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番外編
ハッピーハロウィン1
しおりを挟む「キリヤさんて、男しか好きになれないの?」
学食で前の席に座った舞は、早速キリヤの話を切り出してきた。
「そうじゃなきゃ、男の俺と付き合わなくない?」
郁美は野菜炒めのキャベツを口に運びながら答える。野菜多めの食事は美幸から美容指導を受けていた頃からの習慣だ。今はあの時ほど気を遣っていないが、とりあえず野菜を優先的に摂取している。
「まじかー性別の差って、ハードル高いな~」
「高いな~じゃくて、俺、付き合ってるって言ったよね」
「だから?恋人いるとか関係なくない?」
なんでアタシが諦めなきゃいけないの?と心底不思議そうに聞かれて、郁美は答えに詰まった。本人の前でそれを言うのか。最近の舞は郁美に対して本性丸出しだった。
「あとさ、いっくんハロウィンなにやる?せっかくだから合わせよ?アタシ準備しとくから」
この大学ではハロウィンの日の夕方からハロウィンイベントが開催される。肌の露出が多かったり性的なものでなければ特に制限なく参加できるらしい。郁美は今まで参加したことがないので、実際がどんなものかは知らない。学生たちが他所で何かをしでかすよりは、目の届く学内で発散してもらおうという大学側の狙いがあるらしい。
「やだよ。また知らない人に陰口言われるし」
「妖精は陰口じゃないじゃ~ん。絶対参加して?せっかく同じレベルの顔面なんだからぁ。あとキリヤさん呼んでね、絶対」
最後は真顔で、舞が訴えかけてきた。郁美は当日大学をサボろうと決心した。
キリヤの家で、郁美は頭を抱えていた。カレンダーを確認したら、ハロウィンイベント当日は休めない講義が入っていた。舞も出席する講義だ。大学に行ったら確実に舞に捕まる。しかし欠席すると単位が危うい。郁美は究極の選択を迫られていた。
「何してんの?」
郁美を膝の上に抱えて座るキリヤが、べったり背中に張り付いている。暑苦しいが、慣れた郁美は気にせずスマホで大学の予定表をチェックしていた。
「ハロウィンの日休みたくて講義の予定確認してた。大学のイベントで、まいやんが仮装しようとか言い出したから」
「へー。妖精?」
「あ”?」
「え、こわ…」
郁美はキリヤをにらみつける。郁美は大学で妖精と呼ばれているらしい。直接言われたことはないが、学生の間でそう呼ばれていると舞から聞かされた。正直妖精と呼ばれるのは気分が悪い。男につけるあだ名ではないと思うからだ。しかも本人に直接言わずに影でコソコソとあだ名をつけるなんて。郁美はとても不愉快だった。それをいじられると腹が立つし、相手がキリヤだと怒りは倍になった。
「まいやんが衣装の準備するんだって。絶対変なやつだし。やりたくな…」
「ちょっと待って。さっきも気になったけど。まいやんて、何?」
「舞ちゃんのことだけど。俺のこといっくんて呼ぶから」
言ってなかったっけ?と考えて、郁美は聞かれてないから喋っていなかったことに気づいた。しかし、あえて喋るほどの内容でもない。腰に回されたキリヤの腕に力がこもる。
「あだ名で呼び合ってんの?いつの間に…」
「これ、あだ名なの?つーか、苦しいから」
バシバシキリヤの腕を叩くとやっと力が緩んだ。キリヤは郁美よりもはるかに筋肉がついているのだから、もう少し力加減を考えてほしい。
「ゴリラかよ」
「何が?俺もいっくんて呼んでいい?」
「絶対やだ」
キリヤは無言になった。キリヤにかまっている暇はない。郁美はハロウィンをどう逃れるか、頭を悩ませた。
ハロウィン当日。さすがに単位を落としてはまずいので、郁美は大学にやってきた。あとはいかに舞から逃げ切るか。授業が終わったらすぐ走って帰ろう、と、気合を入れた。どのルートを通って走るか、何度も頭の中で地図を描く。何度もシミュレーションしていたら、授業が終わってしまっていた。授業は何一つ頭に入らなかったが、郁美は急いで支度をして走り出す。この廊下を真っ直ぐいって、角を曲がって階段を降りて扉を出たら右に曲がってあとは真っ直ぐ…と思ったら、角を曲がった先に舞がいた。
「足、おっそ~」
舞がニタニタ笑っている。引き返そうと後ろを向くと、背中を掴まれた。郁美は舞に捕まった。
「いっくん。そこの教室に衣装置いてあるから、着替えてきな?」
親指で教室を指さされ、有無を言わさぬ舞に郁美は頷くしかなかった。
人のいなくなった教室で衣装を広げてみる。ニットのトップスとスキニーのデニムが置かれている。これだけ?と、郁美は拍子抜けした。妖精の衣装が置かれていたら窓から飛び降りるつもりだった。飛び降りる前に衣装を確認して本当に良かった。
頃合いを見てこのまま帰ろうと思っていたら、教室の扉が少し開いた。
「さっさと着替えろよ」
舞だった。光のない瞳が瞬きせずこちらを見ている。郁美が何度も頷くと、舞が扉を閉めた。着替えないと殺されそうだ。
人はいないものの、窓から離れて教卓の影で着替える。あっという間に着替えは終わった。
大きめのニットは腰の下が隠れるほど長く、肩がガバガバだった。それなのに、体にぴったりと張り付いてくる。下半身はタイトなデニムのジーンズで、これは女性物なのでは?と思っていると、扉が少し開いて舞から声がかかった。
「着替え終わったね。いっくん、えら~い。キリヤさん呼んでくれる?」
いつもの舞だった。舞も準備が終わったらしい。まさか廊下で着替えたのだろうか。人がいないにしてもあまりに大胆すぎる。教室の扉には窓がなく、外の様子が伺えない。
返事をする前に郁美は気づいた。キリヤは郁美の仮装が見たいと学校の近くにきている。呼べばすぐ来るだろう。キリヤに舞の相手をさせておけば、簡単にばっくれられるのではないだろうか。タクシーで帰れば着替えもできる。
これで晒し者にならなくて済む。仮装らしい仮装はしていないが、ハロウィンパーティーには参加したくない。なるべく目立たず生きていきたい郁美は、わざわざ大学の見知らぬ人間が大勢いる場に行きたくなかった。
「今、呼ぶね」
郁美は舞に返事をして、キリヤにメッセージを送る。たぶん大学の外か車にいるキリヤは来るまでに時間がかかる。その間にもうもう一度逃げ道を検討しようと思っていたら、廊下から舞の声が聞こえた。
「キリヤさん、こっちで~す。すごぉい、早いですね!」
いくらなんでも早くね?と郁美が驚いていると、外からキリヤの声が聞こえてきた。
「郁美のスマホにGPSアプリ入れてるから」
いつの間にいれたのか。それがどのアプリなのか、確認しようとスマホを取り出したところで教室の扉が開いた。
「いっくん、キリヤさん来たよ。出ておいで~」
舞が教室の中に入ってきて、郁美は引きずり出された。細い体のどこにこんな力があるのか。抵抗する間もなくキリヤの前に立たされてしまった。バサッと舞になにかをかぶせられる。金色の、長い髪のカツラだった。
「じゃ~ん!ギャルいっくんで~す」
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