかり存在なんて忘れていた相手にちょっと驚かされた。
「あれ、まだいたの?」
なんて、間抜けな質問をしてしまった。
「お前、どこ行く気だよ」
「どこって、お仕事に」
馬鹿正直に答えたのは、嘘をつく余裕も無かったからだ。体力的にも、精神的にも。
やはり、寝不足はダメだ。
脳みその動きが眠いと鈍くなる。
面倒を回避できない。
口八丁で切り抜けてやろうかと思ったが、疲れきった頭は数分前に失言済みだった。もっとも、このときの俺は、脳みそが動かな過ぎて、そんなことにも気付けなかったけどね。
「お前、これやったヤツのとこに行く気だろ!ダメだっ、お前死にそうな顔してんだぞ!分かってんのか?」
これと、手首の痕を示して、尾上が喚く。
嫌に鋭いなと、にっこり笑顔と嘘で誤魔化そうとした。
「違うよ。永野さんに呼び出されたの。ご飯食べさせてあげるからおいでって」
「さっきの着信のことかよ?嘘だろそれ」
「ホントだってば。なんなら確認する?」
実際に、黒曜がメッセージを寄越す数十分前に、永野さんからも連絡が来ていた。
着信時間が表示されている部分だけを然り気無く指で隠し、スマホの画面を尾上に向けた。
これで納得して、大人しく引き下がってくれませんかね?
日付。送信者。メッセージの内容を見せて、
ほらね。嘘じゃないでしょ?と笑う。疑わしげな視線を向けたままの尾上は納得出来ないと言った。
「じゃあ、その傷つけたヤツのも見せろよ」
「ん?何のハナシ?永野さんからしか連絡は来てないよ」
ホントにお前の勘違いだってと、心底驚いた振りして言ってみたが、疑いの視線は揺るがない。
うーん。シツコイ。
「じゃあ、やっぱ、その傷をつけたのはナガノさん?」
「ぶははっ!なんでそんな結論に達するの?だからナガノさんは鬼畜じゃないから。あはっ、いててっ、頭痛いっ。ははっ、笑わせないでよ、尾上」
「………………嘘つき」
ぼそりと、とても低い声で尾上が呟いた。
うん。確かに俺は嘘つきだけどね、永野さんがメールくれたのも、あのヒトがこの傷をつけたわけじゃないのも本当なんだって。
唇を噛んで俯く相手をちらりと見下ろす。
他人のタメに必死になれる、良いヤツだとは思うよ。
でも、俺とは見てるモノが違いすぎて、生きてる場所も違いすぎる。
どんなに正論を並べられても、どんな風に説得させられても、俺は生き方を変えないだろう。
今はひたすら自分が信じる正義の為に頑張ってる尾上も、やがては諦めて離れていく。
寂しいとは思わない。ちょっぴり残念ではあるが、それも些細な事だ。
永野さんとのアレな現場を見られなきゃ、卒業するかクラスが変わるまでは薄っぺらくて適度に心地良い、ニセモノの友人でいられたのにな。
(お前は、普通に良いヤツだったよ)
そして、思った以上に熱血だった。
あと、すぐに騙される単純馬鹿で、三階の屋根から飛び降りるくらい無謀で、ホモ売春をしている同級生を、卑しめる事なく説得しようとした、正義のヒトでもあった。
金を貰って体を売る行為を非難し、不誠実な態度を非難したが、それは俺の存在自体を侮辱するものではなかった。
学食のおばさんがお前に気があるらしいぜ、なんて、からかってふざけ合うのも今日で終わりだ。
(ばいばい、尾上)
今日限り切り捨てることにして、歩き出した。
一円でも多く、カラダと言葉と色で手に入れる。
それが、俺に出来る唯一の……。
「待てよ」
ぐいっと思いっきり腕を引っ張られた。
流石にね、限界だったんだ。
三日のエロ責めに、寝不足に、昔の悪夢に、シツコイ質問責めに、回転着地に、人間クッション。
俺は超人ではないので、体力にも限りがあるんだって。
ほぼ意地で動いていたカラダは、呆気なくバランスを崩して後ろ向きに倒れた。
「うわっ!く、久賀っ!」
「うー、空が回る」
背中を抱きとめ、支えてくれた尾上が、やっぱり体調悪いんじゃねぇかと怒鳴った。
ううっ。耳元で怒鳴るの止めて。
「お前が……急に引っ張るからだ」
「いいから喋るなって」
腕の中から膝枕へ。ちょっと、どうせなら美女と変わってくれよ。チェンジ、チェンジ。と、ぐわんぐわんする頭でも、端っこの方でふざけられちゃう自分にちょっと呆れるかも。
だって、シリアスは嫌いなんだ。
べたべたとヒトの額に掌を押しつけて、尾上はまだまだ喚き続ける。
「お前、やっぱり熱あるじゃねぇかよ。馬鹿」
俺は一体、こいつに何回馬鹿って言われるのか。
お前だって十分に馬鹿だから。
それから、声のトーンを少しだけ落として下さい、お願いします。
くらくらする視界に、ガチでヤバいと内心焦る。
ドSな黒曜は融通きかない上に、心が狭くて冷血で気が短い。機を逃したら別の誰かが夜の相手をするだろう。
サド帝さまは人間に執着しない。
親も兄弟も恋人も、他人も、当然俺にも、子どもが面白がって遊ぶ、壊れたら床に放置して忘れるくらいの、使い捨てるオモチャ程度の関心しかない。
「お、俺の金……金が」
ああ。羽が生えて、束になった諭吉さんが飛んでいく。
七桁の金。
久賀龍二、一生の不覚だ。
「しっかりしろよ!!おいっ!クソっ。ちょっと待ってろ。誰か呼んでくる!」
次第に不鮮明になる視界。
世界が遠くなる中で聞いた、嫌なセリフに寝てる場合じゃねぇと己を叱咤する。
ふざけるなと、側にある温もりを力の限り掴んで、必死に舌を動かした。
―誰かにバラしたら殺す―
ちゃんと言葉になっただろうか。
ああ、くそオガミンめっ、余計なことするんじゃねぇぞ。
ぶん殴っても止めなきゃならないのに、体はいうことをききやしない。
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