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第53話
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非難めいた言葉を向けても、ケラケラと笑うだけの相手に、いっそ見捨てて帰ろうかな、と思った。思うだけで出来る訳ないんだけどな。
(あー……俺何やってんだろ)
何一つ思い通りには動いてくれないし、本気で心配しても真面目に答えてはくれないのに、まだ、関わることを止められない。
バカでも最低でも冷たくても言動オカシくても脳みそいっちゃってても、多分、コイツを見捨てるなんて無理。
嫌いになるのも難しい。
「っと……ふぅ、ちょい休憩」
数十メートルも進まぬ内に、久賀が壁にもたれて座り込んだ。
そんな久賀を見下ろし、顔をしかめる。こんな状態で徒歩で家まで帰るなんて、明らかに無謀だよな。
「お前、やっぱ大丈夫じゃねぇーって」
「ん……そだな、ちょっと寝てから、帰ろうか……尾上、この近くに公園とかある?人気がなくて、寝られそうな……場所とか、さ」
ないなら自販機にでも寄りかかろうか、と大きな息を吐き出して冗談を口にする。
一言を発するのもつらそうだ。
この近くにクリニックがあるならば、引きずってでも連れて行きたい所だが……。
ま、仮にあっても舌噛むぞ発言しちゃうくらい拒否ってる相手を説得する自信はねぇですがね。
「お前、そんな状態なのに、外で寝るつもりかよ。バカじゃねぇの、そんなんダメに決まってんだろ」
11月も後半にさしかかり、間もなく日も完全に落ちて、寒い夜がやってくる。
大した防寒もしてない、そんな薄着で?何を考えている。死にたいのか。
もし、死にたいの?と訊いて、そうだと返されたらどうしよう……。答えを聞くのが怖い、ダメだ止めておこう。
プルプルと頭を振ると「だから、それが犬みたいなんだって」と久賀が機嫌良く笑う。
体調悪くてヘロヘロな時の方が機嫌が良さげだとか、変なヤツ。
椎名がコイツを自覚なしのマゾ呼ばわりしてたけど、あながち間違いでもないのかも。
「ははっ……心配性っつーか、ホントお節介だな。俺の事はいいから……お前はもう帰れよ、尾上」
じゃぁね、と久賀はぱたぱた手を振った。
壁にもたれて、そっと目を閉じる顔を見下ろした。
少し震えているまぶたも、緩く開いた唇も、吐き出される熱を含んだ息も、少し歪めた眉も、ちっとも平気じゃないのに、カケラほども頼ってはくれない。
椎名や西河原みたいに、強引に連れていく力は俺にはない。
お前の友だちの"トモちゃん"や従兄弟の史彦くんみたいに、疲れを癒してやることも、励ますことも俺には出来ない。
だって、俺は久賀に、信頼されていないから。
心を、許されてないことくらい、十分わかってるよ。
頼りないって思われてることくらい、とっくに知ってるよ。
心配で、悲しくて、辛くて、どうにかしてやりたくて、助けたいと何度声をかけても、力になりたいと手を差し出しても、久賀は俺の手を取ったりしない。
お前の助けなんて要らないよ、と言葉にしない代わりに、柔らかな笑みに乗せて語る。
お前なんかに、何が出来るよ。
屋根から飛んだ日に、久賀から言われたそれ。
その答えを、いまも俺は出せないでいる。
ホント、俺は何をしているんだろうな。
バカだって言われても反論できない。
反論なんて、しないさ。バカだって言われても、愚かだって貶されてもいい。お人好しだと思われたってかまわない。
「久賀、バイトしない?」
緩やかに、まるでスローモーションのように、彼のまぶたが持ち上がるのを見ていた。
理解できないと、変なヤツだとそう笑いたいなら笑えばいいよ。
「……バイト?」
「そ。バイト。するだろ」
優しい言葉も案じる言葉も、コイツは必要ないってはねつける。どんな言葉も、ちっとも響かなくて、留めて置くことが出来ない。
同じ場所に立ってはいても、ぜんぜん別の方向を見ている。
隣に行こうとしても本当はまったく別の場所にヒトリで立っているコイツには、簡単に近づけたりしない。目をちょっと離したら、遠い場所にふらふらっと逃げていってしまう。
いいよ。逃げたければ逃げればいい。追いかけるから。
だけど好きだなんて言わないよ。
恋だなんて、絶対に伝えたりしない。
友情を演じて、ひたすらに愚かしく、トモダチを案じる俺でいるよ。
取引がないと、ヒトを信用しない久賀。
言葉なんて軽いものでいくら説得しても、語りかけても、心を開いてくれない。
だから。
(同じ場所に、立つためだ)
売春なんてクソだ。
そう思うキモチは変わらないし、コイツのウリを止めさせる事も諦めたりしない。
だけど、俺だって共犯者だ。
手を差し出した。
見下ろす相手が、緩やかなに瞬く。
呆然と見上げてくる瞳の奧に、うそつきな仮面がちょっとだけ外れて、ホントの感情が見えた気がした。
「俺がもう一回、お前を買うよ」
それが間違いだと自覚した上で、俺は久賀に手を差し出した。
(あー……俺何やってんだろ)
何一つ思い通りには動いてくれないし、本気で心配しても真面目に答えてはくれないのに、まだ、関わることを止められない。
バカでも最低でも冷たくても言動オカシくても脳みそいっちゃってても、多分、コイツを見捨てるなんて無理。
嫌いになるのも難しい。
「っと……ふぅ、ちょい休憩」
数十メートルも進まぬ内に、久賀が壁にもたれて座り込んだ。
そんな久賀を見下ろし、顔をしかめる。こんな状態で徒歩で家まで帰るなんて、明らかに無謀だよな。
「お前、やっぱ大丈夫じゃねぇーって」
「ん……そだな、ちょっと寝てから、帰ろうか……尾上、この近くに公園とかある?人気がなくて、寝られそうな……場所とか、さ」
ないなら自販機にでも寄りかかろうか、と大きな息を吐き出して冗談を口にする。
一言を発するのもつらそうだ。
この近くにクリニックがあるならば、引きずってでも連れて行きたい所だが……。
ま、仮にあっても舌噛むぞ発言しちゃうくらい拒否ってる相手を説得する自信はねぇですがね。
「お前、そんな状態なのに、外で寝るつもりかよ。バカじゃねぇの、そんなんダメに決まってんだろ」
11月も後半にさしかかり、間もなく日も完全に落ちて、寒い夜がやってくる。
大した防寒もしてない、そんな薄着で?何を考えている。死にたいのか。
もし、死にたいの?と訊いて、そうだと返されたらどうしよう……。答えを聞くのが怖い、ダメだ止めておこう。
プルプルと頭を振ると「だから、それが犬みたいなんだって」と久賀が機嫌良く笑う。
体調悪くてヘロヘロな時の方が機嫌が良さげだとか、変なヤツ。
椎名がコイツを自覚なしのマゾ呼ばわりしてたけど、あながち間違いでもないのかも。
「ははっ……心配性っつーか、ホントお節介だな。俺の事はいいから……お前はもう帰れよ、尾上」
じゃぁね、と久賀はぱたぱた手を振った。
壁にもたれて、そっと目を閉じる顔を見下ろした。
少し震えているまぶたも、緩く開いた唇も、吐き出される熱を含んだ息も、少し歪めた眉も、ちっとも平気じゃないのに、カケラほども頼ってはくれない。
椎名や西河原みたいに、強引に連れていく力は俺にはない。
お前の友だちの"トモちゃん"や従兄弟の史彦くんみたいに、疲れを癒してやることも、励ますことも俺には出来ない。
だって、俺は久賀に、信頼されていないから。
心を、許されてないことくらい、十分わかってるよ。
頼りないって思われてることくらい、とっくに知ってるよ。
心配で、悲しくて、辛くて、どうにかしてやりたくて、助けたいと何度声をかけても、力になりたいと手を差し出しても、久賀は俺の手を取ったりしない。
お前の助けなんて要らないよ、と言葉にしない代わりに、柔らかな笑みに乗せて語る。
お前なんかに、何が出来るよ。
屋根から飛んだ日に、久賀から言われたそれ。
その答えを、いまも俺は出せないでいる。
ホント、俺は何をしているんだろうな。
バカだって言われても反論できない。
反論なんて、しないさ。バカだって言われても、愚かだって貶されてもいい。お人好しだと思われたってかまわない。
「久賀、バイトしない?」
緩やかに、まるでスローモーションのように、彼のまぶたが持ち上がるのを見ていた。
理解できないと、変なヤツだとそう笑いたいなら笑えばいいよ。
「……バイト?」
「そ。バイト。するだろ」
優しい言葉も案じる言葉も、コイツは必要ないってはねつける。どんな言葉も、ちっとも響かなくて、留めて置くことが出来ない。
同じ場所に立ってはいても、ぜんぜん別の方向を見ている。
隣に行こうとしても本当はまったく別の場所にヒトリで立っているコイツには、簡単に近づけたりしない。目をちょっと離したら、遠い場所にふらふらっと逃げていってしまう。
いいよ。逃げたければ逃げればいい。追いかけるから。
だけど好きだなんて言わないよ。
恋だなんて、絶対に伝えたりしない。
友情を演じて、ひたすらに愚かしく、トモダチを案じる俺でいるよ。
取引がないと、ヒトを信用しない久賀。
言葉なんて軽いものでいくら説得しても、語りかけても、心を開いてくれない。
だから。
(同じ場所に、立つためだ)
売春なんてクソだ。
そう思うキモチは変わらないし、コイツのウリを止めさせる事も諦めたりしない。
だけど、俺だって共犯者だ。
手を差し出した。
見下ろす相手が、緩やかなに瞬く。
呆然と見上げてくる瞳の奧に、うそつきな仮面がちょっとだけ外れて、ホントの感情が見えた気がした。
「俺がもう一回、お前を買うよ」
それが間違いだと自覚した上で、俺は久賀に手を差し出した。
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