人形学級

杏樹まじゅ

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【五分休憩-二】

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「つばきちゃんは、心が読めるのです?」

 緑川ひすいの住む都営団地の一室、四畳半のひすいの部屋に、きつきつに置かれたベッドの枕元。
 今日は姉二人は、ひすいに学校に連れていかれていて、居ない。
 ランドセルに詰められるまで──いや、詰められた後も──どっちが見晴らしがいい所に詰められるかで揉めていた。
 仲がいいんだな、サクラはそう思う。

 サクラとつばきは、喧嘩をしない。
 では仲良しなのか。
 そう聞かれると、サクラは答えられない。
 賢い賢い、つばきが作られるまでは、姉達にもひすいにもそう言われて褒められた。
 サクラは最新型のお人形さんなのです!
 だから誰より物知りで、頭がいいのです!
 先生になるのです!
 誰にでも優しくて慕われる、素敵な先生に!
 鼻が高かった。
 ──いや。

 天狗になっていた、のかもしれない。

 ひすいが最後に作った子は、何から何まで新しかった。
 小麦色の健康的な肌。
 お団子頭の金髪はエスニックな香り漂う、大人っぽい出で立ちだと思った。
 そして金のビーズの瞳は、なんと相手の心が読めるという。
 ──その神秘的な姿かたちに、焦がれた。
 この子こそ、「先生」に相応しい。
 そう──思ってしまった。

 そんなサクラは、何かとつばきに話しかけた。
 今日はいいお天気なのです! でも、午後から雨が降るのです!
 つばきちゃんの好きな食べ物はなんなのですか? サクラは桜餅が大好きなのです!
 でも……
 帰ってくる言葉は、うん。とか、すごいね。とか、たったそれだけ。
 初めは、それでも、めげずに話しかけた。
 ある日、言われた。

「……サクラお姉ちゃん……おしゃべり好きなんだね……」

 わたしは違うのよ。
 そう、言われた気がした。
 無力感すら感じた。
 仲良くしようとするのが間違えているのかもしれないと思った。

 そんなある日。
 その日は、つばきが、ひすいに抱っこされて眠る日。
「抱っこ」は姉妹の間で暗黙の了解として、ローテーションとしている。
 だが、新しい子が入った時は、新入りが優先的に「抱っこ」の権利を得られる。
 サクラは膨れていた。
 いくら新入り優先でも、最近つばきばかりが「抱っこ」されている気がする。
 それに、外出も姉二人ばかり。
 つばきは「人形学級の先生」という特別を貰っているから、仕方ないのかも知れないけれど、それでもあんまりだ。
 そんなこんなで、夜十時、ベッドにひすいが入って来た時、サクラはふくれっ面をしていた。

 ──今日は誰が寝たい?

 ひすいは必ず聞いてくる。
 人形達は声を上げるが、当然ひすいには聞こえない。
 でも、ひすいには伝わるのだ。
 誰が寝たいか、が。

 ──今日もつばきちゃんかなー。

「……ひすいちゃん……今日は、サクラお姉ちゃんと寝てあげて……」

 サクラはハッとする。
「読めるから、心……サクラお姉ちゃんのも。今日はひすいちゃんと寝たいんだよね……いいよ。わたしは、大丈夫だから」
 忘れていた。
 この子は、ひとの心が読めるのだ。
「……いいのですか?」
「うん」
 返事は短かったけど、口数の少ない妹は、にっこりと笑った。
 初めて見る、優しい顔だった。
 心の中のわだかまりがゆっくり、優しく溶けていくのを、サクラは感じた。

 ……

「なによ! こんな人形!」
「『こんな人形』じゃないもん、サクラだもん!」
「うっさいわね、ならこうしてやるよ!」
「おねえちゃ──」

 つばきは、急いで連れ帰られ、ベッドに置かれたサクラを見ていた。

 ──ママ、ママ!

 ひすいが泣きながらママを呼んでいる。
 姉達は涙して、致命傷を受けた妹を、ただ見守るばかり。
 そんな中、つばきは近寄り、一つ上の姉のそばで屈んで、裂けて中身が見えてしまった額に手を当てた。

 サクラの自我は、ほとんど残っていなかった。
 ただ、繰り返し、ある言葉を唱えていた。

 ──サク──ラは──にん──ょうがっ──きゅう──の──せんせ──い──だか──ら──

「……せんせい……せんせい……」
 つばきは泣いた。
 生まれて初めて泣いた。
 姉妹の誰よりも泣いた。

「──聞かせてよ。サクラお姉ちゃんとのおしゃべり、大好きだったんだよ」

 その願いが叶うことは、二度となかった。
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