人形学級

杏樹まじゅ

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【紫園太陽の学級-二】

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 紫園太陽は、好奇心旺盛な高校一年生だ。
 彼はあの日から、生まれて初めて自分以外の人間に興味を持った。

 幸い、数学研究同好会の活動日は、軽音楽部の活動日と被っていた。
 毎週毎週、少しづつ──元々上手かったが、更に──上達していく灰島さんのギターを聴きながら数式を解くのは、心地よかった。
 同好会が終わったら、こっそり部室の、清潔な白いドアの隣に寄りかかって、中島美嘉の曲と灰島さんの歌声を聴いた。
 程なくして、秋の文化祭のライブのボーカルは、灰島さんに正式決定した。
「──さんがいいと思う人。……灰島さんがいいと思う人。……多数決により、今回のライブは灰島さんがボーカルになりました」
 部長さんの宣言を聞いた太陽は、ひとりガッツポーズをした。
「……それじゃあ、また明日もお願いします」
 あ、いつもの「上がり」のフレーズだ。
 疚しいことがある訳では無いが、太陽はすぐ近くにある渡り廊下に隠れた。
 顔を半分出して、見る。
 灰島さんが帰る、その後ろ姿を。
 ──綺麗なひとだなあ。
 身長が高いだけじゃなくて、姿勢がいいのだ。
 歩き方も癖がなくて、とても凛としているように見えた。
 そして、いつも人形が出ているのを、確認する。
 どうやら、人形は四種類居るようだ。
 赤い髪の人形。
 青い髪の人形。
 ピンクの髪の人形。
 そしていつもの黄色い髪の人形。
 他の人形は、いつも灰島さんを見ているかのように上を向いて詰め込まれているのだけれど、黄色い髪の人形だけは、毎度こちらを見ているような気がした。
 でもなんだか、太陽のことを分かってくれているかのように見えて、なんだか心地よかった。
 あの人形が、太陽の気持ちを灰島さんに伝えてくれたら、どんなに良いだろう。
 そう思った。

 新宿のその高校は、かなり大きい。
 一学年九クラス、「I組」まである。
 生徒数も多くて、一クラス三十五から四十人近く居る。
 だから、灰島さんがどのクラスなのか、知るのは楽じゃない。
 部活に行く所を見られればよかったが、生憎授業が終わると生徒達は一斉に廊下に出た。
 だから、その中から灰島さんを見つけるのは不可能に思えた。
 ある日、いつもより早く目が覚めた。
 いつもより早く朝食を食べ終わって、いつもより早く家を出た。
 池袋線の駅に着く。
 いつもより三本早い電車に乗った。
 そしていつもより、十五分早く校門に着いた。
 東京都立〇〇高校。
 校名が掘られた立派な赤い石が、コンクリートの塀に埋め込まれている。
 初夏の朝の日差しが、照りつけて反射する。
 体育会系の部活の朝練の為、校門自体は空いている。
 でも、特に何もすることが無かったから、どうやって時間を潰そうか、学校に入らず考えていると──

 見覚えのあるふわふわショートヘアの女の子が、ギターケースを持って歩いてきた。

 そうだ。このまま、ついて行けば。
 太陽は何食わぬ顔で四メートル後ろを歩いた。
 早めの登校時間は、生徒もまばら。
 昇降口までの道のりが、なんだかいつもと違って見えた。

 それにしても。
 ──スタイルいいなあ。
 決してグラマラスじゃないけど、痩せていて、身長も──百七十五ある太陽の方が流石に高いがそれでも──高い。
 だから手足も長く見えるし腰の位置もすごく高い。
 スカートも、決して短くしている訳では無いと思うが、身長が高いので相対的に短くなっている。
 すらりと伸びる白い脚は、太陽の心を奪って離さなかった。

 自分みたいなのが、そんな目で見ていると知ったら、嫌われるだろう。
 でも、好奇心が抑えられない。
 もっともっと、灰島さんの事を、知りたくなった。

 昇降口で、一年B組のロッカーの前で靴を脱いだ。
 そっか。
 B組だったのか。
 目的は果たせた訳だが、もっと色々知りたくなった。
「月子ちゃんおはよー!」
 後から来たクラスメイトが灰島さんに話しかける。
「……おはよ、かおり」
 そうか。月子っていうのか。

 灰島月子。
 いい、名前だなあ。

 一年生の教室は三階だ。
 どうせならクラスまで追いかけよう。
「ねー、昨日の小テストどうだった?」
「……ふつう」
「あたしダメだったぁ……今度英語の文法おしえて! お願い!」
「……いいよ、教えるの、きらいじゃないから」
 階段を上る二人を見上げた。
「見えそう」になって、慌てて視線を逸らした。
 赤くなってしまった。でも──
 わざとスカートを短くして、むちむちした脚を見せるお友達より、主張しない、ナチュラルな灰島さんの方が、ずっとずっと魅力的に見えた。
「よう、紫園。おはよ!」
 B組に灰島さんが入る前に、友達に前を塞がれた。
「なあ、昨日のガキ使見た? 超笑ったべ」
 B組は、階段を登ってすぐの所だった。
 友達を退けて上を見た時、もう灰島さんは見えなかった。
 はあ。ため息を吐いた。

 部活がわかった。
 クラスがわかった。
 でも、好奇心は止まない。
 この頃にはもう、毎日灰島さんのことが頭から離れなくて仕方なくなっていた。
 好奇心旺盛な少年は、想い人が何処に住んでいるのか、気になった。

 六月。
 いつもの数学同好会の後、軽音楽部の部室の前に来た。
 あの曲も、ずいぶん上手くなっている。
 この調子なら、文化祭のライブは大盛況だろう。
 ラルクアンシエルが作曲した曲に乗せて歌う灰島さんの声は、本当に綺麗で、中島美嘉本人みたいだった。
「……お疲れ様でした」
 そう言って、灰島さんが出てくる。
 いつもは見送るだけだけど、今日は違う。
 灰島さんのお家を、見てみたい。
 どうしても、知りたいのだ。
 また、四メートル後を歩いた。

 その日は、雨が降っていて、六月なのに肌寒かった。
 でも、太陽には好都合だった。
 灰島さんの赤い傘は、新宿の人混みの中でもとても目立った。
 駅より南にある高校だったけど、灰島さんは中々駅に入らない。
 どこまで歩くのかな。
 西口を過ぎて、ビックカメラの前を過ぎて、アーケード街の前を過ぎて、大ガードの下をくぐった。
 そして西武新宿ぺぺの中に入っていった。
 ──そうか、新宿線で通ってるんだ。
 そのまま西武新宿でパスモをタッチして、急行がくるホームに立った。
 何か、赤い本を取り出した。
 何を読んでるのかな……
 こっそり覗いた。
 教育学部の入試の対策本だった。
 まだ一年生なのに!
 びっくりすると同時に、自分と同じ教育学部に行くと知って、これ以上無いくらい嬉しくなった。
 ──あぶないあぶない。
 危うく、声をかけそうになった。

 電車が来た。黄色い、古い電車だ。
 ナナメ前に座った。
 ずっと本を読んでいる。
 バレることは無いだろう。

 十分経った。
 二十分経った。
 まだ降りない。
 都区外に出てしまった。
 まさか都下から通ってると思わなかったから、びっくりだ。
 三十分。
 ようやく降りた。
 小平……?
 東京に住んでる癖に、東京の全部の市町村を覚えていない太陽には、馴染みのない、郊外の町だった。
 こんな遠くから通っているのか……
 と感心していると、灰島さんは足早に南口に降りて、あの赤い傘を開いて、西友の前のバス停に並んだ。
 ええっ! また更にバスに乗るのか……
 びっくりを通り越して驚愕した。

 バスが来た。
 一緒に乗り込む。
 まだ対策本を読んでいて、こちらには一ミリも気付く様子は無い。
 バレないのは嬉しいけれど、なんだか、必死に生き急いでいる感じが、見ていて痛々しくて、辛くなった。

 と、ひそひそ話が聞こえた。

 ──つばき、まだ、こっち見てる?
 ──……うん……みてる。
 ──嫌だわ、ストーカーじゃない?
 ──けけ、月子チャン、もてもテだナ。

 え。
 小学生くらいの女の子の声だ。
 何処から……?
 バスは混雑している。
 けれど、どこにもそんな子供は乗っていない。
 ふと、視線を感じた。
 灰島さんのいつものバッグから、いつもの金髪の人形が覗いていて、こっちに向いている。

 見られている、と思った。

 ピンポーン。
「次、停車します」
 機械の音声が告げた。
 灰島さんが押したのだ。
 程なくしてバスは止まった。
 灰島さんはパスモをタッチして降りた。
 太陽も後に続いた。

 閑静な住宅街だった。
 雨の中、赤い傘が歩く。
 傘からはみ出たギターケースが濡れている。
 もう日は落ちて、暗い。

 ──嫌だわ、ストーカーじゃない?

 違う。
 暗いから、灰島さんが暴漢に襲われないように見守ってるんだ。
 太陽は自分で自分に言い訳をした。
 そして数分歩いて。
 角にあるヘアサロンを右に曲がって。
 白い、一戸建ての家の前に立った。
 道と家とを隔てる柵が、ヨーロッパのお城みたいで、素敵だった。
 駐車場には車は無い。
 家の中も真っ暗だ。
 ご両親は共働きなのかな。
 ポケットから鍵を出して──ギター型のキーホルダーが付いている──鍵を開けた。

 唐突に、太陽の携帯から、ラインの着信音が鳴る。
 それは雨の音を貫通して、灰島さんの耳に届いてしまった。
 灰島さんが振り返る。

 世界が静止したように感じた。

「……」
 何か言った。
 でも雨の音と相変わらず鳴る着信音で、聞こえなかった。

 微笑んだ。

 ように見えた。
 数瞬後、灰島さんはお洒落な白いドアを開けて家の中に消えた。

 知ってたよ。
 そう、言っていた気がした。
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