涙の魔女ドーラ

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涙の魔女、組合都市へ

涙の魔女、組合を訪ねる

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 「お嬢ちゃん、金を払ってくれるのはいんだけども、あんたみたいなおちびさんが、一体どこへ行くんだい?」
 「取りあえずは、組合都市ギルディアへ。魔術師なので」

 藁を積んだ荷馬車の、いかにも田舎者、と言った風な御者に杖を見せてそう答えると、御者の男は合点がいった、という風に頷いた。
 「魔術師様の見た目は信用しちゃいけねえ。婆ちゃんも言ってた事だ」と御者は言いながら、藁をどかして少しの空間を作る。どうやら乗せて行って貰えるらしい。
 何も考えず森を抜けた先で、丁度このような幸運に恵まれるとは、どうやら幸先は悪くは無いようだ。硬い台車の床に腰を下ろすと、荷馬車はゆっくりと進み始めた。

 「けんど、この馬車はあそこまでは行かねえからな。まずはこの先の村で組合ギルドの人に相談せえな。組合の建物は村長の家よりも大きいから、すぐに見つかるだろよ」
 「ご忠告感謝します。しかし、魔術師と聞いても、あまり怖がられないのですね」

 私が小さかった頃は、魔術師は人々にとって畏怖の対象とされていたらしい。それもそうだろうとは思う。何も知らず傍から見れば、私達は杖を振るだけで不可思議な現象を引き起こすのだから。
 しかしながら、私の背中から語り掛けるこの御者には、そのような恐れも、時たま入り混じるという羨望も、何も感じられない。
 今はそうでも無くなった、とは聞いていたが、森と母から得た知識の他に世界を知らない私にすれば、少し驚きの経験である。

 「そりゃそうよ。魔術師様は俺らができねえことを、ほんのちょっぴりの時間でやってくださる。例えばきれいな水を出したり、土をぱっと耕したり、だな。変にこわがるよりも、親切にして力を貸してもらった方がよっぽどええかんな」
 「そうなのですか」
 「そうともさ。村に着いたら、少し他のやっこの仕事を手伝ってやるとええ。飯ぐらいはおごってくれるだろよ」

 そんな話をし、流れていく景色を眺めながら荷馬車に揺られていると、急に荷馬車がピタリと止まる。それと同時に聞こえる、「オーイ、ついたぞう」という声。どうやら、この先の村、とやらに着いたらしい。
 財布を袋から取り出し、台車から降りて前を覗くと、なるほど門を隔てて幾つかの小さな木の家と、一つの大きな(とは言っても他と比べてだが)レンガ造りの建物が建っている、小さな村がそこにはあった。
 藁を降ろしに来たのか、それとも代金を受け取りに来たのか、御者の男性は真っ直ぐこちらへと向かって来た。

 「ありがとうございました。お代は王国銅貨六枚で大丈夫でしょうか?」
 「ああ、構わんよ。ひー、ふー、みー…よし。毎度あり、お嬢ちゃん!」
 「はい。少しの間はここにいる予定なので、また会ったらよろしくお願いします」
 「任せとけ!俺も何日かこの村にいっからよ、もし組合都市への足が無かったら言っとくれ。そっちへ行くのを探してやっからな!」

 銅貨をジャラジャラと揺らしてガハハと笑う御者の男性に、ではと手を振って別れを告げると、私は開いた門を通って村の中へと入る。
 近々ある祭りの準備でもしているのだろう、農作業をしている男衆の横で女達が素朴な舞を踊ったり、老人や子供たちが藁で人形のようなものを作っている。
 そしてそれは外界からは分かたれて見えた組合でも変わりはしないのか、歩いて行くと、外から見えたレンガ造りの建物の正面が、何やら奇妙な民芸品や、花染めされた布などで彩られているのが見えた。
 農夫によく広まっている水神信仰だろうか?もしそうであったなら、水の巫女ウォーターシャーマンもどきの事をしてみるのも良いかもしれない。そう思いつつ、私は組合の扉へと近付き、それを開く。

 「いらっしゃいませ!組合クイン村支部へようこそ!」

 組合に足を踏み入れた直後、元気な声が私を捉えた。
 声の主は、正面のカウンターに立つ一人の少女。髪の色は茶。耳の長さからすれば、一般的な人族であろうか。おそらくは、ここの受付嬢なのだろう。
 私はとても人族をよく見ているとは言えないが、村民の顔と比較しても、この少女が綺麗どころ、と呼ばれる存在であるというのは分かった。
 少女の立つカウンターに近付き、母から受け取った何枚かの書類を置くと、手短に用件を伝える。

 「組合員登録と組合員の財産引継ぎ、及び組合都市への足を頼みたい。出来ますか?」
 「はい!一件目と三件目は可能で、二件目はここでの受け取りは出来ませんが、受け取りに必要な書類の発行は可能です」
 「それでは、全てお願いできますか」
 「分かりました!ええと、まずは担当する私の自己紹介をば…。商人ギルド星二級、受付嬢のフェルタ・ジーマと申します!以下、お見知りおきを」
 
 そう言って、フェルタと名乗った少女は首元に掛けられたプレートを見せる。そこには、確かに彼女の名前、二つの星型、そして商人ギルドの証である鳩の刻印が刻まれていた。
 フェルタは私が十分に確認したのを見届けると、側に置いてあった分厚い羊皮紙のリストを開き、インクに漬けられていた羽ペンを手に取った。

 「さて、次はあなたのお名前、ご年齢、職業、種族をお聞かせ願いますか?」
 「ドーラ・ボルテックス。年齢は316。職業は魔術師で、種族は半精霊ハーフスピリットです」
 「はい。お名前が、ドーラ・ぼるて…!?あの、失礼ですが、あなたの近親者に、ラクス・ボルテックスやフルークトゥ・ボルテックスという方は…」
 「どちらも私の母です。実母と義母という違いはありますが」
 「年齢が316歳、種族が半精霊というのは?」
 「私の父が湖の精霊でした。そのせいで少し長生きを」
 「…何か、証明できるものはございますでしょうか?」
 「それならば、ここに」

 胸に手を置き、青の素を掌に引き付ける事によって、白の素によって書かれた母の契約文を引きずり出して目の前に並べる。
 見た限り、使われているのは組合都市の公用語だ。村の支部とはいえ、組合職員ならば、まず読めないという事は無いだろう。
 
 「確認を、フェルタさん」
 「…えー、“我、『灘の魔女』フルークトゥ・ボルテックスは、我が弟子であり、『湖畔の魔女』ラクス・ボルテックスと『エグゥイス湖の精霊』ドゥロウの娘、ドーラを、我が名において『涙の魔女』の綽名とボルテックスの性を授けるに相応しい者としてここに認める。”…はい、間違いありません。ご本人の素印も確認できます」
 「良かった。それでは、登録等をお願い出来るでしょうか?」
 「ええっと…す、少し!ほんの少しだけここでお待ちください!そこの椅子などご自由に使って頂いても構いませんので!」
 「は、はあ…」
 「ありがとうございます!それでは、失礼します!」

 そう叫ぶように言い、カウンターに頭をぶつけそうな程に深い一例をすると、フェルタはカウンター奥の階段から急ぎ足で二階へと上って行ってしまった。
 何か、問題でもあったのだろうか?母の話では、母のような人はよくいる・・・・らしいから、私程度の経歴では驚かれないだろうと思ったのだけれど。
 …いや待て。そもそもよく考えれば、母の言っていた組合は、組合都市にある組合本部の事であったろう。そして、組合本部というのは組合員達の一大本拠地だ。人も多いに違いない。この村とは比べるべくも無く。母のような人もそれはもう、『よく』いるのではないのか。
 と、なると…もしかして、フェルタにとって、私の存在は少し手に余る案件だったのでは?

 (もしそうだったのなら、あの子に謝らないと…)
 
 無暗に驚かせてしまった事を悔やみながら、私は言われた通りに側の椅子に座って、フェルタの帰りを待つ事にした。


 ☆


 「緊急用連絡魔道具デンワを貸してください!組合都市直通のを!早く!」
 「どうしたフェルタ、何かあったのか?」

 下から鬼気迫る勢いで駆けあがって来た同僚の言葉に、ギルド職員の男は訝し気に首を傾げた。
 この村は辺境であり、それでいて至って平和だ。この仕事に就いて三年になるが、村に備えられた警報用の鐘が鳴った所を、男は一度も聞いた事は無かった。
 しかし、その問いかけへの答えに、男の顔は一瞬で青ざめた。

 「『灘の魔女』の後継者が来ました!」

 灘の魔女。子供でも知っている名前だ。彼女は世界でも一握りしか存在しない『四色術師カルテット』でありながら青の魔術に長け、約束を破った相手は容赦なく溺死させる。それが王であろうと、龍であろうと。
 百年前、西の砂漠の中心に存在した大国が、彼女との契約を破ったばかりにその全土を水の底へ沈められた逸話は、今では海路の一部となったその大国の跡と共に、今も語り継がれている。

 「…マジか?」
 「マジです!灘の魔女の素印も確認済み!組合員登録と、灘の魔女・湖畔の魔女両名の財産の引き渡し、組合都市への足を求めてます!」
 「おいおい、『湖畔の魔女』はあの湖から出ないんじゃなかったのかよ…」
 「それが、今回の後継者は『涙の魔女』と名乗っていて…灘の魔女と湖畔の魔女の娘、だと」
 「…くそっ、あーもう!分かった、詳しい話はお前に任せる。魔道具は俺の机の棚の上から三段目だ」
 「あなたは、どうするんですか!?」
 「俺はお前が連絡してる間、その後継者とやらと話してくる。そいつが求めている事は、今の所常識の範囲内だ。もしかしたら警戒する必要も無いかもしれん」
 「そんな!相手はあの、灘の魔女の後継者ですよ!まともに見えても、腹の中で何を考えているか…」
 「…それでも、やらなければならんだろう。この、小さな村のためにも、だ」
 「分かりました。…ご武運を」
 「ああ、行ってくる」

 男は、使命の為にひた走る後輩の背中を見て、静かな微笑みを浮かべる。
 女は、龍の下へ向かう気高き戦士の為、深く心の中で神に祈りを捧げる。
 この辺境では今、決死の作戦が始まろうとしていた。
 …その必要が、全く無い事も知らずに。

 「遅いなあ、フェルタさん」








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